5-1 不良品じゃんコレ!
「ったく~、このゴーグルほんと使えないんだよね~」
ロニャは事務所のラウンジに入ってくるなり、不満たらたらという様子だった。
おそらく本人は「どうかしたの?」と聞いて欲しかったのだと思うが、俺は朝食を堪能することに集中したかったし、アリチェは相変わらずネット記事を読むのに夢中だ。
ロニャの愚痴に構う余裕があったのは、ドッツォだけだった。
「どうしたの? ロニャ姉ちゃん」
ターゲットを見つけたロニャは、待ってましたとばかりに一方的に語り始めた。
「ねぇ聞いてよドッちょ! マジひどくない?
ゴーグルで『ポチバス』やろうとしただけなのに、突然の画面フリーズ!
電源長押しで再起動しても結果は同じ!
フリーズ、再起動、フリーズ、再起動の繰り返しだよ!
マジでイミフなんですけど!」
どうやらゴーグル用ゲーム『ポチバス』が遊べなくて困っているらしい。
ポチバスの正式名称は『ポチポチバスターズ』。
ぎっしり積まれているモンスターを引っぱって弾いて消すことをひたすら繰り返すパズルゲームだ。
単純だが、シンプルゆえに中毒性が高く、女子を中心にハマっている奴は多い。
「この駄目ゴーグルのせいで日課がパーだし。
ログボ逃したらどうしてくれんのって感じ!」
ロニャはゴーグルを顔からはずすと、フレームを握ってブンブンと振り回し始めた。
まるで昔のブラウン管テレビみたいに、壊れたものは叩けば直ると信じているような振る舞いだ。
「わわっ!
だめだよロニャ姉ちゃん、そんなに振ったら壊れちゃうよ!」
ドッツォが慌てて止めようとするが、ロニャの勢いは止まらない。
――そのとき。
「ちょっと……。
デバイスを乱暴に扱うのはやめてくれるかしら?」
見かねたアリチェがイラっとした様子で自分のゴーグルを外し、冷めた眼差しでロニャを睨んだ。
他人のゴーグルであっても、電子機器が乱暴な扱いを受けている状況を見過ごせないのは、メカ好きとしての性らしい。
「てかさー!
そんなに古い機種ってわけでもないし、普通に使ってるだけなのに壊れるとか早すぎだし!
もう不良品じゃんコレ!」
ふくれっ面のロニャに、アリチェはふぅと大きなため息をついた。
無視し続けたかったが、このまま放っておいても黙りそうにないと諦めたのだろう。
「しかたないわね。
ちょっと、貸してくださる?」
アリチェはロニャによって拷問を受けているゴーグルを、なかば無理やり奪い取った。
ハイテク機器の知識については、やはりアリチェは頼りになる。
ロニャは早くも安堵の表情を浮かべている。
――まったく。
最初から「ゴーグルの具合が悪いので見てほしい」と素直に頼めばいいのに面倒くさい性格だ。
アリチェはロニャのゴーグルを装着すると、空中で指先をシャカシャカと動かしながら何やら操作を始めた。
システムの設定画面をチェックしているようだ。
「……は?
なにこれ?」
アリチェが素っ頓狂な声を出した。
「だから壊れてるって言ってんの!」
「違うわよ。
OSのバージョンが3つも古いじゃないの!」
「え?
おーえす?」
「警告文、出てたでしょ?
『OSのバージョンアップをしてください』って!」
「警告文?
なんか……出てたけど……。
難しいし意味わかんなかったからスルーした~」
しれっとしょうもないことを口走ったロニャに、アリチェの手はわなわなと震えているようだった。
「警告文は警告してるんだから、ちゃんと読みなさいよ!」
「だってさ~。
大事なことならもっと分かりやすく出せばいいのに。
暗号みたいなの見せられたら、そりゃ閉じちゃうって~」
「……」
アリチェはぐったりとうなだれた。
この機械音痴を説得するのは不可能だと諦めた様子だった。
「バージョンアップするわよ。
いいわね?」
「あ、うん!
なんかよく分かんないけど任せる!
アリち博士に全て任せる!」
ロニャはアリチェをおだてたが、アリチェがちっと舌打ちをするのが聞こえた気がする。
要するにロニャは自分で頭を使うのが嫌なので、丸投げしようとしているだけなのだ。
アリチェは右手の親指を叩きつけるように連打する。
ハンドジェスチャーによる入力なので強く叩く必要はまったくないのだが、イライラを抑えきれないのだろう。
ピーッ!
その直後、俺たちにも聞こえる音量で、ゴーグルからアラーム音が鳴り響いた。
「メモリーエラー?」
アリチェにとっても、その音は意外だったようだ。
「え? なになに?」
「ロニャ、なんであなた、こんなに大量のデータを保存してるの?」
「へ?
別に普通だよ?」
「いや、でも大量のアプリが入ってるんだけど……。
これ全部使ってるの?」
「んにゃ、もうほぼ使ってないし。
消してないだけ~」
アリチェは爆発しそうな自分を御するようにフーと深呼吸すると、震える手でゴーグルをはずし、ロニャへと渡した。
「お、お願いだから……使わないアプリは削除して」
「え……なんで?」
「空きメモリーが無いとOSのバージョンアップができないから。
そしてOSをバージョンアップしないと、あなたの大好きなゲームが動かないから」
「う~ん、めんどいけど……しゃーなしか」
アリチェがブチ切れそうになるのを必死で堪えていることは俺にもわかる。
それでも彼女が怒鳴り散らさないのは、おそらくこのようなやりとりは過去何度も繰り返されており、何を言ったとしてもロニャが行動を改める気が無いことがわかっているからなのだろう。
ロニャはそんなアリチェの苦悩など察することもなく、面倒くさそうにゴーグルを受け取ると、しぶしぶアプリの削除を始めた。
アリチェは自分のゴーグルをかけなおし、俺もようやく朝食の続きに取り掛かろうと箸を持った。
――そのとき。
「あーっ!」
ロニャが突然大声で叫んだ。
アリチェと俺、そしてドッツォの動きがぴたっと止まる。
「まっ、間違えてポチバス消しちゃったー!」
見るとロニャは顔面蒼白になっている。
「レベル199だったのに!
スタンダードモンスターあとちょいでコンプだったのに!
ウソでしょ~!」
「199!?
すごいやりこんでたんだね……」
ドッツォが同情の声を漏らす。
ロニャはすがるようにアリチェに抱きついた。
こうなるともう、どっちが年上かわからない。
「アリち! いや、アリチェ様! アリチェ先輩!
お願いだからポチバス返して~! 復旧して~!」
「残念ね。
でもしかたないわ。
自分で操作して消してしまったわけだから」
「そ、そんなぁ……。
なんか手あるでしょ?」
「思うのだけど、これをきっかけに遊ぶのを止めてはどう?
他にもゲームアプリはたくさんあるわけだし」
「やだやだ!
ポチバスじゃなきゃイヤなの!
あのモンスター引っ張ってバーン!って壊すのがいいの!」
「……そんなに好きなら、新たにインストールすれば?
そうすれば、また最初から遊べるわ」
「いやだし!
あたしの1年半の努力がムダになるとか絶対ムリ! ムリムリ!」
「そう。
それはとても残念ね。
私はちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「ア! アリチェ博士!」
すがりつくロニャの腕を振り払うようにしてアリチェは立ち上がると、共用のトイレへと向かった。
だが、その口元が少し笑っているのを俺は見逃さなかった。
そう、彼女は知っているのだ。
ゲームのデータはクラウドに保存されているから、アプリを消したとしても復旧できるということを。
ロニャはがっくりとうなだれるとテーブルにうつぶせになった。
日頃から彼女には報復してやりたいと願っていた俺だが、さすがに可哀想になってくる。
あとで復旧方法を教えてあげることにしよう。
ただし、もう少し待ってから。
=== 用語解説 ===
【ゴーグル】
メガネ型のスマートデバイス。現代のスマホと同じぐらい普及している。これが同時通訳機能を内蔵しているため、外国人や異星人とも会話できる。
【ポチポチバスターズ(ポチバス)】
ロニャが暇なときにプレイしているゴーグル用ソーシャルゲーム。ぎっしり積まれているモンスターをひっぱって弾いて消すことをひたすら繰り返す単純ながら麻薬的中毒性を持つゲーム。




