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16-4 大丈夫かなぁ



「ターゲットを発見!」


 朝の商店街で、俺が道端のゴミくずを掃除機で吸い込んでいると、突如、ゴーグルのスピーカーからロニャのささやき声が聞こえた。

 平日なので俺とドッツォとアリチェはいつものように仕事をしていたが、ロニャだけは別行動をとり、ビンキが泊まっているホテルの前で待機し、奴が現れるのを待っていたのだ。


「今から尾行を開始するよ!」


 ロニャの声は明らかにこのシチュエーションを楽しんでいた。

 私立探偵になったような気分なのだろう。


 内蔵スピーカーからは、ロニャの声だけではなく、雑踏のざわめきや、すれ違う異星人たちの話し声も聞こえてくる。

 周囲の状況を俺たちに伝えるため、外部マイクを常時ONにしているのだろう。


「ターゲットが土産物店に入ったよ!

 あたしも中に入る!」


 ロニャが声をひそめた。

 同時にゴーグルの画面の右端に小さなウィンドウが出現し、土産物店の入口が表示された。

 ロニャがカメラをONにしたのだ。


 次第に緊張感が高まってくる。

 ロニャの役割はビンキをオレンジサブウェイへと誘導し、子泣きババアに気づかせることだが、相手は狡猾なグレーネ人だ。

 正直不安は尽きない。


「大丈夫かなぁ、ロニャ姉ちゃん……」


 すぐ近くで清掃業務をしていたドッツォが、体毛を緊張させながら、声をひそめて聞いてくる。

 俺は半信半疑だったが、彼を安心させるために頷くと、固唾を呑んでゴーグルの音に耳を澄ました。


『この、売り切れているという商品は何ですか?』


 ゴーグル越しに、ビンキの声が、はっきりと響いた。

 店主に質問をしているらしい。

 ミニウィンドウに表示されている動画に『好評につき品切れ中』と書かれた張り紙が映し出された。

 ロニャが昨夜、商店街の店主たちに配布した、偽りの張り紙だ。


 ビンキはまんまと罠にひっかかったのだ!


『ええと……確か、子泣きババアという商品でして、地球産のぬいぐるみですね、これは』


『ぬいぐるみ?

 どんな商品なんですか?

 人気あるんですか?』


『ええと……これはですね……その……』


 店主が、しどろもどろに口ごもる気配が、伝わってくる。

 ロニャからは、店内にこの張り紙を貼っておくように言われただけで、詳しい説明を受けていないのだろう。


 そのとき――。


『ああ、子泣きババアね』


 タイミングを見計らったかのように、尾行していたロニャが、さも偶然を装って、ひょっこりと、その場に割り込んだ。


『それ、地球で爆発的にヒットした商品なのよ』


 ビンキのアーモンド型の大きな瞳が、こっちを向く。

 相変わらずグレーネ人の表情は少しも変わらず、感情が読み取れない。

 思わず、掃除機を握る手に、ぐっと力がこもった。


『ほぅ。

 それは知りませんでしたね。

 ネットの情報には目を配っているつもりなのですが……』


 まずい雰囲気が漂う。

 よほど自分の情報収集能力に自信があるのだろう。

 他人の言うことなど、簡単には信じないというスタンスだ。


『月では発売されたばかりだからね。

 オークションサイトを見てみたら?

 いくつか出品されてると思うよ』


 誘導した!

 少々、強引な印象もあるが、話の流れとしては自然だ。


 ビンキは上着のポケットからタブレットを取り出すと、画面上で指を滑らせた。

 オークションサイトをチェックしているのだろう。


 俺も自分のゴーグルでブラウザを立ち上げ、『ルナオク』の画面を確認した。

 『子泣きババア』で検索すると4件表示されたが、いずれも昨夜、俺たちが分担して出品したものだ。

 だが、すでに多数の入札がされており、価格も初期の設定値から倍近くにまで膨れ上がっていた。

 これはアニメファンの仲間たちに声をかけて協力者を集めたからだ。

 ビンキの転売行為には、多くのポータリアンたちが頭を悩ませていたのだ。


 なお、この自作自演(サクラ)作戦には、ロニャは関わっていない。

 当初は『各自で1点ずつ出品しよう』と決めていたので、各自で『子泣きババア』を撮影し、キャッチフレーズを考えてルナオクのウェブサイトに投稿していたのだが、他の3人の作業が完了した時点で、ロニャは1枚の画像もアップロードできずにいた。

 撮影した写真が、ゴーグル内のどのフォルダーに保存されたのかがわからなかったらしい。

 結局、しびれをきらしたアリチェが、ロニャのゴーグルを奪い取ってサクサクっと作業を完了させてしまった。

 こういった分野についてロニャは相変わらずのヘタレ具合だったわけだが、相変わらずのポジティブシンキングで落ち込むこともなく、「あたしには、あたしにしかできないことをやる!」と宣言して、ビンキの尾行や張り紙の配布を買って出たというわけだ。


『子泣きババアなら、オレンジサブウェイが仕入れたって聞いたよ。

 あたしも欲しいから、今から行くとこ』


 ビンキがルナオクで入札合戦の過熱ぶりを十分に確認したとみるや、ロニャがあらかじめ考えておいたセリフを口にした。

 作戦を次のステップへと進めたのだ。

 彼女は土産物店を出てスタスタと歩き始めた。

 ビンキが釣られるかどうか気になるところだが、カメラには映らない。

 ここで振り返ってしまっては、いかにも「誘導している」感が出てしまうからだ。

 だが、土産物店で品切れし、オークションで高値がついている商品が入荷したという情報を聞いてしまったら、転売ヤーとしては居ても立ってもいられないはずだ。


「俺たちも行こうぜ!」


 お膳立ては整った。

 残すは仕上げだけだ。

 俺はドッツォに声をかけると、最終決戦の地、オレンジサブウェイへと向かった。


=== 用語解説 ===

【ルナオク】

 月面基地内で利用されているオークションサイト。地球人、ポータリアンを問わず売り買いができる。

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