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Sin Prophecy  作者: mirror
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皇帝との対峙、そして――

今回、話の流れ上視点が二転三転します。

力不足で申し訳ありませんが、読み辛かったらすいません。

 ――目の前に続く道は、先が見えない。

 視界、という意味なら問題は無い。陽光の下ほどではないが、はっきりと周囲を視認できるだけの視力は魔法道具によって確保されている。

 それでも、何も見えない暗闇を進んでいるような気分なのは、精神的なもの。


「父上……」


 兄上が立ち塞がった道が、最後の曲がり角。あとはこの道を直進するだけで目的の場所に辿り着ける。

 

『これから、父を殺す』


 覚悟したはずの行為が、思考と体を鈍らせる。

 父と思ったことなど無い。ある日突然告げられた関係に、実感など湧きはしない。

 だからといって、何も感じないはずも無い。


「父上、貴方は何を考えているんですか……」


 独白は地下の闇に飲まれて消えていった。



 通路を進んだ先にある階段を上れば、目的の場所への入り口。

 本来は出口として利用されるはずの壁に、叔父から聞いた文言を呟く。ルーンマスターの魔法によって造られたこの秘密の地下通路は、皇族の血を引く人間が呪文を唱えることで開く。

 事ここに至っても、疑っていた。自分は皇帝の娘などでは無く、ただ気まぐれに拾われただけの一市民でしかないのではないかと。あるいは、そうであって欲しいと心の底では願っていたのかもしれない。


「ここまで来て、そんなはずもない、か」


 壁は音も無く開いた。王を出迎えるように静かに、荘厳さすら漂わせて。


「……やはり、私は貴方の娘なのですね、バルヘイム・ケイゼル・アーシュタット皇帝陛下」


 辿り着いたのは謁見の間として利用される大広間。今は玉座も取り払われ、壁に沿って灯されている燭台の灯り以外には何もない空間。――その中央に、皇帝が立っていた。


「アズガルドはしくじったか」


 感情の無い、唯一威圧感だけが乗せられた声。構えるでもなく、激するでもなく、淡々と事実確認をする。

 侵入者が来たことに驚いていない。待ち構えていたのだ。にも関わらず護衛は居ない。気配が全くない。一国の国主を守るものは、ただ一つ。その腰にある一振りの長剣だけ。


「兄上は、仲間が押さえてくれています」

「あのルーンマスターか。随分と信用しているようだな」


 皇帝は此方を見ない。娘としても、反逆者としても、まるで興味が無いとでも言うように視線は虚空に向けられている。


「……貴方を、殺します」

「やってみるがいい」


 聞きたいことは山ほどある。なのに、私が選択したのは剣を抜くこと。

 迷いはある。話をすれば、それが増幅してしまう。それが、怖い。


「――はああああ!」


 迷いを振り払うように、突進する。

 王として、敵う相手だとは思っていない。それはアズガルド兄上と同様だ。私に王となるだけの度量などありはしない。

 それでも王として立つ理由が出来た。それを勝ち取るために私が振るえるのは、武芸の腕だけだ。

 子供の頃の、兵士の真似事ではない。今の私ならば、魔法道具やカガクの無い純粋な剣戟戦で負けるとは思わない。


「殺(と)る――!」


 大広間といえど、それ程距離があるわけではない。戦場で剣をとる時と同じように、最短距離を疾走して距離を詰める。

 大上段に振りかぶり、真上から切り伏せようと気を吐いた。


「その程度で玉座に届くつもりか」


 静かな、焦りなど微塵も無い声。飛び掛かる私に、ようやく向けられた視線には、言葉よりも明確に侮蔑が籠められていた。


「っ!」


 振り下ろした刃は、緩やかに鞘から抜かれた皇帝の剣に容易く止められた。


「ぐっ……く……」

「貴様の覚悟など、この程度の軽さだ」


 そんなことは無いと言いたい。だが、自分が上になって押し込んでいるはずの鍔迫り合いで、ここまで歯が立たないのでは反論も出来ない。

 皇帝が強いのは知っていた。だが所詮、他人から聞き及んだだけのもので実感があるわけではなかった。


「まさか……これほどの強さだとは……!」


 鍔迫り合っていた剣を全力で弾き、一時距離をとる。

 純粋な筋力は、剣に強化魔法が施されているのだろう。自分の装備と同じだ。真に恐れるべくは、その体捌き。

 魔法による強化が同等なら、技術によって勝敗は決まる。先の一撃は威力のみを考えたものだったとはいえ、簡単に受けられるものでは無い。最も力の加わる点を的確に見極め、土台となる腕から足元への力の流れを受けきる構えが必要になる。

 それを、あの一瞬でやってのけた。剣に加わった衝撃を地面に受け流す技量は、熟練の兵士のそれとなんら遜色無い。いや、ルーンマスターの時代を過ぎた現代では、純粋な剣術や体術よりも連携が重視される。現行の軍では、これだけの技量の戦士を探すことも難しい。


「貴様は、ユルゲンを目指して剣を習ったのだったな」

「……過去の話です」

「奴に剣を教えたのは私だ」

「貴方が……!?」


 理想の英雄像と憧れた叔父上の強さ。その根本が、目の前で敵となって立っている。

 叔父上もイシュタットでは随一の戦士として、未だに反乱の鎮圧などに加わっている。第一線こそ退いているが、その強さはまだ遠い高みにある。


「師だからといって、弟子を超えるとは限らない」

「それは自ら確かめろ」


 負け惜しみだ。たった一度の競り合いで、その体技が高度であることはわかった。叔父上に勝るとも劣らない実力ならば、私よりも上なのは間違いない。

 護衛がいないことに疑問を感じた。待ち伏せていたのに、おかしいのではないかと。


「なんのことはない……必要なかったのか」


 王が自分で身を守れるのなら、暗殺の心配は少なくなる。

 理想的な王なのだ。少なくとも、帝国にとっては。


「どうして……」


 そのまま帝国の王として国を導いてくれていれば、それで問題は無かったはずだ。レイネートも元の世界に戻る方法が見つかるまで帝国のために働いてくれていたはずだ。共に離反した仲間も、余計な犠牲を出すことなく帝国の一員として過ごすことが出来た。

 敵は多くとも、問題は無いはずだったのに――。


「どうして、貴方は――!」


 二度目の突進。湧いた闘志のままに距離を詰め、剣を腰の位置で水平に構える。

 自分でもわかる、一時的な感情の発露。それを動力にして斬撃を繰り出す。

 

「はあっ!」


 胴を薙ぐ一撃――縦に構えた剣に受け流される。

 返す刃で脇から逆袈裟切りを加える――全く同じ軌道を描く敵の剣に弾き返される。

 肩口から突進を加え、重心を崩しにかかる――柄で胸を強打され、意識が一瞬跳ぶ。


「ぐ……かはっ!」


 背後に転がって再び距離をとる。

 止まってしまった呼吸を再開させる。呼気と共に血を吐き出し、不快な鉄臭い味が口内に広がる。

 涼しい顔をして立つ敵は、追撃もしようとはしない。繰り出した攻撃を軽くいなしながら、反撃はしてこない。

 慈悲などであるはずがない。圧倒的な実力差を見せつけて、心を折ろうとしているのだ。


「……過去を捨て、名を捨て、女を捨て身分を捨てた。それで身に着けたものが、この程度とはな。

 ――アルシェラ。貴様には、失望した」


 相も変わらず、感情の無い声。だが言葉で、雰囲気で、確かな侮蔑を伝えてくる。


「私は――」


 ――ただの一度も、貴方を父だと思ったことは無い。

 同様に、貴方も私を娘だと思ったことはなかったのでしょうね。


「それでいい」


 口元の血を拭い、立ち上がる。

 倒すべき敵は目の前に居る。

 この戦いに勝ったからといって、すぐに皇帝となれるわけではない。部下にも、国民にも、信頼を得るにはまだまだ多くの時間を要する。こんな手段を選んだのだから、なおさらだ。

 叔父上は全力で支援してくれるだろう。あの人の人望なら、後見になってもらうだけでも大きな力となるのは間違いない。

 その後を支えるのは、私と仲間たちだ。


「貴方は、敵だ」


 異世界への侵攻は、大きな益をもたらすかもしれない。だが、同時に大きな代償を支払うことになる。

 レイネートは、元の世界では見習いに過ぎないと言っていた。そのレイネートですら、たった一人で戦況をひっくり返すだけの力を持っている。そんな敵を相手にして、この国一つで勝てる道理などない。


「協和の道は、考えもしなかったのでしょうね、貴方なら」

「そのような選択は存在しない。存在しないものは選べない。ゆえに『帝国』。この国は、そうやって発展してきた」


 『王国』から『帝国』に変わり、武力によって発展してゆくことを良しとしてきた。その片棒をかついできた私には、帝国のやり方に異を唱える権利は本来無い。

 だが知ってしまった。何の罪もなく、望んだわけでもないのに蹂躙される側の人間を。


「私は、彼と協力してきました。何度も、何度も助けられた」


 レイネートは強くなった。だがそれは、戦い方を知ったというだけのこと。

 戦う人間で無かった彼を戦いに引きずり込んだのは私だ。そうしなければこの世界では生きていけなかったとはいえ……。


「戦う意志の無い相手を、ただ己の利益のためだけに侵略するなど、許されていいはずが無い」

「誰も許さぬさ。許しを与える存在などいないのだからな」


 剣を構えて対峙する。

 皇帝の顔は、初めて父として顔を合わせた頃となんら変わらない。無感情な無表情。

 私も、子供の頃の愚かで我侭な私のままだ。

 だがそれでいい。


「理不尽を通すためには『力』がいる。貴方から、唯一学んだことです父上」


 おそらく、生涯最後に呼ぶ「父」という呼び名。


「貴方は――敵だ!」


 三度疾走。愚直に突撃する。

 互いの間合いは同じ。同時に到達した剣戟の支配圏で打ち合う。

 一合、二合……先程までと同じように受け流されながら、それでも何度でも打ち下ろし、叩き付ける。


「無駄だということもわからんか、愚かしい」

「聞く耳持たぬ!」


 隙らしい隙など無い。ただ自分の放てる、その瞬間に最高の一打を繰り出し続ける。

 すでに十合、打倒の可能性など露ほども見えない。それでも諦めはしない。


「諦めろ。じきに貴様の仲間を追っていた将軍位以上の連中も戻る」

「断る! 私は、諦めが悪いのでな!」


 敵が増えるというのなら、なおさらこの機会を逃す手はない。

 好機なのだ、これは。たとえ自分が敵わぬほどの実力を敵がもっていたとしても、護衛や罠という万全の態勢をしいてこなかったのは此方にとって好都合だ。唯一皇帝に隙があるとすれば、そこだ。


「はあっ!」

「通じぬということが――わからぬかっ」


 初めての反撃。こちらの斬撃を受け流していた流麗な剣の動きが、一転して風を切り裂きながら叩き付けるような斬撃に変容する。

 重い。尋常では無く。

 咄嗟に受けた両手が痺れる。攻撃を受け流した直後の反撃、それも片手だったにも関わらずこれだけの威力を有している。


「ユルゲンの真似事でしかない貴様の剣術が、私に通じるはずがなかろうが」

「…………」


 言い返すこともできない。

 確かに、私の剣術は叔父上を真似たもの。ずっと長物を使って来て、城での剣術指南に苦慮していた頃に見た叔父上の剣に憧れて、見よう見まねで使いだしたのが今の剣術になっている。

 槍を持ってくるべきだったかもしれない。槍術はスラム時代に棒を使っていた名残で、多分に我流の要素を含んでいる。確実に劣る技術でしかない剣術よりはまだマシだったかもしれない。


「いや……違う」


 しょせんは魔力を籠められた武器と子供だましの技術だ。一撃で手が痺れるような斬撃を放ち、こちらの攻撃は悉く受け流す技量をもつ敵に、対抗できるわけがない。

 それに、地下での戦いを想定して置いてきたあの槍も、将軍位に任じられた時に皇帝より下賜されたもの。この人の力に頼っている限りは勝てない。


「愚かな考えを持ったな。ユルゲンにでも誑(たぶら)かされたか」

「――違う!」


 これは私の意思だ。

 皇帝という、一国を背負う相手。現在に至るまで抗することさえ思いつかなかった相手。そんな相手から守りたいモノを守るためには、自分がそこに上がるしかないと思った。

 他人の所為にするつもりなど、断じて無い……!


「ふん……じきにわかる。貴様を始末した後にな」


 言下に向けられる殺意。圧倒的な威圧を含むそれに気圧され、皇帝の姿が巨大化したかのような錯覚に襲われる。

 痺れる手を必死で上げようとしているのに、気圧されたことによる弛緩がそれを許さない。

 年齢を考えれば、ありえないような速度で敵が迫る。早く動けと、念じれば念じる程に体は力を失っていく。

 私は、ここまで情けない女だったのか……?


「――『雷撃一閃』!!」


 殺意を纏った剣閃が頭上より振り下ろされた時、背後から聞きなれた声と共に雷が敵を撃った。




 地下道を全力で走り抜ける。

 消耗した魔力は徐々に回復し、一時的な眩暈や疲れは落ち着いた。

 だが代わりに、胸を走る嫌な予感に鼓動が早まる。


「将軍……!」


 幾度となく経験したこの感覚を、僕は疑う余地の無いものと考えている。

 帝国元帥の待ち伏せ。それは作戦の露見を意味する。果たして敵は一人か……?

 皇帝も、その強さは侮れないものだと聞いている。その上で、僕を襲った大将軍や他の兵士が大勢いたとしたら……将軍は目的を達することが出来るだろうか。それ以上に、無事でいられるだろうか。


「急げ……急げ……!」


 脚力を魔法で強化して、遅れを取り戻すために走る。

 記憶の通りに走った一本道の先には、開かれたままの秘密の入り口。立ち止まることなくそこから敵地の中へと飛び込む。


「将軍……!」


 何も無い広いだけの空間の中心近くで、凶刃が振り下ろされようとしている。


「――『雷撃一閃』!!」


 考えるよりも先に本能で、最短距離を最速で到達できる魔法を起動していた。

 この世界のルーンマスターから学んだ雷撃の魔法は、真っ直ぐに敵の剣へと向かい、弾き飛ばす。


「レイネート!」

「無事ですか、将軍!?」


 強化の反動で軋み足の痛みを無視し、将軍へと駆け寄る。

 見たところ目立った傷は無い。間に合ったようだ。


「異界のルーンマスター」


 生粋の戦士として鍛えたわけでも無い僕でも感じる程の威圧感。

 人の上に立つ人間の存在感。自分が矮小な人間なのだと、嫌でも感じてしまう。

 あの人に――フィランツェ様に似ているようで、決定的に違う。同じ人の上に立つ人間だと一目でわかる存在感を放っていても、こうまで違うものなのか。


「邪魔をしてくれる……と言いたいところだが、歓迎しよう」


 歓迎の意思など、微塵も感じられない。路傍の石ころでも見るような目。


「貴方が、イグナシルを狙っている帝国皇帝」

「そうだ。バーツに聞いたのだったな。

 奴め、女の監視一つ出来ずに裏切るとは。呆れて何も言えぬ」

「だから殺したのか? あんな、さらし者にして……」

「そうだ。二度と同じような愚か者が出ぬように」

「お前が――!」


 激情と共に術式を呼び起こす。空気中のマナ含有量が少ないのか、魔力消費が多いことも感じながら、それでも展開は止めない。


「『融合術式・鋼殻突撃式』!」


 堅牢な魔力角を敵に向け、復讐を原動力に推進力を増した魔力噴射で疾(はし)る。

 元帥のように死なないようにと気を使う気は一切無い。相手が死んでも構わないと、ある種投げやりな気持ちで力任せに突撃した。


「うあああああ!」

「……煩いガキだ」


 皇帝が、弾いて地面に落ちた剣を素早く拾い上げる。だが防御には間に合わない。そもそも、長剣一本で防がれるような突進力じゃない。

 勢いのままに刺し貫く。そのつもりだった。なのに――。


「……な……んで!」

「居るとわかっているルーンマスターに、何の対策もせぬわけがあるまい」


 振り上げただけの、体勢も不十分な剣に魔力角が衝突した途端、背面に備えられた小型の推進用術式からの魔力噴出が無くなった。

 急速に推進力を失った僕の突撃は、ただ一本の剣で止められてしまった。


「部屋全体に魔法を無力化する技術を備えるわけにはいかなかったが、貴様と戦うためだけならば剣一本に対魔法加工を施すだけで十分――驕るなよ、魔術師風情が」

「っレイネート!」


 魔力角を受け止めていた剣が離れ、皇帝の体が急激に沈み込む。

 硬度だけは失わなかった『融合術式・鋼殻突撃式』の攻防の要、魔力角では対応できない足元から跳ね上がるようにして剣閃が襲ってくる。

 一瞬視界から消えた敵による、死角からの攻撃に回避行動をとれない僕を、将軍の剣が守ってくれる。


「ぐぅっ……!」

「ほう、止めるか。この小僧が余程大事と見える」


 淡々と、馬鹿にしたように嘲笑の言葉を投げかけ、同時に僕では目で捉えることも難しい斬撃を何度も繰り出す。ほんの一秒足らずで、将軍は防戦一方になる。


「将軍!」

「レイネート、下がれ! この男の斬撃は私が受ける。お前は魔法で援護してくれ!」


 必死で耐えているのがわかる苦しげな声と表情。僕が近くにいては邪魔になると悟り、二人から離れる。

 間断なく打ち合う二つの剣は、一方的でありながらも停滞している。猛攻を加える皇帝は、将軍を圧倒しながらも決定打を与えられずにいる。

 将軍との直接の共闘は、これが初めてだ。


「っ……隙が無い」


 思わず舌打ちしたくなる。

 援護しようと回り込んでも、皇帝が巧みに斬撃の方向や威力を調節しているのか、将軍を僕の壁にしてしまう。外から手出しが出来そうに無い。


「考えろ……考えろ……」


 ここでは、常に『融合術式』を起動していることは出来ない。マナを利用できる量が少ないせいで、消耗した魔力量では下手に『融合術式』を維持すれば枯渇してしまう。

 魔法無力化技術で加工されているらしい剣は、魔法全てではないにせよ威力を大幅に減じてしまう。

 これは予想だが、ルーンキラーが使っていた初期の無力化技術が転用されているはずだ。その証拠に、この世界の魔法を参考にし、初めてガルドに通用した『雷撃一閃』は剣をはじくくらいには衝撃が残った。『融合術式・鋼殻突撃式』は最新の魔法だが、『融合術式』の特性を利用しているせいで、推進力を発生させる部分などの一部機能はイグナシルで一般的に使われている魔法だ。その部分は無効化されてしまう。


「あの男に期待しても無駄だ。この剣がある限り、貴様等は私に勝てん」


 そう、あの剣を何とかしなければならない。しかし、一度目こそ不意打ちで落せたが、将軍が苦戦する実力者の不意を二度もつけるとは思えない。

 なら剣そのものを攻略したいところだが、ガルドとの戦いで苦戦し続けたあの技術には『融合術式』によって術式の構成を誤魔化すことしでしか対抗できない。その『融合術式』も、魔法に剣を当てられると付属しているだけの素の魔法は無効化されてしまう。


「報われぬ期待など、持つだけ辛かろう」


 言葉の冷静さとは裏腹に、苛烈を極める斬撃の嵐。一撃ごとに受け手の戦意を削いでくる。

 付かず離れず、僕の魔法を効果的に封じながら将軍を追いつめていく。それを、僕はただ歯噛みして眺めているだけ。

 ……僕の魔法を封じる?


「そんな言葉で無くすような、柔な信頼は置いていない!」


 そうだ。僕は将軍に信頼されているんだ。こんなところで絶望を感じている場合じゃない。

 皇帝は僕の魔法を嫌がっている。だから将軍を盾にするようにして魔法を避けている。驚くべき技量ではあるが、逆に言えば魔法が通用する余地があるということでもある。


「将軍!」


 呼び声に反応して、将軍がこちらに一瞬だけ視線を送る。

 目が合ったのは本当に刹那の間。意図を伝えるような時間は無い。

 だから、視線に籠めたのは一つだけ。貴女の信頼に答えるという、その一点だけ。


「――『融合術式・鋼殻突撃式』!」


 確信があるわけではない。確信が得られるはずがない。

 とにかく動け。信頼に答えるために!


「はああああ!」


 将軍の背に向かって、一切手加減することなく突進する。

 瞬時に縮まる距離。魔力角の先端は、将軍の背中を狙っている。


「血迷ったか、ルーンマスター」

「違う!」

「今だ!」


 将軍が渾身の力で皇帝の剣を弾き返し、足から力を抜いてその場に崩れ落ちる。開けた視界の先には、皇帝の体。


「貫け、レイネート!」


 崩れ落ちながら放たれた激励の言葉に背中を押されるように、皇帝の目前に迫る。


「二度も同じ魔法か。それで勝てるとでも思ったのか?」


 苛烈な斬撃を繰り出していた時にも変わらなかった皇帝の表情が変わる。目尻は吊り上り、口は引き結ばれ、将軍によって跳ね上がった両腕の筋肉は込められた力に呼応するように膨張する。


「その甘さごと砕け散れ、愚物が!」


 魔力角ごと切り伏せると言わんばかりの勢いで剣が振り下ろされる。


「レイネート!」

「ここ――!」


 皇帝も、おそらく将軍も、ここまでが僕の作戦だと思っていたはずだ。

 『融合術式』でしか攻撃できない以上、僕の選択肢は極めて少ない。ガルドとの戦いの中で本来の想定から形を変えた『融合術式』は、自然と一対一の白兵戦用の魔法となった。その上で、本来の用途である魔法同士の結合ではなく、『融合術式』独自の形に作り変えた術式はたった二つ。


「『術式変更(コードチェンジ)・近接戦闘式(アサルトコンバット)』!」


 宣言と共に切り替えられた術式に合わせ、僕の体を取り巻くようにしていた小型術式群が変化する。

 魔力角は跡形も無く消え、推進力を発生させていた小型術式は体の間接部位に移動する。皇帝による渾身の一撃は、その威力を発揮することなく空を切る。

 推進力が完全に失われたわけではない。勢いそのままで前のめりに飛び込みそうになるのを、強化された四肢の力で急制動をかける。


「くっ……おおおおおお!」


 体が骨の芯から軋む音が聞こえたような気がしたが無視した。上半身を引いて体を真っ直ぐにし、剣が下ろされて無防備になった敵を睨む。その時に見えた皇帝の顔は、驚きで僅かに引きつっていた。

 驚きがあれば、どんな達人でも隙が出来る。反応するはずの体は動きを止めて、無防備を晒す。


「くっらええええ!」


 制動をかけても殺しきれない勢いを、左足を軸にして回転に使う。

 僕の思いのままに、間接部の術式は適切な推進力を僕の右足に与えて衝撃力を増大する。

 腰を回し、やったこともないような回し蹴りを繰り出す。友人の動きを真似て、あんな風にかっこ良く出来ていればいいななんてことを頭の片隅で思いながら。


「ぐぬっ、お……!」


 肩口に叩き付けた右足から、雷が発生する。打撃に加えて雷撃を与えることで、一撃で敵を昏倒させる。


「調子に、乗るなっ」


 あの大将軍すら倒して見せた一撃を、しかし皇帝は倒れずに抵抗する。

 打撃と雷撃で使えなくなった左手は捨て、右手だけで改めて振り上げられた剣先が、ギリギリで反応して躱そうとした僕の胸を掠める。


「くっ……!」


 魔法を無力化する力が、容赦無く雷撃の威力と四肢の推進力を奪う。元より無理な体勢で攻撃を放っていた僕の体は、魔法による支えを失って倒れる。

 決めきれなかった。あと一撃、あと一撃あれば、片腕を失って満身創痍の皇帝にトドメを刺せた。

 そう、あと一撃。それは魔法による攻撃である必要は無い。


「トドメだ、皇帝バルヘイム!!」


 僕と皇帝のごく短い攻防の間に、将軍は態勢を立て直していた。

 剣の引きは最少に、最短距離で払われる。


「アルシェラ、貴様……!」


 今度こそ、完全に驚愕の表情へと変わった皇帝の胸を、将軍の斬撃が切り裂いた。

 躱すことも出来ず、まともに切られた皇帝の胸からは、大量の鮮血が噴き出した。



 ――戦いは終わった。

 一秒に満たない差で、僕と将軍は皇帝を撃破した。


「僕達の」

「勝ちだ」


 大の字で倒れる皇帝は、自身の血だまりの上で動かない。

 まだ胸は浅く動いている。死んではいない。


「……そうか。私は負けたか」


 息の根を止めるため、皇帝に近づいていた将軍の足が止まる。

 ――驚くほどに、静かな声音だった。


「父、上……」

「私は、お前の父などではない」


 戦いを終え、皇帝を「父」と呼んだ将軍を、厳しく跳ね除けるような言葉。それですら、先の威圧感は欠片も残っていない。


「……私はただ、この国を強くしようとしただけだった」

「そのために自国を変え、他国を攻め、果ては異なる世界にまで侵攻の手を伸ばしたのですか」

「そうだ」


 短い会話。僕には知りようも無いことだが、こんな会話は今まで一度たりとも無かったのだろう。それは将軍の態度からもわかる。


「……貴方は、間違っている。

 うまくは言えません。間違っているのは、私も同じかもしれません。しかし……」


 言葉が切れる。その戸惑いが、僕にまで伝わってくる。


「……そうか、私は間違ったか。

 良い。ならば私は世界を辞そう。それが、何も成すことのできなかった愚か者の末路であろう」


 どこにそんな力が残っているのか、大量失血の中を立ち上がる皇帝。そのまま、僕達が入ってきた通路へと向かって行く。


「父上!」


 立ち止まり、此方を向いた皇帝の目は、ひどく優しく見えた。


「貴方は、間違いなく『王』でした」

「だがすでに『王』ではない。

 アズガルドは負けたのであろう。最期に言い残すことがある。それが終われば、私は直に死ぬ。その後は好きにするがいい」


 それだけを言い残して、皇帝はしっかりとした足取りで、その威厳を失わぬまま隠された通路へと消えて行った。




 松明の光が、黒い通路の壁に反射する。

 もう間もなく、目的の場所に着くだろう。今ならもう、戦いは終わっている頃だ。


「つくづく、私は卑怯だな」


 どうせその場に行くのならば、二人を助けてやれば良かった。たとえ勝算が低いと思っていても。

 いや、勝算が低いなどと思ってはいなかった。むしろ、確実にあの二人は勝てると信じている。

 だから助けなかったのか? ――いや、もちろん違う。だから私は卑怯なのだ。


「……今更加勢か、ユルゲン」

「まさか。その必要もありますまい」


 目の前に血だらけで瀕死の兄が現れても、私は驚かなかった。それは必然のように感じたからだ。


「満足か」

「兄を瀕死されて満足など……」

「満足であろうが。これで、お前の娘は皇帝になる(・・・・・・・・・・)」


 娘、か。そんな呼び方で彼女を呼ぶ資格など、とうの昔に失っている。


「私はむしろ、ただの町娘として育って欲しかったのですがね」

「無理だな。貴様の娘だ」

「そして、貴方の姪でもありますね、兄上」


 兄は一度鼻を鳴らしただけで、その場に座り込む。

 胸からの出血量は、兄の死が近いことを示している。


「何かようでもあるのか」

「兄の最期を見届けたいと思うだけです」

「貴様に言い残すことなど無いぞ」

「でしょうね」


 そう言って笑う。思えば、こんな会話も久方ぶりか。

 王としてではなく、兄弟として。最近では、そんなことも忘れてしまいそうになっていた。


「ありがとうございました」

「礼を言われる筋合いなどない」


 もう目も見えていないだろう。話すことは相当に辛いはずだ。

 それなのに、松明の光を反射する壁を見つめる顔からは、穏やかさしか読み取れない。

 そんな兄が、私は昔から大好きだった。


「娘を、救い上げてくれました」

「貴様にイシュタットを興させるためには、そうせざるをえなかっただろう」

「娘に、地位と武器を与えてくれた」

「政治の道具として使えぬなら、兵士として使うしかあるまい」

「あぁでも、娘から名を奪いましたね。あの名は、妻と一緒に必死で考えたんですよ?」

「その割には、捻りの無い名だ」


 死の直前に話すことは、こんな下らないこと。我ながら、つくづくおかしな兄弟だと思う。


「……お疲れ様でした」

「……ふん」


 兄の体が、少しずつ崩れ落ちていく。

 最期の最期まで、兄は「兄」でいてくれた。


「ごめんなさい。そして、ありがとうございました」


 弟として、私が兄に出来たことは少ない。

 そんな私が最後にした謝罪と礼は、聞こえたかどうかわからなかった。




「……これで、終わりか」

「いえ、ここが始まりですよ」

「そうか……そうだな」


 気が抜けたように、将軍は持っていた剣を取り落す。その場に座り込んで、大きく息を吐いた。


「助かった。ありがとう、レイネート」

「此方こそ、ありがとうございます将軍」


 ようやく、力の抜けたものではあるものの笑みを浮かべられた。


「おいおい、もう将軍では無くなるのだぞ?」

「あ、そうでした……じゃあ、皇帝陛下?」

「そろそろ、名前で呼んではくれないのか? アーシェでも、アルシェラでもどちらでもいいぞ」

「え!?」


 突然の言葉に困惑する。

 名前で呼ぶくらい、どうということも無い事であるはずだった。なのに、何故か気恥ずかしい。


「……その内」

「その内とはいつだ」

「ち、近いうちに」

「それではわからんぞ」


 そう言って笑う将軍が、本当に輝いて見えた気がしたのは、どういうわけだろうか。


「どうした?」


 笑みを浮かべたまま首を傾げる将軍から目を逸らす。

 正体不明の動悸に動揺が隠せない。


「いや、別に、なんでも……」

「? おかしな奴だな」


 そんな、緩みきった空気。後のことも考えれば、ほんの僅かな二人だけの休息時間。

 ――そこに、第三者の声が降ってきた。


『……っぷ。あはははは。ダメだ、我慢できないや』

「!?」

「誰だ!?」


 驚いて、同時に立ち上がる。


『あー、ごめんごめん。お楽しみのところ邪魔しちゃった? いやー、あまりに馬鹿馬鹿しくてつい笑っちゃったよ』


 人を嘲る意思が溶け込んだような、反射的に嫌悪感を抱かせる声。

 心の底から、反発心が湧き上がる気持ち悪さ。こんな感覚は、久しく忘れていた。


「この、声……」

「知り合いか、レイネート。そもそもどこから……」

『あぁ、そっちではレイネートって呼ばれてるんだっけ、レイジ君。

 アーシェさん? それともアルシェラちゃん? ま、どっちでもいいや、教えてあげるよ』


 口調こそ違うが、この声と聞いただけで本能的に嫌悪してしまう妙な現象。これは、間違いない……。


『俺がいるのは、『極めて近く、しかし限りなく遠い世界』さ』

「『予言者』……!」

「何!?」


 どちらに驚いたのか、あるいは両方か、将軍が何もない広間の天井を見上げる。


「ならば、貴様がレイネートをこの世界に送り込んだ者か!」

『ピンポ~ン、大正~解~』


 声の聞こえ方は、ルーンキラーの施設に攻め込んだ際にガルドが科学技術を使っていた時の声と同じだ。だが、聞く限りヤツはイグナシルにいる。


『いや~、結局こっちになったかー、って感じだよね~正直。あのオジサンが来てくれても良かったんだけどさー。な~にが「私は世界を辞そう」、だっての。負けたくせにかっこつけ過ぎ~』

「貴様……!」


 他人の存在を、底辺まで貶める言葉の羅列。イグナシルに居た頃は、もっと『予言者』らしい雰囲気を作っていたが、これが本性か。


「『雷撃一閃』!」


 アテもなく上に放った雷撃は、天井の一部を破壊しただけ。


『あはは、怖い怖い。そっちの世界で覚えた、人殺し用の魔法か。やっぱりお前は流刑にして大正解だったみたいだねぇ』

「出てこい、『予言者』……!」

『いきり立つなよ、何も知らないモルモット如きが』


 聞いたことの無い単語。だが馬鹿にされていることだけはわかる。


『心配しなくても、すぐに会えるさ。なにせ――今からお前は帰ってくるんだから』

「なんだって……?」


 帰る? どこに? 決まっている。

 僕の帰る場所は、イグナシルだ。そのために周りの人を巻き込んで、時には犠牲にして今まで足掻いてきたんだから。


「帰ることが、出来る……?」

『その部屋には、オジサンが仕掛けた転位用の魔法がかかってるのさ。あの勘違い馬鹿が、科学とかいって作ったもんだから、こっち側で調整するのが面倒だよホント』


 勘違い馬鹿、というのは文脈からしてガルドのことか。だが、魔法を科学で作ったとはどういうことだ。


「ま、待て。お前はレイネートを此方に送った人間だろう。なのに、帰る手助けをするのか?」

『こっちにも事情ってもんがあるの。そいつはさ、それ以上その世界で居られちゃ困るわけ。わかる~?』


 ――けるな。


「――ふざけるな!」


 天に向かって叫ぶ。広間に響いた大声が、壁と柱に反響する。


「お前の一言のせいで、僕はイグナシルを追い出された! 未来に罪を犯すからって、そんな不確かな理由で! なのに今度はそっちの都合で呼び戻すだと……? ふざけるのもいい加減にしろ!」

『おーおー吼えるねぇ。ま、お前の言葉なんてどうでもいいんだけどね

 さっさと帰ってきな。そんな世界は捨ててさ』


 此方の都合や意見など聞く耳を持たず、ただ理不尽に己の目的だけを達成しようとする。

 これが、今イグナシルで実質的な最高権力を持つ『予言者』。こんなものが、全ての決定権を握っている。


「断る」

『なんでさ。ずっと帰ってきたかったんだろ? 帰してやるって、今すぐ』

「僕はまだ、この世界でやることがある」


 将軍は、これから皇帝として国をまとめていかなくてはいけない。僕にはその助けをする義務がある。

 こんなところで、何もかもを放り出して逃げ出せるはずがない。


『……だから、それをやるなっつってんだよ馬鹿が』


 小さな声で、どこからともなく聞こえていた声が毒づいた。


『もういいや、お前。いますぐ転位させるから』

「な――待て!」

『待たねぇよ』


 カチリ、と何かの音がした。


「なんだ?」

「謁見の間が……」


 さっきまでは燭台の灯りしかなかった広間が、突如青い光に包まれる。

 壁も、柱も、全てが青白く光り輝いている。


「止めろ! 僕はまだ――」

『お前の意見なんて、聞いてないっつの』


 足元に術式が展開される。慌ててその場から動こうとしても、足が絡め取られたように動けない。

 ゆっくりと、足元の術式が回転を始める。


「レイネート!」

「くそ……将軍、皇帝の剣で僕の足元を斬ってください!」

「! そうか!」


 将軍は近くに落とされていた皇帝の剣を拾い、力強く地面の術式へと突きたてた。

 だが、魔法無効化技術が施されているはずの剣でも、術式は一向に意に介さず回転の速度を増す。


『ばっかが。元々はあのオジサンが、自分達がこっち側に攻め込もうとして作ったものだぜ? それを無効にしないために魔法無効化技術を剣だけに使ったんだ。それで無効化できるわけないだろうがよ』


 楽しげに、どこか凶悪に、嘲笑う声は響く。

 術式の回転速度はどんどん速くなり、すでにその形を視認することは難しい。


「くそっ。こんなところで、帰るわけにはいかないのに……!」


 何とか足を動かそうとするも、一切動かない。魔法を起動しようとしても、魔法領域から反応が返ってこない。

 これも全て、仕組まれていた転位術式の力。


「……レイネート」

「すいません将軍……! こんなはずじゃ……」

「わかっている」


 静かな声の将軍を目をやる。

 真っ直ぐに僕を見つめる視線は、尊敬すら抱いたいつもの将軍のもの。


「おそらくお前はこのまま帰ってしまうだろう」

「そうなことにはしません! 何とか脱出して――」

「いいんだ!」


 再び足掻き出した僕を、強い言葉で止める。


「それがお前の望みだったはずだ」

「でも……!」

「私のことは気にするな。叔父上や仲間と協力して、何とかやるさ」


 優しげな微笑み。

 ずっと僕を支え続けてくれた人の、慈愛に満ちた笑顔。


「僕は……僕は!」

「お前は十分助けてくれた。正直なところ、お前にはこれからも私の側でいて欲しい。

 だがな、やはりお前は帰るべきだ。あの『予言者』という者にも、言いたいことがあるだろう」


 どこかでこの様子を見ている『予言者』は、もはや口を挟んでこない。あるいは、転位術式は破れないと確信して監視を止めたのかもしれない。


「長いようで短い間だったが、助けられたよ」

「僕も、僕の方こそ! ずっと将軍には甘えっぱなしで!」

「さっきも言ったろう? ……名前で呼んでくれ」


 足元の術式は、音も無く青い光の円に変わっている。もはやどんな抵抗も叶わない。

 突然の別れ。覚悟もなかったそれは、あの時、この世界に飛ばされた時と同じ。


「アーシェ将軍……いえ、アルシェラ皇帝陛下」

「水臭いな、呼び捨てでいい」


 溢れてくる涙で滲む視界を、袖で拭って明瞭にする。

 最後の光景が、滲んでいて良く見えなかったなど、絶対に嫌だ。


「アルシェラさん……」

「ふっ……まあいい。

 ありがとう、お疲れ様。見送りが私一人ですまないな」

「僕の方こそ、ありがとうございました。こんなところで、帰ってしまって、すいません……!」

「謝るな。お前の望みは、一応叶ったんだ。私としては救われた」


 アルシェラさんが居なければ、僕はとっくに死んでいただろう。

 あの時に拾われたのが、アルシェラさんの部隊でなければ。あの時アルシェラさんが助けてくれなければ。アルシェラさんが教えてくれなければ。

 僕が死んでいた場面は幾らでもあった。そんな時、常に味方でいて助けてくれたのがアルシェラさんだ。


「感謝、しています」

「お互い様だ」

「皇帝になってください」

「無論だ。やってみせるさ」

「……さようなら」

「あぁ、さような――」


 別れの最後の言葉は、途切れる視界と共に切り取られた。

 上下が反転するような感覚と共に、僕の意識は落ちた。

9/30 

急にアクセス数が上がって驚きましたが、どうやら紹介してくださった方がいたようで……

突然のことでプレッシャーを感じてますが、嬉しいことではあるのでちょっとした感謝と記念に今回は文章量を増量してみました


次回も、記念代わりに予定には無かった外伝を挟みます

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