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16-3 まったく可愛くない



「おっ!

 これは!

 子泣きババアじゃねぇか!」


 フィギュアショップ「オレンジサブウェイ」の店頭で、俺は店長のマルビンが気づくような大声でわざとらしく驚いて見せた。

 積み上げられたパッケージのひとつを持ち上げると、透明のシートを通して中身を覗き込む。

 体型は赤ん坊のように丸っこく、ぬいぐるみなので軽く、柔らかな素材でできてる。

 だが、黒ずんで皺だらけのその顔は、お伽噺に出てくる悪い魔法使いのように醜く歪んでいる。

 人の背中に固定するための安全ピンが、胸の部分に取り付けられているところが、このぬいぐるみの特徴だ。


 それにしても――まったく可愛くない。


 改めてそう思わざるを得なかったが、嫌悪感を表情に出してはならない。

 マルビンにはこれをビンキに高値で売りつけてもらう必要があり、そのためには、これがツキハバラでも大ヒット商品になると信じこませなくてはならないからだ。


「さすがレンマはん。

 よう知ってはりますなぁ」


 マルビンは俺の叫び声に気づいたようで、作り笑いを浮かべながら近づいてきた。

 わざとらしい揉み手もどこか不自然で、あからさまに挙動不審だ。


「もちろん知ってるさ。

 日本では滅茶苦茶ヒットした商品だからな。

 秋葉原じゃ、こいつを背中にしょってない奴のほうが少ないくらいだった。

 俺も欲しかったけど、高くてなぁ……」


「おぉ、やっぱり、これが日本で流行ったんは、ほんまやったんですなぁ。

 そこで……その、ちょっと折り入って、お願いがおますんやけど……」


「ん?

 お願い?」


 俺は一瞬、ぜんぜん売れないから買ってくれと頼まれるのかと思ったが、マルビンの意図は違っていた。


「この商品のブームが終わってしもたこと、ちょいと黙っといてもらえまへんやろか?」


「は?」


「実はお恥ずかしい話なんですけど、日本でのブームが終わってるのを知らんと、ぎょうさん仕入れてしもうたんですわ。

 昨日から店頭に並べとるんですが、ご覧のとおり、1個も売れてへん有様で……。

 日本で大ヒットしたことは、なんぼでも広めてもろて結構なんですけど、わずか2か月でブームが終わったことだけは、どうか内密にしといてもらえると助かりますんやけど……」


 俺は改めて呆れた。

 こいつやっぱり、自分の利益しか考えていない。

 俺たちが今ターゲットにしているのは転売ヤーのビンキだが、立場は違えどこいつも同類なのだ。


 だが、俺は込み上げる怒りの感情を必死で抑えた。

 目的を達成するためには、まずこいつをその気にさせなければならないのだ。


「何言ってんだ!

 子泣きババアを大量に仕入れるなんてさすがだよ!

 すごい先見性だ!

 商売のセンスがあるなぁって感心してたところなんだぞ!」


「は?」


 マルビンは拍子抜けしたような声を上げた。

 俺の反応が予想と正反対だったからだろう。


「安く買って高く売るのが商売の基本だもんな。

 人気が出てから買うんじゃ遅すぎる。

 地球でヒットしたにも関わらず、月ではまだ売っていないものを先行して仕入れる!

 これがビジネスを成功させる秘訣なんだなぁって、改めて学ばせてもらったよ。

 ありがとう」


「いやそんな!

 たいしたことではあらしまへんて」


 マルビンはあからさまに顔を赤らめると、後頭部をボリボリとかいた。

 自分で言うのも何だが、俺に演技の才能はまったくない。

 滅茶苦茶不自然でわざとらしかったはずなのだが、彼はころりと騙されてしまったらしい。

 恐らく今までの人生で他人から褒められたことがほとんどなく、褒め殺しに対して耐性がないのだろう。


「俺も、日本人としては何か協力したいな。

 そうだ!

 宣伝を手伝うから、いくつかもらえないかな?」


「宣伝……でっか?」


「うん。

 子泣きババアが日本でヒットしたきっかけ、知ってるか?」


 マルビンは首を振ったが、明らかに俺の提案に興味を惹かれている様子だ。


「アイドルがプライベートな写真を公開したとき、これを背負ってたってだけなんだよ。

 たったそれだけのことなのに、またたく間に話題になって、売れまくって、ブームになった。

 当のアイドルがいちばん驚いたって話だぜ」


「ほほぅ、そら興味深い話でんなぁ」


「俺たち清掃員は、業務のため毎日ツキハバラを歩き回ってる。

 俺たちが背中にこのぬいぐるみを背負ってたら、絶対目立つし、話題になると思うんだよな。

 それに、自分で言うのもなんだが、俺は某アニメの主人公に似てるらしくてな。

 観光客から、いっしょに写真撮って欲しいって言われることもあるんだぜ」


 事前にセリフを考えてきただけあって、我ながら見事な説得力だった。

 随所にファクトを織り込みつつ、いかにも子泣きババアが月でもヒットしそうな雰囲気を出しながら、決してそれを断言していないというところがポイントだ。


「ほな、これ持っていきなはれ。

 せいぜい派手に、宣伝したってや」


 マルビンは、思いのほか気前よく、子泣きババアを4つ、ぽんとカウンターに並べた。

 タダで宣伝になって、しかも、あの厄介な売れ残りが、少しはさばけるかもしれない――そんな算盤を、頭の中でぱちぱちと弾いたのだろう。


「おぅ。

 任してくれ。

 それと、その購入制限の張り紙だけど……」


 俺は壁に貼ってある『おひとり様1つ限り』の張り紙を指さした。

 転売対策のようにも思えるが、この男のことだ。

 おそらく限定販売を謳ったほうがレア感がでるから、演出として貼っているだけなのだろう。


「子泣きババアを買うのはアニメファンだけじゃない。

 ファミリーや中高年層も買うから、日本ではコンビニや土産物店でも扱ってたよ。

 一般客だけじゃなく、他店の店主からも希望があれば売れるようにしておいたほうがいいぜ。

 彼らはまとめ買いしてくれるしな」


 俺が念のためにそう付け加えたのは、ビンキが大量に買えるようにするためだ。

 奴には大損してほしいので、そのためにはできるだけたくさんの子泣きババアを購入させる必要がある。


「さいですか。

 それは、おおきに」


 俺はマルビンからもらった子泣きババアのパッケージを抱えると、事務所への帰路についた。

 まんまとルナオク出品用の現物は4つ確保した。

 いよいよ戦闘開始だ!



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