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5-2 寿司にケチャップ?



「ピッ!

 本日の清掃業務はキャンセルです。

 ただちにポータリアン共有区のグレーネ大使館へ向かってください」


 朝食を終えてラウンジで寛ごうとしていた俺の耳に、人工人格ヴィジェの無機質な声が突き刺さった。


 『ポータリアン共有区』とは月面基地の中にある、グレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人たちが居住するためのエリアだ。

 治外法権のような場所であり、通常、地球人が立ち入ることは無い。


 俺が首をかしげる横で、ロニャは水を得た魚のように活気づいた。


「え、どゆこと?

 何かあったとか?」


 まるでトラブルを期待しているかのように高揚した声だ。


「いえ。

 ルンビ大使直々の呼び出しです。

 全員、速やかに出頭してください」


「呼び出し?

 ポータリアンの大使から?

 なんで?」


「理由まではわかりません。

 しかしこの要請を断るのは、賢明とは言えないでしょう」


 ヴィジェの口調は単調だが、暗に「抵抗は無意味だ」という雰囲気が漂っていた。


 『大使』というのは、月面基地に常駐しているポータリアンの代表者のことだろう。

 グレーネ大使ということは、月面基地のグレーネ人を代表している人物ということであり、要するに大物だ。

 無碍にすれば失礼になるし、最悪、政治的な問題に発展するかもしれない。


「そもそも……なんで清掃員の俺らが、そんな大物に呼ばれるんだ……」


「恐らく、コスプレイベントの件でしょうね」


 俺が疑問を口にすると、それまで沈黙を保っていたアリチェが、暗い声でポツリと呟いた。


「どういうことよ?」


 ロニャが不服そうに聞き返す。


「先日のコスプレイベントの後、アンテラ人の間でコスプレが流行して問題になっているらしいわ」


「問題って、どんな?」


「いろいろよ。

 星間連盟の職員が制服を着ずにコスプレで出社するようになったとか、仕事中に変なポーズで写真を撮ってるとか……」


「そんなのアンテラ人が勝手にやってるだけじゃん!

 あたしら関係ないし!」


「だとしても、上層部は諸悪の根源を見つけて罰したいのよ。

 清掃課なら、スケープゴートとしてうってつけだわ」


「えー!?

 そんなの言いがかりじゃん!

 うちら、平和のためにイベント盛り上げただけなのにぃ!」


 ロニャは納得いかない様子で、ぷくんとほっぺたを膨らませた。


「てかさ、アリち!

 そんな話、どっから仕入れたの?

 あたしの友達はそんなこと誰も言ってないし、ニュースにも出てないよ」


 ロニャに指摘されて、アリチェの目が一瞬だけ泳いだ。


「噂よ。

 そういう噂が出回っているの」


「うわさぁ?

 そんなの聞いたことないし!

 なんか盛ってない?」


「盛ってない!」


 いつものアリチェならロジカルに反論するところだが、今回は事情がありそうだ。


 気まずい沈黙に、ふわっと割り込んだのはドッツォだった。


「アリチェ姉ちゃん。

 もしかして、アレがばれたんじゃない?」


 アリチェの表情が凍りついた。

 すかさずロニャは新たに注がれた燃料に食いつく。


「アレって何のこと?」


「えっと……アリチェ姉ちゃんに頼まれて、僕のSNSアカウントを貸してるんだ」


「は?

 なんで貸すの!?」


「ポータリアン限定のSNSに、アリチェ姉ちゃんがどうしても入りたいっていうから……」


 俺とロニャの視線が、同時にアリチェへ突き刺さる。


「アリち~、それはヤバくない?」


「べ、べつに問題ないわ!

 研究よ、研究!

 ポータリアンどうしの会話に興味があっただけだから」


「え~、それってルール違反じゃない?」


「ちょっと覗いてみただけよ。

 誰にも迷惑かけてないから!」


 アリチェは同意を求めるようにドッツォへ視線を送ったが、ドッツォが場の空気を読むことは決してない。


「でもこないだ、アリチェ姉ちゃんの発言で、すごいバズってたよね」


 ドッツォの燃料投下に、アリチェは再び硬直した。


「ドッツォ。

 そのことはもういいじゃない。

 過去のことだし」


 アリチェはドッツォの暴露を必死で止めようとするが、ロニャがそれで納得するはずがない。


「ドッツォ、なにそれ?

 アリちって、どんな発言したワケ?」


「ええと……よくわかんないんだけど。

 『パスタを折るなんて、あり得ない』ってすごく怒ってた」


「はぁ?

 パスタぁ?

 どゆこと?

 アリち、イミフなんだけど!」


「たいしたことじゃないわ……。

 バカみたいな投稿があったから、訂正しただけよ。

 パスタを茹でるとき、2つ折りにするといいとかなんとか……」


「え、パスタ折って何が悪いの??」


「はぁ?

 あなたもどうやらバカのお仲間のようね」


「は!?

 バカって言った!?」


 ロニャの眉が跳ね上がる。

 アリチェの言っていることがよくわからず、俺もつい口を挟んでしまった。


「一人暮らしだと鍋も小さいものを使うからな。

 普通に折るだろ……」


 ――その瞬間。


 ドンッ!


 アリチェが机を叩いて立ち上がった。


「そう!

 掲示板のバカもアニメでそういうシーンを見たって言ってた!

 もともと日本のアニメがいけないのよ!

 パスタの間違った調理方法をポータリアンにまで広めてる!

 パスタを折るなんて冒涜よ!」


「ぼ、冒涜って……そんな大げさな……」


「大げさじゃないわ!

 パスタの長さにはね、意味があるの!

 ソースとの絡み具合、フォークに巻きついたときの食感、すべてが計算し尽くされているの!

 それを折ってしまったら、すべて台無しなの!」


 俺の発言が火に油を注いだようで、普段無口なアリチェが激しくまくし立てた。

 そういえばアリチェはイタリア出身だが、食のことでここまでムキになるとは思わなかった。


「いや、でもさ。

 食べかたなんて、食べる本人が決めればいいことだし……」


「だったら!

 レンマはどう思うの?

 もし外国人が寿司にケチャップをかけて食べていたら!」


「いや、それは……ありえねぇだろ」


「現実にいるのよ!

 そういう人が!」


「マジで?」


「同じなのよ!

 パスタを折るって行為はね!」


「……同じかなぁ」


「同じ!」


 くやしいが、俺は言葉に詰まった。

 寿司にケチャップをかけるような奴は見たことないが、そんな場面に出くわしたら即座にそいつからケチャップを取り上げる自信がある。


 その後しばらく続いた沈黙を破ったのは、またしてもドッツォだった。

 しかし、いつもの元気がない。


「……ごめんなさい」


 ドッツォの体毛は感情を反映するが、今は全体的に力なく枝垂れている。


「ルンビ大使を怒らせたのは僕かも……」


「お前が?」


「こないだ僕、グレーネ人の友達にアニメを紹介したんだ。アニメの面白さを知ってほしくて……」


「いいじゃん別に。

 問題ナシでしょ?」


 ロニャが軽く言うが、ドッツォは首を振った。


「僕は面白かったし、問題ないと思ってたんだけど、あとで怒られた」


「怒られた?

 どんなアニメを紹介したんだ?」


 俺が聞くと、ドッツォは消え入りそうな声で答えた。


「ぽーぽっぽポータリアン」


「はぁ?」


 俺は思わず声が裏返った。


 『ぽーぽっぽポータリアン』。

 ポータリアンを過度にデフォルメし、徹底的におちょくって笑い倒す、お世辞にも上品とは言えないナンセンスコメディだ。

 地球人だけで観るぶんにはアリとも言えるが、あれをポータリアンが見たら……。


「なんでまたよりによってあんな低俗なギャグアニメを……」


「だって、面白いから……。

 レンマ兄ちゃんは嫌いなの?」


「いや……嫌いってわけじゃないが。

 あのアニメの中じゃ、ボサッコ人なんて知能の低い原始人みたいに描かれているじゃねぇか。

 気にならないのか?」


「ぜーん、ぜん!

 アニメが面白いのは、何でもアリってところだもん!」


 ドッツォは笑おうとしたが、すぐに顔を曇らせた。

 

「でも……グレーネ人はそう思わなかったのかも……」


 ありえる……と俺は思った。


 なにしろあのアニメで一番笑えるのは、偉そうにしていたグレーネ人がひどい目に遭うシーンだからだ。





=== 用語解説 ===


【ポータリアン】

 30年前、「ポータル」と呼ばれるワームホールから地球圏にやってきた異星人の総称。主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族からなる。


【グレーネ人】

 小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレー。知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。


【ぽーぽっぽポータリアン】

 最近流行している「ポータリアン系ギャグアニメ」の代表作。地球人の前では知的に振る舞っているポータリアンが実はアホだった!?


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