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5-4 アニメはすごいよ!



「やはりグレーネの紅茶は崇高です。

 芳醇な香りに全身が包み込まれるようです。

 はっきり言って、地球の紅茶とは比較になりませんね」


 いきなり地球の紅茶をディスるような発言に迎えられて、俺は早くも不愉快な気分になった。


 俺にはグレーネ人の顔は全員同じに見えてしまうのだが、彼の場合は服装が圧倒的な個性を主張している。

 幾重にも重ねられたローブは恐らく民族衣装なのだろう。

 生地には赤と黒と金の細かい模様が刻まれており、彼の身分の高さを匂わせている。


 ルンビ大使は、執務室の椅子に深々と腰掛けたまま、俺達が入室しても無反応だった。


「あんたが大使ってわけ?

 で、あたしら清掃課に何の用?

 見た感じ、掃除が必要なようにも見えないけど?」


 ロニャがいきなりタメ口で喋り始めた。

 彼女は俺と違ってきちんとした敬語が話せるはずだが、今はあえてナメられないようにしているのだろう。


 いっぽうルンビ大使はぴくりとも動かず、感情が読み取れない。

 巨大なアーモンド型の目は、どこに焦点が合っているのかさえ分かりづらい。


「このような辺境の地に派遣された私の身にもなってほしいものですね」


 大使は大きく瞬きすると、威厳のある口調でゆっくりと語り出した。


「私はグレーネの文化を愛しています。

 そしてグレーネ文化を研究することに人生を捧げると誓いました。

 実際、様々な作品に触れたり、様々な人々と交流する日々は、素晴らしい経験でした。

 ……ところが地球との交易が始まり、大使のなり手が見つからないとのことで、政府は私を任命したのです。

 本人の意思などおかまいなしに」


 何の話が始まるのかと思ったら、政府に対する愚痴だった。


 まさかこんな感じで延々と喋り続けるつもりじゃないだろうな?

 俺の中で不安が高まる。

 人生において、他人の愚痴を聞く時間ほど無駄なものは無いのだ。


 ルンビ大使はカップを持ち上げて紅茶をひとくちすすると、俺達のリアクションなど意に介さず話を続けた。


「私も就任当初は、わずかな可能性に期待していました。

 様々な地球文化を研究しましたよ。

 絵画、彫刻、音楽、舞台劇、映画……。

 しかし……落胆しました。

 いずれも、かつてグレーネでも同種のものが生み出され、飽きられて廃れたものばかりだったからです」


「はぁ?

 何言ってんのコイツ」


 ロニャの毒づく声が響き渡ったが、大使の地球に対するディスりは止まらない。


「グレーネ文化は遥かに崇高な領域へと進化を果たしています。

 地球の文化は進化の初期状態であり、グレーネの歴史を遥か後方からトレースしているに過ぎないのです」


「……ちょっと!」


 ルンビ大使の言葉が途切れた間隙をぬって、ロニャが怒りをあらわにした。


「あたしらをここに呼んだのは、まさか地球をバカにするため?」


 ウィィン……。


 ロニャが身を乗り出すのと同時に、背後から機械の動作音が聞こえた。

 振り返ると、俺達の背後に立っていた2体の警備ボットが銃口を構えているではないか。

 まずい!


「ロニャ!

 とりあえず落ち着け!」


 俺が目配せすることで、彼女も警備ボットの存在に気づいたようだった。


 相手の挑発に乗って手でも出そうもんなら、奴らは職務を果たすだろう。

 俺達は怒りと緊張で戦々恐々となったが、この張り詰めた空気の中でも、大使だけはマイペースを貫いている。


「まぁ、貴方がたはグレーネ文化を知らないわけですから、自分たちの文化を擁護したくなる気持ちもわかります。

 しかし貿易をしているからといって、グレーネと地球が対等などとは勘違いしないことです」


 大使は冷ややかな目で俺達を見回した。


「私たちが地球との貿易を継続してきたのは、純粋に義務感からです。

 辺境の貧しい星が戦争や飢餓で自滅してしまったら可哀想なので、私たちはボランティア活動として貿易をしてきたに過ぎません」


「ボランティアぁ?

 上から目線すぎてウケるんですけどー!」


 ロニャがさらに食って掛かろうとするのを、俺は慌てて制した。

 俺だってこの一方的な物言いには黙っていられない。

 だが、ルンビ大使が言うように俺達はグレーネ文化を知らず、知らなければ反論もできないのだ。


 くやしいがポータリアンと地球との貿易は非対称型だ。

 地球は文化を輸出し、ポータリアンからエネルギーを輸入する。

 『文化汚染を防ぐため』という名目でこのルールは一方的に決められ、地球は抗議することもできなかった。

 平等な関係に見えて、実質的には主従関係があるのだ。


 ――そのとき。


「でも、アニメはすごいよ!」


 突然、ドッツォが叫んだ。


「アニメには、いっぱい種類があるし、発想がすごく自由なんだ!

 僕は毎日見てるし、ボサッコ人の間ではどんどん人気が出てるよ!」


 ドッツォの発言に、今まで穏やかだったルンビ大使の表情が、一瞬キツくなったような気がした。


「もちろんアニメのことは存じてますよ。

 私は地球の文化を徹底的に研究しましたからね」


 大使の声のトーンが変わった。わずかな緊張感が伝わってくる。


「激しい情感を好むボサッコ人がアニメと親和性が高いことは明らかです。

 ただ、理性的なアンテラ人の中にもアニメの影響を受けている者がいることは、確かに興味深いことです」


 ルンビ大使の大きな黒い瞳が、ロニャのことをギロッと睨んだように見えた。

 やはり、アンテラ人のコスプレ熱が、ポータリアンの間では問題になっているのだろうか?


「ロニャ、ここは素直に謝ったほうがよいのではないかしら?」


 アリチェが小さな声で囁いた。


「はぁ?

 アリちこそ、ポータリアン限定チャットに潜入してたじゃん!」


「ちょっと!

 声が大きいわよ!」


 アリチェとロニャが責任をなすりつけあうように揉めていたとき、一歩前へ進み出たのはドッツォだった。


「僕、グレーネ人の友達にもアニメを勧めたけど、楽しんでくれたよ!」


 ドッツォ!

 それ、言っちゃう!?







=== 用語解説 ===


【ポータリアン】

 30年前、「ポータル」と呼ばれるワームホールから地球圏にやってきた異星人の総称。主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族からなる。


【ボサッコ人】

 身長は低く、全身が毛に覆われている。ぬいぐるみのように愛らしい。感情変化が激しく、集団で感情を共有する。熱いバトルアニメが好き。


【アンテラ人】

 男女ともに容姿端麗。地球人に似ているが肌は黄色く頭に触角がある。キャラ好きでコスプレ好き。推しに対する愛が強すぎて身を滅ぼすこともある。


【グレーネ人】

 小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレー。知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。


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