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17-3 もうあかん……



「げほっ、ごほっ……!」


 立ち込める紫煙を鼻から思いっきり吸い込んでしまい、俺は咳き込んだ。

 アンテラ人たちが、タバコを吸いはじめたのだ。


 しかし、まわりのポータリアンたちは、みんな平然としている。

 どうやら、この煙を不快に感じているのは、地球人の俺だけらしい。


 しかも、すっぱすっぱとやたらペースが速い。

 吸い殻は、当然のように床へぽいぽいと捨てられていく。


 それを片付けるのは、当然、清掃員として搭乗している俺の役割だ。

 モチベーションが急激に低下していくのを感じる。

 こいつらは自分たちが過ごす場所を自ら汚しているのだ。

 それを綺麗にしてやる必要がどこにある?


 だが、俺は自主的に休憩時間に入りたい衝動を押し留めた。

 目の前で、ケーミンがてんてこまいになりながらも必死で働いているからだ。

 自分だけサボる気には、どうしてもなれない。


 俺は涙目で咳き込みながら、掃除機の先端をアンテラ人が座っているシートの下へと滑り込ませ、吸い殻を吸い込んでいった。


 地球では、タバコを吸う習慣は悪癖とみなされてほとんど消え失せてしまったが、頭をすっきりとさせる効果があったらしい。

 いっぽうアンテラ人のタバコは、飲酒に似た効果をもたらすようだ。

 次第に彼らの肌は黄色からオレンジ色に染まっていき、酒に酔ったように饒舌になっていった。


「アイザラの気持ちがわかんねぇのか!

 彼女はハルトのために、自分の本心を必死で抑えているんだぞ!」


「臆病なだけだろ?

 ハルトが心から信頼しているのはフィオリナだ」


「なんだと!」


 会話の内容から察するに、どうやら異世界花嫁無双(イセハナ)の誰を推すかでモメているらしい。

 アンテラ人は古来から、必ず誰かを推す。

 推す対象は歴史上の偉人だったり、師匠だったり、芸能人だったりと様々だが、基本的に他人の推しを批判することはマナー違反とされている。

 しかしそんな暗黙のルールも、タバコの影響で消し飛んでしまったようだ。


 触角を逆立てて、互いに睨み合う。

 その様子は、もう、険悪そのもの。


「おい地球人!

 お前はどう思う!?

 第一王女こそ至高だよなあ!?」


「ちょ、俺に振るな!」


 片方のアンテラ人に肩をつかまれ、ぐいぐい同意を求められる。

 適当に返事してあしらってしまいたくもなるが、下手にどっちかの肩を持ったら、もう片方に絡まれるに決まってる。


「い、いや、どっちもそれぞれの良さが……」


「日和るな!」


「日和ってねぇよ!」


 火災報知器が鳴り出すんじゃないかと冷や冷やしながら、俺は煙をぱたぱた払い、論争をなだめて回った。


「無理……もうあかん……」


 ケーミンの声だった。

 見ると、せっかくシートに落ち着かせたはずのボサッコ人が、再びシートベルトを外して走り出してしまったらしい。


 ケーミンはそれを追うことはなく、顔面蒼白で、ただ立ち尽くしている。

 精神が限界に達してしまったのだろう。

 シャルロットのオンリーイベントのときも、ロドル王子のプラモのときも、こんな感じだった。

 彼女は俺と違って適当に力を抜くことができない。

 無理をしまくった挙句、突然ぷつんと切れてしまうのだ。


「しっかりしろケーミン!」


 俺は慌てて駆け寄ると、彼女の両肩を掴んで揺すった。

 だが、彼女は目の前にいる俺さえ認識できないらしく、目の焦点はゆらゆらと宙を漂っていた。


「おい、ナッツのおかわりを持ってこい!」


 こんな状況だというのに、グレーネ人の容赦のない要求は止まることがなかった。


「……なんで清掃員の俺がこんな目に……」


 ただでさえ1Gの重力で体が重いのにポータリアンからこき使われ、たったひとりの相棒さえもボロ雑巾のようになってしまった。


 この旅が、頑張った自分へのご褒美だと?

 そんなふうに浮かれていた、ついさっきの自分の愚かさに、腹が立って仕方なかった。


 だがそのとき、救いの手が差し伸べられたのだ。


「ピッ。

 機内上映の時間になりました。

 照明を落としますので、皆様、席についてシートベルトをお締めください」


 人工人格(AI)機長のアナウンスが入ると、突然、客室は静まり返った。

 そして発光する天井の照度が落ちるのに合わせて、ポータリアンたちはそそくさと自分の席に戻り、黙々とシートベルトを締めたのだ。


 なんという変わり身の速さ!

 まるで訓練された兵士のような統率された行動だった。

 さっきまで大騒ぎしていた乗客たちは、借りてきた猫のように真っ黒なスクリーンを見つめ、上映が始まるのを今か今かと待っていた。


 嵐は、去ったのだ。

 辛い体験だったが、なんとか切り抜けた。

 俺たちはやり遂げたのだ。


 お疲れ様、ケーミン。

 もう休んでいいんだぞ。


 やがて客室の外周スクリーンには上映タイトルが表示された。


重星覇装(じゅうせいはそう)ヴォルラック』


 まぁ、無難な選択だ。

 俺は心の中で相槌を打った。

 地球ではもう50年も前の作品だが、ストーリーは分かりやすく、アクションシーンも多く、ポータリアンからの人気が高い。

 特にボサッコ人たちのお気に入りだが、老若男女、誰からも嫌われない作品だ。


 続いて、スクリーンにサブタイトルが表示された。


『第24話 宿命との決着』


「「「ウォーッ!!!」」」


 たちまち、凄まじい歓声が沸き起こった。

 さっきまで静まり返っていたポータリアンたちが、シートから身を乗り出し、拳を振り上げて喜んでいる。


「まずい!」


 オープニング映像とともに主題歌『魂よ、空を裂け!』が流れる中、俺の中で危険信号が鳴り響いた。


 ヴォルラック、第24話。


 それは、もともとカルト的な人気を誇るヴォルラックの中でも、ファンのあいだでもっとも《《熱い》》と語り草になっている、伝説のエピソードなのだ。


 宇宙帝国ザルグラードに、人類が劣勢を強いられていたそのとき。巨大ロボ「ヴォルラック」とともに爆死したと思われていた主人公レオンが、改良型ヴォルラックを駆って戦場に現れる。そして、その圧倒的な破壊力で、ザルグラード軍を鮮やかに殲滅していく――。


 絵に描いたような逆転劇。

 絶望から始まるカタルシスの連続。

 レオンが夕焼け空を割って現れるあのカットは、何度見ても鳥肌が立つ。

 ファンではない俺ですらそう思うんだから、相当のものだ。


 そして、ボサッコ人にとっては、相当どころの話じゃなかった。


 熱血バトルアニメに目がない連中を筆頭に、客席はもう、熱狂のるつぼと化した。


「「「うおおおおおッ!」」」


「「「行けぇっ、レオォォォン!」」」


 全身の毛を逆立てて、シートをばんばん叩く者。

 感極まって、隣の客と抱き合う者。


 クライマックスでは、全員が総立ち。


 そして興奮のあまり、手に持っているあらゆるものを宙にぶちまけた。


 ナッツ、ポテチ、炭酸飲料。

 白い雪のように、ポップコーンが視界を埋めて舞い散る。


 わずか20分余りの上映時間で、透明な床は一面、ゴミに埋め尽くされていた。


「……マジかよ」


 そもそも重力に負けて弱っていた俺の腰は、踏ん張る気力さえも失ってへなへなと砕けた。

 気づけば、もはやシートに座っている客なんて、ひとりもいない。

 すっかり立食パーティーの会場と化した客室の中で、俺は黙々と掃除機を回し始めた。


***


「ピッ。

 ご搭乗のみなさま、お疲れ様でした。

 当船はこれより、地球へと降下いたします」


 苦闘、3時間。

 人工人格(AI)機長のアナウンスに促されて、俺は我に返った。


 いつからそこにあったのだろうか。

 地球遊覧船の透明な床の先には、青く美しい球体が浮かんでいた。


 俺の故郷――地球だ。




=== 用語解説 ===


異世界花嫁無双イセハナ

 異世界転移系のハーレムアニメ。剣と魔法の世界に転移した大学生が、5人の花嫁候補とともに旅をする。世界を救うためには運命の相手を選ばなくてはならない。


重星覇装(じゅうせいはそう)ヴォルラック】

 地球征服を企む宇宙帝国ザルグラードと戦う巨大ロボットの物語。50年前にヒットした古き良きロボットアニメ。ド直球な熱い物語には今でも根強いファンが多い。


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