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6-1 ハルト様、お目覚めですか?




 朝、俺は言いようのない圧迫感で目を覚ました。


 胸の上に、ずっしりと重くて硬い「何か」が乗っている。おまけに、鼻先をくすぐる甘い花のようないい香りがした。


「……は?」


 白い陶器のような質感の甲冑に身を包んだ少女が、俺の胸に頭を預けてスヤスヤと眠っていた。

 白と金の騎士風ドレスアーマー。

 胸元には見覚えのある紋章が刻まれている。

 これは――アルステッド王家の紋章。

 イセハナ――異世界花嫁無双のリリアンヌの防具じゃねぇか!


 混乱する俺の視界の中で、少女がゆっくりと目を開けた。

 可憐な美少女――だが、その肌は黄色く、頭部からは二本の触角がぴょこんと生えている。


「おはようございます。

 ハルト様」


 少女は、この世のものとは思えないほど美しい微笑を浮かべた。


「わわわっ!?」


 俺は心臓が口から飛び出しそうな勢いで跳ね起きた。

 ベッドから転げ落ちそうになるのを必死でこらえる。


「ハルト?

 俺はレンマだ!

 ミヤヅカ・レンマ!」


「まぁ。

 まだ夢を見ていらっしゃるのね、ハルト様」


 少女は優雅な動作でシーツを直すとベッドの端に腰掛けた。

 その仕草、その落ち着いた声のトーンは、まさに『イセハナ』の第一王女、リリアンヌそのものだった。


「昨夜は魔王軍との戦いでお疲れでしたもの。

 少し寝ぼけていらっしゃるのかしら。

 でも……そんなハルト様も素敵ですわ」


「だから、ハルトじゃねぇって!

 てかお前、誰だよ!

 ……いや、待てよ。

 どこかで見たことが……」


 整った顔立ちに、スポーティな体格。

 そうだ、俺が初めて商店街に来たとき、ロニャと一緒にいた……。


「ちょっとー、ケーミン!

 あんた何やってんのよ、こんなところで!」


 突如、休憩室のドアが勢いよく開き、ロニャが飛び込んできた。


「ケーミン……そうだ、ケーミンだろ、お前!」


「いいえ。

 わたくしはリリアンヌ・フォン・アルステッド。

 アルステッド王国の第1王女にして、王国騎士団の団長でございます」


 ケーミンは毅然とした態度で名乗った。


「ちょっ、何言ってんのよケーミン!

 どうかしちゃったの!?

 リリアンヌって誰?

 それ、コスプレでしょ!?」


「セリスさん。

 元気なのはよろしいことですけれど、ハルト様はまだお休み中でいらっしゃいますのよ。

 もう少し静かにしてくださらないかしら?」


「私はセリスじゃなくてロニャ!

 そいつはハルトじゃなくて、ただのオタクのレンマよ!

 あんた、あたしをからかってるわけ!?」


 ロニャの絶叫が響き渡るが、ケーミンは余裕の微笑みを崩さない。

 そこへ、騒ぎを聞きつけたアリチェが現れた。


「どうやらアニメ症候群を発病したようね」


「アニメ症候群?

 なにそれ!?」


「最近、アンテラ人の患者が増えているらしいわ。

 アニメを見て特定のキャラクターを好きになると、現実と空想の区別がつかなくなるらしいの」


「な、なんだってー!?」


「特にアンテラ人は何かに夢中になると、他のことが考えられなくなる性質があるのは知っているでしょ?

 初めてアニメを見たことで、彼女は強い衝撃を受けたということじゃないかしら」


「ど……どうすれば治るの?」


「放っておけば?」


「でも、このままじゃ……」


「彼女がハルトに抱いている気持ちは純粋なものよ。

 他者がとやかく言うものではないわ」


 アリチェは割り切っているが、ロニャは不安を隠せない。

 そりゃ仲の良い親友が、いきなり王女だとか名乗りだしたら心配にもなるだろう。

 しかし、かといってどうすればいいのか皆目見当もつかない。


「……とりあえず、メシでも食って落ち着こうぜ」


 空腹のままでは何も考えられない。

 俺たちは腹を満たすために、ラウンジへと移動することにした。


「レンマ兄ちゃん……その人、誰なの?」


 俺に寄り添うように歩く甲冑姿の美少女を見て、ドッツォが口をあんぐりと開けた。


「あら、ポチ。

 今日もお利口さんね」


 ケーミンは微笑みながら手を伸ばし、ドッツォの頭を優しくなでた。


「……ポ、ポチ?

 僕はドッツォだよぉ、ポチじゃないよぉ!」


 ドッツォはペット扱いされてショックを受けているが、ケーミンはお構いなしだ。


 俺は宅配ロッカーから取り出した朝食をテーブルに並べ、椅子に腰掛けた。

 すると、ケーミンが俺の隣にちょこんと座り、ニコニコと幸せそうに微笑んだ。


「魔王ゼルグレイアが、いつ刺客を送り込んでくるかわかりませんわ。

 ハルト様のことは、わたくしがお守りいたします」


「いやだから、俺はハルトじゃねぇって……」


「あら、ハルト様、お米粒がついていますわ」


 そう言うと、ケーミンは俺の頬に顔を近づけてきた。


 まさか、米粒を口で取ろうってのか?

 どうする?


 慌てふためく俺の姿を見ていたロニャが、全身をワナワナと震わせている。

 美女に迫られるのは悪い気はしない。

 だが、これは何か違う。

 俺はハルトではないし、彼女の精神状態は普通ではないのだ。


「なぁ、アンテラ人がこうなってしまった場合、どうすりゃいいんだ?」


「時間を置くことね。

 熱はしばらくすれば覚めるわ」


 アリチェの言っていることは正しいのだろう。

 だが、こんな状態を続けていたら、俺の精神のほうが参ってしまう。


「しかたない……ちょっと良心が痛むが……」


 俺は少し考えると、ケーミンに向き直った。


「……リリアンヌ」


「はい。

 ハルト様」


「お前に頼みたいことがある」


「なんなりとお申し付けください、ハルト様」


「俺はここでしばらく潜入捜査をしなければならない。

 お前は一足先に暗影連邦へと赴き、危険が迫っていることを伝えてほしいんだ」


 これは『異世界花嫁無双』の第4話でハルトがリリアンヌに言ったセリフを少しアレンジしたものだ。

 シリーズ序盤の有名なシーンだし、恐らく彼女も知っているだろう。


「で、でも……ハルト様に危険が及んだら……」


「大丈夫。

 セリスとミレナが守ってくれるさ。

 それに、ポチもいるしな!

 この任務はお前にしか頼めないんだ。

 頼む!」


「……わかりました、ハルト様。

 わたくし、必ずやご期待に沿う所存でございます」


「ありがとう、リリアンヌ」


「それでは、失礼いたしますわ、ハルト様」


 ケーミンは深々と一礼すると、ラウンジを後にした。


 通じた!


 ケーミンを騙したことになるので少し心が痛むが、しばらくすれば、ケーミンも頭を冷やして正気に戻るだろう。

 これでよかったのだ。


 俺はほっと安堵のため息をつくと、再び朝食へと取り掛かった。

 その後、「しばらく」が想定以上に長く続くことも知らずに……。









=== 異世界花嫁無双イセハナ・主な登場人物 ===


【森下 春斗ハルト

 20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。異星人から見ると、レンマに似ているらしい。


【リリアンヌ・フォン・アルステッド】

 18歳。女性。アルステッド王国第1王女。ドレスアーマーを身にまとったタンク役。典型的な王道ヒロイン。


【セリス】

 16歳。女性。獣人族。猫耳と八重歯がチャームポイント。いつも元気なムードメーカー。


【ポチ】

 野良犬だったが、ハルトに救われて以来、旅に同行している。


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