皇帝の目的
駆けつけた瞬間、何が起こっているか理解した。
禍々しい青の光が収束し、将軍達に向けて放たれる。
高密度の魔力砲。イグナシルでも危険な魔法の使用法として憂慮されていたものが、実際の脅威として目の前にあった。
「将軍!」
まだ個人の判別ができない程度の距離。声など届くはずも無い。
自分の駆る馬が限界に近づいているのは感じている。ここから、助けるしかない。
「帝国……!」
一度は自分が所属した国、悪くは言いたくない。しかしあれは、自分が学んできた魔法の倫理からかけ離れた悪意だ。その存在を許すわけにはいかない。
人を殺すための魔法。結果的にではなく、事故でもなく、それ自体が目的。
魔力も残り少ない。回復する間もなかった。それでも、ありったけの魔力を絞り出す。
『融合術式』に乗せた『遠視』と『解析』で、敵の魔法道具――いや、あれはもはや「魔力兵器」だ――に組み込まれた術式を看破する。
術式に籠められたまぎれもない殺意。意図せずに読み取ってしまったそれに湧き上がる吐き気を必死で押さえ込み、魔法領域に展開した術式に魔力を流し込む。
「――くらえ、『魔力妨害』!!」
ありったけの魔力を、術式を媒介にして筒へと叩き込む。
イグナシルで禁止されているような魔法を実現する術式、それを力ずくで破壊するために生み出された特別な魔法、『魔力妨害』。外部から許容量を超える魔力や、術式で想定されていない魔力の流動を起こすことで、魔法を発生させている術式そのものを粉砕する魔法。
「っ……」
魔力の大量消費で眩暈がする。遠距離の敵を消し飛ばすだけの魔力を収束する術式。僕の魔力だけでは一つ破壊するので精一杯だ。
自分達の切り札が使用不可になったことに気付いた帝国軍が混乱し始めている。魔力が足りず、『融合術式』も『透明化』も停止してしまっていたが、そのまま敵軍の眼前に姿を現す。
「退け、帝国軍! ルーンマスターである僕に、その魔力兵器が通用しないのは今示した通りだ!」
実際は、今にも倒れそうな程に魔力を消費してようやく一つ。二つ目以降が投入されれば万事休すだ。
だが、幸い帝国軍は大人しく退いてくれるらしい。筒を乗せた台車を引いて、後方へと下がっていく。大軍であることもあり、ここで逃しても討取れるという自信の表れかもしれない。
「そのまま大人しく帰ってくれ」
祈るように呟く。できるだけ顔には不安を出さないように。ルーンマスターの魔法を恐れてくれていれば、この場を凌ぐくらいは出来る。
敵中央の魔力兵器部隊は思惑通り下がってくれている。あとは両翼の騎馬部隊だが、不気味な静寂を守っているだけで動く気配が無い。
「攻めてくるでもなく、退くわけでも無い。何か企んでいるのか……?」
元より、たった一人で軍を退かせようとすることが無謀なのはわかっているが、敵の動きはかなり不可解だ。
「レイネート!」
「将軍」
いつもの白馬に乗った将軍の鎧は、その輝きを失っていた。泥と返り血で汚れた白銀の鎧と金色の髪。指揮官であり、人並み外れた強さである将軍がここまで……。
「ここは退くぞ、レイネート」
「僕も、正直そうしたいところではありますが……背を向けた途端攻撃されるのではありませんか?」
「かもしれん。だが、お前のおかげであの筒は下がった。撤退するなら今しかない」
最大の脅威だけは、損失を恐れてか下がってくれている。今なら、相手にするのは騎馬隊で済むのは確かか。
「わかりました」
「今回の相手は一瞬の油断も許してはくれない。できれば魔法での援護を頼みたいが……今は無理だな」
将軍の目は、僕の体調を的確に見抜いている。今は、とても魔法を使える状態ではない。
将軍が恐れる程なのだから、今回の敵がどれほど強力なのかは窺い知れる。しかし、魔力をほぼ失った僕では役には立たない。
悔しいが、即時離脱が賢明だろう。
「部下にはすでに撤退命令を出してある。後は私とお前だけ――どうした?」
撤退しようと言った矢先に、突然馬から降りだした僕に将軍が驚く。
「すいません、将軍。この子は、もう限界なんです」
そう言ってここまで運んでくれた馬の頬を撫でた。
帝都からここまで、本来ならあと一日はかかる距離があった。間に合ったのは、魔法によって馬の体を限界を越えて強化したからだ。生物の体に、その限界を超えた力を無理矢理引き出したのだ。
本来、魔力は生体には通りにくい。術師が自分にかける分には、自分の魔力を自分で流動させているだけだから問題は無いが、他人に対して流し込むのはかなり無理をしなければならない。それに加えて今回は相手が人間ですらない、馬だ。いくら術式を介していたとしても、その負担は生半可なものではない。
「ごめん、無理させたね。ここまで付き合ってくれて、ありがとう」
謝罪に応えてくれるように、小さく嘶く。すでに立っているのも辛いだろうに、その目は僕に対する恨みなど微塵も無いように見える。……勝手な解釈かもしれないが。
お疲れ様という意味を込めて、後ろ脚の付け根を軽く叩く。名前も知らない相棒は少し戸惑うような様子を見せた後、戦場とは逆方向へと歩いていった。
「ここまで、お前を運んでくれたことに感謝しなければならないな。彼が居なければ、私達は全滅していた」
「はい、大切な仲間でした」
おそらく、軍馬としては二度と働けない。それを承知で、強化の魔法を付与した。
人間である僕には知ることは出来ないが、一体どんな気持ちで僕を乗せてくれていたのだろうか。
「感傷に浸っている時間は無いぞ、レイネート。敵が動き出した」
待機していた帝国の騎馬部隊が、緩慢ではあるが動き出している。
「乗れ。私の初陣からの愛馬だ、二人くらいは余裕で乗せて走ってくれる」
「すいません、お願いします」
手を引かれ、将軍の後ろに同乗する。鉄の臭いに混じって、微かにいい匂いがして内心慌てる。そんな状況ではないのは百も承知だが、つい顔が熱くなってしまうくらいは許されるだろう。
「しかし、いつまでも逃げるわけにはいかんな……この先どうする?」
今回の戦いは負けと考えるしかない。渡しておいた魔法道具で、敵の一部は森の中に隔離できているようだが、自陣営の損害が大き過ぎる。
負けること自体は初めから想定しているが、実際に大敗してみるとその被害に愕然とする。
このままでは、多少数を減らす程度の抵抗をしただけで終わる。このままならば。
「これからのことなのですが、提案があります」
「提案?」
「帝都に、戻ってください」
「なに!?」
敵の本拠地に行く。現状、それは自ら首を差し出すに等しい行為。
「いつかは反撃に出ないといけません。このまま逃げ回っても、大軍に押しつぶされるだけです」
「それはそうだが……」
「帝国民は、まだ僕達の存在を正しく理解してはいません。おそらく、脱走兵がいるということ自体知らない人間が多いと思われます。今ならまだ、間に合うんです」
「何をするつもりだ?」
「皇帝を止めます」
前を見ている将軍がどんな表情をしているかは想像できる。僕の発言が何を指しているかわからず、困惑しているだろう。
皇帝による僕達への攻撃を、簡単に止められるなら初めからやっている。僕が止めたいのは、そのことではない。
「バーツさんが、最後に教えてくれたんです。このまま皇帝を放っておけば、大変なことになる」
「待て、『最後』だと? バーツは遅れているだけではないのか?」
「バーツさんは……『裏切り者』でした」
「なんだと!?」
帝都に潜入しての調査。罠にかかりながらもなんとか逃げおおせて、得たものと失ったもの。
「順を追って話します」
「追え、逃がすなよ!」
「新配備の弩兵隊はどうした!」
背後から聞こえてくる怒声から必死に逃げる。
罠だった偽皇帝執務室から逃げ出し、今やっと二階に下りることが出来た。しかし敵の包囲が思っているより早く、進んできたルートをそのまま戻ることが出来なくなっていた。
「あの人数相手じゃ、『隠密』も効果が薄いだろうな……」
足音を聞く限り、かなりの人数が追って来ている。追って来ているだけではなく、上下の階から回り込んできているようで、『隠密』で意識を逸らせるには数が多すぎて対応できない。『透明化体』をうまく使って誤魔化していくしかない。
「居たぞ、二階北の三番だ!」
城内警備兵らしき男が叫ぶ。仲間にしかわからない指示で場所を教えている。
慌てて逆方向に走っていくが、前方からも足音が近づいてくる。やむなく進路を変更して、別の棟への渡り廊下へと走る。
城の敷地、そのさらに奥へと向かってしまう方向。そこしか逃げ場が無かったとはいえ、泥沼に向かっているような気がする。
「もしかして、誘導されてる……?」
罠をしかけて僕を誘き寄せ、そこで大将軍が討つ。それが本命だったのだろうが、仮に失敗しても人海戦術で追い込んで倒す算段なのかもしれない。
魔法で蹴散らして正面突破する方法もあるが、動員されている兵を全てを相手取るとなると魔力が持つかわからない。かといって、このまま誘導されているらしい状況に甘んじていると、また魔法無力化技術が使われた空間に入ってしまう可能性もある。そうなれば詰みだ。
「とりあえず……術式展開、『意識喪失』」
改良版よりも魔力消費が少ない『意識喪失』を使って霧を発生させる。これで、魔力無力化技術を使われていても早めに気付くことが出来る。霧が薄れれば危険、ということだ。
渡り廊下を渡った先は二つに分岐しており、中央に中庭を見渡せるような空洞がぶち抜きで作られていた。
左右どちらを選んでもその先で合流しているので同じかと思いきや、それぞれが合流地点までに横道に繋がっており、さらに別の建物へと向かえるようになっている。つまり、選択肢は中央を真っ直ぐ進んだ先にある大会議場(と空白だらけの地図に書かれている)に向かうか、左右の鉄塔に連なる建物に向かうかの三択。
「そこで止まれ裏切り者のルーンマスター!」
「帝国に仇なす害悪が。ここで殺してくれる」
追いついて来た警備兵が物騒なことを叫びながら抜剣する。人数は四人。
『意識喪失』に魔力を流し込み続けているので、近づいて来れば気を失うはずではある。複数の魔法を同時使用するには『融合呪式』だが、消耗が激しくなる。ここは敵が気絶してくれるのを待って――
「霧に近づくな、お前達。弓兵を前に出し、遠距離から仕留めろ」
「げ、元帥閣下!」
元帥!?
兵達の後ろから姿を現したマントを羽織った男。確かに今、元帥と呼ばれていた。
元帥と言えば帝国軍の実質的最高指揮官であり、皇帝の息子。身なりから貴族であることはわかるが、彼がそうなのか。
「聞こえなかったか? 一時の功を焦って動くな。冷静に対処しなければ、奴の魔法にやられる」
「は、はっ!
弓兵隊、到着次第前へ!」
僕の魔法が知られているのか、簡単に対処されてしまった。あそこまで効果範囲を広げることも出来るが、それこそ消耗するだけだ。
「くそっ」
「逃すな、弓兵まだか!」
「弓兵隊、到着しました」
「よし、第一射用意!」
指揮官の号令で弓兵が矢を番える。走って逃げても、手すり以外に障害物の無い廊下では躱せない。もたもたしていれば、剣を持った兵に追いつかれてしまう。
「仕方ない……『覆い包む城壁』!」
術式を『意識喪失』から『覆い包む城壁』に切り替えて走る。近距離とはいえ、ただの弓矢くらいなら耐えられる。
「弾かれた!?」
「あれが魔法か。この程度の数の矢では届かんようだな」
廊下の横幅が狭いせいで、同時に飛んでくる矢はせいぜいが三~四本。全面展開状態でも問題無い。
分岐点まで走り、勘で左を選ぶ。曲がる時の減速を狙って放たれた矢も、魔力壁が容易く弾く。魔法無力化技術が仕掛けられている場所でない限りは、これで逃げられるかもしれない。
――そんな淡い希望を、小さな炸裂音が打ち破った。
「うっ!?」
魔力壁に与えられた衝撃で軽くよろける。すぐに体勢を立て直して走り続けたが、聞き覚えのある音に似た炸裂音は、続けて複数回鳴らされる。
「っ……!」
「矢よりは威力があるようだな。いつまでも防ぎきれるか?」
距離が離れ、小さくしか聞こえない元帥の声。横目で見たその手には、煙を発しながらその先端を僕に向ける『銃』があった。
衝撃の余り、目を剥いて足を止めてしまう。
「どうして、それを持っているんですか……?」
「お前が知る必要は無い」
言葉と同様に冷たく睨む目は、何の感情も映っていない。
ルーンキラー首領、ガルド・イーリヤが作成・使用した武器『銃』。『科学』というこの世界には無い技術によって造られた凶悪な殺傷目的のそれは、ルーンキラーの占有技術であるはず。科学者でも無い人間が持っているはずがない。
「やっぱり、帝国とルーンキラーは繋がってたのか」
「…………」
「それは、貴方達の味方だったルーンキラーも殺した道具なんですよ!?」
「それがどうした」
放たれる鉄塊――『弾丸』。矢よりも遥かに強く魔力壁を揺らし、脅威の連射速度で放たれる。
イグナシルでも非難された「殺し」の道具を手に、少しずつ近づいてくる帝国軍元帥。
「道具は所詮、道具でしかない。使う者が正しければそれでいい」
「貴方は正しいっていうのか」
「少なくとも、この国、この状況下において私は正しい」
この世界の人間にとって、科学で作られたそれは未知の道具だ。ルーンキラーの正体がイグナシルを放逐された科学者だとわかるまで、ただ恐れられるだけの存在だった。
今でもそれは変わらないはずだ。イグナシルの存在を知っているのは、帝国内にはほぼ居ないはずなのだから。
そんな正体不明の技術を、道具を、躊躇無く用いている。
「そんな得体の知れない技術を使って、危険だとは考えないんですか?」
「お前こそ、この技術の有用性がわからんか?」
「僕はその技術と戦いました! その破壊力も知っている。使い続ければ、永遠に戦火が広がるだけですよ!?」
「お前達の使う魔法と、何が違う」
「なんだって……!?」
この人にとっては、魔法も科学も同じことなのか。
この世界の魔法は、戦うために作られている節がある。だから僕も、生活を補助するために作られたイグナシルの魔法を戦闘用に変化させて戦ってきた。それが、破壊を目的として作られた兵器と同じ扱いを受けることになるのか。
「根本が違う! 僕が使う魔法は、本来人々の生活を助けるために創られたもので――」
「この技術も、使い様によっては民衆に大きな益を与えられる。お前は、帝都の様子を見なかったか?」
帝都の様子、といえば「街灯」のことくらいしか思いつかない。それ以外は、大きな変化は無かったはず。
「魔法を一切使わずに、あれだけの光が得られた。詳しい原理などわからずとも、結果として得られる利益をすくい取ればいい」
「魔法を、一切使っていない……?」
どういうことだ、あれは魔法道具の「街灯」では無いというのか?
魔法を使わずにあれだけの明るさを得るなど、イグナシルにも無かった技術だ。文明のレベルだけで言えばイグナシルよりも数段劣るこの世界で、そんな技術が存在するというのだろうか。
「そんなことが……」
「出来るからこそ、我々はこの技術を有用と認めた。
計画は今に始まったことでは無い。以前からずっと、そしてこれからも続けられる。そのために、お前は邪魔だ」
再び撃ち放たれる弾丸。魔力壁に当たるたびに魔力が損耗していくのがわかる。弾が無くなるたびに次の『銃』へと持ち替え、その間に従者らしき人間が弾丸を込め直す。そのせいで間断なく続けられる攻撃。
このまま突っ立っていればいずれは魔力切れでやられる。かといって、先に進めば逃げるのはより難しくなる。罠や兵士による包囲が待っているはずだからだ。
科学技術が帝国内に浸透している。どこまで自由に使えているのかわからないが、この先何が起こるのか予想が難しくなった。
「く……攻撃に切り替えるしか……」
しかし、それだとこの男の言う通り、科学と魔法は同じものだと認めるようなものだ。せめてこの場では攻撃用の魔法は使いたくない。使いたくないが……このままでは殺されるのを待つだけだ。
どうするべきか決めかねていると、敵後方から球体が投げ込まれた。投げ込まれた球は、元帥と僕の間に落ちると、微小の魔力を発して転がってくる。
「なんだ? 誰が投げた」
「…………!」
転がる球体の正体にはすぐ気付いた。なにしろ、自分が作った道具だ。
「形状変化、『前方特化』!」
魔力壁を前方に集中させる。そのままさっきまでとは逆の方向、敵がいる方向へ向かって走った。
此方の意図がわからず、一瞬怯みつつも視線が僕に集中する。矢と『銃』も同じように向けられるが、視線を向けさせられれば十分。
目を閉じ、魔力壁の強度を頼りに敵へと突っ込む。二、三度何かが衝突する衝撃を感じたが、それもすぐに止んだ。
「ぐわあ!」
「目が、目がぁ!」
地面から足を通じて感じた小さな破裂と同時に、敵兵の集団から悲鳴が上がる。
僕が作っておいた魔法道具、『炸裂照明弾』だ。時間差で一瞬だけだが激しい光を発生させる。僕が居る方向を全員が見ていたせいで、まんまと目潰しをくらわせられた。
閉じていた目を開いて、混乱状態の集団を突破しにかかる。魔力壁をぶつけるようにすれば、フラフラとした足取りの人間なら突き飛ばして走り抜けられる。
「ぐっ……小癪な真似を、するな!」
「うわっ」
部下と同じように目を眩ませてフラついていた元帥が、腰の剣を抜いて斬りつけてくる。目が見えていないとは思えない正確な斬撃は、魔力壁が無い側面から首筋を狙ってくる。ギリギリで頭を避けて躱すことが出来たが、視界を失っていなかったら確実にやられていた。
「このぉ!」
「うぐっ! き、さま……!」
姿勢を低くして、相手の腹を目がけて魔力壁ごと突進する。軽く持ち上げるような形でまともに懐に入ったおかげで、元帥の動きが鈍る。その隙に周囲の敵兵を押しのけて走る。
横を通り抜けた途端、うなじの辺りで嫌な風切り音がする。まだ諦めないのかと背筋が凍るような思いをしながらも、全力で走り抜けた。
「此方へ」
「バ――」
混乱する敵から、少し離れた位置で手招きする姿につい名前を呼びそうになって口を塞がれる。
足を止めて、バーツさんが示す方向へ走る。敵も徐々に視界を回復しつつある。一瞬の攪乱程度にしかならなかったらしい。
「急いで」
「は、はい」
幸い、脱出経路には敵兵は居なかった。バーツさんが警備兵と同じ服を着ているところを見ると、道中の敵を無力化しながら来てくれたのかもしれない。そのついでに服を奪って助ける機会を窺っていたというところか。
視界が回復した兵から、追跡を再開している声が聞こえる。正直走り通しでかなりキツイが、文句を言っているような余裕も無いので先導してくれる背中に必死でついて行く。
「情報は、どうでしたか?」
「すい、ません。城内に潜入は、したものの、罠でした」
「そうですか」
荒い呼吸の合間に答える。失望されてもおかしくない報告だったが、いつも通りの淡々として態度が返って来ただけだった。
「退路は二人が確保しています。アーシェ将軍達の方に討伐軍が差し向けられるようですし、急いで戻って助けて差し上げて下さい」
「は、はい」
息が上がって苦しいのを耐えて廊下を駆ける。一階に下りる階段を三段飛ばしで駆け下りると、廊下の先でキースさんが手招きしていた。
「こっちです! 例の幻影を発生させる装置を起動してあります」
『隠密』と『意識喪失』を組み合わせた術式を組み込んだ魔法道具のことだ。設置型なので応用は効かないが、敵の追走を阻止できる。
あと少しの距離。設置場所を越えてしまえば、『隠密』で門番を含めた数人を誤魔化せば逃げきれる。
「急いでください。設置してから時間が経っています、長くは持ちません」
「わかっています、すぐに……バーツさん?」
キースさんが指し示す幻影発生地点の手前でバーツさんが足を止める。
「どうしたんですか? 早くしないと、追手が――」
「私は残ります」
「残る!? どういうことですか、副指令」
「共に行くことは出来ません。三人は、一刻も早く将軍の援護へ向かってください。レイネート様の魔法が無ければ、全滅も覚悟せねばならないかもしれません」
「だったら、バーツさんも一緒に戻ればいいじゃないですか! ここに残る理由がわかりません!」
追手の声が近づいて来ている。本当に時間が無い。
問答する時間が惜しいと手を引っ張った時、バーツさんの表情が変わっていることに気付いた。
「バーツ、さん……?」
「申し訳ありません、レイネート様。私は、『裏切り者』です」
何を言われたのか、すぐに理解できなかった。
言葉が耳を通って少しずつ心に落し込まれ、意味がわかっていく。それでも、自分の聞き間違いだと思った。
「何を言っているんですか……?」
「貴方が連合との戦いに参加した時から、私は皇帝に貴方の情報を渡していました。連合との戦いが終わってからも、ずっと皇帝の密偵として貴方方に同行して動向を探ることが私の任務でした」
「冗談を言っている場合じゃないんですよ!」
「冗談ではありません!!」
初めて聞いたバーツさんの大声。いつも冷静な表情を歪めて、激しい感情を言葉に乗せる。あまりに突然のことで、僕は黙ってしまった。
「私は、本来ならば王族であるアーシェ将軍の目付け役です。しかし貴方が現れてからは、その有用性と危険性を探りつつ、異世界の人間である貴方を調べることに変わりました。ルーンキラーが貴方を執拗に追いかけられたのは、私の情報が皇帝を通じてルーンキラーに譲渡されていたからだと思われます」
それが本当なら、『裏切り者』は間違いなくバーツさんだ。それも、最悪の結果。
同じ裏切りでも、その期間や得られる情報によって被害は全く違った。ただ皇帝とルーンキラーの仲介をしている程度なら、大したことは無かったかもしれない。
でも実際は僕達の身近に、これ以上ない程近くにいた。
「王家秘蔵の魔法道具は、私のような秘密裏に運用される兵士にのみ貸し出され、任務の達成と連絡のために使われていました。しかし、今は秘匿する必要もなくなったと皇帝は判断したようです」
思考が止まりそうになるのを必死に我慢する。全力で思考を巡らせなければ、おかしくなってしまいそうな告白が並べ立てられている。
聞こえてくる複数の怒号と足音。刻一刻と時間は失われていっているのに、足が動かない。ならもう、ただ聞いて考えることしかできない。
「今後は強力な魔法道具が戦場に投入されるようになります。それだけではありません。ルーンキラー亡き今、彼等が保有していた科学技術も帝国は手中に収めています」
元帥が持っていた『銃』。弾丸の効率的な込め方といい、慣れているようには感じた。
「おそらく帝都の明かりも科学によるものです。今後は、科学と魔法の両面で帝国は強化されることになります。
しかし、最も重要なことはそんなことではありません。」
「これ以上、何があるっていうんですか?」
「よく聞いてください。――皇帝は、貴方の世界へ侵攻するつもりです」
体を壊して絶対安静と診断されてしまい、暫く更新を停止していました。
今は治ってきたので、再開します。
しかし、最近やけに体を壊しているような……。気を付けます。




