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7-2 TSUKIHABARA!




「……マジかよ。

 たったの1週間で、こんなに変わるとは……」


 かつて『リューンシャンゼリゼ』と呼ばれていた月面基地の商店街は、原形をとどめないほどに変貌を遂げていた。


 ついこの前まで、この場所には白い外壁と落ち着いた装飾の町並みが広がっていた。

 高級ブランドのカバン屋や宝石店、高価な香水の香りが漂うブティックなどが整然と並ぶ、静かで美しい風景。

 それがリューンシャンゼリゼの姿だった。


 それが今や、建物の壁は赤、青、黄といった鮮やかな原色に塗り替えられ、店の看板はどれも目がチカチカするような色使いに変わっている。

 歩道にはみ出すように陳列された棚にはアニメグッズの箱が山積みにされ、あちこちに軒を連ねているのはB級グルメの屋台。

 そして少し見上げれば、肌もあらわな美少女イラストの巨大看板が視界を覆い尽くしていた。


「すっごい……。

 すっごいよぉ、レンマ兄ちゃん!

 まるでアニメで見た秋葉原の町に、飛び込んじゃったみたいだ!」


 ドッツォは嬉しそうだ。

 水を得た魚のように、ぴょんぴょんと跳ね回っている。


「レンマ兄ちゃん、地球の『秋葉原』も、こんな感じなの?」


「……そうだな。

 この、ごちゃごちゃとしたカオス感とか……ちょっと目のやり場に困るようなエロい看板は、なかなかそれっぽいかな。

 懐かしいし、落ち着く感じがする。

 ……でもなぁ」


「でも?」


 俺は周囲をもう一度、見回してみた。

 アニメショップ、ゲーセン、カレー屋、ガチャガシャ専門店……。

 ぱっと見、秋葉原らしき記号は揃っているように見える。

 だが……。


「電気屋が無いんだよな……」


 家電量販店やパーツショップが無ければ、真の秋葉原らしさは表現できない。

 しかしこれはどうしようも無いことなのだ。

 高度な技術力を誇るポータリアンにとって、地球のデジタル機器やハイテク商品など骨董品に過ぎない。

 店を構えたところで、誰一人見向きもしないだろう。


「電気屋さんって必要なの?」


「必要ってわけじゃないが……。

 秋葉原はアニメの聖地になる前、もともとは電気街だったんだ。

 パソコンショップとか、家電量販店とか、電子パーツの店とか。

 ネット通販の影響で地球でもだいぶ減ってきているが、完全になくなっちまうのも寂しいよな」


 俺が複雑な気分で感慨にふけっていると、人混みの向こうから見覚えのある人物が、満面の笑みで近づいてきた。


「これはこれはハルト……じゃなくてレンマさん!

 よくぞお越しくださいました!」


 恰幅のいい初老の男は、パツパツの身体に『TSUKIHABARA!』とプリントされたTシャツを着ていた。

 言っちゃ悪いが、ぜんぜん似合っていない。

 だがウーゴ・ディアロは商店街を統括する代表者として、自ら広告塔を買って出ているのだろう。


「おかげさまでツキハバラは予定通りリニューアルオープンを迎えることができました。

 レンマさんには色々とアドバイスをいただき、感謝しきれないほどです」


 ウーゴは相変わらず首に巻いたタオルで、暑そうに額の汗を拭いながら言った。


「いやいや。

 俺は聞かれたことに答えただけだし、大したことはやってないよ」


「何をおっしゃいますか。

 わずか1週間でここまで漕ぎ着けることができたのはレンマさんのおかげですよ。

 なにしろ商店街の誰もが、アニメなんて子供のころに見たっきりで、ほとんどまったく知らなかったのですから」


(……まぁ、普通は大人になったらアニメなんて見ないよな)と俺は心の中で自虐的に呟いた。


「その点、ちょっと気になってたんだが、商店街の経営者たちに不満は無かったのか?

 もともとアニメに興味が無かったのに、こんなに急に路線変更して……」


「それは大丈夫です。

 現状維持のままでは限界が来ると、皆、肌で感じてましたからね。

 確かに、アニメはよく知らない世界なので不安があったのも事実ですが……。

 今日、無事にオープンできて、ご覧の通り多くのお客様に喜んでいただいてますから、僅かな不安も吹き飛びましたよ」


 ――と、そこまで微笑みながら語っていたウーゴだったが、突然、何かに思い当たったかのように、その表情が暗くなった。


「ただ……」


「ただ?」


「店によっては扱う商品がまるっきり変わってしまったので、戸惑っている者はいます。

 例えば化粧品や香水などを扱っていた店などですね。

 アニメとはまったく関係が無い分野ですから……」


「いや、そんなことは無いだろ」


 俺が即答すると、ウーゴは丸いゴーグルの奥の目を丸くした。


「え?

 ですが……」


「アンテラ人はコスプレに熱中しているだろ。

 キャラクターに成りきれる化粧品や、肌の色を補正するようなメイク道具を発売したら、かなり売れると思うけどな」


「な、なるほど!

 それはそうなのかもしれませんね……でも」


 ウーゴはいったんは同意したものの、眉間にシワを寄せ、考えを巡らせているようだった。


「……香水はどうです?

 アニメの画面から香りは出ないから、グッズにすることもできませんよね?」


「いや。

 日本では、キャラクターをイメージした香水が普通に売ってるぞ」


「なんと!

 そんなことがあるのですか!?

 キャラクターをイメージするとは……いったいどういうことなんです?」


 よほど衝撃的だったのだろう。

 ウーゴは首から下げたタオルを握りしめ、身を乗り出してきた。


「厳密な話じゃ無いよ。

 いかにもそのキャラクターが身につけていそうな香りってことだ。

 情熱的なキャラならスパイシーな香り、清楚なヒロインなら石鹸のような香り……とかな」


「はぁ、しかし……ただのイメージというだけですよね。

 そのような商品が需要に応えられるとは思えませんが……」


「利用者が、それっぽいと信じることができれば、それで十分なんだよ。

 あとは空想力で補える。

 大好きなキャラクターと自分が一体化したような感覚が得られるなら、ファンは満足してくれるんだよ」


「そういう……ものでしょうか?」


「キャラクターが好きな気持ちがあれば、たいていの障害は乗り越えられる。

 まぁ正直なところ、ポータリアンの場合は感じかたが違うかもしれないし、キャラクターの人気次第でもあるんだが……試してみる価値はあるんじゃないか?」


「ふむむ……驚きました……目からウロコの気分です。

 私の見識が浅かったようです」


 ウーゴは頭を抱えて考え込んでしまった。

 彼のこんな真剣な表情を見るのは初めてだ。


 「……ちなみにですが、靴やカバンなんかはどうでしょう?

 キャラクターをイメージした商品などあり得るのでしょうか?」


「あぁ。もちろん。

 各キャラクターには髪や服装に色の特徴があるからな。

 それらに合わせてカラーリングすれば、きっとファンは買うぞ。

 カバンの場合は、透明の素材を使うことで、また別の大きな需要に応えられる」


「透明……ですか。

 しかしそれでは中身が見えてしまいますが……」


「そこがいいんだよ。

 大好きなキャラクターの缶バッジやぬいぐるみを詰め込んで、外から見えるようにするんだ。

 自分はそのキャラクターが好きだってことを周囲にアピールするためのカバン。

 通称『痛バッグ』ってやつだ」


「い、痛バッグ……」


「欲しい!

 僕もヴォルラックのフィギュア、持ち歩きたいよ!」


 ドッツォの勢いに押されるように、ウーゴはフラフラとよろめくと、そのまま膝を落とした。


「な、なんということでしょう。

 そんな世界があったとは……」


 アニメファンに向けた商品展開はかなり特殊だ。

 長いキャリアを積んだ常識人である彼にとっては、受け入れるのに時間がかかるのだろう。


 ウーゴはしばらく焦点の定まらない目で空を仰いでいたが、やがて意を決したように立ち上がった。


「す、すみません。

 ちょっとショックが大きかったものですから取り乱してしまいました。

 ……しかし、驚きました。

 アニメの商品展開(マーチャンダイジング)が、これほど奥深く、広大だとは……。

 さっそく、商店街の連中に伝えようと思います。

 きっとみんな、喜びますよ!

 ありがとうございました!」


 ウーゴは居ても立ってもいられなくなったようで、軽く会釈をすると、全速力で店主たちのもとへと走り去っていった。







=== 登場人物 ===


【ウーゴ・ディアロ】

 58歳。男性。フランス系アメリカ人。総務部施設管理課。ツキハバラ商店街の管理人であり、店長達の取りまとめ役。


=== 用語解説 ===


【ガチャガシャ】

 くじ引き式カプセルトイ販売機の総称。特定の企業の登録商標に抵触しないよう、配慮する場合に使用される呼称。



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