4-4 タイホしちゃうぞ!
「おい、噴水広場に行くんじゃないのかよ」
俺は少し苛立ちながらロニャの背中を睨んだ。
あれほど「アクセサリーの落とし主を探し出す!」と息巻いていたのに、いきなり貸衣装屋に方向転換するとは、どういう了見だ?
「だってさ~。
ユニフォーム着たままコスプレイベント突撃とか無理じゃん」
「なんでだよ。
さっきは、遺失物の対応も業務だって言ってたじゃねぇか」
「そうだけど!
みんなコスプレで盛り上がってんのに、仕事着で入ったらテンションだだ下がりになるじゃん。
イベントぶち壊したらマジで怒られるって~」
うーむ。
そういうものなのだろうか。
いまひとつ納得はできないが、異星人の習慣は理解し難く、地球の常識が通用するとは限らないことも事実だ。
ここは慎重に対応すべきか……。
俺達は半信半疑のまま、ロニャに促されて貸衣装屋の扉を開けた。
店内は、無数の鮮やかな衣装に彩られていた。
ハンガーに掛けられた様々なコスチュームがぎっしりと並んでいる。
「いらっしゃーい」
張りのある女性の声が店内に響いた。
SM嬢の格好をして鞭を手にした彼女は、店員なのかコスプレイヤーなのか、はたまた本物のSM嬢なのか区別がつかない。
腕や脚は黒革のボディスーツにぴったりと覆われているが、胸の谷間や腰回りの肌は隠されておらず、滑らかな白い肌と黒いレースの下着が露出している。
猫の目のような形のアイマスクから見え隠れする青い眼は妖しく輝き、軽くカールしたピンク色の髪は優雅にたなびいている。
全身から色気を放出しているような美女だ。
「来たよー、ドリーン」
「あら、ロニャ!」
どうやら彼女はロニャの知人であり、ここの店員のようだ。
「どぅ?
忙しい感じ?」
「そーでもないわ。
さっきまではお客さんいっぱいでごった返してたけど、もうイベントが始まったから一段落したところ。
今日はお仲間つれてどうしたの?」
「あたしらもさー、イベント参戦しよっかなって」
「へーっ、いいじゃん!」
「試着していい?」
「もちろん!」
会話のテンポが速い。
ゴーグルの翻訳が追いついていないのは、恐らく2人が同じ母国語で会話しているためだろう。
彼女もロニャと同じくドイツ人なのかもしれない。
ドリーンは俺の視線に気づくと、バチンとウィンクしてみせた。
俺は反射的にあさっての方向を向いた。
胸元を見てたなんて誤解されたら困るからだ。
「そちらの殿方は見ない顔ね。
どなた?」
「レンマだよ。
マジ笑えるんだけど、コイツ誘拐されて無理やり日本から連れて来られたんだわ。あははっ!」
「笑いごとじゃねぇよ!」
一瞬で血が頭に上る。
ドリーンは一瞬驚いたような顔をしたが、ロニャに釣られてケラケラと笑った。
ちくしょう!
初対面の美人相手になんつー紹介しやがるんだ! 覚えてやがれ!
「ふぅん。
日本から来たのか。
珍しいねぇ」
ドリーンは獲物を狙う肉食獣のような目で俺をジロジロと観察すると、舌を出して上唇を舐めた。
「鞭で打たれるのと、踵で踏まれるの、どっちが好み?」
「!」
言葉の意味を理解する前に、俺は本能的な危機を察知し、反射的に後ずさった。
ドリーンはそんな俺を見て、腹を抱えて笑い出す。
「うそよ、うそ。
冗談よ」
「あははっ!」
ロニャも爆笑している。
おまえら、ひとをオモチャにしやがって、いつかシメたる!
「ようし!
なーにを着ようかなw」
ロニャはキャッキャ言いながらコスチュームを選び始めた。
業務時間のはずなのだが、完全に休日のショッピングみたいなモードに切り替わっている。
「あっ!
地球防衛隊の制服がある!」
アニメ系コスチュームを集めたコーナーに、ドッツォがすごい勢いで引き寄せられていく。
ボサッコ人は皆で大騒ぎするのが好きな種族だから、こういったノリにはまったく抵抗が無いのだろう。
いっぽうアリチェは……。
俺が探すと、彼女はまだ店の入口近くに立っていた。
自分はこの件とは無関係と言わんばかりの様子だ。
「お前はどうすんだ?
コスプレしないのか?」
「私はいいの。
清掃員のコスプレをしていることにするわ。
1人ぐらいそんなひとがいてもいいでしょ?」
そう言うと、つかつかと店内を進んで、更衣室前に用意されている同行者用の椅子にちょこんと腰掛けた。
くっ。
ずるいぞ。
自分だけぬけがけしやがって!
相変わらず悪知恵が働く奴だ。
俺が途方に暮れていると、背後からドリーンが声をかけてきた。
「さっきはからかって、ごめんね。
どんなコスチュームがいいかしら?
日本人だし、忍者装束はどう?」
席を立って、しゃなりしゃなりと歩いてくる姿には大人の女性としての妖艶さがある。
「目立つのは嫌なんだ。
普通の服は無いのか?」
「もちろんあるわよ。
地球人の普段着コーナーはこっち!」
ドリーンに案内されて、俺は店の奥へと向かった。
店内は様々なジャンルでコーナーが分かれており、民族衣装、制服、鎧、動物の着ぐるみなど多種多様だ。
ヴォルラックのほか、ムーンシャドウ、ガジェットモンスターといったアニメ作品のコスチュームも目につく。
ドッツォが言っていたように、ポータリアンの中でアニメの知名度が上がりつつあるのは、確かなようだ。
「これはどう?
日本の大阪では普段着らしいけど」
そう言うと、ドリーンはハンガーを掻き分け、ヒョウ柄のシャツと黒いレギンスを取り出した。
「大阪のおばちゃんかよ!」
「おばちゃん?」
「そうだよ!
それ、関西で中年の女性が着る服だぞ!」
「ふーん。
そうなんだ。
すごくワイルドでそそるんだけどねえ」
「……やっぱ自分で探してみるわ。
フツウのやつをね!」
ドリーンの感性がまったく当てにならないことがわかったので、俺は自分で物色することにした。
「試着するときは地球人用かアンテラ人用のを選ぶといいわ。
ボサッコ人用やグレーネ人用は小さいから」
ドリーンに言われたので改めてハンガーに吊り下げられている服を見てみると、確かにキッズウェアのように小さいものが多い。
丈が短いわりに幅が広いものも多く、おそらく低身長で全身が毛に覆われているボサッコ人向けのサイズなのだろう。
「おっ。
これだよこれ!」
普段着コーナーで無地の白いTシャツと紺のジーンズを見つけると、俺は心底ほっとした。
これなら普通だ!
これほど普通だと、地球ではコスプレにならないだろうが、ここでは『地球人風コスチューム』として需要があるのだろう。
「これにするよ。
着てみていいか?」
「もちろん。
試着室はあっちよ」
俺はドリーンに促されて試着室に入ると、ちゃっちゃと着替え始めた。
清掃員のユニフォームはオーバーオールなので、脱ぐのも簡単だ。
俺がTシャツとジーンズに着替え、試着室から出ると……。
「ちゃらーん!
どう?
ねぇ、どう?」
目の前に、『婦人警官』が待ち受けていた。
エンブレムのついた帽子を斜めに被り、リボルバー式の拳銃を構えている。
「タイホしちゃうぞ!」
ロニャは片目をつぶって俺に狙いをつけると、「ばっきゅーん」とモデルガンのトリガーを引いた。
「逮捕する前に撃ってんじゃねーよ!」
思わず突っ込んだが、少し頬を赤らめて照れた表情をしているロニャを見て、不覚にも俺の心はざわついた。
いいかげんな性格で年上に対して敬意もはらわない不届き者だが、ロニャは可愛い。
悔しいが、それは認めざるを得ないのだ。
しかも胸の起伏が強調された上着と、不自然なほど短いミニスカートは、彼女の魅力をさらに引き立てていた。
「僕のも見てよ!」
横の試着室からドッツォが現れた。
白いパイロットスーツを着て、小脇にヘルメットを抱えている。
ヴォルラックの地球防衛隊『TAG』の制服だ。
ドッツォは大好きな作品のキャラクターに成りきれたことが嬉しくてたまらない様子で、ビシッと敬礼のポーズをキメて見せた。
正直言うと、動物の着ぐるみにしか見えないのだが……俺は嬉しそうに笑っているドッツォに「イイネ!」と親指を立てて見せた。
「よっしゃ~!
噴水広場へ出陣だ~!」
ミニスカポリスが威勢よく叫ぶ。
「ありがとね、ドリーン!」
店主に礼を言って店を出ようとしたとき、出口付近に女学生が立っているのに気づいた。
白いシャツにエンジのリボン。
濃紺のジャケットと短めのプリーツスカート。
そして紺のハイソックスにローファー。
間違いなく、日本の女子校の制服だ。
「アリチェ!
お前……」
俺が驚いて凝視していると、アリチェは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「普通のがあったから着てみただけ」
普通!
そうなのだ。
普通こそ至高!
彼女の姿を見て、俺はその真理の正しさを確信した。
=== 登場人物 ===
【ドリーン・メルツェル】
25歳。女性。ドイツ人。貸衣装屋の店員。毎日違う服を着る美しき広告塔。基本的に肌の露出が多い。
=== 作中作品 ===
『重星覇装ヴォルラック』
地球征服を企む宇宙帝国ザルグラードと戦う巨大ロボットの物語。ザルグラードの皇子が、地球を守るために兄が率いる母星の帝国と戦う。
『アイドル忍者ムーンシャドウ』
普通の中学生だったコトノは、謎の黒猫コタローから忍者の力を授かる!平和を守る正義の忍者として活躍する美少女アイドル5人組の物語。
『ガジェットモンスター(ガジェモン)』
文房具などの道具の能力を持ったモンスターを戦わせるバトル系アニメ。腰のベルト(ガジェモンベルト)に宿らせたガジェモンを召喚ポーズをとることで呼び出すことができる。




