3-2 へーっ、さすがオタク!
「オモチャ屋でなんかあったみたいだよ!
ちょっと見てくるね~っ!」
仲間たちとリューンシャンゼリゼ中心街を清掃しているとき、ロニャが嬉しそうに叫んだ。
見ると、玩具店の前に人だかりができているようだ。
ロニャはいち早くトラブルの匂いを嗅ぎつけたのだろう。
いつもなら観光客で賑わっている人気店だが、今は透明なシャッターが降りていて、誰も入店できない状況のようだ。
店内では何かが起きているようで、時おりガシャンッとぶつかり合うような音や、野次馬たちのどよめきが聞こえる。
「こっちだよ~!
はやくはやくっ」
ロニャに呼ばれて側道から店の裏口へと回ると、中年の男が疲れた表情で俺達を待っていた。
身長は低いが恰幅はいい。
黒い頭髪は少し薄くなってきているようだが、口元には立派な髭を生やしている。
緑と白のボーダーシャツに赤いオーバーオールという出で立ちは、風変わりだが親しみやすい印象を受ける。
「レンマは初めてかもね。
このおっさんはマルビン!
このお店の店長さん」
ロニャに紹介されると、マルビンは軽く会釈をした。
「ほんま面目おまへん。
入荷したてのホビーボットの電源入れたら、勝手に動き出してしもて……。
もう店ん中めちゃくちゃや」
マルビンは外国語を喋っていたが、ゴーグルから流れてきた音声は、おかしな関西弁に変換されていた。
おそらく自動翻訳機能が外国語の方言を、日本語における関西弁に近いと判断したのだろう。
「ホビーボット?
なにそれ?」
ロニャはホビーボットを知らないようだが、日本では人気の商品だ。
身長15センチ程度の小さな人型ロボットだが、その運動能力はなかなか侮りがたい。
「子供の遊び相手になるようなボットだよ。
人工知能を搭載していて、自律的に動くこともできる」
「へーっ、さすがオタク!
詳しいじゃん!」
「うっせぇ!」
俺は自分がオタクだと自覚しているが、なぜかロニャにそう言われると腹が立つ。
不思議だ。
「で、止めかたはわかんの?」
「止めかた?
そりゃあ、本体の電源スイッチを切ればいいだろ。
背中か後頭部についてるはずだが……」
「そないしたい思てんねんけど、動き回っとるさかい取り押さえられへんねん。
なんとかしてもらえまへんか?」
マルビンは悲痛な声を上げて、俺の安直な態度に抗議した。
まぁ確かに彼のでっぷりとした体型を見ると、すばしっこいホビーボットを捕まえるために走り回るのは難しそうだ。
「報酬はもらえるんでしょうね?」
背後からアリチェの声がした。
少し意外だ。
彼女がお金に困っている様子はなかったし、金銭を要求するなんてちょっと彼女らしくない。
しかしアリチェは明らかに感情的になっていた。
「みんな、気をつけて。
こいつは金にしか興味が無い、金の亡者よ。
正統な手続きを踏んで予約した顧客に対して、人気が出たので値上げしますとか、平気で言う奴なのよ!」
「アリチェはん。
まだあのときのこと根にもってはるんですか。
もうワイは心を入れ替えましたがな。
今回はきっちりお礼をさせていただきますんで、信じてほしいわ」
「どうかしら。怪しいものね」
そう言えばアリチェは以前も、この玩具屋の商法に文句を言っていた。
察するに、アリチェはここで玩具を予約したにも関わらず買えなかったことがあるのだろう。
ホビーボットが店内で暴れ回っている状況とは何の関係も無いだろうが、いったん芽生えた不信感は、なかなか解消されないものだ。
気まずい雰囲気のまま沈黙が続いたが、耐えきれなくなったロニャが口火を切る。
「と・に・か・く!
暴れてるボットを何とかしよ!
この商店街の平和守るのが、あたしらの使命だから!」
「ロニャはん、おおきに。
シュッとしてはりますなぁ」
「あたしら清掃課にまっかせなさ~い!
ボット捕まえるくらい、余裕っしょ!」
おいおい、勝手に『あたしら』とか言って俺を巻き込むなよ!
清掃課は自警団じゃねぇんだから。
だいたい俺だって、このおっさんに負けないくらい運動は苦手なんだからな!
「お、おおきに! できるだけ店の商品傷つけんように頼みますわ!」
マルビンが裏口の扉を開けると、ロニャは待ってましたとばかりに店内へと飛び込んだ。
ドッツォも「僕も行く~っ!」と言いながら後に続いた。
――さて、俺はどうすべきか?
どう考えても清掃業務とは無関係だし、ロニャに付き合う義理も無い。
しかし、だからといって知らんぷりもできないのが俺の弱点なのだ。
=== 登場人物 ===
【マルビン・ドラックス】
30歳。男性。ドイツ人。玩具店の店長。でっぷりとした体型。金儲けに徹している根っからの商売人。




