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8-2 俺に振るんじゃねぇ~!






「ピッ。

 皆さん、おはようございます。

 本日は予定を変更し、臨時任務に当たっていただきます」


 朝のミーティングが始まると、ゴーグルにヴィジェの無機質な顔が映し出された。


「先程、ポータリアンの星間連盟本部から特務検閲官が来訪しました。 

 商店街の抜き打ち検査を行うとのことですが、その案内役として、皆さんが指名されました」


「はぁ? 案内役? 何であたしらが!」


 俺も驚いたが、ロニャが代表して声を荒げた。


「理由は不明ですが、おそらく皆さんが商店街の事情に精通しており、かつ中立な立場であると判断されたのでしょう」


(中立じゃねぇけどな)


 まさか清掃員のロニャが商店街のアドバイザーをやっているなんて、星間連盟は想像もしていないのだろう。


「で、その検閲官はどこにいるのさ?」


「ちょうど今、こちらにいらっしゃいました」


「え?」


 ロニャが素っ頓狂な声を上げた次の瞬間、事務所の自動ドアがウィーンと音を立てて開いた。


 そこに立っていたのは、グレーネ人の女性だった。


「初めまして。

 星間連盟倫理委員会、特務検閲官のノンメです」


 ノンメと名乗ったその女性は、部屋の空気がピリリと張り詰めるほどの威圧感を放っていた。

 身長はそれほど高くないが、背筋がピンと伸び、ビロードのような生地に銀の装飾片スパンコールが散りばめられた制服を着こなしている。

 その挙動はキビキビとしていて無駄がなく、いかにも「切れ者」という印象だ。

 そして何より目を引くのは、彼女の右目を覆うように装着された、大型のゴーグルだった。

 レンズの奥で赤い光が不気味に明滅している。


「ど、どうも……」


 俺も気圧されて、挨拶が上ずってしまった。


「清掃課の皆さんはお揃いのようですね。

 それではさっそくですが、商店街へ向かいましょう」


 ノンメ検閲官は俺達の顔を順に見回すと、踵を返して歩き出した。

 何をやらされるのかよくわからないが、俺達は黙って彼女の後を追うしかなかった。



   ***



「な、な、な、何ですか、これは!?」


 ツキハバラ商店街の中央通りに足を踏み入れた瞬間、ノンメ検閲官は驚愕の声を上げた。


 建物の壁という壁に、真っ白な模造紙やダンボールがベタベタと貼り付けられていたのだ。

 まるで巨大なハリボテの街だ。


「エッチな看板を隠すには、ああするしかなかったみたいね……」


 隣を歩くロニャが、俺にだけ聞こえるような小声で囁いた。


 店長たちが昨夜、手元にあった紙を大慌てで貼り付けたのだろう。

 テープの跡は雑だし、紙のサイズもバラバラで、見るも無惨な有様になってしまっている。


「雑な仕事だなぁ……」


「しゃぁないじゃん、時間無かったし」


 俺とロニャが目配せをしていると、ノンメ検閲官が振り返った。

 右目のゴーグルがギロリと光る。


「説明していただけますか?

 この壁の装飾は、いったい何なのですか?」


 検閲官はタブレット端末に何やらメモをしながら質問してきたが、誰も答えようとしない。

 まさか正直に「抜き打ち検査を事前に知っていたので、エッチな看板を隠蔽しました」とは言えないだろう。


「どうかしましたか?

 なぜ答えないのですか?」


 さすが検閲官だけあって、なかなかねちっこく追及してくる。

 しかたなく、ロニャが口火を切った。


「えーっと、これはね……アート作品だよ!

 そう、アート!」


「アートですか……これが?」


「そ!

 今回のリニューアルでは地球の『秋葉原』って街をモチーフにしたでしょ?

 だから、秋葉原風の前衛的なアートも取り入れてみたってわけ!」


「は?

 前衛もなにも、これはただの汚物でしょう」


 ノンメ検閲官は全く納得していない様子だ。


「だいたい、あのあたりを見てください。

 紙が剥がれて下の絵が見えてしまっていますし……」


 ノンメの指差す方向を見ると、確かに貼り付けたはずの模造紙がペロンと捲れ上がり、その下から美少女イラストの豊満な太ももが露呈してしまっている。


 ロニャが焦って冷や汗をかき始めた。


「あ、あたしにも秋葉原のアートは難解すぎて説明できないんだよね。

 そうだ、レンマ!

 あんたならわかるでしょ?

 秋葉原出身だし!」


(俺に振るんじゃねぇ~!)


 俺は心のなかで盛大に毒づいたが、ノンメ検閲官のゴーグルがじっと俺を捉えている。

 何かを答えなくてはならない。


 俺は必死に脳みそをフル回転させ、それっぽい理屈を捻り出した。


「あ、あの紙は……地球のアーティストが言うには……『人の心の壁』を表しているらしい……」


「心の、壁?」


「そう。

 自分と他人を区別する絶対的な境界線……つまり自我そのものだな。

 部分的に剥がれているのは、他人との間にできた一瞬のつながり、心の交流を象徴しているわけだ。

 そのつながりを閉じるのか、それとも広げるのか……人はそう葛藤しながら生きている、という深遠なテーマを表現しているらしい……たぶん」


 俺は昔見たロボットアニメに登場した、精神的なバリアの設定をそのまま流用して話した。

 しばしの沈黙が訪れる。


「凄い!

 さすが秋葉原のアートは深いね!

 よくわかんないけど!」


 ドッツォが無邪気に感心してくれたおかげで、空気が少し和らいだ。

 ノンメ検閲官も、まだ納得はいかないといった様子だが、メモを取る手を止めた。


「まぁ、いいでしょう。

 粗野で低俗で、芸術と呼ぶには抵抗がありますが、それを美的観点から評価するのは私の仕事ではありませんから」


 ノンメ検閲官はそう言って、踵を返した。

 どうやらごまかせたらしい。


 俺がほっと胸を撫で下ろしたとき――。


 ピピピピ……。


 ノンメの片目ゴーグルが赤く点滅しながら音を立てた。

 内蔵センサーが『不適切なもの』に反応したのだ。




=== 登場人物 ===


【ノンメ】

 27歳。女性。グレーネ人。ポータリアン星間連盟倫理委員会特務検閲官。不適切なものを決して見逃さないセンサーを右目に装着している。



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