6-6 みんな逃げて!
黒衣のアンテラ人は、朗々と響く声で天に向かって叫ぶ。
「フハハハハ!
逃げ惑え、愚かな人間どもよ!
我が理想郷の礎となるがいい!」
その容姿、そして聞き覚えのある尊大なセリフ。
――間違いない。
アニメ「ガジェットモンスター」の最終章に登場し、世界を混沌に陥れようとした極悪非道のラスボス……。
俺がその名を脳裏から掘り起こそうとしたとき、奴も俺達の接近に気づいた。
ゆっくりとフードが上げられ、剥き出しになったダークレッドの瞳が、異様な光を放つ。
「我が名は冥界の覇王、ダークシュレーディンガー!
何人たりとも、我が崇高な神事を妨げてはならない!」
普通なら赤面して逃げ出したくなるような厨二病全開のセリフだが、男の目はマジだった。
ごっこ遊びで言っているのではない。
彼は今、心底自分が『冥界の覇王』であると信じ込んでいるのだ。
「……典型的なアニメ症候群。
キャラ同化症ね」
アリチェが、吐き捨てるようにつぶやいた。
「キャラ同化症!」
今朝、俺のベッドにリリアンヌとして押しかけてきたケーミンと、全く同じ症状だ。
アニメのキャラクターに過度に感情移入し、そのアイデンティティを自分と同一化させてしまっている。
リリアンヌは俺に好意を寄せていたのでうまくあしらうことができたが、こいつは世界滅亡を望む敵役だ。
今回は同じ手は使えない。
「フハハハッ!
絶望に声を失ったか!
よかろう、特別に我が下僕コンバイン・ドラゴンの、秘められた真の力を見せてやろう!」
ダークシュレーディンガーは高らかに腕を掲げた。
「天光満つる処に我はあり……」
「あ、あの呪文は……封印された伝説の最終奥義!」
ドッツォが悲鳴のような声を上げた。
ダークシュレーディンガーは外界からの干渉をシャットアウトするように目を閉じ、顔の前で印を結びながら詠唱を続ける。
「……黄泉の門開く処に汝あり……」
「い、いけない!
あの技を発動されたら、誰も生き残れない、何も残らない、あらゆる物が崩壊してしまう!」
「……冥府の底より蘇りし、我が怨念を力に変えて……」
「レンマ兄ちゃん、ロニャ姉ちゃん、アリチェ姉ちゃん!
みんな逃げて!
早く!!」
ドッツォは必死に叫ぶが、当の本人は恐怖と威圧感のあまり、膝がガクガクと震えてその場から動くこともできない。
そのとき、ダークシュレーディンガーが、カッと目を見開いた。
天に掲げた両腕を全力で振り下ろす。
「今ここに顕現せよ!
コンバイン・ドラゴン――アルティメット・カタストロフ・ブラスター!!」
咆哮とともに、巨大なドラゴンの体躯が大きくのけぞった。
周囲の空間から無数の光の粒がドラゴンの口腔に吸い込まれ、全身が視界を焼くほどに眩く輝き始める。
あまりに強力なエネルギーの集積に、周囲の空間が陽炎のようにゆらゆらと歪んでいく――。
「……やれやれだぜ」
俺は肩をすくめると、ベルトのマイクに向かって、「オーバーバフ3発」と小声で唱えた。
するとガジェモン「フセンジロ」から3枚の付箋紙が放たれ、コンバイン・ドラゴンの胴体にぺたりと貼り付く。
直後、ハンマー状の尾が100倍の重量になったことでドラゴンは地面に叩きつけられた。
奴は慌てて体勢を立て直そうとしたが、ドリル状の両腕が100倍の高速回転を始めたため、ジャイロ効果によって身動きが取れない。
しまいには、頭部ガスバーナーの発熱量が100倍になったことで体内の燃料に引火し――。
ドォォォォォンッ!
超レア級の最強ガジェモン「コンバイン・ドラゴン」は大爆発とともに飛散してしまった。
「……え?」
あまりに一瞬の出来事だったので、後に残されたダークシュレーディンガー(自称)は、しばらくの間、何が起きたのか理解できずに呆然としていた。
ようやく我に返ると、奴はマントを翻して俺達を指差した。
「フ……フハハハハッ!
今日のところはこの辺で勘弁してやろう!
次に会うときは、貴様らもろとも、真の地獄へ引きずり込んでくれるわぁッ!」
負け惜しみを叫びながら、アンテラ人の男は驚くべき逃げ足の速さで、どこかへと姿を消してしまった。
「……頼むから、そのままいなくなってくれ」
俺の切実な願いが届いたかどうかはわからない。
ただ、目の前に積み上がった「これから片付けなければならない残骸」の山を見て、俺はその場にへたり込んだ。
=== 用語解説 ===
【アニメ症候群】
アニメにハマりすぎて心身に異常をきたす症状の総称。ポータリアンの中で蔓延しつつある。特にキャラに成り切って自我を失ってしまう「キャラ同化症」は危険。
=== 科学的補足 ===
【ジャイロ効果】
・高速で回転している物体が、その時の回転軸の向きをずっと維持しようとする性質をジャイロ効果と呼ぶ。コマが回っている間は倒れない、自転車は走っている時の方がふらつかない、といった現象はこれに起因する。




