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4-2 ガチでヤバいんですけど!




「和定食じゃねぇか!」


 昼休みのフードコートで、ドッツォが運んできたトレイを見て、思わず俺は声を上げてしまった。


 白米、味噌汁、紅鮭、たくあん、海苔……。

 日本人にとっては見慣れた、しかし月面ではお目にかかることも無いと思っていた料理が目に入ったのだ。


「うん。

 新メニューに追加されてたよ」


「マジかよ、くそっ!

 普通にカレーライス注文しちまった!」


 別にカレーライスが嫌なわけじゃない。

 しかし、日本人としてはどうしても和定食が気になる。

 刺激は無いが、ひとつひとつの素材の味をしっかりと楽しむことができる和食の定番だ。


 くそっ!

 券売機の新メニューコーナーをチェックしておくべきだった!


 俺は自分の愚かさを罵りながら、カレーライスをやけくそ気味にばくばく食い始めた。

 少し遅れてきたロニャとアリチェはまだ食事に手をつけていなかったが、そんなことは気にしない。


 ドッツォは割り箸を器用にパキンと割ると、どれから手を付けようかと目の前の小鉢を見比べながら逡巡していた。


「ドッツォ、よく和食は食うのか?」


「そうでもないよ。

 定食は初めてだし」


 それにしてもこいつのチャレンジ精神には頭が下がる。

 異星人でありながら地球人に混ざって働いているだけでも凄いメンタルだが、どんな味がするかもわからない異星の料理にも果敢に挑戦する勇気は大したものだ。


「これ、どうやって食べるの?」


「ん?」


 見ると、ドッツォは納豆の小鉢に箸を突っ込んで、直接食おうとしているところだった。


「違う違う。

 それはご飯にかけるんだよ。

 ちょっと貸してみろ」


 俺はドッツォから小鉢と箸を受け取ると、箸を突っ込んでぐりぐりとかき混ぜ始めた。

 次第にネチョネチョと糸が引き始める。


「え!?

 なにこのニオイ……ガチでヤバいんですけど!」


 正面の席でハンバーガーを咥えていたロニャが顔をしかめて反応した。


「納豆だよ、ナットー!

 和食の定番だが、知らんのか?」


「和食とか興味ないし!

 てかマジでそれ臭いんだけど!

 腐ってんじゃないの?」


 ロニャは鼻をつまむと、納豆から距離を置こうと椅子を後ろにズズズと後退させた。


 納豆の臭いが苦手らしい。

 それに気づいたとき、なぜか俺の心はウキウキと踊った。

 ロニャの弱点を見つけたからだ。


「いやいや。

 普通の発酵食品だよ。

 食ってみるか? 美味いぞ」


 俺はにっちゃにっちゃと納豆をかきまぜながら、粘ついた糸を見せつけるようにロニャの顔へと近づけた。


「マジ無理~っ!

 近づけないでよ~!」


 ロニャは汚いものでも見るような形相で席を立ち上がった。


「そんなに嫌がることないだろ?

 別に毒じゃないし、むしろ体にいいんだぞ。

 チーズとか、あのなんていったっけ、酸っぱいキャベツと同じじゃねぇか」


「いっしょにしないでよ!

 チーズはこんな雑巾みたいな臭いしないし!

 ザワークラウトは糸とか引かないし!」


 ロニャが大声を上げると、アリチェがナイフでパンケーキを切る手を止めた。


「ちょっとあんたたち、静かに食事できないの?」


「静かにってさ!

 アリち、アンタはへーきなの?

 この悪臭!」


 大騒ぎするロニャに対して、アリチェは相変わらず冷静だ。


「論理的に考えればいい。

 納豆の糸はアミノ酸の高分子で消化を助ける効果があるし、発酵に伴う強い匂いは旨味と高い栄養価の証拠でもある」


「うっ……。

 じゃあさ、あんたは食えんの?」


「美味しくないから食べたくない」


「ぐ……」


「おい、何言ってんだ。

 納豆は美味いぞ!」


 俺は付属の小袋から小鉢にタレを加えると、何回かかきまぜてからドッツォの白米のうえにかけてやった。


「食ってみろ」


「うん!」


 ドッツォはご飯とともに納豆を頬張ると、しみじみと味わいながら咀嚼する。


「どうだ?

 美味いか?」


「うーん。

 ……何も味がしない」


 がくっ。


 そういえばボサッコ人は香辛料まみれの刺激のある料理が好きなのだ。

 微妙な味わいを楽しむ和食とは相性が悪い。


 だがドッツォは文句を言うことも無く、そのまま黙々と納豆を食べ続けた。


「それにしてもお前……」


「え?

 なあに?」


「箸を使うのうまいな」


 納豆がこぼれないようにご飯とともに口へ運ぶのは難しい。

 スプーンを使う日本人もいるくらいなのに、この異星人は短い指で見事に2本の棒を使いこなしている。


「箸はよく使うよ。

 トムヤンクンとか好きだから」


 なるほど。

 東南アジアには辛い料理が多い。

 辛いものを好んで食ってるうちに、自然と箸の使いかたも身につけたというわけか。


「ドッちょさー。

 よくそんなの使えるよね。マジ尊敬なんだけど」


 ロニャもドッツォの箸さばきには目を奪われていた。


「あたし不器用だし、そーゆーのマジ無理!」


 言いながら、ロニャはフライドポテトを鷲掴みにして口に運んでいる。


「ロニャ、箸、使えないのか?」


「当たり前っしょ!

 てか使う意味が無いし」


「マジか。

 知らないのかよ、日本ではポテチ食うときも箸を使うんだぞ」


「え?

 なんで?」


「箸は最強だぞ。

 手に油がつかないし、フォークと違って小さな切れ端も掴める」


「へぇー、凄いじゃん」


「とくにゲーマーにとっては必須アイテムだ。

 手に油がつくとコントローラーで指が滑って命取りになるからな」


 俺は席を立つと食器コーナーから割り箸を2つ拝借した。


 これはロニャに対する優しさか?

 いや断じて違う。

 日本人として日本文化を西洋人に理解してもらいたいという義務感?

 それも違う。


 ……そう。

 ロニャが困っている姿を、俺はもっと見たいのだ。


 いつも彼女に笑い者にされてる俺だ。

 ささやかな仕返しをさせてもらってもバチは当たらないだろう。


 席に戻ると割り箸をパチンと割って、ロニャに渡す。


「ほれ、やってみろよ」


「いや、やったことあるけどムリだし!

 片手で2本の棒とか、そもそも無理ゲーじゃん」


「その考えかたが間違ってんだよ。

 操る箸は1本だけだ」


「は?」


「まずは1本目を持ってみろ。

 親指の付け根と薬指でこうやってはさむ」


「ええと……

 こう?」


「うむ。

 この箸は固定する。

 動かさないんだ」


「へぇ、そうなんだ」


「動かすのはもう1本のほう。

 持ちかたは簡単。

 ペンと同じ持ちかたでいい」


「なるほど。

 ……こうか」


「そう。

 試しにポテトをつまんでみろよ」


 ロニャはフライドポテトをつかもうとするが……。


「あっ!」


 ぽとりと下に落ちてしまった。

 見ると、箸が交差してしまっている。

 これじゃあつかめない。


「もうちょっと短めに持つとうまくいくぞ。

 ハサミでチョキチョキする感覚だ」


「ええと、ちょきちょき……と」


「やった!

 つかめた」


「おーっ」


 ロニャはそのままポテトを口へと運んだ。


「美味~っ!」


 続けて2本目のポテトをつかむと、またぱくりと食べる。


「美味っ!」


 ロニャは箸を使えたことが嬉しいらしく、そのままひょいぱくひょいぱくとポテトを食べ続けた。

 まだまだぎこちないが、初めてにしては上出来だ。


「どうだ。

 箸は最強だろう」


 俺が誇らしげに言うと、ロニャの動きがピタリと止まった。

 口をもぐもぐとしながら、何かを考えている様子だ。

 そしておもむろに箸をテーブルに置くと、残った数本のポテトを鷲掴みにしてまとめて頬張った。


「やっぱダルいわ。

 手で食ったほうが早いし!」


 がくっと膝の力が抜けた。


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