7-4 お帰りなさいませ、ご主人様!
「レンマ兄ちゃん、あっちの喫茶店もリニューアルしてるよ!」
ドッツォが短い指で指し示した先を見て、俺は思わず足を止めた。
かつてそこには、石造りの外壁に蔦が絡まる、落ち着いた雰囲気の喫茶店があったはずだが、今や様相は一変していた。
壁一面は、目に刺さるようなド派手なパステルピンクに塗り替えられ、軒先にはフリルをあしらったパラソルが並んでいる。
そして入口の上に掲げられた看板には、丸っこいフォントで『ホームメイドカフェ』という文字が踊っていた。
「……メイドカフェになってるな」
「めいどかふぇ?
それって何?」
ドッツォが不思議そうに首をかしげる。
「ちょっと変わった喫茶店だよ。
メイドの格好をした店員さんが、給仕をしてくれるんだ」
「ふぅん、面白そう!
行ってみようよ、レンマ兄ちゃん!」
「う~ん。
確かに秋葉原の名物ではあるけどな。
アニメとは直接関係は無いし、巨大ロボットも出てこないぞ。
いいのか?」
「それでもいい!
どんなところか、僕、見てみたいんだ!」
ドッツォは俺の返事を待たずに、ピンク色の扉へと突進していった。
相変わらず彼の、異文化に対する積極性には頭が下がる。
俺でさえ初めてメイド喫茶に入ったときは、めちゃくちゃびびったのにな。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
店内に入ると、高く澄んだ、それでいて緊張で少し震えたような声が響き渡った。
目の前に立っていたのは、フリルたっぷりのメイド服に身を包んだアンテラ人の少女だった。
肌は黄色く、頭頂部からは2本の触角がぴょこんと生えているが、純欲風のメイクが似合っていてとても可愛らしい。
モデルのようにすらりとした足のラインもメイド服によく映えている。
「……ここ、僕の家じゃ無いのに、なんで『お帰り』なの?」
ドッツォが、素朴な疑問を投げかけた。
メイド喫茶の《《お約束》》を知らないのだ。
すると、聞かれたメイドのほうも表情が強張り、「え……」と言葉を詰まらせてうろたえ始めた。
想定外の質問をされて、どう対応すればいいのかわからないのだろう。
まぁ、無理もない。
この店は今日オープンしたばかりだし、準備期間も長くはなかった。
十分な練習ができていなかったに違いない。
沈黙が続き、彼女の瞳に涙が浮かびそうになるのを見て、俺は耐えきれなくなった。
「ドッツォ、わからんぞ。
俺達は何らかの理由で昔の記憶を失っているのかもしれない。
もしかしたらここが、俺達の帰るべき家なのかもしれねぇぞ。
……そうだよな?」
俺が話を合わせると、メイドは救われたと言わんばかりにコクコクと激しく頷いた。
「そ、そうです!
きっとお疲れなのでしょう。
外は危険がいっぱいですけれど、ここでは萌えチャージすれば、前世の記憶を思い出すかもしれませんよ!」
彼女はマニュアルに書かれていたセリフを思い出したらしく、平坦なカタコトの口調で答えた。
だが、ボサッコ人は手強い。
「えぇ?
まだ午前中だし、全然疲れてないよ!
ほら、見てよ!」
ドッツォは腕まくりをして、ガッツポーズをとり、元気さをアピールした。
だめだ。
正直すぎるボサッコ人とメイドカフェは、決定的に相性が悪い。
「あぅ……あぅ」
メイドは青ざめ、縋るような視線で俺に助けを求めている。
このままでは、彼女のメンタルが持ちそうにない。
「……いや、俺は疲れたわー。
なぜか分からんが、急にすげぇ疲れてきた。
早く中に入って休もうぜ、ドッツォ」
俺は無理やり疲れを捏造すると、困惑するドッツォの背中を押して、店の奥へと足を進めた。
***
店内は、中世ヨーロッパの屋敷を思わせる内装だった。
ただ、インテリアにはパステルカラーのクッションや小物が置かれ、なんとも独特の雰囲気を醸し出している。
見渡して見たところ、他の客はいないようだ。
どうやら俺達が、この店にとって記念すべき最初の客ということらしい。
「こちらのお席へどうぞ、ご主人様!
長旅の疲れをゆっくり癒やしてくださいね」
メイドに案内され、俺達は窓際のふかふかのカウチに腰を下ろした。
ドッツォは相変わらず「僕、旅なんてしてないのに……」と食いついているが、とりあえず座り心地は気に入ったようだ。
「改めまして、私はシャルロットと申します。
精一杯お仕えさせていただきますので、なんなりとお申し付けくださいませ、ご主人様」
シャルロットと名乗った彼女は、スカートの端を少し持ち上げて優雅に一礼した。
だいぶ落ち着きを取り戻してきたようだが、まだ指先がわずかに震えている。
「じゃあ、とりあえずメニューをもらえるか?」
「ご主人様。
ここでは『いつもの!』とおっしゃっていただくだけで大丈夫です。
厨房の妖精たちが『いつものお食事』をご用意いたしますわ」
「えぇ!?
初めて来たのに、『いつもの』なんて無いよ。
そうでしょ?」
ドッツォの正論パンチが、シャルロットの顔面を直撃した。
彼女は再び蒼白になり、「あぅ、あぅ……」と唇を震わせる。
俺は察した。
まだ開店したばかりで、メニューのバリエーションがほとんど無いのだろう。
とにかくこの気まずい空気を何とかしなければならない。
「じゃあ、俺達2人分、『いつもの』を2つ頼むよ。
それでいいだろ、ドッツォ?」
「……う、うん……」
「かしこまりました!
少々お待ちくださいませ!」
シャルロットは目に見えて安堵した表情を見せると、逃げるように厨房へと引き下がっていった。
2人きりになって、ドッツォが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
「レンマ兄ちゃん。
あのメイドさん、さっきから会話が全然噛み合わないんだけど……何か僕達のこと誤解してるんじゃないのかなぁ」
「ドッツォ、ちゃんと説明せずに連れてきてすまなかった。
いいか、メイドカフェっていうのはな、小さな『劇場』みたいなものなんだよ」
「劇場?」
「そう。
台本があって、メイドさんは決まったセリフを言っているんだ。
だから、俺達も舞台を観ている観客みたいに、その設定を丸ごと受け入れる必要があるんだよ。
……どうだ、できるか?」
「そうなんだ。
よくわからないけど僕、頑張って合わせてみるよ!」
ドッツォは満面の笑みを見せた。
だが、本当に理解してくれたのかどうかは微妙だ。
今後も気を抜かず、メイド喫茶の世界観を壊さないように対応していく必要があるだろう。
――と、そこまで考えて、俺はふと我に返った。
なんで俺、こんなに気を使ってるんだ?
メイド喫茶ってこんなに疲れる場所だったっけ?




