16-5 うわー、助かる!
『ひとり1つしか買えないのですか?』
憤然とした、苛立ちまじりの声。
グレーネ人の転売ヤー、ビンキの声だった。
俺はフィギュアショップ「オレンジサブウェイ」の近くまで来ていたが、店内には入らず、ドッツォとともに清掃業務をこなしながら、ゴーグルでロニャから送られてくる映像を見ていた。
ビンキは『子泣きババア』の陳列棚に貼られた『好評につき、お1人様1品限り』と書かれた張り紙に気づき、店長のマルビンに詰め寄っている。
『おぉ、これはこれはビンキはん!
ようお越しくださいました』
店長のマルビンが愛想を振りまきながらやってきた。
ビンキはこの店の常連で、お得意様なのだ。
『この商品には注目していましてね。
複数の購入を検討しているのですが、どうすれば買えますか?』
張り紙にはひとり1つと明確に書いてあるのにもかかわらず、買う方法を聞いている時点ですでに普通じゃない。
彼は今までずっとこうやって、欲しいものを手に入れてきたのだろう。
『いやぁ、わてとしてもビンキはんにお売りしたいのはやまやまなんでっけど、なにぶん地球では、この商品を手に入れるために強盗騒ぎまで起きたそうでしてなぁ……。
お客さんどうしのもめ事を避けるには、販売制限かけるしかおまへんのですわ。
どうかご理解くださいまし』
対するマルビンもしたたかだ。
心の中ではビンキに買ってほしくてたまらないのに、少しでも良い条件を引き出そうと、商品の人気の高さを強調しながら相手の出方を待っている。
『なるほど。
しかしトラブルを避けたいのであれば、こんなに多くの商品を置いておくべきじゃないでしょう?
どうでしょう。
私にまとめて預けていただければ、安全な手段で他のお客様に販売しますよ』
何言ってんだ!
もっともらしく聞こえるが、要するに転売するってことじゃねぇか。
今すぐ奴に近づいて怒鳴り散らしたい衝動を、俺は必死でこらえた。
『いやしかし、なんぼお得意様や言うても、特別扱いというわけには……』
『なら、小売相手ならまとめて売るわけ?』
マルビンがさらにじらそうとしていたとき、横からロニャが割り込んだ。
チャンス到来と判断したのだろう。
『はぁ、まぁ、同業者でしたら、あるいは……』
『ふぅん。
そうなんだ。
聞いてるかもしんないけど、ちょうど時計店が臨時の店長を探しててさ。
たとえば、あたしが店長になったら、子泣きババアたくさん買えるわけ?』
これはロニャが考えた作戦だった。
人は自分だけが独占して得をすることができると知ったとき、冷静な判断力を失ってしまうことがある。
店で特売品を見つけ、「限定1個」とか「本日かぎり」とか言われると衝動的に買ってしまい、後になって後悔することがあるが、あれと同じだ。
『そうでんなぁ。
小売のお方でしたら、お安うお売りしまっせ。
ただし、カートン単位での販売になりますわ』
『カートン?
なにそれ』
ロニャは「なにそれ美味しいの?」と言わんばかりに小首を傾げたが、このやりとりは全て計画通りなので、もちろん彼女はカートンの意味を知っている。
だんだんサクラとしての演技力が板についてきたのではないだろうか。
『複数の製品を詰めたパッケージのことですわ。
子泣きババアやと、1カートン12パッケージでんねん』
『え?
12個?
ひとつ100セルとして合計……1200セル!?
そんなん買えるわけないじゃん!』
ロニャが、わざとらしいくらい、大げさに、尻込みしてみせる。
1200セルは日本円で12万円にもなり、個人で気軽に買える値段ではない。
だがそのとき、俺たちが待ち望んでいたセリフが聞こえてきたのだ。
『よろしければ……。
私が、臨時店長を、やりましょうか?』
ビンキだ!
奴が罠にかかったのだ!
俺は、ぐっと、拳を握りしめた。
獲物はたった今、俺たちが仕掛けた罠の中へ自ら踏み込んだのだ。
隣でドッツォが、声こそ出さないものの、毛だけをぶわっと派手に逆立てて、全身でガッツポーズをしていた。
その姿がちょっとおかしくて、俺はまた口元が緩むのを止められなかった。
『まじ!?
うわー、助かる!
時計店の店長、すっごく困ってたんだよねー!』
ロニャは両手を胸の前で組むと、ぴょんぴょんと跳ねて喜びを表現した。
ビンキは意外に感謝されて、満更でもないといった感じだ。
『臨時とはいえ、店長になるにはどんな手続きが必要なんですか?』
『大丈夫、大丈夫!
あたしこう見えて、商店街のコンサルタントなんだ。
管理人のウーゴには、あたしから伝えとくから!
店長が元気になるまでの期間だけど、明日からお店、お願いね!』
実際には経験のない者がいきなり店を運営しようと思ったらかなり大変なはずだが、自分だけのチャンスを手にしたと悦に入っているビンキの脳は、もはや子泣きババアのことでいっぱいだった。
『さて。
子泣きババアの話に戻りましょうか。
先ほど、小売に対しては安く売るとおっしゃってましたね』
『へぇ、それはもちろん。
ほんで、商品は何カートンご所望でっか?』
『おや。
複数のカートンを仕入れたのですか?』
ビンキの口調が少しトーンダウンしたのを感じた。
彼の本能が、何らかの危険を察知したのかもしれない。
『慎重なあなたにしては、ずいぶんと思い切ったことをしましたね。
もしや、地球側の卸値は、もっと安かったのではないですか?』
『う……』
図星を突かれて、マルビンは言葉に詰まってしまった。
まずいぞ。
俺の額に、じわりと、汗がにじんだ。
このままでは安く買い叩かれてしまう。
それではこの極悪転売ヤーを懲らしめるには不十分なのだ。
俺はそのとき、オレンジサブウェイの数軒先で床を磨いていたところだったが、ドッツォに目でサインを送ると、最後のミッションを実行に移すことにした。
「マルビン!」
俺は店長の名を呼びながら、ドカドカと大きな足音を立てて、店内へと押し入った。
「おや、これはレンマはん!」
「レンマはんじゃねぇよ!
いつまで待たせるんだよ。
早く売ってくれよ、子泣きババア!」
「へ?」
マルビンは狐につままれたような表情をしている。
無理もない。
俺は昨日、奴から無料で4つの子泣きババアをもらったばかりだし、さらに買いたいなんてひとことも言ったことがないのだから。
「みんな、ずっと待ってんだぞ!」
俺が語気を強めながら店の外へ目配せすると、マルビンとビンキは疑念を抱きながらも状況を確認するため店の外をうかがう。
そして彼らは驚きの光景を目にした。
そこには、長々と何十人ものポータリアンたちが行列を作っていたのだ。
「何と!」
もちろん全員がドッツォの友達でありサクラなのだが、それはビンキにはわかりようもないだろう。
「いいでしょう。
全部買いますよ。
時計店のほうへ送っていただけますか?」
このままでは買いそびれると焦ったのだろう。
ビンキは交渉を打ち切って購入を決断した。
「へい。
まいどありがとうございます!」
マルビンが満面の笑みで受け入れたのは言うまでもない。
***
翌日、オークションサイト「ルナオク」に大量の「子泣きババア」が出品された。
出品者はもちろんビンキ。
当然のことだが、ひとりも入札者は現れなかった。
その後、出品者によって価格が引き下げられ、最終的には定価の半額以下になっていたが、それでも買い手はつかなかった。
ツキハバラでビンキの姿を見ることもなくなった。
聞いた話では、大量のぬいぐるみを持って故郷の星に帰ったらしい。
グレーネ人の母星で子泣きババアが流行したら、それはそれで面白そうだ。
確率はゼロに近いだろうが……。
ムカつく転売ヤーを追い出すことができて、めでたし、めでたし――と、言いたいところだが、この話にはもうひとつのオチがあった。
後日、俺がオレンジサブウェイを訪れると、店頭に子泣きババアがうずたかく積み上げられていたのだ。
どうやらマルビンは、何を勘違いしたのか大量に追加発注してしまったらしい。
彼の落胆した顔を見て、俺は改めて思ったものだ。
へたに欲をかかず、地道に生きていこうと。
--- エピソード16 完 ---
ここまで読んでいただきありがとうございます。
エピソード17(シーズン3最終話)は現在、絶賛執筆中ですので、もうしばらくお待ちいただきますようお願いいたします。




