17-5 さすが地元民やなぁ!
「ここが……伝説の秋葉原か!」
目の前に広がる光景に圧倒されて、乗客たちが息を呑む。
赤、青、黄の原色を使った派手な看板と、美少女のエッチなポスターが混在する混沌。
大きな荷物をかかえた観光客と、道沿いに並んでチラシを配るメイドたち。
俺にとっては見慣れた日常だが、異星人たちには強烈なカルチャーショックを与えているようだ。
地球遊覧船の客室ディスプレイに表示されている映像は、中央通りの万世橋近くから、人間が歩くのと同じような速度で北へと進んでいく。
それもそのはず。
この映像は、実際に地上を歩いているテレボット、つまり遠隔操縦ロボットの頭部に搭載されたカメラから送られてきているのだ。
秋葉原のような観光スポットでは、今やテレボットを見ることは珍しくない。
もちろん、現地の料理を食べたり、アクティビティを楽しんだりすることはできないが、長時間かけて飛行機に乗る必要もなく、瞬時に世界の反対側でも観光できるので利用者は多い。
ただ、街がテレボットで溢れかえってしまうと景観が損なわれてしまうし危険でもあるので、稼働できる総数は制限されているし、移動速度も時速5kmまでに制限されている。
「右手に見えますのが、秋葉原ラジオ会館やで〜!
地上10階、地下2階。
フィギュアショップなど30店舗以上が入っとるんよ!」
「「「おおぉ~!」」」
キャビンアテンダントのケーミンは、バスガイドのように指を差しながら秋葉原のスポットを紹介していった。
恐らく彼女が装着しているゴーグルには台本がプロンプターのように表示されており、それを読み上げているだけなのだとは思うが、地球に降りたことがない異星人としては十分によくやっている。
「え〜、皆様、左手にご注目〜。
こちらが日本食の代表とも言える、味の革命を引き起こした伝説の店、ゴーゴーカレーやで〜!」
「「「おおぉ~!」」」
「右手に見えますのは〜、あらゆるアニメグッズをとりそろえるアニメの総本山、アニメイトのビル群やで〜!」
「「「おおぉ~!」」」
観光客のウケを狙って誇張された説明が気になりはしたが、ケーミンによる秋葉原ガイドは順調に進んでいた。
だが――。
「メロンブックスはどこだ?」
「へ?」
ひとりのグレーネ人が質問を投げかけた。
「オタクコンテンツの拡大に寄与した日本を代表する書店だと聞いたが、知らないのか?」
「あ、あの、その……」
想定外の質問を受けて、ケーミンはたちまちしどろもどろになった。
落ち着いてゴーグルに検索を命じれば見つけられるはずだが、焦るあまり基本的な操作もできなくなっているようだった。
「武装商店も案内してくれ。
本物の日本刀が見てみたい」
「う……」
別のグレーネ人から追い打ちをかけるような要求を受けて、ケーミンの思考は完全に停止してしまった。
「ケーミン!」
俺は床にへたりこんでいる彼女のもとに走りより、安心させるように背中をさすった。
体が小刻みに震えているのが伝わってくる。
このままでは、まずい。
彼女はせっかく活力を取り戻しかけていたのに、ここでダメージを食らってしまっては、再起不能になりかねない。
「俺が代わる。
お前は休んでいろ」
俺はゴーグルを操作し、彼女のゴーグルに接続されていたテレボットのコントロール権を無理やり奪い取った。
少々乱暴なやりかただが、彼女の同意を待っている時間はなかった。
「メロンブックスだったな?
こっちだ」
テレボットの操作は初めてだが、ヴォルラックのホビーボットと同じハンドジェスチャー方式だった。
左手が移動、右手が視点変更。
ゴーグルに搭載されたカメラが俺の指の動きを読み取って、地上のテレボットが忠実に反応してくれる。
「このビルの地下がメロンブックスだ。
入ってみるか?」
乗客たちが拍手したのを受けて、俺は地下へと続く狭い階段を下りていった。
「「「おおぉ~」」」
壁面を埋める無数の同人誌を見て、ポータリアンたちがため息をもらす。
ツキハバラにも書店はあるが、ここの圧倒的なボリューム感には到底敵わない。
俺は迷路のように入り組んだ店内を、視点をぐるぐると回しながら歩き回った。
そのあと武装商店に行く途中でドン・キホーテとAKB48劇場を案内し、ついでに肉の万世や@ほぉ〜むカフェにも寄ってやった。
このあたりは俺にとって庭みたいなものなのでこの程度のことは何でもないのだが、乗客たちの反応は上々だった。
さっきまで態度の悪かった連中も、今や壁面ディスプレイの映像を食い入るように見入っている。
「レンマはさすが地元民やなぁ!
めっちゃ詳しいやん!」
ケーミンも横でぱちぱちと拍手している。
安心感からか、元気を取り戻したようでなによりだ。
「さて、次はどこへ行こうか……」
客から要求されたわけではなかったが、俺はだんだんテレボットによる散策が楽しくなっていた。
自分が本当に秋葉原を歩いているような感覚になり、懐かしさが込み上げてきたのだ。
そして脳裏に浮かんだのは――。
桜井さん。
俺はふいに、コンビニ店員の桜井さんに会いたくなった。
「とっておきの場所に連れてってやるぜ」
「「「おおぉ~」」」
乗客たちが期待の声を上げる中、俺は秋葉原に住んでいたころ、毎日のように通っていた近所のコンビニへと向かった。
オタク文化と直接の関係はないが、日本を代表する場所であることは間違いないので問題ないだろう。
動物の帰巣本能のように無意識に近い状態でコンビニに着く。
以前からまったく変わらない、懐かしい風景だ。
自動ドアをくぐり、レジを見ると――。
「いらっしゃいませー!」
あの笑顔、あの声。
グリーンの縞模様が入ったユニフォームに、飾り気のない黒髪のショートボブ。
紛うことなき桜井さんが、そこにいた。
――懐かしい。
俺が月に行っていたのはほんの数か月程度だが、あまりにもたくさんの事件が起きて、とてつもなく長い時間が過ぎたような気がした。
桜井さんは学生なのでバイトだ。
フルタイム勤務ではないので、彼女に会えたのは幸運だった。
今日は平日だが、学校を終えて夜のシフトに入ったのだろう。
「なにか……お探しでしょうか?」
俺がレジに近づいていくと、彼女はちょっと困ったような表情で小首を傾げた。
――そうか。
今の俺は生身の体じゃない。
テレボットなのだと思い出した。
何か答えなければならないが、いったい何を話したらいいのか?
そもそも俺は彼女と、事務的なこと以外、まともに会話したこともないのだ。
俺は彼女のことを知っているが、彼女にとって俺はたくさんいる常連の中のひとりでしかないのだ。
「あのさ、俺のこと覚えてない?
毎日夜の8時ごろ来て夕食を買ってたんだけど。
白いシャツと紺のジーパン着てて、地味な感じの……」
自分を説明することは難しい。
俺は顔も背格好も普通。
服装も髪型も普通で、なんの特徴もないのだ。
「ええと……」
必死で記憶を辿ろうと困り果てる桜井さん。
ごめん。
特徴なくて、ごめん。
「もしかして、毎日じゃがりこ買ってた?」
「そう、それ!
俺だよ、俺!」
俺は嬉しくなって思わず叫んだ。
確かに俺は毎日のように、じゃがりこを買っていた。
じゃがりこはポリポリの食感がたまらないし、指が汚れないのでゲームをプレイしながらつまむのには最適なお菓子なのだ。
彼女が覚えていてくれたというだけで、俺の胸はじんと熱くなった。
月に連れ去られてからこっち、地球で俺のことを覚えている人間なんて、ひとりもいないと思っていたのに。
「いったいどうしていたんですか?
来てくれるのを待っていたのに……」
「え……」
憂いに満ちた目で俺を見る彼女の意外な言葉に、俺は動揺した。
待っていた?
俺のことを、待ってくれていたというのか?
=== 登場人物 ===
【桜井さん】
秋葉原のコンビニでバイトをしている普通の女子高生。




