表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/69

8-1 伝えなきゃ!






「レンマさん、皆さん。

 お久しぶりです。

 お元気ですか?」


 清掃業務を終えて事務所に帰ると、そこには予期せぬ客が待ち受けていた。


 ラウンジのソファに優雅に座り、湯気の立つティーカップを傾けていたのは、グレーネ人のルンビ大使だ。

 相変わらずの無表情だが、その声色には友好的なムードが漂っている。


 だが、月面基地において高い地位にあるグレーネの大使が、わざわざ俺達のような末端の清掃員を訪ねてくるなんて、明らかに異常事態だ。


「大使……なにか問題でもあったのか?」


 俺が訝しむと、ルンビ大使はカップをソーサーに戻し、軽く首を横に振った。


「いえ。

 ちょっと近くまで来る用事がありましたので、ついでに立ち寄ってみただけです。

 ヴィジェさんに頼んで、中で待たせていただきました」


「さてはアンタ、またコレクションを見せびらかしに来たんでしょ!

 あたしら、アンタの自慢話を聞くほど暇じゃないんだけど!」


 ロニャが腰に手を当てて威嚇する。

 前回、大使館で散々な目に遭わされたことをまだ根に持っているらしい。


「いえいえ。

 私、大切なコレクションを持ち歩くような不用意なことはしませんから」


「どうかしら。

 怪しいもんね」


 アリチェも腕を組み、ジト目で大使を睨んでいる。

 だが、大使は2人の敵意をどこ吹く風で受け流し、再び紅茶で喉を潤すと、独り言のように語り始めた。


「リューンシャンゼリゼが『ツキハバラ』に変わり、アニメ関連の商品が手に入りやすくなったことは、個人的には非常に喜ばしいことです。

 月面基地に来るポータリアンは元々異文化に関心が高いということもありますが、私の地道な啓蒙活動が実を結び、次第にアニメ文化も見直されているようです」


 大使はすべてが自分の成果であるかのように語ると、遠い目をした。


「ただ、ポータリアン本国では、依然として地球からの輸入品には厳しい規制をかけておりましてね。

 残念ながら、多くのアニメ関連商品もその規制の対象になっています。

 ポータリアン全体がアニメの真の価値に気づくには、まだ長い年月がかかるでしょう」


 いきなり脈絡のない話をしたかと思うと、ルンビ大使は突然立ち上がった。


「おっと、いけません。

 今日は忙しいので、私はこれで失礼します」


(忙しいくせに、いったい何しに来たんだ?)


 俺は心の中で首を傾げたが……。


「結局、何しに来たわけ?」


 ロニャはダイレクトに突っ込んだ。


 しかしルンビ大使は彼女の問いに答えることもなく、出口に向かってゆったりと歩きながら、わざとらしいほど大きな声で独り言を喋り出した。


「いやぁ、忙しい、忙しい。

 なにしろ星間連盟の本部から突然連絡が来ましてね。

 何かと思えば、明日、いきなり検閲官による『商店街の抜き打ち検査』をやるとか言うじゃないですか。

 まったく。

 大急ぎで接待の準備をしなければならない、こちらの身にもなって欲しいものですよ」


「……は?」


「しかし、商店街の皆さんも災難ですね。

 せっかくリニューアルしたというのに、もし『有害』とみなされる商品やサービスが見つかったら、即刻、店は営業停止にされてしまいますからね。

 独り言終わり」


 それだけ言い残すと、ルンビ大使はマントを翻し、清掃事務所から出ていった。


 後に残された俺達は、状況を理解するのに数秒の沈黙を要した。


「これ、マジでヤバくない!?」


 最初に我に返ったのはロニャだった。


 ルンビ大使は独り言を言いに来たのではない。

 商店街のために抜き打ち検査の情報をリークしてくれたのだ。

 きっと先日の大使館の一件で、俺達に迷惑をかけてしまったことに対する彼なりの謝礼のつもりなのだろう。


「こうしちゃいられない!

 抜き打ち検査があること、早くみんなに知らせなくちゃ!」


 そう言うと、ロニャは弾丸のように事務所を飛び出した。

 俺とドッツォも互いに顔を見合わせると、慌ててその後を追うことにした。


   ***


 ロニャによる緊急の非常招集がかかり、ツキハバラ商店街の入口付近に店主達が集められた。

 総務のウーゴを筆頭に、玩具店のマルビン、貸衣装屋のドリーンなどが、不安そうな顔で集まっている。


「ヤッホーみんな!

 ちょっと聞いて、超マジな話あるんだけど!」


 ロニャは開口一番、いつものようにハイテンションで捲し立てた。


「さっき入った情報によるとさ、明日、ポータリアンの検閲官が来て抜き打ち検査するらしいよ!」


「「「ぬ、抜き打ち検査ぁ!?」」」


「もし不適切な商品が見つかったら、即刻、その店は営業停止になるってさ!

 マジありえなくない!?」


 店主たちの間にどよめきが走った。


「あのう……。

 抜き打ちやのに、なんでロニャはんが知ってはるんですか?」


 マルビンがもっともな疑問を口にする。


「誰から聞いたかはヒミツだけど~、これガチのネタだから!

 ってことで、みんな今すぐ自分の店に戻って!

 で、検閲官に見つかったらヤバそうなブツは、ぜーんぶ隠しちゃって!

 アンダースタン?」


「……不適切なものっていわれてもねぇ。

 例えばどんなものかしら?」


 ドリーンが困惑したように尋ねる。


「えーっと……。

 ドッツォ、わかる?」


 ロニャに振られたドッツォは、困ったように長い耳を垂れた。


「ええ?

 わかんないよぉ。

 検閲官の好き嫌いとか、その日の気分しだいで決まっちゃうから……」


「ほんまかいな。

 そんな適当な理由で営業停止にされたら、かないまへんなぁ」


 マルビンが頭を抱える。

 無理もない。

 エッチな絵柄のアニメグッズはいかにも不適切な感じがするが、そもそもポータリアン検閲官の判断基準が分からないのだ。


「ま、しゃーないか!

 何がアウトかは……ま、各自のノリで判断してよ!

 みんなマジで気合入れてこ!

 んじゃ、よろ~!」


 ロニャが強引に締めくくると、店長達は困惑した表情のまま、それぞれの店へと戻っていった。


「これでよしっと!」


「よかったね、ロニャ姉ちゃん!」


 やることはやったとばかりにロニャは満足そうだが、俺は不安しか感じない。

 明日はヤバいことになるだろう。

 間違いなく。





=== 登場人物 ===

【ルンビ】

 50歳。男性。グレーネ人。グレーネ大使。不本意に大使に任命されたが、本職はグレーネ文化を研究する学者。


【ウーゴ・ディアロ】

 58歳。男性。フランス系アメリカ人。総務部施設管理課。ツキハバラ商店街の管理人であり、店長達の取りまとめ役。


【マルビン・ドラックス】

 30歳。男性。ドイツ人。玩具店、フィギュア店の店長。でっぷりとした体型。金儲けに徹している根っからの商売人。


【ドリーン・メルツェル】

 25歳。女性。ドイツ人。貸衣装屋の店員。毎日違う服を着る美しき広告塔。基本的に肌の露出が多い。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ