続・「無能」の烙印
魔法を使うことが極端に下手な人間は以前から居た。だが、私達は「うまく魔法を使えない」のではなく、「初めから一切魔力を持っていなかった」。生まれた時からな。
周囲と違うことはわかっていたから、誰にも言わずにいた。子供の頃は案外誤魔化せていたんだ。だが……大人になるにつれ、それも難しくなった。
仕事で魔法は必須技能だ。肉体労働の中でも、可能な限り魔法を使わない仕事を選んだが、それでもいつかは魔法を使わねばならない時がくる。
「アーノルドさんって、もしかして……」
「ちっ、この程度のこともできんのか。もういい、下がってろ!」
周囲は冷たかったよ。当然だ、この魔法に頼り切った社会では、魔法を使えない我々は役立たずでしかないからな。
「魔法を使えない落伍者」
「時代に取り残された敗残者」
「劣等種」
多くの誹謗中傷に晒され、居場所はどこにも無かった。……いや、それは今も同じか。
ともかく、ここに居る多くの者が似たような境遇に置かれた。
だが希望が全て無くなったわけではなかった。魔法道具も続々と開発されていたし、魔導政府が魔法を使えない者たちを改善するための方法を模索しているとの情報もあったからな。
「確かに、そういった研究はありました」
「そのようだな。研究の話自体が嘘ではないことは、我々も掴んでいる」
「なら、どうして皆さんが『無能』だなんて言われることに? 現状はともかく、可能性はあったはずです。それをわかっている政府が『無能』だなんて見解を示す理由が……」
「我々には適用できなかったんだよ」
疑問に答えたのは、アーノルドと呼ばれたリーダーではなく、背後で敵意をむき出しにしている中年の男性だった。
「適用できなかった? 完成してもいない段階で、そんなことがわかりますか?」
「残念なことに、政府が想定していたのは『術式を形成できない』人間だった。我々とは――」
「原因が、違ったんですね……」
後を継いだ僕の言葉に頷く。
僕が流刑になる以前から問題となっていた、魔法をうまく起動できない人達への救済措置。科学者や支援団体の関係もあり、政府も重要視していた問題だ。
科学による解決の試みは、学会での兵器発表によって失敗。科学は魔法の代替にはならないという結論が政府の大半をしめた。支援団体も支援先が不透明になったとはいえ、勢力を失うことなく政府に圧力をかけていたはずだ。
かくいう僕も、「万人が使える魔法」を目指して、術式に問題点や改善点が無いか研究するための一員として数えられていた。本格的に関わる前に流刑になったが、当時想定されていたのは「術式に問題がある」ということ。そのために、術師でなくとも展開可能な術式の研究がされていた。
「しかし、そもそも魔力を一切持たない貴方方には、術式の展開に必要な動力そのものが用意できなかった、ということですか」
「その通りだ」
魔法を使えない一部の人達にも、魔力は備わっていたことがわかっている。
かつては魔力量が術師になるための第一条件だったが、術式の登場でその敷居が下がったと言われている。だからこそ、術式を改良し、少ない魔力運用で起動できるようにと研究されていた。
魔力を全く持たない人達が居るとなれば、根本から研究を見直す必要があるだろう。
「政府は、我々の存在を知って随分と慌てた様子だった」
「始めは期待したわ。それまでの研究経過はどうあれ、私達にも対応してくれるものだと」
「だが連中の対応は違った! 自分達の研究成果を否定されないために、我々を『極少数の劣等性を持って生まれた人間、すなわち無能である』とぬかしやがった!」
それが信じられない。これまでも魔法技術の流布で社会に貢献してきた政府が、この人達にだけそんな厳しい対応をするだろうか。まして、政府にはフィランツェ様がいる。科学を一度は擁護したことからも、この問題に関して関心を向けていることは間違いない。そのフィランツェ様が、助けを求めた人達を「無能」などと言う言葉で切り捨てるようなことを許すだろうか。
だが、口々に恨みを籠めて話す人達が嘘をついているとも思えない。彼等の言葉はいずれも実感と怨嗟が籠められている。一流の舞台俳優でも、ここまでの現実味を帯びて話すことは難しいだろう。
「どうして……」
「我々もそれが知りたかった。だから、魔導政府長に会いに行ったのさ。だが――」
「どうしてだ! 我々は、ただ話を聞きたいだけだ!」
「そうです! 私達は大人ですから、まだ耐えられます。だけど、この子はまだ小さい。政府に『無能』だなんて決めつけられるのは、酷過ぎます……!」
「ダメだ。政府長はお前達のような『無能』にかまっている時間などない。さっさと帰れ!」
中央庁の守衛は、そう言って我々を追い返した。政府長に会うどころか、嘆願書を渡してもらうことすら拒否された。自分達が政府に見捨てられたと悟った瞬間だったよ。
地方から出て行ったものの、何の成果もないままの我々の足取りは重かった。それでも、まだマシだったんだ、あの時までは。迫害を受けても、見捨てられても、命だけは奪われてはいなかった。丁度娘が生まれて以降、魔法道具も世間にも普及し始めていた。たとえ無能と罵られようと、生きていくことは出来るはずだった……!
まだ幼かった娘を連れて、私は仲間とこれからの生き方を話しながら帰路についていた。増えてきたとはいえ、魔法道具は効果なものだ。地方の農民に過ぎない我々では、魔法を使えない不利を覆すだけの数を揃えるだけの蓄えが無かった。
それでも、仲間で何とか協力していこうと決めた矢先だ――奴が、手下を引き連れて襲ってきたのは。
「きゃあああああああああ!」
「セレージャ!」
突然の襲撃に、我々は逃げるしかなかった。私も、咄嗟に反撃にでることができず、妻と子供と共に逃げ回った。どういうわけか行く先々に先回りする奴に、ついには追いつかれて、妻と子供は雷を撃たれたような魔法を受けた。
「あははは。残念、逃げきれなかったね」
棒状の武器を持った奴の魔法を受けた妻と子供は、その場で痙攣して倒れた。あの時の、邪悪な笑いは忘れることができん。今思い出しても、腸が煮えくり返る。
「セレージャ、イリア!」
「ん? はは、死んじゃったかな」
「貴様ぁ! 何の目的で私達を襲う!」
「目的ぃ? 言ったってわかんねぇよ」
「なんっ――ぐあああああ!」
「――そこで、私は気絶してしまい、目を覚ました後朦朧とした意識で逃げ出してきたのだ」
「大人が昏倒する程の雷撃を受けた影響で、私達の娘は死んだわ。
仲間の中に、聞いた人が居るのよ。連中が、政府内の会話をしていたのをね!」
助けを拒絶された挙句の襲撃。話を聞く限り、そこで多くの魔力を持たない人が襲われ、殺されたのだろう。
「『予言者』……!」
まず間違いなく、彼等を襲ったのはヤツだ。目的こそわからないが、『雷撃鞭』に似た魔法道具を持っていたということだろう。死んでいないのは、詰めが甘かったのか、あるいは生かしておく理由があったのか。
なんにせよ、政府の不自然な対応の裏にはヤツがいる。次期政府長と言われてはいても、現在の立場はあくまで上級執行官の一人でしかないフィランツェ様では、あの男の持つ発言力には敵わない。
「と、いうことだ。我々の怒りの原因はわかってもらえたと思うが」
「……はい」
「ならば、私から提案が――」
「――いい加減にして!」
口を開いたアーノルドを遮るように、話に出たセレージャと思われる女性が叫んだ。
「アーノルド! その男は術師で、政府の人間よ。これ以上、何を話すことがあるっていうの!?」
「そうだ、リーダー。いつ、また我々を殺そうとするかわからない。危険は早々に取り除くべきじゃないのか?」
「そうだ! 生かしておく理由なんてない!」
『無能』の烙印を押された人達の怒りは深い。政府への不信に加え、予言者一味(と思われる連中)の襲撃のせいで攻撃性が異常に高まっている。端的に言えば、精神的にかなり追いつめられている。
「落ち着け。この男はまだ若い。それに、政府の差し向けた刺客だというのなら、たった一人でフラフラと歩いているのはおかしい」
「だからって、疑いが晴れるわけじゃないわ」
「そう思わせて、もしもの時に言い分けできるようにしているのかもしれないだろう。汚い政府のやりそうなことだ」
唯一冷静なアーノルドの言葉も、頭ごなしに否定する。もはや彼等にとっては、政府の関係者というだけで殺すべき対象になっている。
「殺すしかない!」
「そうだ、殺せ! 政府の連中に、一矢報いるんだ!」
「落ち着けと言っているだろう! そんなことをしても……!」
「生かしておいてどうするのよ!?」
場の空気がどんどん異常さを増していく。理由すらも述べることがなくなり、ただ殺意だけをまき散らす集団と化す人達。リーダーの言葉など、全く意に介していない。
この狂気の先にあるのは、あちら側で見たザイスリング王国の人達と同じ。血走った目には、復讐の相手しか映らなくなる。
「……僕は、政府の人間ではありません」
――止めなくてはいけない。その末路を知っているのだから。
「むしろ、僕も政府には敵対していると言ってもいい」
「なんだと?」
「術師のくせに、何を……!」
「僕は!!」
出せる限りの声を振り絞ぼる。突然の大声に、騒いでいた人達が一瞬静まり返る。沸騰していた意識が冷えた瞬間、そこが言葉をかける好機。
「僕は、『予言罪』で異世界に流刑とされた、犯罪者です」
「なにっ……!?」
「うそ……」
全員が、一様に驚いた表情を見せる。
一時の驚き。ここを逃さずに畳み掛けなければ、二度と僕に弁解の機会は訪れない。
「おそらく、貴方達を襲ったものと同じ相手に犯罪者にされて、無理矢理連れ戻されました」
「同じ相手?」
「はい。あくまで予想ですが」
アーノルドが食いつき、周囲の人間はざわめく。耳を傾けた時点で、この場を支配しかけていた狂気は薄れている。改めて、リーダーの言動を気に掛けるようになっている。ギリギリではあるが、話を聞かせることはできる状況だ。
ただし例外はいた。セレージャだ。
「ふざけないで!」
周囲が冷静さを取り戻しつつある中、それでも怒りの表情を崩さないのは、先の話で子供の死を思い出したからか。母親として、最も辛い当時の苦しみを思い出したのかもしれない。
「異世界への流刑なんてものが、実際にあるらしいって噂は知っているわ。田舎出身の私達には、関係の無い話だったけれど。
それで!? 貴方がその人間だという証拠はどこにもないわ! 口から出まかせを言って助かろうなんて、図々しいにも程があるわ、この人殺し!」
「くっ……!」
これでは、ダメだ。
彼女は、初めから他者の言葉を一切遮断している。自分の考えを否定する情報を、理由や論理など関係なく否定してしまっている。会話が根本から成立しない。
さらに危険なのは、彼女がリーダーであるアーノルドの妻である点だ。他の人間ならばともかく、信頼されている人間の伴侶の言葉は、より周囲の人間に浸透する。まして、彼女の言葉こそがこの集団においては最も望ましい、感情に即したものなのだ。たとえリーダーの言葉でも、押さえなど効かずに思考停止した怒りは伝播する。その矛先である僕の言葉など、伝わるはずもない。
「そうだ、証拠なんて無いんだろ」
「本当はどうかなんて関係ねぇ、術師って時点で政府の犬に違いないんだ」
「殺した方が良いに決まってる」
再び怒りが蔓延し、瞬く間に殺意と狂気へと変貌する。
僕程度の言葉では、彼等には響かない。
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
これは呪いだ。彼等にかけられた、解けない呪い。止めることなど、できない。
「それで、殺した後はどうする」
「……何を言っているの、アーノルド?」
「殺してどうする、と聞いている」
ただ一人冷静さを失っていない男。僕からすれば、最後の希望。
重苦しい声は、加熱寸前の集団ではなく、己の妻にだけ向けられていた。
「殺して、それで終わりよ! その先は無いわ!」
「そうやって、本来の仇すら見失って殺戮を繰り返すつもりか?」
「っ……!」
加熱しだ集団の意識を覚ますことはできない。それでも、深いつながりをもった相手なら届く。
アーノルドの言葉は、セレージャに限って響いている。先導者同士の争いに、追随ばかりだった集団は困惑することしかできない。
「私も、イリアを殺したヤツを許すつもりはない。そのために、悔しさと怒りを飲み込んで生きている。
だが、怒りと復讐心だけの私でも、それをぶつける相手は選ぶ。獣でも、『無能』などでもない、人間としてな」
「そんなの……」
「この男が嘘をついているようには思えん。私達の話を聞いて、おそらくは隠しておきたかったであろう自身について語った。……あるいは、政府への不信感を共有できるかもしれん」
「いいえ……いいえ、それは無理よアーノルド。彼は生きている。それに、この男が語ったことが事実だとすれば、『予言罪』の犯罪者。どちらにせよ、同志にはなれない」
「政府に怒っているのに、予言者の言葉は信じるのか?」
「それは……でも……」
「仮に言葉は嘘でもいい。術師として、その力を借りればいい」
感情と理性の両面で説得を試みている。
彼は、アーノルドは、僕を助けたいわけではない。復讐の相手との間にある、「魔法」という絶対的な技術の差を埋めたい。魔法を使える人間の中で、味方になる可能性のある相手として、僕を選んでいるだけだ。
極めて冷静に、心に深く浸透している「復讐」への執着心が、逆に彼を冷静にしている。
「今のままでは、我々はただ政府に見捨てられただけの人間だ。だが、魔法があれば活路が見いだせる」
セレージャを含め、殺意と狂気で支配されていた人達の意識が揺れているのがわかる。
政府への復讐心は、彼等全員が持っている。成し遂げるためには圧倒的に力が足りないことも、心の底では自覚している。
だから揺れる。|目的達成(復讐)のための|道具(僕)を提示されて、感情を無意識の理性が押し留める。
「すごい……」
言葉だけでなく、風格だけでなく、その両方。アーシェ将軍とは違う、だが同等の、人を導くための力を彼は持っている。そのことに、つい声が出た。
「レイジ・ネートだったな」
「っ、はい」
「我々に協力する意志はあるか?」
強要するわけではないのはわかるのに、有無を言わせない迫力がある。
自身の目的のために、鉄壁の理性で利を得ようとする言葉に、僕は頷いた。
「よかろう。ならば、お前は同志ではないが、仲間だ」
縄を解かれ、手を掴んで立たせてもらう。
捕縛された時の痛みが鈍痛として僅かに残っているが、それ以上に視線が痛い。
「アーノルド……」
「力は得た。一人では足りんかもしれないが、対抗手段としては有用だ」
「でも、その男が裏切ったら、今度こそ私達は……」
「我々に、魔法を防ぐ手立てはない。この男が我々を害するつもりなら、すでに魔法で制圧されている」
魔法が使えないのは単に魔力切れが原因だったのだが、それが功を奏したらしい。少なくとも、この場で殺されるという事態は回避できたと見ていい。
「生かしておいたからには、役に立ってもらうぞ」
「戦います。貴方達のためではなく、僕の目的のために」
反発を買うこともあり得るが、今後の立場のためにも下手に出るわけにはいかない。せめて、対等に近い立場でいなければ。
「お前の目的は、なんだ?」
「――予言者の捕捉と、その目的の解明。場合によっては、目的そのものを阻止します」
「我々の目的は、政府への復讐だ。利害は一致するか?」
彼等は政府に対して攻撃する意志を持っている。対して、僕は予言者単身に用がある。正直、目的が一致しているとは言い難い。
とはいえ、彼等を迫害し、襲ったのが予言者だとするならば、結果的には同じこととも言える。彼等は、自分達の復讐相手ですら把握する機会を与えられなかったのだから。
僕がするべきは、何かを企み、不審な行動をとる予言者の目的を知ること。それが、彼等にとっては敵を知ることだと、妙な確信がある。
「今は、まだ。ただ、やがては一致します」
信用してもらうには、些か以上に危うい返答だったが、アーノルドは暫く僕の目を見た後、他の人達と去っていった。
「ふぅー……」
長くため息を吐く。
危ない橋を渡る、などという言葉では表せない、危険な態度と状況だった。
あちら側で度々あった、妙な確信。そこに至る論理が無いにも関わらず、不自然なまでに的確な予感。
「何かが、おかしいんだ」
執行官になるまでは、疑問も持たなかった。だが、この世界は何かがおかしい。魔法のことも、予言者のことも、原因不明の魔法不適合者の存在も、異世界や僕自身でさえも。
信じていたものが、簡単に崩れてしまう。
「……『僕達は、狂っている』、か」
かつての敵の言葉が、不意に脳裏をよぎった。




