6-7 ロニャ・エレントだよぉ
月面基地の商店街『リューンシャンゼリゼ』の臨時集会が行われるとのことで、俺達は朝から噴水広場に集められた。
会場には30人ほどが集まっている。
半数はライムグリーンの制服を着た総務部の職員で、残りは商店街の経営者や店員だ。
玩具店のマルビンや、貸し衣装屋のドリーンの姿も見える。
この商店街の経営者はすべて地球人のようで、見たところこの場にいるポータリアンはボサッコ人のドッツォだけだった。
マルビンはいつものピエロのような服装だが、ドリーンは見るたびに違う服を着ている。
今日はおとぎ話に出てきそうな悪い魔女がコンセプトのようだ。
商店街の関係者が一同に会するのは珍しいのだろう。
参加者は互いに挨拶を交わし、商売の状況について言葉を交わしていた。
会場が無秩序にざわめく中で、中央のステージに男が現れた。
丸いゴーグルをかけた、恰幅のいいおじさんといった風体だ。
髪はほとんど白髪で、年齢は50代後半といったところか。
汗っかきのようで、首から下げたタオルで終始、額や頬の汗を拭っている。
「えー、ゴホン。
皆様、お集まりいただきましてありがとうございます。
総務部施設管理課のウーゴ・ディアロでございます」
ウーゴは会場に集まった参加者を見渡すと、軽く会釈した。
参加者たちも雑談を中断してステージに注目し、会場は静まり返った。
「月面基地が運用を開始してから20年。
商店街『リューンシャンゼリゼ』が誕生してから15年。
皆様のたゆみの無い尽力のおかげで、商店街は今まで無事に継続することができました。
改めて感謝を申し上げます」
ウーゴが沈痛な口調で語り始めると、会場には緊張が走った。
これから語られる内容が、明るい話題ではないことが薄々感じられたからだ。
「ただ……皆様ご存知の通り。
売上は5年前をピークに、2年連続で落ち込んでおります」
ウーゴが重々しく告げる。
「高級財布のブームは沈静化してしまいましたし、かつて定番であった地球儀の売上も低迷しております。
新たな流行を生むかと期待されていたスノードームの商品群も、ポータリアンの関心を得ることはできませんでした」
スノードームというのは、小さな透明の球体の中にミニチュアの風景を入れて、水やラメなどを封じ込めた置物のことだ。
土産物店でよく見かける商品だが、重いし置き場所に困るため、「もらっても嬉しくないお土産」として悪名高い。
あれに商店街の命運をかけて挑んだのだとしたら、ちょっと商売のセンスを疑いたくなる。
「正直申し上げて、これまでの方針を継続したとしても、先行きは暗いと言わざるを得ません。
先日のガジェットモンスター騒動で建物が被害を被ったことも、ひとつのきっかけとなりました」
会場がどよめく。
閉鎖か?
撤退か?
不安な空気が広場を包む。
「そこで!
商店街の長期的な発展を実現するため、方向性の抜本的な改革が必要だと考え、このたび外部の経営コンサルタントを起用することにいたしました」
経営コンサルタント?
ざわめきが大きくなる。
「ご紹介いたします。
拍手でお出迎えください!
さ、どうぞこちらへ!」
ウーゴがステージ上手で控えている人物に手を差し伸べると、会場は緊張に包まれた。
コンサルタントとはいったい何者なのか?
地球から重要人物が来たという話は聞いていないが……。
「みんな、おはよー!
ロニャ・エレントだよぉ」
ガクッ。
俺はずっこけた。
踊るような軽快なステップで現れたのは、ロニャだった。
なんであいつがコンサルタントなんだ?
頭の中で疑問符が噴き出して混乱したが、意外にも聴衆からは歓迎の拍手が沸き起こった。
「今回あたしは依頼を受けて、商店街の経営状態をチェックしたんだけど~」
ロニャは物怖じすることなく、マイクを握って話し始めた。
「注目したのはマルビンの玩具店!
全体の売上が落ちてる中で、アニメのフィギュアとホロカードだけは、前年比で30%もアップしてるんだよ!」
会場から「ほぉーっ」と感心するような声があがる。
みんな、ロニャの話に引き込まれているのだ。
「みんな、アニメって知ってる?
日本で作られたアニメーションのことなんだけど、ポータリアンの中で今、ブームになりつつあるんだ」
ロニャは客席にいるドッツォを指差した。
「ボサッコ人の友達は毎日アニメ鑑賞して盛り上がってるし、アンテラ人の友達はアニメキャラのコスプレにハマってるんだよ」
コスプレ以上にヤバいことになってるけどな……と俺はひとりごちたが、ロニャの話は続く。
「でさ。
なんでだろ~って思ってグレーネ人のルンビ大使に聞いてみたんだ」
グレーネの大使に聞いた!?
会場がざわつく。
「ポータリアンの長い歴史の中でもアニメみたいな文化は無かったらしくて、めっちゃ希少価値が高いんだって!」
今度は「おぉーっ」と、明らかに驚きと称賛が込められた声が沸き起こった。
ロニャのポジティブな口調と相まって、ルンビ大使の言葉が一気に説得力を持ったようだ。
実際はロニャが大使に質問したわけではなく、大使が勝手にしゃべっただけだが、まぁ発言の内容は間違っていない。
「でもみんな、『それってウチには関係ない』って思ったでしょ?
『玩具店だけの話じゃん』って思ったでしょ?
でも、違うんだよね!」
ロニャはビシッと指を立てた。
「アニメはあらゆるグッズになってるし、あらゆるサービスとコラボできるの。
キャラの文房具とか、アニメに出てくる料理が食べられるレストランとか、アニメの主題歌が歌えるカラオケとか、もう、なんでもアリ!
アニメって文化なんだ。
だから全ての分野に応用できるんだよね~」
ロニャはアニメをまったく見ないし、どちらかというと嫌っていると思っていたので俺は驚いた。
まるでアニメの宣教師ではないか。
「でもみんな、不安があるよね。
アニメなんて見たことないし、よくわかんないって。
でも大丈夫!
あたしたちには、最強のアドバイザーがいるから!」
ゾクッとした嫌な予感が俺の背筋を駆け抜けた。
「紹介するよ!
アニメ文化の聖地、日本の秋葉原からお招きした、アニメのエキスパート!」
ロニャの野郎、俺を巻き込むなっつぅの!
「ハルトさんです!」
ズコーッ!
俺がコケるのと同時に、観衆から「おぉっ!」と歓声が上がり、全方位から突き刺すような視線を感じた。
「俺はハルトじゃねぇ! レンマだーっ!」……と叫びたかったが、なんとか心の中で押し留めた。
どう否定したところで、口達者なロニャは俺を祭り上げることを止めないだろう。
悔しいが、俺がそれをわかっていることを、ロニャもわかってやっているのだ。
「さぁ、ハルトさん、ステージへどうぞ!
皆さんも、ハルトさんを拍手でお出迎えください!」
期待を込めた拍手が沸き起こる。
ロニャは俺を見ながらステージへ上がれと手招きするが、さすがにそこまで付き合う必要もないだろう。
俺は手を横に振って否定の意思を伝えた――が。
「皆の者、ハルト様がお通りになるぞ、道を空けぃ!」
背後から威勢のよい女性の声が鳴り響いた。
白い甲冑に身を固めた、黄色い肌の少女、ケーミンだ!
まだキャラ同化症から抜け出していないのか!
商店街の関係者達は、拍手をしながら後退し、俺がステージへと進めるように道を作った。
「ささっ、ハルト様。
どうぞ、お通りください」
リリアンヌことケーミンが頭を垂れる。
くそ~。
さすがにここまでされては無視できない。
もはや手遅れ。
ロニャの術中に、とっくに俺はハマっていたのだ。
しかたなく、ケーミンに付き添われながらステージへと向かった。
ロニャは、俺が壇上に上がるのを確認すると、再びマイクを握る。
「それでは、この商店街の新しい名前を発表します!」
いまや会場の空気は、完全にロニャに支配されていた。
今、彼女が何かを売ったとしたら、全員が購入してしまいそうな勢いだ。
「みんなリューンシャンゼリゼに愛着あるのは分かるけど、勇気を出して新しいコンセプトに踏み出そうよ!
ハルトさん、お願いっ!」
ロニャの視線を追うと、総務部施設管理課のウーゴが再登場し、人の身長ほどもある白いボードを俺に手渡した。
「これが、新しい商店街の名称です!」
俺がボードをくるりとひっくり返すと、そこに書かれていたのは……。
『ツキハバラ』!
一瞬の静寂の後、会場は爆発的な歓声と拍手に包まれた。
日本語の『月』と『秋葉原』を合わせた妙な名称だが、意外にも全員がすんなりと受け入れている。
リューンシャンゼリゼは15年の歴史に区切りをつけ、今まさに、まったく新しい商店街へと生まれ変わろうとしているのだった。
--- エピソード6 完 ---
--- シーズン1 完 ---
これにてシーズン1は完結となります。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
『ツキハバラ』と名称を変え、リニューアルされた商店街がどのようにオタク異星人の聖地になっていくのか?
エピソード7から始まるシーズン2もお楽しみいただければ幸いです!
ひきつづきよろしくお願いいたします!




