5-6 案外ハマってんじゃん!
「地球人にこれを見せるのは、初めてです」
ルンビ大使に案内されて俺達が入ったのは、大使が個人的に使っている部屋のようだった。
室内には地球産の彫刻や、装飾品、陶器、楽器、腕時計など、多くの美術品が所狭しと並んでいる。
「すごいな。
これみんな、地球から取り寄せたのか?」
「そうです。
私は本物にしか興味がありませんので。
十分すぎるほどの金額を支払いましたよ。
所有者が手放すのを嫌がるので苦労しましたがね」
そう言うと大使は、感慨深げにコレクションを見渡した。
その振る舞いに、ロニャは釈然としない様子だ。
「あっれぇ?
地球をバカにしてた割には、案外ハマってんじゃん」
「いえ。
ここでの仕事は退屈なので、暇つぶしに集めてみただけなのです。
正直、この程度の芸術品はポータリアンにとって二束三文の価値もありません」
ひどい言いようだ。
この大使が地球文化を軽く見ていることだけは間違いない。
「地球だったら何億円もするものばかりね。
……本物だったらの話だけど」
アリチェは部屋に飾られた美術品の数々を見回しながら、冷ややかにつぶやいた。
「間違いなく、本物です!
無学な一般大衆はともかく、研ぎ澄まされた私の目は欺けません」
ルンビ大使は迷いもなく断言した。
自分の審美眼によほどの自信を持っているようだ。
「ですが……これだけは別です」
そう言うと、ルンビ大使は部屋の中央に置かれたガラスケースに歩み寄った。
大使が台座のスイッチに触れると、周囲を囲っていたガラスが台座の中へと吸い込まれていく。
その中央には、高さ15センチほどのアニメフィギュアが、2体並んでいた。
歴史的な美術品の中では違和感があるというか、だいぶ浮いた存在だ。
「ヴォルラックと水無瀬ユイ!」
ドッツォは目を輝かせて台座にへばりつくと、即座にキャラクター名を言い当てた。
確かにそれは、アニメ『重星覇装ヴォルラック』に登場する主人公機ヴォルラックと、ヒロイン水無瀬ユイのアクションフィギュアだったのだ。
「ドッツォ君、ご名答です。
そしてレンマ君……君を呼んだのは、これを見てほしかったからなのです」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて、俺はビクンとなった。
「君は秋葉原から来たのでしょう?」
「そりゃそうだが、俺は別に鑑定士じゃねぇぞ」
「わかってます。
すでに複数のAIによる鑑定は完了しています。
ですが私は疑り深いので、最後の確認として、日本人であるあなたに見てほしいのです」
最初は俺をからかっているのかと思ったが、大使は大きな目を見開いて俺を正面から見つめている。
とても冗談とは思えない。
もっとも、堅物のグレーネ人が冗談を言うはずもないのだが。
「まぁ、安物なのかぐらいならわかるかもな」
しかたないので、俺はフィギュアをじっくりと観察することにした。
腰をかがめ、まずはヴォルラックの肘の関節に、指先で少し力を加えてみる。
ガキンッ。
小気味いい金属音が内部から響き渡る。
「メカニカルサウンドフィギュアか……」
現代のロボットフィギュアではスタンダードなタイプだ。
全身の関節がフル可動するだけでなく、操作に応じてロボットらしい駆動音と感触が得られる仕組みになっている。
俺は試しに膝、首の関節も回してみた。
それぞれ異なるサウンドエフェクトが鳴るため、本当にロボットが動作しているような感覚がある。
だが、このフィギュアはかなりシンプルな構成だ。
指は可動するものの、頭部バルカンや背面スラスターには特にギミックは仕込まれていない。
「初期のモデルだな。
このシリーズ、最初は高価だったしあまり売れなかったから、生産数も少なかったはずだ。
詳しくは調べないとわからないが、まぁ貴重なフィギュアだと思う」
俺がつぶやくと、ルンビは満足そうにフンッと鼻を鳴らした。
「そうです。
私はまずメカニカルサウンドフィギュアの歴史を調査し、その源流となる商品を特定しました。
2041年に発売されたこの『メカアクション・ヴォルラック』こそ、その歴史的な転換点だったというわけです」
つまりこれは10年以上前に作られ、現在の主流となっているメカニカルサウンドフィギュアの草分けとなった商品なのだ。
いくらになるのかはわからないが、確かにコレクションとしては貴重なものだ。
「キャラクターフィギュアのほうも、ぜひ見ていただきたい」
大使に促されて、俺は水無瀬ユイのフィギュアに視線を移した。
ヴォルラックのヒロインである地球防衛隊のユイは、漆黒のロングヘアに、体にぴったりとフィットしたピンク色の制服を身に着けている。
腕や腿の部分は肌が露出しているが、このフィギュアは人体の柔らかな曲面を見事に表現しているようだ。
関節らしき構造はまったく見えない。
だが、試しに肘を軽く曲げてみると、ゲル状の素材が柔らかく変形した。
「なるほどね。
これもフレックスアクションフィギュアの初期型というわけか」
「その通り。
さすが日本人には見る目がある」
ルンビ大使は胸を反らせてみせた。
表情は変わらないが、だいぶご満悦なのだろう。
ちなみにフレックスアクションフィギュアとは、柔らかい素材で作られた内骨格型フィギュアのことだ。
キャラクターフィギュアのスタンダードとして今では常識だが、発売された当初は画期的な技術だと話題になった。
この商品は、市場ニーズを探るために実験的に発売されたものなので、流通量はかなり少なかったはずだ。
「しかも、これ、デコマスだろ?」
「ご名答です。
レンマ君」
「デコマス?」
ドッツォにとっては聞き慣れない用語だったようだ。
「デコレーションマスター。
量産前に見本として作られるものだ。
筆やエアブラシで塗るから、どうしても表面の色合いが量産品とは違ってくる」
「すごい!
じゃあこれ、貴重なんだね!」
「あぁ。
たいていは撮影用と量産チェック用の2体しか作られない」
「へぇ~」
ドッツォはギリギリまで顔を近づけ、憧れに満ちた目でアクションフィギュアに見入っていた。
「やはり……君を呼んだのは正解だったようです」
「だが、どうやって手に入れた?
関係者ならともかく、デコマスは一般には流通しないはずだぞ」
「さきほど申し上げたはずです。
入手するために苦労したと」
ルンビ大使はそれ以上詳しいことを話すつもりはないようだった。
恐らく大金を積んだのか、あるいは大使としての権限を利用したのだろう。
俺自身はコレクターではないが、ルールを守ってコレクションを楽しんでいる真っ当なコレクターからしたら、このような行為は許しがたいはずだ。
ついイラッとしてしまったからだろう。
俺は、当初から感じていた違和感について、黙っていることができなくなった。
「しかしせっかくのコレクションも……これじゃあ台無しだな」
周囲の空気が、一瞬で凍りついた。
=== 用語解説 ===
【ヴォルラック】
正式タイトルは『重星覇装ヴォルラック』。50年前にヒットした古き良きロボットアニメ。ド直球な熱い物語には今でも根強いファンが多い。
【レオン・ザルフリード】
主人公。17歳。男性。ザルグラード王家の第三皇子だが、地球を守るために戦う。
【水無瀬ユイ】
ヒロイン。16歳。女性。対宇宙防衛機構“UNIS”の研修整備士。当初はレオンを敵視しているが、やがてヴォルラックの副操縦士となる。




