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17-8 見世物じゃねーっての!


「ピッ。

 テレボットの走行は禁止されています!

 操縦者はテレボットをただちに停止し、最寄りの警察署に出頭しなさい!」


 ピーポーピーポーとサイレンを鳴らしながら、背後からパトボットが迫ってきていた。

 だが、ここで止まるわけにはいかない。

 警察に捕まれば、このテレボットが背負っている茶色い着ぐるみの正体がポータリアンであることが世間に曝されることになる。

 そうなったら世界中が大騒ぎだ。


 だが、勝ち目はある。

 このテレボットは二足歩行型だが、パトボットは車輪型だ。

 直線では負けるが、奴の車輪では段差を乗り越えることができない。


 俺は入り組んだ裏道に入り、階段を上ったり、建物の中を通ったり、わざと段差の多いルートを選んで走った。

 子供の頃から住んでいた街だ。

 このあたりの詳細なマップは俺の頭に刷り込まれている。


「いけーっ!」

「逃げろーっ!」

「そこ右ーっ!」


 俺の操作するテレボットが私有地の壁を越えたり、レストランの厨房を抜けて裏口から出たりするたびに、地球遊覧船の乗客たちの歓声が沸き起こった。

 このテレボットが見ている映像は、俺のゴーグルだけでなく、客室のディスプレイにも表示されている。

 あいつらは、俺が必死で警察から逃げている様子を、アクション映画のチェイスシーンでも見ているかのように楽しんでいやがるのだ。


「まったく、見世物じゃねーっての!」


 俺が愚痴をつぶやきながらカラオケボックスの非常階段から飛び降りたとき、ようやく前方に目的地が見えてきた。

 東京都立神田高校の校門だ。


 いろいろ事情があって中退したが、いちおう俺の母校だ。

 すでに下校時刻を過ぎており、校舎の照明は落ちていて真っ暗だ。

 都市型の学校なので周囲は高い壁に囲まれており、当然ながら校門も閉ざされていた。


 あれさえ越えれば!


 俺の操るテレボットが校門をよじ登り、校庭に着地したときだった。


 ガキッ!


 金属がねじ曲がるような嫌な音がしたあと、周囲の映像がぐるりとひっくり返った。

 テレボットが転倒したのだ。


「しまっ……!」


 背負っていたアッシロが、勢い余って前方に放り出されるのが見えた。

 急いで体勢を立て直す……つもりだったができなかった。

 気がつくと、ゴーグルの視界に赤い文字で「膝関節故障」と点滅していた。


 テレボットの膝関節が破損してしまったらしい。

 無理もない。

 本来はゆっくりと歩きながら風景を撮影するだけのボットなのに、さんざん走り回ったあげく、体重50kgほどもあるボサッコ人を背負っていたのだ。

 むしろ、ここまで来られたことが奇跡みたいなものだった。


 周囲を見回すと、アッシロはぐったりとして動かない。

 しかも悪いことに、校門の外から野次馬が集まりだしているのが見えた。

 ポータリアンの地球遊覧船が空から飛来し、間近に見えるほど高度を下げていたのだ。

 さすがに隠し果せるものではないだろう。


 もはや、一刻の猶予もなかった。


「ケーミン、着地してハッチを開けてくれ!

 俺は地上に降りて、搬送ボットでアッシロを回収する!」


「マ、マジで言うとるんか!?」


「それしかないだろ!

 急いでくれ!」


「わ、わかったわ」


 地球遊覧船が校庭へと降下する中、俺は客室の中央にあるパネルを開けて、下の階へと降りた。

 ここには客の荷物を運ぶための搬送ボットが待機している。

 こいつなら、1Gの重力下でも、アッシロを運べるはずだ。


 ガクンと船が揺れ、脚にショックを感じた。

 船が校庭に着陸したのだ。

 同時に足元のハッチが開き、スルスルとスロープが伸びた。


「行くぞ!」


 俺はスロープを駆け下り、アッシロが倒れているところまで、夜の校庭を走る。

 人工人格(AI)機長が操作する搬送ボットも、俺の後をついてきていた。


 生身の脚に、本物の1Gがのしかかってくる。

 それでも、歯を食いしばって重力に耐えながら、なんとかアッシロのもとへたどり着く。


「アッシロ!」


 ぐったりした彼の体を抱え上げ、搬送ボットへと乗せる。

 ボットは向きを変えると、校庭の砂を撒き散らしながら遊覧船へと戻っていった。


 ふう、と俺は息をついた。


 いろいろあったが、なんとか最悪の事態は回避できた。

 あとは、自分も船に戻るだけ、と踵を返す。


 ――そのとき。


 いつのまにか校庭に集まりつつあった野次馬の中から、ひとりの女性が俺に歩み寄ってきた。


 緑色のストライプをあしらった制服。

 どこにでもいるような普通の日本の女子高生。


 桜井さん、だった。


 寂しげなその表情は、「行かないで!」と訴えているようだった。


 当然のように月に戻るつもりだった俺の脳裏に、まったく違う未来像が浮かんだ。


 ――このまま地球に残ってもいいんじゃないのか?


 そもそも誘拐されて無理やり月へ連れ去られた身だ。

 今まで帰れなかったのは、単に交通費が払えなかったからであり、わざわざ月に戻る必要なんてないんじゃないのか?


 地球には桜井さんがいる。

 俺は日本人だし、日本にはベーシックインカムというありがたい制度があって、働かなくても暮らしていくことができる。

 1Gの重力だって、いずれは慣れるだろう。


 ――だが。


「あいつは悲しむだろうな」


 脳裏には目に涙をためたドッツォの顔が浮かぶ。


「もしかしたら、あいつも……」


 いつだって明るくてポジティブなロニャは、もし俺がいなくなったらどんな表情をするだろうか。


 俺は朝の清掃事務所の、見慣れた風景を思い浮かべる。


 ハンバーガーを頬張るロニャの隣で、アリチェはきっと表情ひとつ変えないだろう。

 いつもと同じくブラウザでネット情報を読みながら、アップルジュースをすすっているに違いない。


 《《だが》》、なにかが違う。


 自分がいない清掃事務所が……ツキハバラがうまく想像できない。


 そこに自分がいることが、あまりにも普通で、自然になってしまっているのだ。


「桜井さん……」


「は、はい……」


 俺は彼女の黒い瞳を真正面から見つめ、偽りのない自分の本心を打ち明けた。


「ごめんよ。

 俺には帰れる場所があるんだ!」


 言ってしまった。

 桜井さんは呆然としている。

 彼女の好意を踏みにじるようなことをして胸が痛んだが、後悔はなかった。


 俺はゆっくりと踵を返し、地球遊覧船へと向き直った。

 そして自分の進むべき道をしっかりと見据える。


「ま、待ってください!」


 桜井さんの引き止める声に、思わず振り返りたくなる。

 だが俺の決意は固まっていた。

 一歩ずつ、歩き出す。


「お釣りを!

 お釣りをお返しします!」


「え!?」


「受け取っていただかないと困るんです!

 店長に怒られちゃうんです!」


「は!?」


 振り向くと、差し伸べられた彼女の手のひらには、財務省発行の5円玉硬貨が金色に輝いていた。


 いったい何がなんだかわからず、俺が立ちつくしていたとき――。


 バンッ!


 どこからか激しい銃声が響き、同時に脚の感覚が失われた。


「な……っ」


 膝から力が抜けて、俺はその場に崩れ落ちる。


 視野の片隅で、パトボットが俺に麻痺銃を向けているのが見えた。

 ずっとテレボットを追っていた奴だ。


「ピッ。

 あなたのゴーグルから、このテレボットに通信が送られていることを確認しました。

 操縦していたのはあなたですね。

 テレボット違法走行の現行犯で逮捕します」


「え?

 違う、俺じゃない!

 いや俺だけど……」


 なんとか逃げ出そうともがいたが、下半身が麻痺していて、まったく動かない。


 ゴオオォッ!


 そのとき、背後で轟音が鳴り響いた。

 校庭に着陸していた地球遊覧船がスラスターを噴射させたのだ。

 地上に伸びていたスロープが収納され、外部ハッチが閉まっていく。


 その光景を混乱したまま呆然と見上げていると、俺のゴーグルに通信が入った。


「このままやと騒ぎが大きなってまう。

 かんにんな。

 達者で暮らしてや!」


 ケーミンのパニクった声。


「ケーミン、待っ……!」


 俺の悲痛な叫びはスラスターの噴射音でかき消された。

 遊覧船は慌ただしく離陸すると、俺を置き去りにしたまま、夜空の彼方へと消えていく。


「ピッ。

 身元を確認しますので、IDを提示してくだい。

 マイナンバーカード、運転免許証、あるいは……」


 パトボットが何か言っていたが、まったく頭には入らなかった。


「なんてこった……」


 俺は麻痺したまま校庭にゴロンと転がり、夜空を見上げた。


 そこには美しく輝く満月が、俺のことを無言で見下ろしていた……。




---   エピソード17  完   ---








---    シーズン3   完   ---

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 これにてシーズン3は完結となりますが、お楽しみいただけたでしょうか?


 おかげさまでレンマは地球に戻れましたが、これでメデタシメデタシ……というわけにはいきませんよね。


 準備ができ次第、シーズン4を再開しますので、それまで作品をブックマークしてお待ちいただけると嬉しいです!


 それでは今後とも、よろしくお願いいたします!

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