反攻の狼煙
「お久しぶりです、アーシュタット皇帝陛下」
「殊勝なことだな」
恭しく下げる頭に、目の前で玉座に座した兄は一瞥して呆れたような声を出す。
「ここ二月程、挨拶はおろか報せの一つも寄越さなかったお前の忠誠心は我が信用を大いに満足させてくれた」
らしくもない嫌味。こんなことでしか、自分がこの人の弟だと認識できないのは世間的には悲しむべきことなのだろう。だが、私達にとっては幼い時からのことで、別段思うところは無い。
そんなことよりも本来問題なのは、明確にイシュタット王である私を「下の立場」としている点だ。
これも今に始まったことでは無いが、名目上は同盟国ということになっている以上、内情はどうあれ表面上の立場は対等であるべきだ。
なにより、私が兄の下を離れて国を率いているのは、現在イシュタット王国となっている地域の民を、兄では抑えきれなかったからだ。
「言いたいことがあるならば述べよ、雑兵」
「……いえ、ございません皇帝陛下」
うっかり不満顔でもしてしまったのだろう、部下が睨まれる。
現在イシュタット王国がある地域では、小国や少数部族が集合・離散を繰り返していた。今の帝国がまだ王国だった時代は小競り合いが絶えず、同盟どころかいつ滅ぼそうかと検討する程アーシュタットと仲が悪かった。
それが簡単にいかなかったのは、当時はまだ今ほどの武力を有していなかったということと、どこか一つに攻撃すれば別の国や部族が散発的に攻撃を仕掛けてくるため、大規模な討伐戦が出来なかったことが原因だ。
「イシュタットの方は、うまくまとめられているようだな」
「はい。幸運にも、部下と民に恵まれまして」
兄は、当時玉座にあった父をその座から引きずり降ろすと、すぐさま王国を帝国へと変えるための計画を練り始めた。その過程で最も邪魔だったのが、抵抗を続ける小国家群である現在のイシュタット王国周辺地域だった。
滅ぼすには至らず、かといって放置すれば改革の隙を突かれかねない。
結果として、兄が選んだのは弟である私を派遣し、国としてまとめて実質的に支配国とするというものだった。
「私が至らぬばかりに、まだまだ民には不満を持つ者も少なくありません。小さなものとはいえ反乱もあり、鎮圧の度に部下には苦労をかけます」
アーシュタット国主の弟である私が帝国に不満をもつ彼等をなんとかまとめられたのは、今は亡き友人の尽力があったからだ。
少数部族出身で、度々戦場で武器を討ち合わせている内に友人となった彼が、説得に奔走してくれた。そうしてバラバラだった小国と部族を王の下に統一したのが、イシュタット王国だ。同じような存在である東方諸国連合との違いは、すでに一つの国としてまとまっているところだ。
兄に内心の不満を咎められた部下も、イシュタットに併合した小国出身だ。彼等の多くは、私と生前の友人については来てくれたものの、過去の帝国への敵意は捨てていない。同盟という関係も、国内では私が兄を打倒するための布石だと説明してようやく納得してもらっている。
「……それが、現実のものとなるとは」
誰にも聞こえぬよう、顔を伏せたまま独白する。玉座の兄はおろか、隣にいる部下にすら聞こえてはいまい。それ程の小声なら言わなければいいと自分でも思うが、つい言葉にしてしまう。
まったく予期していなかったわけではない。昔から、少しずつ積み重なってきたものが表面化しただけとも言える。あるとしてもまだ先の話だと思っていたのが、あの少年によって早まっただけ。おそらくは、兄も私と同じように可能性として考えていたはずだ。
「報せが無かったのは、内乱の鎮圧のためか」
「いえ、国外から侵入した賊だったようです。潜伏場所に突入した時には、すでに何者かの襲撃にあったらしく、直接の鎮圧は我が国ではありませんが」
真っ赤な嘘だ。ルーンキラーと名乗っていた彼等は、私が直接協力して壊滅に追い込んだ。だが、それを正直に報告するような真似はしない。少年曰く、ルーンキラーと兄は繋がっている。この場で(意図的ではないにせよ)兄に対して敵対するような行動をとったことは隠しておくのが得策だ。
「…………」
「…………」
無言での圧力には、笑顔で返しておいた。慣れたものだ。
兄とて、私が何かを隠していることに気付かないはずはない。ともすれば、全てを知っていることもありうる。私が兄に隠し事をするのは幼少の頃から日常茶飯事なので追及こそすまいが、疑いをもたれることは避けられない。
「……よかろう」
視線を外して立ち上がる兄に、改めて首を垂れる。
「軍を率いてきたのは、協力する意志があるということだな?」
「はい。エグリゴアとの同盟解消や、再び動き始めた連合との睨み合いなど、戦力が必要になるかと思いましたので」
「ならば待機させておけ。じきに必要になる」
「仰せのままに、皇帝陛下」
謁見の間を出ていく後ろ姿は、相も変わらず年齢を感じさせない若々しい覇気に満ちている。自分も鍛えてきたつもりだが、そういった単純な武力とは違う不可視の力を纏っている。
「さて、戻ろうか」
「はっ」
部下に声をかけ、その場を辞す。
ひとまずは、無難に対応できた。この後は、じきに無くなるであろう帝都の光でも眺めて過ごすこととしよう。
「お手並み拝見といったところかな」
「は?」
「……ただの独り言だよ」
巨大な何かが動く、鈍く低い音が反響する。
「やっぱりここも、あの地下施設と同じ」
「地下施設、ですか?」
「はい。ルーンキラーが居た場所です」
金属で造られている壁に、『歯車』とガルドが言っていた謎の機構。ここは間違いなく、科学の生産場だ。
「調査をしている限りでは、定期的に見回りにくる数人の人間――言動や服装からルーンキラーの残党だと思われる人間――以外はいません。今は見回りの間隙で、無人です」
「あの時にこ……殺した、人が来ているわけですね」
「殺す」、という言葉をうまく言えなかった。自覚はしていても、認めて飲み込むにはまだ無意識に抵抗してしまう。
「あの時のように奇妙な肉体でないことを祈ります」
「それは恐れなくても大丈夫だと思います」
「何か対策が?」
「いえ。ただ、今回は彼等と直接戦うつもりはありませんから」
事前に潜入して調査をしてくれていたエレイドさんは首を傾げている。この施設に常駐している人達と直接戦闘し、施設を奪い取ると思っていたのだろう。
奪い取ることも方法の一つではあるが、科学技術を知らない僕達がこの施設を奪い取ったところで運用することは出来ない。防衛するだけ無駄な施設の占拠は無意味だろう。
「では、この施設は……」
「破壊します」
それが最善だ。
この施設の機能についても、おおまかにバーツさんのメモに書かれていた。メモによると、役割は大きく二つ。一つは帝都に展開されている『街灯』を始めとする科学技術へのエネルギー供給。もう一つは魔法道具の量産。
一つ目に関しては頷ける。科学は魔法よりも大きな代償が必要になる。帝都全体で消費されるエネルギーの量は専用の施設でも無ければ賄えないのだろう。
重要なのは二つ目。ここは科学の施設であるにも関わらず、魔法道具の量産に使われているという。どういった意味なのかわからなかったが、エレイドさんが命がけの調査から判明した。
「帝国が戦場に大量投入し始めた魔法道具は、すでに使えなくなった魔法遺物の再生だった、ということでしたね?」
「はい。おそらく、以前から研究は進められていたのでしょう」
方法こそわからないものの、大昔に創られ現在は力を失った魔法道具を科学で再使用可能にするのがこの施設の役割であるらしい。いうなれば、帝国の魔法道具は魔法と科学の混成道具なのだ。
「僕が初めて使われた魔法道具――あれは『封じの鎖』でしたか――あれもここで再生されたものなのかもしれませんね。独立魔戦小隊に貸し出された魔法道具も、再生がうまくいっているかの実験だったとも考えられる……」
当時からこんな帝都の程近い位置に施設が用意されていたかはわからないが、ルーンマスターを失った帝国が魔法道具を大量に所有しているのはそういったワケだったらしい。
科学は、魔法の代替になりうる。一時期イグナシルで科学者が増えていたのは、伊達や酔狂というわけではなく、そういった特性に気付いた人間がいたということか。
「だったら、どうして魔導政府は科学を追放したんだ……?」
術師ほどではないにせよ、イグナシルの人間は術式に魔力を流し込んで魔法を起動できる。保有できる術式の数や規模に制限こそあるが、それが常識だ。ゆえに魔法を全く使えない人達は、世間の常識から「無能」の烙印を押されて迫害される傾向にあった。
しかし、科学が世の中に認知され始め、それらが魔法の代替に使えるというのなら、多少の不便さはあれど研究を推進すべきだ。そうすれば、魔法を使えないという少数の人達にも救いがある。
だが、魔導政府は早々に科学を学界から追放した。今思えば、あの方の推薦があったにも関わらず見切りをつけるのが早過ぎる。
「……違う、そんなものは後回しだ」
不意に意識がイグナシルに手を伸ばしたのを止める。今はそれを考える時ではない。
目の前に集中しようと、大きな音が出ない程度に両頬を叩く。
「しかし参謀長、破壊とはいってもこの規模です。簡単にはいかないのでは?」
僕が一人で考え込んでいたのが終わったのを見計らって聞いてくれる。この気遣いが、なんともバーツさんの仲間らしいというか、熟練の優秀な兵士たる所以というか……。
「確かに、真正面から破壊しようとすれば難しいでしょうね」
確信を持っているわけではないが、施設の破壊方法には見当がついている。
ここと同じような地下施設でガルドと戦った時、聞かされた『歯車』の性質は「互いに動力を伝え合う」こと。そこを逆手にとれば、施設全体を破壊するのはそう難しくないはずだ。
「この『歯車』と呼ばれるものは、施設全体に設置されているはずです」
「確かに、調べた限りでは施設内のどこでもこの円盤状のものが動いていました」
「おそらく科学技術を動かすために必要なものを生み出す役目を果たしているのだと思われます」
術師の魔力、ルーンマスターのマナと同じように、科学には『歯車』が必要なのだろう。そして魔法と同様に考えれば、動力たる『歯車』を失えば、科学も起動できなくなるはず。
とはいえ、ただ無闇に魔法で攻撃しても破壊出来るかはわからない。魔法無力化技術が適用されていれば歯が立たないのは当然として、通路にあるのはどれも小さな物ばかりだ。魔法が通用したとしても全体への影響が小さいことも考えられる。
「では、この『歯車』とやらを攻撃すればよいのですか?」
「いえ、闇雲に攻撃するのではなく、効率的にいきましょう」
「効率的、ですか」
「はい。そのために、中心部など重要度の高い場所まで案内してもらえますか?」
「わかりました。見回りでも重視されているらしい場所があちらにあります」
通路の途中にある梯子を下りる。広さがよくわからないが、微妙に湾曲した通路が延々と続いているように見える。地上から地下に下りる形で侵入してきたので、施設全体の大きさがわからない。規模を敵に知られないようにする構造なのかもしれない。
「しかし、重視されているとはいっても、そこは広場のようになった行き止まりです。特に重要な何かが置かれているという風には見えませんでしたが」
「いえ、行き止まりで広場になっているのなら、僕が求める場所である確率は高いです」
以前ルーンキラー首領のガルドが『歯車』を利用して起動した巨大な兵器。あの時『歯車』は、兵器起動のためにその周辺へと力を集合するようにして回転数が上がっていった。あれを参考にするならば、施設が目的を果たすために『歯車』の動力を一点に集めているはず。
通路が終わり、広場にようになっているような場所ならば、同様に動力の終着点として設計されている可能性は高い。
「ここを抜けた先です」
声をかけられたのは、ものの十数分歩いた距離。やはり湾曲させた通路は規模を隠すためで、実際の距離は対したことはないらしい。
「あそこです」
エレイドさんが指差す先に、自分達が進んできた通路を含めて四本の通路が集まった広場があった。僕の予想通り、通路にある忙しなく動く小型のものとは違い、腹に響く重低音を響かせながら回る巨大な『歯車』があった。
魔法領域に用意しておいた『融合術式』を起動する。やや量が少ないが、マナが術式に流れ込んでいるのを感じる。
「退路の確保をしておきましょうか」
「いえ、今すぐ破壊するわけではありませんから、大丈夫です」
ここですぐに目標を破壊してしまえば、施設そのものが崩壊する恐れもある。前回のガルドとの戦いでは『歯車』自体を破壊できていないということもある。危険は犯さない方がいい。
「何をするおつもりですか?」
「遠隔地から起動できる魔法を設置しておきます。そうすれば、僕達が脱出した後で施設の無力化が可能ですから」
「では、将軍も?」
「はい。急造ですが、設置型の魔法道具を手渡してあります」
思わず得たユルゲンさんの手助け。何も用意出来ぬままイシュタット軍に帯同して帝都に潜入した。予定には無かった行動のため、施設攻略用の準備をする時間が足りず、遠隔起動の爆破魔法道具も一つしか作ることが出来なかった。
幸い、科学施設は二つ。僕本人が直接魔法を設置することで間に合わせた。
懸念があるとすれば魔法無効化技術だったが、科学にとっての魔力を生成すると同時に、魔法道具を再生する機能も併せ持っているというのなら無力化される心配は少ない。
「大丈夫そうでしょうか?」
「おそらくは」
念のため、『融合術式』の一部を組み込んだ爆破術式を組んでおく。多少は設置した周囲からマナを吸収して自律起動ができるはずだ。この仕込みのせいで、魔法道具の方は一つが限界だったのだが、万全を期すためには仕方ない。
「術式展開」
『爆裂火球』を『融合術式』の一部に乗せた術式を巨大『歯車』の直下に仕掛ける。ここまで命令が届くかは怪しいが、仮に起動命令が届かなくても一定時間で自動爆破はできる計算だ。
『レイ……ト、聞こえるか』
「やや聞こえにくいですか、大丈夫です」
『む、少……か。こち…は設置し…ぞ』
「魔法道具の設置を終えたんですね。此方も終わりました」
通信水晶から聞こえる声は途切れがちだが、全く聞こえないわけではない。この調子だと、懸念した通り起動命令が届くかは五分といったところだ。
魔力無効化技術は施設全体にこそ使われていないが、部分的(おそらく失うと施設の機能を損なうような箇所)に適用されているのだろう。使えないわけではないにせよ、魔法の効力がやや鈍い。
「ともかく、脱出しましょう」
『了解…た』
エレイドさんに目配せをして、二人で来た道を戻る。
「見回りの人間が来ても簡単に全体を見て回って終わりのようですが、鉢合うと隠れる場所が非常に少ないので急ぎましょう」
おそらくエレイドさん一人ならばやり過ごす方法もあるのだろうが、僕がいてはそれも難しいのだろう。この中に居ては、『隠密』もどこまで有効か怪しい。とにかく急いで出るのが最善だ。
小走りで通路を進む。うっかり見つかった時には迅速に敵を無力化できるように、エレイドさんは僕の前で剣と簡易雷撃鞭を抜き、僕も『融合術式・近接戦闘式』を準備しておく。
「次が最期の曲がり角です」
早くも入口の階段近くまで戻ってきた。そのまま角を曲がっても、まだ敵の姿は無い。
「どうやら、見回りはまだだったようですね」
薄暗い地下から抜け出て、差し込む夕暮れの光に目が眩む。こういう時は片目を閉じておくといいと聞いたことがあるが、すっかり忘れていた。
「この後はどうします?」
「この近くに潜伏して、見回りが出てくるまでは待機しようと思います」
「……なるほど、了解しました」
逡巡の後、得心したように頷くエレイドさん。僕の提案は危険を大きくするばかりで良い事は何もないはずなのだが、甘い考えを汲み取ってくれたらしい。
「すいません……」
「お気になさらず。貴方がそのような方だからこそ、私達はついて来たのですから」
「私達」には、エレイドさんとキースさん、離反軍の皆はもちろん、バーツさんも入っているように感じる。
「ありがとうございます」
僕には、ただお礼を言うしかできない。
「来ました、見回りの人間です」
施設の入り口に、レザーアーマーを着込みローブを羽織った二人組が現れる。そのまま中へと入っていく。
見届けた後も、息を潜めて隠れ続ける。長時間の潜伏も、すっかり慣れてしまった。
しばらくして、二人共出てくる。特に変わった反応は無いので、術式には気付かれなかったらしい。もちろん、素人に気付かれるようなものではないが。
将軍の方にも見回りが行っているだろうが、将軍ならうまく隠してくれているだろう。
「よし……この後は待機してもらっているイシュタット兵の人に混じって帝都に行きましょう」
イシュタット軍に紛れ込んで潜入するさい、予備の装備を借りてイシュタット兵に変装している。元々顔が市民に知られていることは少ない僕達ならば、そうそうバレる心配はなくなる。
「ご苦労様です」
「お待たせしました」
待機してくれていたイシュタット兵の人達と合流する。変に帝国兵に勘繰られる前にと、すぐさま帝都へと移動する。
「工作の方は?」
「上々……といえる程の確信は持てませんが、問題ないと思います」
「そうですか」
イシュタット軍にいる人達は、様々な部族からの出身者が多いらしい。そのせいか、個人ごとに肌の色や目、髪の色が違う。今一緒に行動している人達は浅黒い肌で、引き締まった筋肉が力強い。正確はかなり静かで、端的な会話を好む人のように思う。
「ん……なんだ?」
帝都についてすぐ、イシュタット兵の一人が足を止める。その視線の先には、人だかりが出来ていた。
ザワザワと騒ぐ様子が見て取れる。その中心には、先に何かが乗せられた棒が立っている。
「あれ、将軍……?」
人の多い場所には関わらない方がいいはずなのだが、何故か人の輪で最も外のところにフードを深く被って顔を隠した将軍の後ろ姿が見えた。
何をしているのかとイシュタットの人と共に近づく。先に戻った班は、人通りの少ない区画にあるイシュタット軍の宿で待機している予定だったのだが……。
「将ぐ――」
声をかけようとしたその横顔が、苦々しく歪んでいるのがわかった。この距離で僕に気付かないはずがないのだが、視線は輪の中心にある棒を仰いだまま動かない。
――何故、その可能性を考えなかったのか。あるいは、本能では気付いていて、僕は無意識で避けていたのだろうか。
反射的に追った視線の先。何かを乗せていたと思った棒は標準より長めの槍で、穂先に刺さっていたのは――。
「ぅ、ぁ……ああ――!」
崩れ落ちる体を、隣にいた将軍の腕が支えてくれる。その支えも、小刻みに震えている。
震えは怒りからか、それとも悔しさか。
「バー……ツ、さん……」
絞り出せたのは、名前だけ。
市民が気味悪そうに囲み、眺めていたのは斬りおとされたバーツさんの首だった。
「……行くぞ」
「……ぁ」
無理矢理引きずられ、遠ざかっていくその顔は静かに目を閉じている。
徐々に解散していく人だかりの間から見えた立札には、「裏切り者の末路」とだけ書かれいた。
「う、く……うぅ」
「泣くな、レイネート。バーツも承知の上だったはずだ」
イシュタット軍の貸切となっている宿の中で、堪え切れずに泣いてしまう。
バーツさんは、情報を与えて僕を逃がしてくれた。時間を稼ぐとも言ってくれた。そして、その途上で――。
「僕が、無理矢理にでも連れ帰っていれば……バーツさんは、仲間だったのに……!」
「自分を責めるな。お前に罪は無い」
何と言われようと、バーツさんの死、その一端は僕にある。僕の生まれた世界、僕の可能性、そんなものを考えてくれたから、バーツさんは皇帝を裏切ってまで帝都に残って奮闘してくれたのだ。
「泣いている場合ではないだろう」
静かな叱責。声を荒げるのではなく、諭すような一言。
「私達は、元より立ち止まるわけにはいかん。次は、正真正銘最後の機会なのだから」
「っ……はい……」
涙を袖で乱暴に拭い、立ち上がる。
「例の魔法道具は?」
「お前の指示した通りの場所に置いてきた。壁の影になっている場所にあるから、すぐに気付かれてはいないはずだ」
「わかりました」
鼻をすすり、窓を開ける。帝都を囲む壁を向いた窓からは、僅かだが帝都の外が見える。反対方向に目をやれば、漆黒の城壁も視界の端に映る。
「恨みなんて、持つべきじゃないのかもしれない……だけど」
視界に映る、二つの敵施設――片方は地下――を睨みつける。
「もう、恨みでもいい。これが、今の原動力だ」
復讐と、使命と。その両方を魔力に籠めて。
「――『反攻の狼煙を上げろ』」
仕掛けた爆破術式の起動語を唱える。帝都の街道は眩しい光に包まれていた。だが、それが突如として消える。
帝都の外では、微かな煙が上がっていた。
「行きましょう、将軍」
「ああ。これが最後だ」
まさかの一ヶ月ぶり。
遺憾です。




