「無能」の烙印
年末年始の忙しさで、かなり間が空いてしまいました。
平にご容赦を……。
直轄地に戻るため、まずはここがどこかを知る必要がある。
あまり遠いようであれば、移動手段の確保も必要になる。魔動車か何かがあればいいが、魔導政府に反発している国であれば、魔法関連の技術は軒並み直轄地よりも遅れていると考えられる。
とすれば馬だが、そう簡単に手に入るものでもない。
「いや、それは他の移動手段も同じか」
素性を明かせず、金銭を全く持っていない僕では、どんなものであれ入手は困難だ。
となると徒歩で進むしかなくなるが、先程からいくら歩いてもいかにも田舎といった風景が続くだけで、住民にすら会わない。この様子では、目的の場所までどれだけの時間を要するかわかったものではない。
「まずは、情報か……」
『自動索敵』を起動して、周囲に誰かいないか確認する。話しかけるわけにはいかないが、何か情報を得られる可能性はある。
意識の中で確認した簡易マップには、自分を示すもの以外に光点は存在しない。魔法の効果が及ぶ範囲には誰もいないということだ。よほどの田舎なのか、もしくは理由があるのかはわからないが、情報収集はできそうにない。民家らしきものはあるので、廃村といったことは無さそうだが……。
「――今だ、かかれ!!」
「えっ!?」
突如背後から聞こえた号令。反射的に振り返ろうとするも、強烈な体当たりをくらい地面に倒されてしまう。
「いった……!」
「お前! どこから来た!」
「目的はなんだ!」
倒れた僕の上から、詰問と共に何人もの人が覆いかぶさってくる。おかげで、起き上がるどころか呼吸することすら難しくなった。
「くそっ! いつか来るとは思っていたが……」
「俺達をどこまで苦しめるつもりだ、この悪魔め!」
次々と僕に体重をかけてくる人達は、声を聞く限り全員男だ。そろそろ冗談では済まない圧力がかかっている。
もがく猶予すら与えられずに体重をかけられ、声を出すことすらままならない。
「だっ……れ、です……か……!」
「それはこちらのセリフだ、政府の犬め!」
「貴様等に屈指はしないぞ!」
必死の思いで絞り出した声には、怒声で返された。どうやら政府に恨みを持っている人達らしい。
政府に恨みを持つ人達であること自体は、そう驚くことではない。魔導政府の影響から独立した国に住む人達というのは、基本的には政府の政策や考えに不満を持つ人達だからだ。
しかし、ここまで明確に敵意を示してくることは稀だ。政府はたとえ直轄地でなくとも技術の伝達及び教育は公平に行うが、それはあくまで政府の方針として「善意」という形で行われている。国家としての主権を重視する国は、魔法技術の獲得と主権の保持を両立させる必要がある。下手に政府に敵対し、魔法技術の伝達を止められてしまえば、瞬く間に魔法後進国になり、経済力の低下を招く。結果として、主権の保持も困難になる。
そういった事情から、内心不満を抱いていても直接的に敵意を示すことは控えるという、微妙な態度をとるのがこういった国の魔導政府との付き合い方となる。
「重っ……」
そんな事情はお構いなしに全身で体重をかけてくるこの人達は、やはり少し違和感がある。いくら田舎の農村といえど、国のやり方くらいは熟知しているはずなのだが。
奇妙なのはそれだけではない。というより、もっと大きな疑問がある。
彼等は突如現れ、襲いかかって来た。そして、僕の魔法領域で起動している『自動索敵』は、|今も一切反応していない(・・・・・・・・・・・)。
「おい、もういいだろう。いつまでもここに居ると危険だ。仲間がいるかもしれん」
「そ、そうか。よし……!」
言下に後頭部を殴りつけられる。
目が覚めて間もないというのに、またも僕は意識を失うことになった。
「…………ろ」
頭が痛い。意識の上で、体が揺れているような感覚だけがある。
「起きろ、術師」
どうやら本当に体を揺らされていたらしい。
気絶から復帰する時の気持ち悪さは、何度経験しても慣れない。いや、慣れたくもないのだが。
「意識は戻ったか?」
「はい、リーダー」
「よし。
――術師、貴様にいくつか質問をする。正直に答えろ」
有無を言わせぬ口調で話しかけてくる、「リーダー」と呼ばれた男。整えられた顎鬚と、頬の大きな切り傷が印象的だ。ぼんやりと見えるその顔の後ろでは、他にも複数いる人と、石造りの壁が見える。
「貴様、名前は?」
はっきりしない頭を必死に動かす。いきなり堪えづらい質問がきた。
異世界への流刑は、魔導政府の直轄地ならば有名な話だ。賛否はあるものの、発案者が予言者とあっては誰も表立った反対はできないまま執行される。
流刑にあった罪人の名前が公開されるかどうかは半々だ。民衆にとって明確な影響があると判断された予言罪ならば、その名前が一般に公開される。だが、ガルドのような潜在的かつ一部の人間しか理解できない危険性を有した相手は、政府内でしか知らされない。
「もう口は利けるだろう? 答えろ」
果たして僕の名前を答えても大丈夫だろうか。
僕の罪状を聞く限りでは、イグナシルにとってかなりの危険分子だと予言されたようだった。理解できるかどうかはともかく、民衆にとっても関係あると考えることもできる。
僕の名前が流刑者として公開されていたとしたら、あちらの世界にいた期間を考えても、非直轄国まで伝えられていても不思議ではない。
「どうした、答えられないか? ならば――」
「レイジ、ネート」
まさか、イグナシルに帰ってきてからもこんな事態になるとは予想していなかった。やり口があちらの世界と同じ荒々しさ。
これは賭けだ。名前が公開されていない、あるいはこの人達が覚えていない可能性もある。本来が政府に不満を持つ人達なのだから、政府認定の罪人など意識していないかもしれない。
希望としてはもう一つ。予言者は、僕をこの世界に呼び戻した。その真意は未だ不明だが、僕がイグナシルで生きていても問題無いということでもある。……もちろん、希望論ではあるし、大っぴらに存在を明かしていいわけは無いが。
「レイジ・ネートだな。名乗った相手には名前を教えるのが礼儀だが、その前に質問に答えてもらうぞ」
「僕に答えられることなら」
「良かろう。
ではまず、貴様の目的はなんだ?」
目的? 目的といえば、予言者の思惑を調べて、それが良からぬことであれば――半ば以上、そうであると確信しているが――止めることだ。
この人は、そんなことが聞きたいわけではないだろう。
「質問の意図がわかりませ――うっ!」
前髪を掴まれ、背後の壁に叩き付けられた。おかげで、収まりかけていた頭痛と気持ち悪さが蘇った。
「俺達の村に、わざわざ魔導政府の術師が来た理由を聞いている。誤魔化すな」
「誤魔化しているわけじゃ……」
容赦がない。考えたり、交渉する猶予を与えてくれる気は無さそうだ。逆に言えば、それだけ焦っているということでもある。理由はわからないが、追いつめられているらしい。
「俺達に何の用だ」
「貴方達に用があったわけじゃありません」
「嘘よ! お前は、私達を殺しに来たんでしょう!?」
殺すとは穏やかではない。あちらの世界では聞きなれた言葉だが、イグナシルでは聞かれなくなった言葉だ。狂乱ぎみの声がした方向を見ると、比較的若い女性が立っていた。この若さなら、僕と同様に戦争中の時代を知ってはいないはずだ。
「どこまで私達を苦しめれば気が済むの!? 貴方達のせいで私の子供は――!」
「少し黙れ」
もはや涙ぐんですらいた女性は、リーダーの言葉に口を閉じた。余程溜まったものがあるのか、唇を噛み締めて僕を睨んでいる。
リーダーの男が、女性から僕に向き直る。改めて見れば、頬だけでなく体中が傷だらけだった。
「質問の途中だったな。俺達に用が無いと貴様は言ったな?」
「はい」
「では、何が目的だ?」
困った。正直に言ったところで、信じられる話ではない。第一、自分を罪人だと暴露しては身の安全など望むべくも無い。たとえそれが、まだ犯してもいない罪だったとしても関係は無いだろう。
何とか逃げ出したいところだが、両手は金属の器具で後ろ手に繋がれている。魔法を使えば抜けられなくも無いだろうが、気絶してからそれ程時間が経っていないのか、金属製の建物を抜け出した時に異常なほど消費した魔力が回復していない。
そもそも、僕が術師だとわかっているのだから、易々と魔法を起動することを許してはくれないだろう。
「目的も答えられんか」
「すいません……」
「……なんだと?」
淡々とした中に落胆の色を感じ、反射的に謝ってしまう。すると、何故か心底意外そうな顔をされてしまった。
確かに、捕まっている人間が捕まえている張本人に謝るのはおかしなことかもしれないが、そこまで目を見開くことだろうか。
「今、俺に謝ったのか?」
「え、はい」
「…………」
妙な質問の後、僕の顔を見たまま眉をひそめるリーダー。声を荒げていた女性を含め、リーダーの背後には大勢いるらしく、ざわめきのようなものが聞こえる。
「……一つ確認だ。お前は、魔導政府の術師に間違いないか?」
「元、ですが」
「元だと? つまり、今は職を辞したということか? その若さで?」
「好きで辞めたわけじゃない」
つい反抗的な目つきになってしまった。語調は抑えたつもりだが、不利な立場である人間のものでは無かったかもしれない。
あのことは、現在に至るまで僕の中で消化しきれない理不尽であり、屈辱なのだ。
「……少し時間を置こう。お前も目を覚ましたばかりで、混乱しているのかもしれん。
五分後に尋問を再開する。見張りは立てておくから、無駄な抵抗は止めておくことだ」
久しぶりに聞いた時間の単位。イグナシルに帰ってきたことを意識させられる。
ここは家の中にある一室だと思うが、珍しく扉が無い出入り口から出ていく数人。二人はこの場に残った。
「はぁ……帰って来てから散々だな」
望んでいたこととはいえ、これから役割を果たそうという時に無理矢理帰らされ、宿敵ともいうべき相手には馬鹿にされた上に蹴り飛ばされ、魔力を大量消費しながらも魔導政府を目指してみれば何者かもわからない人達に捕えられる。中々に厳しい状況だ。
とはいえ、愚痴ってばかりいられないので、『自動索敵』の再起動を試してみることにした。今も一切反応していないのは、魔力不足か起動時に何らかの不具合があったせいかもしれない。
「……ダメか」
残り少ない魔力で再起動してみたが、魔力は滞りなく術式全体に満ちているのにも関わらず、見張りらしき二人の反応が表示されない。こんなことは、ガルド以来だ。
苦渋を舐めさせられた魔法無効化技術。あれを、イグナシルでも使える人がいるとは考え難い。
「……まさか、ね」
魔法無効化技術を持っているわけではないはずだ。そう思うのだが、彼等の態度が気にかかる。
イグナシルの魔法は戦闘用では無い。術式に安全装置が組み込まれており、それが正常に作動するものだけが世の中に出る。だからこそ、術師というだけで警戒する必要は無い。無いが、彼等は魔導政府の術師であると疑っていた。政府に所属する術師ならば、研究中のものや、犯罪者の制圧用の魔法を持っている。それも『意識喪失』のような直接危害を加えないものではあるが……。
あちらの世界に長く居たせいで、不要に不安になっているだけなのだろうか。まるで、彼等がルーンキラーと同じであるかのような錯覚を起こす。悪い予感、なのだろうか。
「待たせたな」
知らず知らずの内に時間が過ぎていたらしい。リーダーと、数人の男女が再び訪れた。
「お前は術師で間違いないな?」
「はい」
「何故魔導政府を辞めることとなった?」
「それは……」
「予言罪を宣告され、居られなくなったから」、などと正直に言うわけにもいかず、口を噤む。
「どうやら事情があるようだが、俺達は術師である貴様を否定する。貴様等が我々を否定したようにな」
「貴方達を、否定した?」
「しらばっくれるつもり!?」
「落ち着け、セレージャ」
先程と同じ女性が興奮したのをリーダーが宥める。名前を出したということは、多少気が緩んでいる証拠だろう。
「いいえ、言わせてアーノルド。魔法が使えないというだけで迫害された私達の恨みを、知らしめるべきだわ」
「魔法が……?」
「ええ、そうよ。私達は魔法が使えない。だけどそれが何!? 魔法道具だって普及した現在なら、個人が使える魔法なんて大した意味はないでしょう!?」
女性の言うことは一理ある。家庭で使う魔法道具程度で「普及」というのは違和感があるが、術師ではない一般人が使える魔法は三個程度。術師と違って影響を及ぼせる範囲は少ない。
「それなのに、魔法が使えないというだけでお前達は私達を『無能』と称した。政府の人間による見解はすぐに浸透したわ」
「そうだ、そのせいで俺達は……」
「お前達のせいで……」
女性の言葉と態度が、僕という術師への恨みとなって周囲に伝染していく。
「くだらない選民意識のせいで、私の子供は殺された! お前達が作った意識のせいで!」
「私も、妻が蹂躙され殺された」
「俺の恋人も……」
「私の両親も……」
「殺してやる! 魔法なんてものを使うお前達は、全員死んでしまえばいい!」
「そうだ、殺せ!」
「殺せ!」
伝染した憎しみが増幅されて、殺意に変わる。涙を流し、血走った目で僕を睨む人達が距離を詰めてくる。
覚えのある光景。僕を通して何かに憎しみを向ける人々。血走った目と、狂気に近い雰囲気。それを――
「いい加減にしろお前ら!!」
――リーダーが大喝で吹き飛ばした。
「ここで言っても詮無いことをグダグダと。恥ずかしい真似をするな」
「でも、アーノルド!」
「忘れろとは言わん。だが、囚われるなと言ったはずだぞセレージャ。死んだ者は帰って来ない。イリアは死んだんだ」
泣き崩れる女性。それに合わせて、狂気で支配されつつあった人達が一斉に涙を流す。
確信した。彼女たちは、同じだ。魔法無効化の技術を持たなくても、あちらの世界で見た人達と同じ、魔法を恨みながら生きている。
違うのは、率いる者が同じ狂気に操られてはいないということ。
「無様を晒した」
「いえ……貴方達への仕打ちが本当なら、謝るべきなのは僕達の方ですから」
「……やはり、違うな」
リーダーがその場に胡坐をかいて座り込んだ。
傷だらけの太い腕で頬杖をついて僕を見る。
「お前は、他の術師とは違う」
「ある意味では、そうかもしれません」
「……少し、話を聞く気はあるか? 俺達の現状を伝える話だ」
「……聞かせてください」
ザイスリング王国の人のようになってしまった人達。イグナシルにおけるルーンキラーに成りかねない人達の、苦しみの理由を知る必要がある。それは予感を越えた確信として感じた。
「この苦しみは、俺達が無能の烙印を押された時より始まった――」




