5-7 なんという尊さ……
「聞き捨てなりませんね」
ルンビ大使は俺のつぶやきに即座に反応した。
表情は変わらないが、怒りと不安が入り混じって声が震えているような気がする。
「台無しとはどういう意味ですか?
地球からは慎重に運ばせました。
パーツの欠損も無いし、傷もついていないはずですが……」
「いや、フィギュア自体には問題無い。
価値が高いものだし、いい状態で保管されている。
だが、アクションフィギュアは単に飾ればいいというわけじゃない」
「何ですと?
どういう意味でしょうか?」
「言葉で説明するのは難しいな。
ちょっと触ってもいいか?」
大使が頷いたので、俺はヴォルラックのフィギュアをスタンドからはずして持ち上げた。
指先に神経を集中させる。
肘、肩、手首、膝、股関節、足首……。
感覚を研ぎ澄ませ、関節の角度をガシャガシャと調整していく。
さまざまな方向から見て細部をチェックした後、再びスタンドに戻した。
作中でヴォルラックが変形を完了した際の、『決めポーズ』を再現したのだ。
「な、なんと!」
「かっこいい!
さっきと全然違うよ!」
ルンビ大使とドッツォが同時に声を上げた。
これがアクションフィギュアの面白いところだ。
ポーズを少し調整しただけで、受ける印象がガラリと変わる。
「むむ……これは」
「まるで今にも動き出しそうな気がするよ!」
大使とドッツォは腰をかがめ、目を丸くしてフィギュアに見入っている。
それまで興味なさそうにしていたロニャとアリチェも何事かと寄ってきた。
「えー?
別に変わんないじゃん」
「貴重なものなら、化粧箱にでもしまっておけばいいのに」
女性陣はどうもピンと来ていない様子だ。
不思議なもので、メカのかっこよさに関する感覚は、男女で大きな差が出る傾向がある。
「なぜアニメのロボットが人の形をしているのか、考えたことはあるか?」
高慢なルンビ大使に腹が立っていた影響で、無意識に俺の口調はやや威圧的になっていた。
「い、いえ……」
「理屈で考えれば、宇宙空間で戦うのに長い手足は邪魔だ。
地上で戦うとしても、2本足ではバランスが取りづらく明らかに不利だ」
俺が言うと、アリチェは呆れたような表情をした。
「そうね。まったく論理的ではないわ。
人型をしていると無重量空間ではピッチ方向とロール方向の機動性が悪くなってしまうから」
「だろ?
それでもあえて人型をしているのは、そのほうが視聴者にとって感情移入しやすいからだ。
例えば敵を殴るとき、人型をしていれば観ている者も、思わず拳に力が入る。
逆に敵から殴られたときも、人型だからこそ視聴者は感情移入して痛みを感じることができるんだ」
俺はあくまで一般論を述べただけだが、大使は衝撃を受けたようで口をあんぐりと開けたままになっていた。
わかりやすくするため、俺は実例を示しながら説明してやることにした。
再びスタンドからヴォルラックを取り出すと、いったん直立不動のポーズに戻してから、ゆっくりとした動作でひとつずつ関節を曲げていく。
「だからアクションフィギュアを飾る場合も、ロボットとしてではなく、人間をイメージしながらポージングしてやる必要がある。
肘は軽く曲げ、手首は内側にひねることで、次の攻撃に備えて力を溜めているように見せることができる。
腰は前に突き出し、両足を左右に開き、膝はまっすぐに伸ばすことで何者も恐れない力強さを表すことができる」
カチッ、カチッ。
関節を極める音が、静かな部屋に響く。
「おおおっ……」
「へぇー。
確かに、なんか強そうになったかも!」
ロニャが感心したように声を上げた。
「目の錯覚かしら……重心が安定して見えるわね」
アリチェも認めざるを得ないようだ。
いつのまにかルンビ大使のアーモンド型の大きな目は潤んでいた。
しかも、信者が神の像を拝むように手を合わせている。
「レンマ兄ちゃんはやっぱりすごいよ!」
ドッツォは興奮した様子で俺の腰をギュッとハグした。
「兄ちゃんのポージングに比べたら、さっきまでのポーズは、単にモノとして置いているだけって感じ!
まるで生命力が感じられないもん。
あれじゃあフィギュアに失礼だし、作品にも失礼だよね!」
グサッ!
ドッツォの歯に衣着せぬ発言が、大使の心に突き刺さる音が聞こえた気がした。
茫然自失の状態となったルンビ大使を見て、さすがの俺も、少し同情せざるを得なかった。
だいたい地球上でも異国の文化を理解するのは難しい。
異星の文化だったらなおさらだろう。
大使は日本のアニメやフィギュアについて十分熱心に研究している。
アクションフィギュアの楽しみかたを把握できていなかったとしても、彼を責めることはできないはずだ。
だから俺はこれ以上、大使を追い詰めるつもりはなかったのだが……。
不格好なポーズで飾られている水無瀬ユイの姿が、どうにも気になって我慢できなくなってしまった。
「ついでだ。
こっちも直してやるよ」
俺はユイのフィギュアをスタンドから取り外すと、まずはルンビ大使に現在のポーズをしっかりと見てもらった。
「女性らしさを表現したい場合はまた別だ。
肘は体に近づけて手のひらは外側に向ける。
脚は開かず、足先は内側に向ける。
腹は前に出して腰は引く。
これだけでもいいが、片脚に重心を乗せて、左右を非対称にポージングしたほうが、体の柔らかさが表現できる」
俺がユイのフィギュアをスタンドに固定してみせると、大使は変な声を出した。
「おぉおっ!
なんという尊さ……」
グレーネ人は感情を表に出さないはずなのだが、ショックのあまりキャラが崩壊しはじめているような気がする。
「かわいー!
あたしもやってみよっかな、そのポーズ」
ロニャが真似をして、くねっと腰をひねってみせる。
確かに可愛いが、今はそれどころじゃない。
「……計算されたあざとさね」
アリチェが呆れたようにつぶやく中、またしてもドッツォが追い打ちをかけた。
「レンマ兄ちゃん、すごい!
ユイが何倍も魅力的に感じる!
レオンを優しく包み込むような母性愛が伝わってくるみたいだ!
これに比べたらさっきまでの飾りかたは、まるで壊れたロボットだよ!
キャラクターに対する愛も理解も感じられないし。
まるでスタンドにはりつけにして処刑してるみたいだった!」
「う……」
ルンビ大使は短いうめき声を上げるとガクリと膝を折り、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
「大使!」
俺は大使の傍らに駆け寄ろうとしたが……。
バァン!
部屋の扉が勢いよく開けられた。
「ピッ!
緊急アラート!」
警備ボットが勢いよく部屋になだれ込んできたかと思うと、俺達に銃口を向けた。
「訪問者による大使への危険行為を検知!
拘束する!」
「え?
違っ……」
釈明する間もなく警備ボットは麻痺銃を発射し、全身の筋肉が硬直した俺は、そのまま崩れ落ちるしかなかった。
=== 科学的補足 ===
【ピッチ・ヨー・ロール】
・人間の頭に例えると、ピッチはうなずき、ヨーは首振り、ロールは首をかしげる方向に相当する。回りにくさ(慣性モーメント)は回転軸からの距離の二乗に比例するため、人型ロボットの場合、ヨー方向には回りやすく、ピッチ方向とロール方向には回りにくいと言える。




