4-5 絶対ロニャには見せるなよ!
「おーっ!
めっちゃ盛り上がってんじゃーん」
ロニャは小躍りしながら人混みの中へと消えていった。
イベント会場『噴水広場』は30メートル四方ぐらいの大きさだったが、月面基地を訪れている観光客が全員集まっているのではないかと思えるほどの盛況だった。
ただ、俺が想像していた日本のコスプレイベントとはだいぶ雰囲気が違う。
アニメキャラクターらしきコスプレもいることはいるが、大半は「普段よりも派手な格好をしているだけ」といった印象だ。
当然カメラ小僧はいないし、互いに写真を撮り合ったり、談笑したりして参加者どうしで楽しんでいる。
「ドッツォ!
こっちこいよ!」
「うん!」
ドッツォに声を掛けたボサッコ人はヴォルラックの白いパイロットスーツを着ていた。
アニメ仲間なのだろう。
ドッツォは嬉しそうに走っていった。
当然俺には声をかけてくれる友達どころか知り合いもいないわけだが、まったく問題は無い。
俺は遊びに来たわけじゃなく、あくまで髪飾りの落とし主を探しにきただけなのだ。
しかし周囲を見渡すと、それが簡単には済みそうにないことがわかる。
異世界花嫁無双に登場するフィオリナは癒やしの力を持った能力者だが、職業は旅芸人。
コスチュームは割と普通で、パーティードレスと区別がつかない。
肩まで伸びた美しいブロンドヘアまで再現されていればわかりやすいが、異星人のコスプレはまだそのレベルには達していないのだ。
俺はしばらくキョロキョロしながら会場を歩き回ったが、早くも弱音を吐きたくなってきた。
この場所は探し物をするにはあまりにもカオスすぎる。
――そのとき、突然背後から女性に声をかけられた。
「お写真、撮らせていただいてもよろしいですか?」
上品な口調。
透き通るような美声だ。
振り向くと、目が覚めるほどに美しいアンテラ人女性が俺に微笑みかけていた。
中世ヨーロッパ風のドレスを着たその姿は、まるでファンタジー作品に登場するエルフの王女のようだった。
「え……俺のこと?」
「はい!
ぜひお願いします」
絶世の美女から潤んだ眼で見つめられた俺は、硬直してしまった。
俺の写真を撮りたいとは、どういうことなのか?
俺はイケメンではないし、目立ったコスプレをしているわけでもない。
それとも「平たい顔の珍獣を発見!」というネタでSNSに投稿したいだけなのか?
事情はよくわからないが、断って逆ギレされても困るので逆らうのは止めておこう。
俺がうなずくと彼女は銀色のスティックを掲げた。
あれがポータリアンのカメラなのだろう。
俺が適当に作り笑いをして見せると、銀色のスティックから、パシッとシャッター音らしき音が鳴り響いた。
「ありがとうございます!
お写真、大切にします!」
彼女は満足げに礼を言うと人混みの中へと消えていった。
あとに残された俺はいまひとつ釈然とせずに立ち尽くしていたが、とりあえず彼女は満足してくれたようなので問題は無いだろう。
俺は気を取り直して、フィオリナの探索を再開した。
ところが――。
「いっしょにお写真お願いします!」
どういうわけか、また写真をねだられたのだ。
しかも今度はアンテラ人ギャルの3人組で、俺が承諾すると彼女達は「キャッー!」と喜びの悲鳴を上げた。
3人ともかなり再現度の高いコスプレで、『新戦機グルオン』のメグミ、ユウコ、アヤの3人娘であることは明らかだった。
「はーい。
寄って寄って!」
1人がカメラを担当し、残りの2人が俺の両脇にぴったりとくっついてポーズをとった。
左右からアンテラ娘がぎゅっと体を寄せてくる。
ぴったりと体に張り付いたボディスーツごしに、胸の感触が伝わってくる。
……俺は今もしかして、モテているのだろうか?
変な期待感が脳裏をよぎった。
外見も能力も目立った特徴が無く、学生時代、ただのひとりも異性の友達がいなかった俺だが、もしやポータリアンから見るとイケメンなのでは?
美的感覚なんてものは人それぞれであり、絶対的な基準など存在しない。
まさか、俺が誘拐された理由は、美しすぎたから……。
「ハルトのコスですよね?」
「え?」
俺の妄想を打ち消すように、アンテラ人の彼女から意外な質問をされた。
「ハルト……って、異世界花嫁無双の主人公の?」
「やっぱり、そうなんですね!
すごい再現度ですね。感激です!」
その瞬間、俺の視界に周囲の会話チャットが溢れ出した。
どうやら俺は注目を集めているらしい。
<アンテラ人・女> 見て見て! あの人、ハルトじゃない?
<アンテラ人・女> ほんとだ! めっちゃハルト!
<ボサッコ人・男> サイコー! 本人みたいだ!
<アンテラ人・女> 尊い……実写化するなら絶対あの人がいい!
ほうぼうから称賛の声が上がる。
――そうか。
俺はハルトの容姿を思い出して合点がいった。
ハルトは異世界で勇者として大活躍するが、もともとは俺のように何の特徴もない地味な日本人だった。
異世界に転移した後も、日本にいた頃と同じTシャツとジーンズを着たままであり、それがまさに俺が今着ているような服装なのだ。
できるだけ目立たないように地味な服を選んだことが、不幸にも裏目に出てしまったというわけだ。
俺は自分がハルトに似ているなどと思ったことは一度も無い。
しかし、日本人を見慣れていない異星人からすれば、髪の色と肌の色が同じだけで十分なのだ。
瓜二つと言っても差し支えないレベルなのかもしれない。
<アンテラ人・女> ハルトさーん、目線お願いしまーす!
<ボサッコ人・男> こっち向いて!
<アンテラ人・女> やばい、ハルト様と目が合った! 死ぬ!
ついに俺をハルトと呼ぶ者まで現れ、周囲に人が集まってくると、まるで囲み撮影のようになってしまった。
こうなるともう逃げられない。
とっとと終わらせてしまうしかないだろう。
俺はハルトのプロフィールを思い出しながら、彼の趣味である柔道のポーズをとってみた。
すると聴衆から喝采が沸き起こり、カメラのシャッター音がバシャバシャと鳴り響く。
こんな状況は、まるで人も羨む人気者のように見えるかもしれないが、俺にとっては苦痛以外の何物でもない。
「早く終わってくれぇ~」と心のなかで叫びながら笑顔を保ち、俺は何枚ものサービスショットを提供し続けた。
ようやく取り巻きがいなくなった頃には、もうクタクタだった。
どこかで腰でも下ろそうかと周囲を見回したとき、いつのまにか背後にアリチェが立っていることに気づく。
彼女は相変わらずの無表情だったが、口角が微妙に上がっているように思える。
「な、なんだよ!
言いたいことがあるなら言えよ!」
「あら。
ずいぶん嬉しそうだったから、見ていただけよ」
「べ、べつに嬉しくなんてねぇよ!
頼まれたから写真撮っただけじゃねぇか!」
「それにしてはニヤけていたようだけど」
「あ、愛想笑いだよ!
観光客にサービスしただけだからな!」
「そう。
だったら、そういうことにしておいてあげるわ。
写真は撮ったから、欲しければ言ってね」
「いらんわ!」
こいつ、いつのまにか撮っていやがったのか!
もし悪用されたら……と考えたとき、俺は不安に襲われた。
「アリチェ、その写真、絶対ロニャには見せるなよ!」
「さて、どうしようかしら」
「ちょっ、まっ!」
俺の悲痛な叫びを意に介することもなく、アリチェは不敵な笑いを浮かべると人混みの中に消えていった。
=== 用語解説 ===
【フィオリナ】
異世界花嫁無双に登場する花嫁候補の1人。18歳。女性。癒やしの歌声をもつ旅芸人。実は魔族の血をひいている。
【ヴォルラック】
正式タイトルは『重星覇装ヴォルラック』。50年前にヒットした古き良きロボットアニメ。ド直球な熱い物語には今でも根強いファンが多い。
【新戦機グルオン】
情動調律計画とは何か? 反乱を起こしたAI「ディドロ」と巨大人型兵器「グルオン」の戦いを描いたカルト的な人気を誇るロボットアニメの名作。




