4-1 ツンデレってなに?
「レンマ兄ちゃん!
また凄いアニメに出会っちゃったよ!」
いつものようにラウンジで朝食をとっていると、ドッツォが出勤するなり興奮した口調で話しかけてきた。
「異世界花嫁無双って知ってる?」
「異世界……あぁ、イセハナか。
もちろん知ってるぞ」
『異世界花嫁無双』、略してイセハナは、いわゆる異世界転移モノのアニメだ。
もともとは小説投稿サイトに連載されていたが、コミカライズされたことで人気に火が付き、アニメ化までされた。
パクリとまでは言わないが、よくあるテンプレートそのまんまという感じで、目立った特徴は無い。
それなのに人気が高いのは、ストーリーや設定が面白いというより、登場する女の子がとにかく可愛いのだ。
キャラクターデザインが今風なこともあるが、個性的なセリフの言い回しや声優の演技力も評価が高く、根強いファンに支えられている。
「冒頭から凄く衝撃的だったんだ!」
ドッツォが熱く語り始めた。
これは長くなるかもしれない……と俺は覚悟を決めた。
「ハルトがいきなりトラックにドカーンってぶつかって死んじゃうんだよ!
いきなりだよ!
もうびっくりしちゃったよ!」
まぁ、よくあるパターンだ。
いったい今までどれだけの数の類似作品が作られてきたことだろう。
あまりにも多すぎて、もはや異世界モノの枕詞のようになってしまっている。
「そして気がついたら、今までとはまったく違う別世界にいるんだ!
最初は言葉さえ通じないんだよ。
しかもそこは、モンスターが徘徊する危険な世界なんだ!」
――普通だね。
すごく普通。
今さら何の驚きもない展開。
……しかし、眼を輝かせながら嬉しそうにしているドッツォを見ていると、とても「それ、テンプレートだから」などとは言えない。
せっかく純粋な心で楽しんでいるところに水を差すような野暮な行為は、さすがの俺でも抵抗がある。
それに、俺だって初めて異世界モノに触れたときは同じように興奮したはずなのだ。
あまりにも昔のことなので、もはや覚えていないが……。
「そっか、そっか。
確かに冒頭はそういうストーリーだったよな」
俺は思いっきり優しい作り笑顔で相槌を打った。
「まだ1話しか見てないけど、ハルトはどうやら凄い力を持ってるらしいんだ。
これからどうやってトラックを倒すのか、想像するだけでもうワクワクしちゃって眠れなかったよ!」
「そうか、そうか。
……ん?
トラック?
そんな奴いたっけ?」
「うん。
ハルトの宿敵だよね!」
「うーん。
悪ぃ……敵の名前までは覚えてねぇわ」
「第1話の冒頭で出てきたじゃん!
トラックはハルトをどっかーんって殺しちゃうんだから、酷いやつだよね!」
「え……。
トラックって、乗り物のトラックか!
いや……確かにそうだけど、あれはただの事故だろ?」
「そんな!
ハルトに真正面から突っ込んで殺しておいて、事故のはずないよ!
あのトラックはハルトの能力が芽生える前に不意打ちをしたんだ。
汚いやつだよ!」
――うーん。
ドッツォは怒っているが、俺はトラックに対してそんな感情を抱いたことは無かった。
主人公が冒頭で死ぬ展開に慣れすぎていて、事故原因に疑問を持つことさえなかったのだ。
恐らくアニメの原作者も、こういったシーンを「お約束」として描いているから、どちらの側に原因があったのかといった詳細はいちいち考えてさえいないだろう。
「ところでさ。
レンマ兄ちゃんは誰が好きなの?」
「え?」
突然、極めてプライベートな質問をされたのかと思い、俺は身構えてしまった。
「僕はセリス!
ふさふさの耳が可愛いもん!」
あぁ、花嫁候補の話だったか。
セリスは獣人族だし、性格も明るくて、確かにドッツォにお似合いのキャラだ。
『異世界花嫁無双』には5人の花嫁候補が出てくるが、ハルトが最強の力を得るためには、運命の相手と結ばれる必要があり、最終的に誰が選ばれるのかについてファンの間でも論争や考察が絶えない。
原作小説はまだ完結しておらず、結論も出ていない。
作者もどうすればいいのかわからなくなっているのではないかという説も有力だ。
なにしろファンの間で『推し』が見事に五等分されてしまっているため、誰が選ばれたとしても残り8割のファンから反発を受けてしまう可能性が高いのだ。
「俺は特に決めてないけど……強いていうならミレナかな」
「ミレナ!」
「そう。ツンデレの暗殺者」
「ツンデレ?
……ツンデレってなに?」
おぉっと!
ゴーグルの翻訳機能も、ツンデレは意訳できなかったか。
しかし特殊な概念だし、どう説明すべきか……。
「ツンデレというのはだな……。
ツンとデレの合成語であって、ある種の人物の性格を表す言葉だ」
「ツン?
デレ?
どんな性格なの?」
「つまり……日頃はツンとしているが、特定の条件下ではデレっとなる性格だ」
「んー?
……よくわかんない」
「……説明が、難しいな。
具体例を出さなきゃだめか……」
俺が言葉選びに四苦八苦していたとき、事務所の扉がシュインと開いた。
「おはよう」
アリチェが出勤してきた。
無表情かつ無感情な声で挨拶すると、シートに腰掛けて、いつものようにゴーグルでブラウザを立ち上げた。
こうやって朝のニュースをチェックするのが彼女の日課なのだ。
「ねぇ、どういうこと?」
ドッツォがせがむように俺の袖を引っ張る。
「あぁ、すまん。
つまり……ツンデレというのはだな、普段は相手にまったく興味がないように素っ気ない態度をとっているのに、例えば『可愛いね!』とか言われると……」
俺が必死で説明していると、突然アリチェが手の動きをピタリと止め、ゴーグルを透過モードに切り替えた。
「え?」
「……え?」
思わず俺も同じ言葉を返してしまった。
驚いたような表情で俺を見るアリチェの頬は、微妙に赤みが差しているように見える。
もしかして……誤解されてる?
「いやいや、違うって!」
「な、何が違うのかしら」
「ドッツォとアニメの話をしてただけだ。
お前のことを話してたわけじゃねぇから!」
アリチェは今度ははっきりわかるほど顔を赤らめた。
「気になるから!
紛らわしい言いかたをしないでいただける?」
ぷくぅと頬を膨らませたアリチェは、少し可愛らしかった。
本気で怒っているわけではないのだろう。
俺がほっと安心していると、ドッツォが俺の横で耳打ちした。
「こーゆーのがツンデレなの?」
「ドッツォ、おまっ、ばかやろ!」
ガタンと音がしてアリチェが立ち上がった。
はだけた前髪が眼を覆っていて、不穏な雰囲気が漂っている。
「いったい誰の話をしているのかしら?」
やばい。絶対誤解してる!
「いやだから、アニメの話をしてるだけだって!
おいっドッツォ、誤解を招くようなこと言うな!」
「え? え? え?
ごめんなさーい」
ドッツォがペコリと頭を下げると、さすがにアリチェもそれ以上の追及をすることはなかった。
しかしその後、アリチェとの気まずい雰囲気が続いたことは、言うまでもない。
=== 異世界花嫁無双・主な登場人物 ===
【森下 春斗】
20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。
【ミレナ・クラウディア】
19歳。女性。沈着冷静な暗殺者。仮面で顔を隠しており正体不明。ハルトには冷たい態度をとっている。
【セリス】
16歳。女性。獣人族。いつも元気なムードメーカー。




