表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/117

15-5 光があふれてる……



「神……なのか?」


 視界を満たす青白い光の中から、人の姿をしたシルエットが、ゆっくりと近づいてきた。

 激しい頭痛と目眩で意識が朦朧とする中、その姿が次第に明らかになっていく。


 だがそれは――アリチェだった。


「ゴーグルのネットワーク機能をオフにして」


 彼女が自分のヘルメットを俺のヘルメットに押し当てると、彼女の声が響いた。

 通常ゴーグルは外部ネットワークに接続したままにするものだが、俺は言われた通り、視線操作でメニューを開き、ネットワーク機能を無効に切り替えた。


 するとどうだろう。


 突然、周囲が暗くなり、音が消え失せた。

 青白い雲のような存在は見えなくなり、頭がおかしくなるような高周波も聞こえなくなったのだ。


「え!?」


 俺は状況が飲み込めず、慌てて周囲を見回したが、見えるものは灰色のレゴリスと黒い宇宙。

 それは見慣れた普通の風景だった。


「勝手に通信を切って悪かったわ。

 でも途中で気づいたの。

 すべてはゴーグルのエラーだって」


「ゴーグルの……エラー!?」


 ネットワークは使わず、互いのヘルメットを接触させて空気の振動を直接伝達することで、俺たちは会話を続けた。


「あの青い光はゴーグルが見せていたということか!?」


「そう。

 ゴーグルの不具合で、ありもしない映像や音波を出力していたというわけ」


 アリチェの説はすぐには信じられなかった。

 だが、ゴーグルのネットワーク機能をオフにした途端にすべてが正常化したことは、彼女の説を裏付けるなによりの証左だ。


 完全に盲点だった。


 俺たちは寝ているとき以外は基本的にゴーグルはつけっぱなしで、もはや体の一部であるかのように感じている。

 だからゴーグルの生み出した偽りの情報を、脳が現実だと解釈してしまっていたのだ。


 だが、まだ疑問が残る。


「だったら……なぜ同じ場所で、同じ日に異常が起きるんだ?」


 俺が聞くと、アリチェは両方の手のひらを上に向けて上下させた。

 立ち上がって見てみろ、という合図だ。


 俺がふらふらと立ち上がると、そこには――。


 数匹のウサギたちが、跳ね回っていた。

 思い思いの高さで、自由を満喫するかのように、白いウサギが跳ねている。


「はぁ?」


 また虚像か?

 俺は自分の目を疑った。

 ほぼ真空の月面で、ウサギが生きているはずがない。


 だが、近づいてよく見ると――それは厳密にはウサギではなかった。

 アーモンド型の黒い目は異常に大きいし、長いヒゲの先端は光を放っている。

 そしてその傍らには、宇宙服を着た人影が立っていた。

 体格的に、恐らくグレーネ人だろう。


「あれはポロル。

 グレーネ人が飼っているペットよ。

 真空中でも生きられるの」


「ペットォ!?」


「そう。

 あの光るヒゲから発せられる電磁波が、地球人のゴーグルに異常を引き起こすらしいわ」


「マジかよ……。

 めちゃくちゃ迷惑なペットだな……」


「そうね。

 だからグレーネ人も気を使って、通常はポータリアン共有区の外に出すことはないんだけど、1年の中で今日だけは……聖キリアンの日だけは、地球人は基地外活動をしないから、月面に出して遊ばせているんだって」


 アリチェの説明を聞いたあと、しばらく考えてから、俺はようやく事情を理解した。

 だが――長く続いた緊張感の反動だろうか。

 全身の力が抜け、思わずその場に座り込んでしまった。


  ***


「どうしてもひとつ、腑に落ちないことがあるんだが……」


 聖キリアンの日からしばらく経ったある日。

 俺は事務所のラウンジでアリチェとふたりきりになる機会があったので、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「そもそもなぜキリアンは死んだんだ?

 いくらあのペット……ポロルが異常な電磁波を出すとしても、自分で宇宙服を脱いだことの説明はできないと思うんだが……」


 アリチェはしばらく考えるかのように目を泳がせると、ゴーグルを操作して俺のゴーグルにデータを送信した。

 自動的に動画の再生が始まる。


「あの後、私も気になってたので調べてみたの。

 今送ったのは、司令部のデータベースに保存されていた、キリアンに関する動画よ」


「司令部のデータベース?

 それ公開情報なのか?」


「まさか、そんなわけないでしょ。

 多重のプロテクトが施されてたから苦労したわ」


「おぃおぃ、それ不正アクセスだろ……」


 アリチェは何も答えなかったが、俺の意識は動画のほうに吸い寄せられた。

 タイトル画面には、派手な原色でこう記載されていたのだ。


『キリアンちゃんねるの真空チャレンジ!

 月面で宇宙服を脱いでみた!』


「はぁ?」


 かなり古いが、動画配信サイトをキャプチャしたデータだ。

 次に場面は切り替わり、月面上に宇宙服を着た男が立っていた。


「視聴者の皆さん、こんにちは。

 キリアンちゃんねるへようこそ。

 僕は地質学者として月面の調査を担当しているんだけど、このチャンネルでは、僕が月で発見したことや、日々思ったことなどを生配信しているよ!」


 カメラに向かっておどけた表情で親指を立てている男を見て、俺の腰がガクッと音を立てて崩れた。


 軽い……軽すぎる。


 キリアン・フローレスという悲劇の男に俺が抱いていたイメージと、実際の彼との間には、凄まじいほどのギャップがあったのだ。

 しかも月からの生配信だというのにフォロワー数はわずか100人。

 リアルタイム視聴者数は、3人しかいなかった。


 寒い……寒すぎる。


「今日は特別編ということで、視聴者さんから要望のあったチャレンジ企画に挑戦しま-す!

 あれ?

 ちょっと待っててね、光があふれてる」


 カメラが露出過多になっていたことに気づいたキリアンは、カメラに近づいて調整を行った。


「これでオッケー!」


 満足そうな表情。

 ……まさか、とは思うが。

 今のセリフが『光があふれてる……』の由来ということなのか?


「それでは気を取り直して始めましょう。

 今日、僕が挑戦するのは真空チャレンジ!

 月面で宇宙服を脱いでみるよ!

 もし上手くいったら、チャンネル登録とイイネをよろしくね!」


 そう言い終わると、キリアンはおもむろにヘルメットを固定しているバックルをはずした。


 コメント欄に「やめろ!」「死ぬぞ!」と心ある視聴者からのメッセージが流れているが、本人には伝わらない。


 急激な減圧によって、キリアンの鼻と口から噴き出した水蒸気が氷結し、キラキラと舞い散る。


 彼はそのまま一気に宇宙服から抜け出すと、カメラに向かって笑顔を浮かべながら歩き出し――そしてゆっくりと、倒れた。


 血中の酸素が失われたことで、意識を失ったのだろう。

 動画はその後も続いていたが、それから映像が変わることはなかった。

 死亡したのだ。


 アリチェは動画を停止させると、疲れたような表情で語った。


「彼の死後、月面基地管理局はこの動画をサイトから削除したわ。

 そして彼の死因を徹底的に隠蔽した。

 悲劇に見舞われた勇気ある男として、語り継いだの」


 そりゃそうだろ。

 こんな醜態がさらされたら、月面基地計画そのものが笑い者にされてしまう。

 俺が彼に向けて言える言葉は、ひとつだけだった。


「アホすぎる……」



---   エピソード15   完   ---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ