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16-2 子泣きババアって、なに?



「マルビンがさ、ぬいぐるみの在庫を大量に抱えちゃって、にっちもさっちもいかなくなってんだって」


 ロニャは、商店街のコンサルタントをやっているだけあって、この手の店の裏事情には、やたらと耳が早い。


「ぬいぐるみ?

 商品名は?

 どんなキャラなんだ?」


 俺が食いつくと、ロニャは薄れた記憶をたどるように目を泳がせた。


「えっと、確か……こなきばばあ……とか何とか……」


「子泣きババア!」


「知ってんの?」


 俺は頷いた。

 ほとんどの日本人が知っているほど、話題の商品だ。

 いや、『話題だった』と言うべきかもしれない。


「『子泣きババア』はアニメ『妖怪ゲゲっち』に登場する妖怪のひとりだ。

 身長は赤ん坊ぐらいだが、醜い老婆の姿をしている」


「なにそれ、気持ち悪!」


「子泣きババアは人間の背中にしがみついて、耳元で赤ん坊みたいに泣き叫ぶんだ。

 叩いても、振り落とそうとしても決して離れない。

 いったん取り憑かれた人間は次第に疲れ果てて、心も体もぼろぼろになっていくんだ」


「こわ……。

 日本の妖怪のそういうとこ、マジで無理……」


「だよな。

 ところがこの子泣きババアのぬいぐるみが、日本では大ヒットした。

 街では若者たちが背中に子泣きババアを背負って歩いていたし、品薄になって買いたくても買えない状況になったんだ」


「はぁ?

 醜い老婆の妖怪なんでしょ?

 なんでそんなもんが流行るわけ?」


 ロニャが疑問に思うのも無理はない。

 俺たち日本人にとっても、あれは本当に異様な光景だったのだ。

 最初は目立ちたがり屋の奇行にしか思えなかったが、SNSで話題になり、テレビでも取り上げられ、あれよあれよという間に流行して、気がついたときには秋葉原の街が老婆の妖怪に席巻されてしまったのだ。

 すれ違う人間の、十人が十人、しわくちゃの婆さんを背負いながら、すまし顔で歩いている。

 思い返してみても、なかなかどうして、ちょっとしたホラーである。

 だが当時は、むしろ「背負っていないほうが、時代遅れで恥ずかしい」という、わけの分からない空気すら、街じゅうに、どんよりと漂っていたのだ。


「わかんねぇな。

 だけどな、あのブーム、ほんの2か月くらいで、ぱったり終わったんだよ」


「ぱったり!?」


「そう。

 流行るより、廃れるほうが速かった。

 一時の熱狂が覚めたら、みんな気づいたんだな。

 子泣きババアがこれっぽっちも可愛くないという事実に……」


「はぁ?」


 ロニャは信じられない様子で呆然としている。


「おかげで今じゃ、タダ同然にまで値下げしても誰も買わない。

 小売店は大量の不良在庫をどう処分しようかと困ってる状況なんだ」


「やっぱり日本人って……どうかしてる」


 アリチェが呆れたように差別的な発言をしたが、俺には反論できなかった。

 日本人の熱しやすく冷めやすい国民性は、世界的にも稀だろう。


 そのとき、ロニャが何かをひらめいたように目を見開いた。


「マルビンは、うっかりその罠にはまっちゃったわけか!」


 俺は頷いた。

 何が起きたのか、だいたい想像はつく。

 地球側は早く在庫を処分したいから破格の卸値を設定し、マルビンはそれがお買い得だと思って飛びついたのだろう。


「だが、まさにうってつけだな……」


 俺がいきなり笑ってみせると、いったい何を言い出すのかとロニャは俺を凝視した。


「ビンキを釣る餌としては最適ってことだよ。

 ヒットした理由が上手く説明できないということは、むしろ好材料だ。

 子泣きババアが日本で大ヒットしたという事実を信じるしかなくなる。

 人気を裏付けるニュース記事もたっぷりあるしな」


「な~る!

 レンマってば、意外とずる賢いとこあるねぇ」


 いや、そもそも子泣きババアはお前の提案だろが!


 ――と心の中で突っ込んだが、本人はあまり自覚していなかったのだろう。


「だが問題は、どうやってビンキに、子泣きババアを高値で買わせるかだな。

 これをオークションサイトに出品したら、価格が釣り上がって大儲けできそうだと信じさせなきゃならない……」


 正直、俺には何のアイデアも湧かなかった。

 悔しいがグレーネ人のビンキは平均的な地球人より知能指数が高い。

 いかに安く買って高く売るかを常に考えているような奴を俺たち素人集団が騙そうとしても、簡単に見抜かれてしまうだろう。


「あたしが売りさばいてやるし!」


 ロニャは膝の裏でガタンと椅子を押しのけて立ち上がると、高らかに宣言した。

 俺と同じく彼女もビンキから実害を受けたわけではないのだが、自分にやれることがあったら、たとえ迷惑でも全力でやろうとする性分なのだ。


「実はね、時計店の店長が体調不良で、臨時店長を探しているところなの。

 あたしが店長代理になって、ビンキに子泣きババアを売りつけてやる!」


 素晴らしい思いつきのようにロニャは胸を張ったが、アリチェの反応は冷ややかだった。


「ひとつふたつ売ったって、奴にとってはたいしたダメージにはならないわ。

 かといって大量に仕入れるとしたら、その元手はどうするつもり?」


「ぐ……」


 アリチェににべもなくダメ出しをされ、ロニャは二の句が告げなかった。

 そう。

 ちまちまと売ったところで、意味がない。

 在庫の山ごと、まるっとビンキの首に巻きつけてやらなければ、アリチェの腹の虫は収まらないのだ。


 だったら、どうすればいいのか?

 俺たちがすがるような目で見ると、アリチェは静かに、しかし重々しく語った。


「ビンキの本拠地に乗り込みましょう」


「本拠地!?」


「そう。

 オークションよ」


 アリチェのゴーグルが照明を反射してキラリと光ったような気がした。


「ビンキはルナオクを毎日かかさずチェックしてる。

 だからルナオクに子泣きババアを出品して、価格を釣り上げてやるの!」


 俺は「どうやって!?」と聞き返そうとしたが、言う前に彼女の言わんとしていることを理解した。


自作自演(サクラ)か……」


「サクラ?」


 ロニャは意味が分からなかったようで首を傾げた。


「仲間どうしで共謀して価格を釣り上げていく手法だ。

 人気商品のように見えるから、釣られた人が騙されて高値で買ってしまう」


「ひどっ!

 そんなの詐欺じゃん!」


「普通ならそう言われてもしかたないわね。

 実際、大抵のオークションサイトでは禁止されている行為よ。

 でも今回は人気商品であるかのように見せることが目的だから、誰かに買わせる必要はないわ。

 常に最高値を更新すれば、間違って買われてしまうこともないから」


「な、なるほど!」


 ロニャは笑いながらポンと手を打ったが、目の焦点は合っていない。

 そう。

 彼女はノリで相槌を打っているだけで、内容は理解していないのだ。

 ロニャは自他ともに認める正真正銘のテクノロジー音痴。

 恐らくネットオークションを利用したことがなく、それがどんなものなのかも分からないのだろう。

 だが、だからといって彼女に説明しようとしても無駄だ。

 あまりにも苦手意識が強すぎるので、技術的な話になると彼女の脳は理解することを拒絶し、目の前でガラガラガッシャーンとシャッターを閉じてしまうからだ。


 そのとき、俺の傍らで大きな茶色い毛玉の塊がゴソゴソと動き出した。


「ビンキを……こらしめるんだね?

 僕も手伝うよ!」


 ドッツォは全身の毛をピンと逆立てながら立ち上がった。

 ついさっき、全力で壁に激突したやつとは思えない、たくましい回復力だ。


「いいじゃん!

 あたしもやるし!」


 ロニャも両手の拳を握りしめながら立ち上がった。

 これから皆で人を騙そうとしているというのに、目をキラキラと輝かせて滅茶苦茶楽しそうだ。


「サクラ取引をやるには最低でも出品者1人と、入札者2人が必要だけど、4人いれば心強いわ」


 4人?

 俺は合意したつもりはないが、当然のように自作自演のサクラグループにカウントされているようだ。

 しかし、ここまで乗りかかってしまった船だ。

 どのみち今から抜ける気もない。

 俺はさっそく行動を起こすべく、立ち上がった。



=== 用語解説 ===

【グレーネ人】

 小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレー。知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。


【妖怪ゲゲっち】

 毎回「子泣きババア」など様々な妖怪が登場して騒動を巻き起こす。日本を舞台にした妖怪コメディアニメ。

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