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17-2 そこの、地球人!



「なんじゃ、こりゃあ!?」


 思わず叫んでしまった。

 地球遊覧船の客室に足を踏み入れた俺が目にしたのは、ポータリアン観光客たちの、傍若無人な姿だった。


 靴を脱いでシートに足を投げ出すグレーネ人。

 隣の客と顔を突き合わせて大声で談笑するアンテラ人。

 シートベルトを外して奇声をあげながら通路を走り回るボサッコ人――。


 月面基地で見てきた、あの礼儀正しさは、いったいどこへ行った。


 あとで知ったことだが、ポータリアンはバカンスで「非日常」状態に入ると、緊張のタガがぷっつりと外れて、超リラックスモードに切り替わってしまうらしい。

 日本のサラリーマンが、金曜の夜に飲み屋で酔っぱらって羽目を外すのに、ちょっと似ている。


 俺はようやく理解した。

 進路固定のアナウンスを聞いた瞬間、ケーミンの顔が曇った理由を。

 別に事件が起きたわけではない。

 これは、毎度のことなのだ。


「シートベルト締めてぇな!」


 ケーミンは悲痛な声を張り上げて、走り回るボサッコ人の子供たちを追いかけている。


 しかし、はしゃぎ回るチビッコたちは、まったく言うことを聞かない。

 それどころか、大人まで一緒になってきゃっきゃとはしゃいでいて、止める気配すらない。


 ボサッコ星の重力がどれくらいか知らないが、彼らにとって1Gってのは、思わず走り出したくなるような、気持ちのいい重力らしい。

 地球人が巨大なトランポリンに乗ったときのような心理状態なのだろう。

 しかも彼らは体が頑丈ときている。

 勢い余って壁にぶつかり、ごろんと転がっても、平気な顔でケラケラ笑っているのだ。


「レンマァ!

 手伝ってくれへんか!」


 ケーミンが、すがるような目で俺を見た。


 俺の本職は清掃員だが、こんな状況では仕方ない。

 目の前を通り過ぎようとする子供を捕まえようと、両手を広げて床を蹴る。


「ぐ、おも……っ」


 6分の1Gに慣れた体には、1Gの追いかけっこなんて地獄だった。

 足が鉛のように重く、膝がガクガクと震える。

 頭の重量を支えるだけで、首の筋肉が悲鳴を上げている。


 毛むくじゃらの子供が、俺の足元をすり抜けて、ケラケラ笑いながら走っていった。

 後を追ってなんとか捕まえようと手を伸ばしたが、するりとかわされ、勢いあまって俺のほうが床に膝をついてしまった。


「待て、こら……っ、はあ、はあ……」


 既に疲労で息が切れてしまっていた。

 俺のそんな様子は子供たちにとってむしろ面白かったらしい。

 不本意にも俺は格好のオモチャとなり、彼らが飽きるまで振り回される羽目になってしまったのだ。


 いっぽうキャビンアテンダントのケーミンは、ボサッコ人を追いかけてシートに座らせるだけではなく、グレーネ人からの呼び出しにも対応しなくてはならなかった。


「このホットドリンク、少し熱いようだ。

 冷ましてくれ」


「疲れた。

 足を、揉んでくれ」


「この料理、盛り付けが甘いな。

 もっと芸術的に盛り直せ」


「まだ着かんのか?

 スピードを上げてくれ」


 などなど。

 次から次へと、無理難題が寄せられる。


 灰色の肌に、アーモンド型の大きな目。

 グレーネ人は表情筋がほとんど動かないから、何を考えているのかさっぱり読めない。

 怒っているのか、くつろいでいるのかもよく分からない。

 しかし少なくとも、要求だけはやたらと執拗だった。


「ただいま〜。

 ちょっと待っとってくださいね」


 ケーミンは、無茶な要求にも頭を下げて応じていく。

 まるで召使いみたいにこき使われても笑顔を絶やさないのは流石だ。

 しかし、その足取りは、見るたびにふらついていって、顔から少しずつ表情が消えていくのがわかる。


「そこの、地球人!」


 ぴくり、と俺は固まった。


 グレーネ人のひとりが、表情ひとつ変えずに、こっちを指さしている。


「私のクッションが硬い。

 柔らかくしろ」


「いや、柔らかくしろって言われても……」


「できないのか?

 月の清掃員というのは、ずいぶん無能なのだな」


 ぐっ、と言葉に詰まる。


 無能で結構。

 けど、ここで言い返したら、ますます面倒なことになるのは目に見えていた。

 俺は無言でクッションを叩いてなんとか僅かに空気を含ませると、グレーネ人に差し出す。


「……まあ、いいだろう」


 表情の読めない顔で、グレーネ人はそれだけ言った。


 褒められたのか、けなされたのか。

 たぶん、けなされたんだろうな。


 俺は情けない気分になりながら、重力に押しつぶされそうになっている背骨を休めるために、背伸びをして腰をとんとんと叩いた。


 そのとき、静かにシートに腰かけているボサッコ人が目についた。

 騒然とする客室の中で、ぽつんと、彼だけは穏やかに座っている。

 こんな客ばかりだったらいいのに――と思いながら見ていると、どこかで見覚えがあるような気がしてきた。


 地球人の俺にとって、ポータリアンの個体差を認識するのは難しい。

 失礼な言い方だが、動物園の猿山で、猿が全部同じ顔に見えるのと同じだ。

 ボサッコ人の場合、全身を覆う毛の明暗に微妙な模様があるので、そこを手がかりに判別するしかない。


 しかし彼の場合、そのでっぷりとした体型にも特徴があった。

 あれはドッツォの友達の、アッシロだ。


 ガジェモンベルトを魔改造して、ツキハバラの商店街を半壊させた前科のある男。

 なにかと面倒を起こす、要注意人物である。


 俺がつい身構えると、アッシロのほうは、ぺこりと礼儀正しく頭を下げた。


「ご苦労様です、レンマさん」


「……お、おう。

 お前も乗ってたのか……」


 穏やかな口調で、アッシロはしみじみと語りはじめた。


「はい。

 サラリーマンの身では大きな出費でしたが。

 いちどでいいから地球をこの目で見たくて、必死で貯金したんです」


 へえ、と俺は意外に思った。


 改造ばっかりやってる厄介者だとばかり思っていたが、こいつにもこいつなりの、夢があったわけだ。

 それに地球人としては、異星人がこんなふうに地球に憧れてくれるのは、悪い気はしない。


 俺が少し誇らしい気分になって警戒を解いたときだった。


 客室に、もやもやと紫色の煙が漂いはじめたのだ。




=== 用語解説 ===


【アッシロ】

 18歳。男性。ボサッコ人。星間連盟貿易局のエンジニア。ドッツォのアニメ仲間。改造が好きすぎて自制できない。


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