5-3 アニメが禁止になったら死ぬ!
ロニャ、ドッツォ、アリチェとともに、俺はグレーネ大使館の建物を見上げていた。
灰色の直方体を乱雑に積み上げたような、独特の構造だ。
グレーネ人はポータリアンの中で最も古い歴史をもつ。
彼らがどんな文化を持っているのか俺は知らないが、このグレーネ様式の建築には見る者を圧倒する威圧感があった。
「ドッツォ、教えて。
ルンビ大使って、どんな人なの?」
いつもなら何も考えずに突進していくタイプのロニャが、珍しく慎重になっている。
「僕も会ったことないけど、おじいちゃんだよ。
あんまり人前には出てこない人だからよくわかんない」
ドッツォは少し声を潜めて続けた。
「ずいぶん長く大使をやってるけど、噂だと……地球人のことは嫌ってるみたい」
「嫌い?」
呆れた俺は思わず大声を上げてしまった。
「誰がそんな奴、起用したんだ?
地球人を嫌ってる奴に、地球駐在の大使なんて任せちゃだめだろ!」
「うん……。
でも、地球が好きなグレーネ人って、あんまりいないよ。
ルンビ大使だけじゃなく」
「マジか。
完全にアウェイって感じだな」
最古のポータリアンとしてプライドの高いグレーネ人から見たら、地球人は未開の地で出会った劣等種族に思えるのかもしれない。
「去年、麻雀の輸出が禁止されたけど、これもルンビ大使が星間連盟に働きかけたからって言われてるわ」
アリチェがいつものようにネットで得た知識を披露した。
「麻雀、禁止されてんのか……。
面白いのにもったいない」
「以前は普通に輸出されてたし、月面基地でも愛好家はいたようだけど、中毒性が高くて危険だと判断されたようね」
「大使には、そんな権限があるのか」
「とくにグレーネ人の大使は発言力が強いと言われているわ」
ポータリアンの星間連盟は主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族で構成されているが、そもそも連盟を主導したのはグレーネ人だ。
この月面基地の最高権力者である監督官もグレーネ人だし、輸出禁止の品目についてグレーネ人の大使が影響力を持っているとしても不思議ではない。
「どうしよう!」
ドッツォが悲鳴のような声を上げた。
「ルンビ大使はもともと、ポータリアン文化の研究で有名な大学教授だったんだ。
ポータリアンの文化を守りたいって意識は人一倍強いと思う……」
ドッツォはあからさまに怯えた表情で、救いを求めるように俺を見ている。
「もしアニメが禁止になったら……僕、死ぬ!」
「おいおい、大げさだな。
なにも死ぬことないだろが」
俺は軽い気持ちで茶化してしまったが、ドッツォの表情は真剣そのものだ。
「アニメが見られなくなったら僕、死んじゃうよ!
せっかく見つけた生きがいなのに!
アニメが見られないなら、何をしたらいいのかわからなくなっちゃう!」
ドッツォの大きな目から、涙がポロポロとこぼれた。
『死んじゃう』とはあまりにも大げさに感じるが、ドッツォはボサッコ人。
常に正直だし誇張表現もしないのだ。
彼の中で、すでにアニメはかけがえのない存在になっているのだろう。
俺はいつのまにかドッツォのことが好きになっていたし、彼を悲しませるようなことはしたくない。
月面基地でのアニメ視聴が禁止されるような事態は、何としても避けなければならないのだ。
するとロニャは励ますように、ドッツォの頭髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
「大丈夫大丈夫!
いくら大使でも、そうそう簡単には禁止にしないと思うよ!」
「本当?」
ドッツォはすがるような目でロニャを見上げた。
「うーんと……たぶん!」
ロニャは笑顔できっぱりと断言してみせたが、根拠がない。
ドッツォの不安を掻き消すには説得力がなさすぎだ。
ただ、ルンビ大使ほどの権力があれば、有無を言わさずアニメを禁止することもできるわけで、俺達が呼ばれたということは、少しは交渉の余地があるということなのかもしれない。
「考えたってしょーがないよ。
当たって砕けろだ!」
威勢のいい声を上げると、ロニャは大使館の正門を抜けてガンガンと進んでいった。
しかたなく、俺達も後を追う。
するとゲートのセンサーが反応したのだろうか。
玄関の大きな扉が開き、中から銀色の円筒形をした大型の警備ボットが現れた。
「ピッ。
総務部清掃課3係の皆様ですね。
どうぞこちらへ」
腕や脚は無く車輪で移動するタイプだが、頭部にはセンサーとともに全方向を狙える銃口がついており、俺達に狙いをつけていた。
へたな動きをすればいつでも発砲するぞ、と脅されているようだ。
「えらくごついボットだが、まさか撃ったりしないよな」
「どうかしら。
ここはポータリアン共有区だから、ポータリアンの治外法権なの」
アリチェは容赦のない現実を突きつけた。
「つまり?」
「私たちは撃ち殺されても文句は言えないってわけ」
「マジかよ」
俺達は警備ボットに連行されるように、グレーネ大使館のエントランスを抜け、廊下を歩いて行った。
廊下の両端には、見たこともない銅像、壺、衣服、絵画などが並んでいる。
これらは恐らくグレーネ人の芸術品なのだろう。
まるでこの廊下を歩く者に、グレーネ人の長く深い歴史を思い知らせようとしているように感じる。
地球人の文明も5000年の歴史があるが、その程度の歴史で偉そうにするな、謙虚になれ、ひれ伏せ、と言わんばかりの重圧感だ。
「ピッ。
こちらが執務室です。
ルンビ大使が皆さんをお待ちです」
警備ボットは廊下の行き止まりにある扉を開くと、俺達に中へ入るように促した。
=== 用語解説 ===
【星間連盟】
ポータリアン3種族の連合組織。
【総務部清掃課3係】
レンマたちが所属している部署。清掃課は1係は宇宙港、2係は居住区、3係が商業区を担当している。総務部には他に事務課、設備課、情報システム課などがある。
【ポータリアン共有区】
月面基地に長期滞在しているポータリアンのための区域。グレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人、それぞれの母星に似た環境が再現されている。通常、地球人だけでは立ち入ることができない。




