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17-7 好きにしてください



「レンマ!

 そっちやない、右や!

 あ、ちゃう、左!」


「どっちだよ!」


 ケーミンの分かりづらいナビは最悪だったが、俺はなんとかアッシロの後を追うことができていた。

 神田明神やゲーマーズはともかく、牛丼専門店の「サンボ」にまで立ち寄るとは、なかなかの通だ。

 そこらのチェーン店よりずっと美味くて安いので、俺も数え切れないほど足を運んでいる。


 しかし意外だったのは、ポータリアンが地球人に紛れてうろついているというのに、まったく騒ぎが起きていないことだ。

 たまに観光客が写真を撮ったりしていたが、にこにこ笑うだけで少しも驚いていない。

 おそらくそれは、ボサッコ人が毛むくじゃらだからなのだろう。

 そもそも秋葉原には、コスプレイヤーが多い。

 全身が毛に覆われたボサッコ人は、どこかの店がキャンペーンで雇った着ぐるみにしか見えないのだ。


 これは朗報だ。

 うまくすれば、誰にもバレずに奴を連れ戻すことができるかもしれない。

 そんな期待感が俺の脳裏に浮かんだ。


「いたぞ!」


 俺が見つけたとき、アッシロは店の前で写真を撮っているようだったが、すぐにまた走り出して、人混みの中へと消えてしまった。


 店の看板には、甘味処「竹むら」と書かれている。

 名の知れた老舗の和菓子屋だが、激辛食を好むボサッコ人がわざわざ立ち寄ったことには違和感があった。

 適当に歩き回っているだけか?

 そう思いかけたが、違う。

 アッシロの足取りには、明らかに、迷いがない。

 あらかじめ全部のルートを、頭に叩き込んでいるような動きだ。


 食うことが目的ではない……?


 そう考えたとき、俺の脳内で点と点がつながった気がした。

 神田明神、ゲーマーズ、サンボ、そして竹むら。

 これらには共通点がある。


 神田明神は、生徒会長の「えりす」が巫女のバイトをしていた場所。

 牛丼の「サンボ」は、「ことは」がストレス解消にドカ食いする店――。

 そして「竹むら」は、アイドルグループ「みゅいんず」のリーダー、まゆかの実家。


 全部、アニメ『ラブリーゲート』に出てくる、実在の場所だ。


 「アッシロのやつ……聖地巡礼していやがった!」


 『ラブリーゲート』は、悲惨な死を遂げたアイドルを救うために、マッドサイエンティストが何度もタイムトラベルを繰り返すアニメだ。

 物語の舞台はこの秋葉原で、実在の場所が多数登場するが、アッシロは「聖地」を回っているのだ。


 だとすれば、奴が次に向かう場所は推定できる。

 『ラブリーゲート』のファンのあいだでは、聖地巡礼の順番が、きっちり決まっているのだ。

 俺は神田川を目指して北へと走った。


「見つけた!」

 

 やはり――そこに、アッシロがいた。

 ラブリーゲートの最終話、ラストシーンの舞台であり、聖地巡礼の最終地点でもある昌平橋だ。


 橋の欄干にもたれかかるようにして立ち、神田川を見渡しながら佇んでいたアッシロは、俺が近づいていることに気づいても、もう逃げることはなかった。


「煮るなり焼くなり、好きにしてください。

 この場所に来て、この景色を見られただけで、私は満足です」


 うっとりとした目で川面を眺めるボサッコ人は、満足そうに笑った。

 昌平橋を吹き抜ける風が、彼の全身の体毛をたなびかせている。

 逃亡中の脱走犯とは思えないほど、彼は落ち着いていた。


「そんなにしてまで、来たかったのか?

 この場所に……」


 神田川の水は濁っているし、両岸の石壁も薄汚れている。

 空は高層建築と総武線の鉄橋に覆われているし、お世辞にも美しい風景とは言えない。

 異星人が星間条約に違反してまで来たい場所だとは、どうしても俺には信じられなかった。


「同じなんですよ。

 まゆかが、仲間たちと見た風景と。

 ここに立っていると、あのときの彼女たちの気持ちが痛いほどよくわかるんです」


 アッシロは遠い目をしながら、かすれた声で語った。

 今、彼の目には見えているのだろう。

 アニメ『ラブリーゲート』のアイドルグループ「みゅいんず」のメンバーが、様々な苦難を乗り越えてコンサートを成功させた後、すべてが始まったこの場所に再び集結したときの光景が。


「そんなもんかね……」


「はい。

 そんなものなんです」


 満足そうなアッシロの笑顔を見て、俺は少し羨ましくなった。

 彼は間違いなく今、幸せなのだ。

 大好きな作品の、大好きなキャラクターに近づくことができた達成感。

 それを彼が感じることができたのは、作品に対する愛があってこそだ。

 自分にはそれほど何かを愛することができるだろうか?

 同じように幸福を感じることができるだろうか?

 そんな想いが俺の心を揺り動かしていた。


「帰るぞ。

 アッシロ」


 俺は彼が抵抗しないことを祈りながら、手招きをした。


「はい。

 ですが、もう動けそうにありません」


 そう言うと、彼は崩れるようにへたりこんだ。


「どうした?」


「わかりません。

 おそらく地球大気の成分が良くなかったのでしょう。

 目眩がして、どっちが上でどっちが下かも、よくわからないんです」


「マジか?」


 俺は駆け寄って、アッシロの様子を見た。

 ダークオレンジの瞳は精気を失い、全身が発熱し、手足が小刻みに震えている。

 ボサッコ人の医学にはまったく知識がない俺だが、さすがに彼の体調が最悪なのは明らかだ。


「背負ってやるから、背中につかまれ」


「は、はい。

 ご面倒をおかけしてすみません」


 俺はテレボットを片膝立ちにして、アッシロをおぶってやった。

 テレボットは重い荷物を運ぶようには作られていない。

 あまり長くは耐えられそうにないが、こうするしかないだろう。


「ケーミン、聞こえるか?

 無事、アッシロを確保した」


「うん、ありがとな!

 全部、見とったよ!

 これで万事、解決や!」


 ケーミンの明るい声が返ってきた。

 そりゃそうか。

 このテレボットが見ている映像は、すべて地球遊覧船のディスプレイにも表示されていたのだ。


「合流したい。

 神田高校の校庭に降りられるか?」


「神田高校?」


「あぁ。

 あそこならここから近いし、船が着陸するだけの十分なスペースがある。

 それに、もう下校時刻を過ぎているから、人はいないはずだ」


「オッケー!」


 さっそく体が少し軽くなり、地球遊覧船が降下を始めたことがわかった。

 短時間でランデブーするためには、急いで現場に向かわなければならない。

 俺はアッシロを背負いながら、テレボットを全速で走らせた。

 

 しかしそのとき――。


「ピッ。

 そこのテレボット、止まりなさい!」


 背後から、大音響で人工人格(AI)の声が響き渡った。

 あの声には聞き覚えがある。


 警視庁のパトロールロボット、パトボットの声だ!



=== 用語解説 ===


【ラブリーゲート】

 タイムトラベルものアイドルアニメ。悲惨な死を遂げたアイドルを救うために、アイドルオタクのマッドサイエンティストが何度もタイムトラベルを試みる。舞台となっている秋葉原の各地がファンにとって聖地となっている。


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