憧れた背中――『融合術式・近接戦闘式《ユニゾンコード・アサルトコンバット》』
躊躇なく振り下ろされた大剣に、咄嗟に回避行動をとろうとした。だが、あまりに自然に、速度と威力をもって向かってくる斬撃に足が竦み、動くことが出来なかった。
すでに大剣は目の前に迫っている。即座に躱せなかった時点で詰みだ。魔法も今からでは間に合わない。
完全な判断ミス。
どこから間違ったのか。魔法での防御では無く、回避を選択したことか。皇帝の自室を見つけて、警戒を怠って調査したことか。そもそも、城内に侵入して情報を得ようとしたところからか。
死を悟った体から力が抜ける。そのまま崩れ落ちていくが、そこはすでに剣閃の進路上、切りつけられることに変わりは無かった。
「ぅ――わ!」
座り込もうとする体を支えようと、反射的に出した左手が何かを貫通する。そのままバランスを崩したまま、左手が貫いた机の木片と共に床に倒れ込む。そのすぐ隣、右肩を掠める位置に切っ先が突き刺さった。
「おおう? 運が良いな、お前」
慌てて立ち上がり、敵の攻撃範囲の外まで後ずさる。
彼の言う通りだ、運が良かった。偶然手をついた机が壊れ、そちらに倒れたおかげで斬撃の通り道を外れることが出来た。もう二度とない幸運だ。
「――はぁ!」
知らずの内に止めていた息を吐く。意識して軽く呼吸をし、息を整える。
危機を逃れたと思った途端、大量の冷や汗が溢れてきたが、代わりに冷静になることが出来た。
「帝国軍の大将軍。アーシェ将軍の上位」
「そうだ。偶然とはいえ生き残ったんだ、教えておいてやる。
――アーシュタット帝国軍大将軍位、バルバロ・エーダってんだ。ほんのちょっとの間だが、覚えときな」
ラストネームがある。貴族の証だ。軍の中でもたった二人しかいない要職についているのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。だが、この男の言動や外見からは「貴族らしさ」というものが感じられない。
この部屋に来る前に出会った貴族出身(に見える)兵士は、その装飾品や態度からある程度うかがい知れたが、この男は違う。服の下から盛り上がる筋肉と巨体といい、その辺の酒場で酔っぱらってそうな口調といい、あまり貴族には思えない。
大剣を手元に引き戻し、抜剣したまま再び肩に担ぐ。一連の動作はどこまでも自然体で、殺意や闘志といったものは感じられない。いっそ事務的でさえある。
「罠と言っていましたね。僕はまんまとハメられたわけですか」
「そういうこったな」
入口の扉にもたれ掛り、大剣を片手で上下する帝国軍大将軍。いくらなんでも、単身で、こんな剣の間合いで戦える相手では無い。
逃げるべきだ。しかし、この部屋には窓が無い。兵士が利用していた部屋には、中庭らしき場所向かった窓があったのに、この部屋には無い。燭台と魔法道具のランタンのみで室内は照らされている。
「逃げられねぇだろ?」
「逃走経路は塞がれている、ってわけですか」
敵の言い分が確かなら、この部屋は偽物だ。僕が皇帝の自室だと誤認するように作られた罠。
僕が来ることがわかっていたのなら、なぜこんな回りくどいことをするのかはまだわからないが、入口以外に出口の無い袋小路に作られているのは間違いない。
「本当はもっと様子を見てるはずだったんだがなぁ。あんまりにも隙だらけだったんで、思わず声をかけちまった」
「……気配を、感じなかったもので」
「ふはっ」
呆れたような半笑い。完全に舐められている。だからこその自然体なのか。
「俺は仮にも帝国軍の大将軍様だぜ? お前みたいに魔法に頼って生きてきたようなルーンマスターが戦闘で叶うわけがあるかよ」
その通りだ。僕は魔法に頼って今まで生きてきたし、これからもそうするしかない。
距離を離したといえ、まだまだ踏み込み一歩で敵の攻撃範囲に入る。魔法を起動する時間はギリギリあるが、その魔法が使えない空間に僕はいる。
切羽詰まった現状、そこにあって自然体な敵の怖さ。それは、「初動が読めないこと」だ。
「逃げるためには出入り口の俺を倒すしかない。かといって、接近戦じゃあ剣や槍をもった奴の方が有利だってのは帝国が歴史で証明してる。当然、実力があることが前提だがよ」
時間稼ぎとわかっていながら会話に乗ってきているのは、多少は僕の魔法を警戒しているからか。
圧倒的有利な立場であろうとも、警戒は緩めていない。それでいて自然体で居られるだけの実力と確固たる自信。
「…………」
「だんまりかぁ? ちょっとは会話してくれねぇと、退屈で殺しに行っちまうぞ」
ルーンキラー、ガルドとの戦闘で僕は魔法を無力化されながらも生き残り、最終的には勝利した。相手が銃という武器をもっていながら、だ。
相手もそれをわかっている。その上で余裕を見せているのは、まさか慢心からではないだろう。銃をもった人間よりも自分が強く、確実に仕留められると考えているからだ。
「……僕は、戦うつもりはありません」
「今更そんな言い訳は通じねぇな。お前は今まで戦って生き残ってきたんだ、もう抜け出せない」
「だからって――」
「わかった、わかった。お前は戦意が無くて、なんとか帝国と脱走兵共との和平を望んでる。その上でお前自身の目的も果たしたい、と」
バルバロが一歩、部屋へと踏み込む。家具が邪魔になるおかげで、この距離なら辛うじて躱せる。
「都合が良すぎるぞガキ」
「っ――!」
一気に噴出する殺気。部屋中に充満したソレに、今度は何とか耐えられた。
体は動く。だが、逃げ道が塞がれているのは変わりない。
「裏切り者には死を。――あの甘い嬢ちゃんでも知ってる帝国の常識だぜ」
もはや躊躇している暇は無い。他に選択肢が無い以上、やることは一つだ。
「いくぞオラァ!」
「術式起動!」
魔力無力化の技術は、原理はともかく「自動式」では無い。使用者が調整して魔法を無力化できるように操作しなければならない「手動式」だ。
この空間で唯一起動できる可能性のある『融合術式』を起動する。初めは魔力をうまく流し込めなかったが、現実よりも思考の世界である魔法領域は遥かに早い。構成の改変を繰り返し、六度目の構成で起動した。
「余計なことする前にぶった切る!」
即座に組み込んだ身体能力強化の式。強化された目が、通常時よりさらに盛り上がる肩の筋肉を視認する。
あの大剣を振り回すには、まだ入り口付近にいるバルバロには場所が狭い。横薙ぎをすれば本棚や壁にぶつかって刃が止まる。となれば――。
「上……!」
「っらぁ!」
高い天井を活かして豪快に振り下ろされる大剣。室内に籠った空気を切り裂くような、轟々とした風切り音が耳に届く。
筋力が強化された足で大きく右に跳ぶ。着弾点こそ見えているが、あの威力では破壊された床などの破片が襲ってくる。少しでも被害を少なくするためには出来るだけ距離をとることだ。
「なんだぁ、急に動きが良くなりやがったな」
僕がやることは一つだ。唯一起動できた『融合術式』を全て肉体強化に使い、起動限界が来る前に敵の横を抜ける。
幸いなのは敵が一人であることと、敵の武器が大剣であることだ。大剣ならば、攻撃の種類はおのずと限られてくる。いくら筋力があっても、構造上の欠陥にも等しい弱点を克服は出来ないだろう。
大剣、それも人の身長程もあるものを扱う時、問題となるのは重量だ。その重さ故に、どれだけ筋力のある使い手だろうと、繰り出せる斬撃はほぼ二種類だけ。すなわち、「振り下ろし」と「横薙ぎ」だ。
「斬撃の結果生まれる二次的攻撃を最少に抑えれば、この部屋ならば家具や壁が横薙ぎを防いでくれる。重量に振り回された瞬間の隙に駆け抜ければ……!」
振り下ろされ、床に激突する剣先。案の定床板を砕いて木片をまき散らし、その下にある石で出来た基礎部分まで僅かに砕いてしまう。人間とは思えない筋力と威力だ。あるいは、この大剣もアーシェ将軍の槍と同じような魔法道具なのかもしれない。
しかし、一度躱してさえしまえば次の攻撃まで猶予がある。一度手元まで戻さなければ、再び振りおろしには移行できない。
そんな、自分の予想が的中したことによるある種の余裕は、すぐに崩れ去る。
「――甘え!」
床を打ち砕いた長大な刃は、主の元に戻るようなことはしなかった。振り下ろされたそのままの位置から、横にいる僕まで切っ先を跳ね上げる。
蛇が狩りをするような剣の動きに、また冷や汗が噴き出す。あろうことか石造りの壁すら削りながら僕の胴体まで向かってくるのだ。こんな非常識な斬撃をどう予想しろというのだ。
「っこの……!」
「逃がすかよぉ!」
恐ろしいのは、あの巨大な剣を片手で操りながら、こんな変則的な動きを実現しているバルバロという男だ。女性ながらに戦場の先陣を駆け、槍一本で敵をなぎ倒していく将軍も相当のものだが、この男はそのさらに上をいく常識外だ。
「『左腕強化、一点集中』……!」
疾走は止めない。あんなデタラメな斬撃を躱し続けるのは不可能だ。壁を壊してもらうのを待つと言う選択も頭をよぎったが、耐えきれるはずがない。
「なにぃ!?」
「っ痛」
高度を一時的に鉄と同等にまで強化した左腕を大剣に当て、表面を滑るように受け流した。
強化された視力と運動能力があってこその荒業だが、鉄並の強度でありながら腕の表面を削り取られた。二度は使えない戦法だ。
「このっ」
「させるかよ!」
意表を突かれて反応が一瞬遅れた敵の体目がけて、強化が解ける前の左拳を叩きこんだ。
疾走を止めずに出した突きで、武器も使えない完璧なタイミングに思えた。だが、大剣を両手で支えるように変えて懐に引き込み、その柄で防御されてしまった。
硬質の物同士がぶつかる高音が響く。お互いに動力打ち消し合い、動きを止める。
「ちょっっっとばかしヒヤっとしたぜ、ルーンマスター」
「つくづく規格外な人だな……!」
こちらは全身の力に助走を加えて打ち抜いたにもかかわらず、両手の力だけで易々と受け止められた。あげく疾走を止められてしまっている。
一度止まった動き、早く再始動しなければならないと焦っても、元々運動能力が高くない僕ではどうしても一瞬の間が生まれてしまう。それが、目の前の敵とでは決定的な差だ。
「おらぁ、捕えたぞ」
小動物を捕まえた子供みたいに無邪気に破顔して、僕の胴体を大きな掌で掴みにかかる。
なんとか腰を捻って躱し、二歩下がる。
「ちぃ、しぶとい野郎だな」
「くそ……」
今下がった二歩が、決定的に埋まらない実力差だ。この二歩を詰められないなら、脇をすり抜けて逃げることは出来ない。
距離にすれば僅かなこんな差が、どうしようもなく遠い。
「いいかげん諦める気はないか?」
「ない」
「即決かよ! ったくよう。嬢ちゃんもお前も、面倒なことしてくれたもんだぜ」
「僕が逃げたのは、理不尽な処刑から逃れるためだ。将軍は……巻き込んで、申し訳ないと思ってる。だけど、だからこそ諦めるなんて選択はあり得ない」
巻き込んだことはもう、今更仕方ない。それよりも、将軍を始めとした皆が僕に協力してくれていることを考えるべきだ。何とか、生き残って生活を取り戻さなければならない。
「理不尽かどうかっつうのは、ケンカイのソウイってやつだ。こっちとしちゃあ、扱いに困る嬢ちゃんが妙に戦果を上げるのも面倒だってのに、その陣営にお前みたいな別の世界の人間なんてややこしいもんがいちゃ処理するかねぇだろうよ」
「な、ん……?」
「別の世界の人間」、と今言ったのか?
僕が異世界の人間だと知っているのは、つい最近まで将軍達一部の人だけだ。今でもせいぜいが離脱軍の人達だけ。帝国の、会ったことも無いような人が知っているはずがない。
「おっと、言っちゃマズイことだったか……まぁいいや、ここで息の根止めりゃ問題無しだろ」
極めて短絡的な言葉で流されてしまったが、僕としては放っておけない。
ルーンキラーに情報を流していた裏切り者。ガルドに送られた手紙の封蝋から、それは皇帝自身のことだと思っていた。ルーンキラーの技術を使っていることからも、間違いないだろうと。
だが違う。帝国から離れていない皇帝が、僕の正体を知る術は無い。将軍が魔戦小隊結成の際に話している可能性もあるが、それなら教えてくれているはずだ。
「裏切り者」は皇帝では無い。あるいは、皇帝だけではない。
もう一人、僕に近しい誰かが「裏切り者」だ。
「ずっと気付かなかった」
というより、考えてもいなかった。その可能性が頭をよぎっても、気付かないフリをしていたかもしれない。
通信用の魔法道具は僕と将軍が持っているものだけ、というのはすでに確認済みだ。帝国側で誰かが持っていても、此方から情報を渡すことは出来ない。
僕が帝国への潜入捜査に赴いてから誰かが通信水晶を裏切り者に渡したのだろうか。
「違う」
そんな考えはただ逃げているだけだ。信頼していた人に、裏切られているはずがないという思い込みだ。
事実として、最も可能性が高いのは帝国からの離反軍、彼等には話す前に僕の正体を知っていた誰かが教えたということ。
正体を帝国に教えたという点だけを考えれば、バルディオ副将軍が可能性としては最も高い。彼は合理的な考え方の持ち主で、現在も離反せずに帝国にいるはずだ。だが――
「信じた人間に裏切られたかもしれないってのが悲しいか? ――アホが、そんなもんはこの世界じゃ当たり前だ。
お前のいた世界がどんなにヌルい世界だったか知らねぇがな、俺達は殺し、殺され、出し抜き、出し抜かれる。そんな世界で生きて来てるんだ。この程度で動揺するなんざ、最初からココじゃ生きていけないヤツだったんだよ、お前は」
そういう考え方もあるだろう。実際、この世界に来たばかりだった僕は、平然と行われる殺人に恐怖していた。彼等からすれば、それは「ヌルい」のだろう。
だけど、そのことと裏切りは別だ。
「それは、ただの暴論だ」
「そんな反論しかできねぇか? 残念だがなぁ、俺は口で戦う文官じゃねぇ。腕っぷしで勝利を勝ち取る兵士だ。お話なら死んでから存分にやりな」
三度肩に担がれる大剣。初撃の軌道こそ限定されるが、一度振り切った刃は獲物を追って持ち上げられる。力任せの強引な横薙ぎに変化されれば躱しきれない。強化した腕での防御も、一度見られている以上、今度は成功するかどうか。
「それでも、やるしか……」
かなり絶望的な状況だ。物理的に追い詰められているのに、精神的にも余計な負担がかかってしまっている。
あるいは皇帝が異世界の存在をガルドにでも聞いていて、バルバロは僕を混乱させるために思わせぶりな言い方をしているとも考えられる。なのに、どうしてか裏切り者は確かにいるんだと確信してしまった。
今は逃げるしかない。裏切り者がいようと、どれだけ困難だろうと、その現実は変わらない。
「…………」
「お? また突っ込んでくる気か? いいねぇ、俺の愛剣の錆びにしてやるよ」
闘気がまたも部屋中に満ちていく。もう誤魔化しは効かない。
「真正面から、入口までまっしぐらってかぁ。辿り着けばいいなぁ、おい」
「――え?」
戦闘態勢になっている敵。その姿が、誰かとダブった。
荒々しい口調、引き締まった体、どんな時でも自然体でいる人間性。僕は知っている。この敵と、どこか似ている男を。
懐かしい姿が、幻影のように目の前に現れる。
「エルド……」
「あん?」
イグナシルに居た頃の親友。苦しい時も一緒にいてくれた、気の良い学院仲間。僕が持っていないモノを持っていた、憧れすら抱いた事のあるかけがえの無い友人。
「そうだ、僕は帰ると決めたんだ。もう一度、お前に会ってみせる」
「何をゴチャゴチャ言ってんだ?」
「……特技を借りるよ、エルド」
かつて見た友人の後ろ姿を思い出す。
僕がフィランツェ様に近づいた事で向けられた敵意。世間と切り離された魔導学院という閉鎖空間で膨らんだ敵意は、集団からの爪弾きという形で具現化し、一部の生徒は直接的な行為に及んだ。
まだまだ魔法の基礎しか収めていない当時は、抵抗することも出来ずに暴力の標的となった。そんな時に助けてくれたのが、他でもないエルドだ。
「なんのつもりだ、テメェ」
体は敵対者に向かって半身。股をやや大き目に開き、腰を落として重心を固定する。拳は握って左は腰に、右は敵に向かって打ち出せるように体より前へ。
「貴方を倒す、『技』です」
『融合術式』はいつまでも保てない。元々不安定で改良の余地がある魔法だ、時間制限とは別に長く使えるものじゃない。それでなくとも、戦闘の音を聞いてさすがの貴族兵士達もそろそろ階下からかけつけてくるかもわからない。
今度こそ、正真正銘最後の機会だ。
「ふざけやがって。格闘術の心得くらい俺にもある。テメェみたいなモヤシ野郎が一朝一夕で出来るもんじゃねぇぞ」
「一朝一夕なんかじゃないさ」
別に、ふいに思い出したなんて理由だけで真似事をしているわけじゃない。僕は、この『技』を使う友人に憧れたんだ。大勢の前に立ちふさがり、上級生からの魔法という脅威すらあった中で他人のために果敢に戦った、その姿に。
僕も、こんな男になりたい。心の底からそう思った。それだけ、あの時のエルドは格好良かった。
将軍よりも、バーツさんよりも、あるいは本当の意味ではフィランツェ様よりも先に憧れた人間。そんな憧れの背中を追いかけて、夜中にこっそりと練習した。何度も何度も、時には体を痛めながら。
実際友人になってみれば、初めに感じたような格好良さだけでは無かったし、学院での成績は僕の方が圧倒的に勝っていた。
「それでも憧れて、模倣し続けたんだ。最後には、本人にバレて笑われたけど、それでも諦めなかった」
結局、最後まで納得のいくデキにはならなかった。だが、あの時はただ身体能力だけで実現しようとしていた。エルドと僕じゃ、成績と同じくらい身体能力に差がある。到底あの時の動きには追いつけなかった。
だから、今度は僕の得意分野で補完する。足りない部分は、他で補えばいい。
「僕の本分は、やっぱり魔法なんだ」
初めて見た美しい魔法に憧れた、初めて見た力強い背中に憧れた。
今、その二つを掛け合わせて昇華する。僕固有のものへ。
「術式、変更」
「ちぃ、何を企んでやがる!」
「――『融合術式・近接戦闘式』!!」
術式の第六層を分割して外部展開、四肢と目や耳などの主な五感を感じる器官に設置する。当然各術式は強化の術式だ。
これで、僕に足りない運動性能の部分は補った。加えて、第四層と第五層を魔法領域内で分離、それぞれ攻撃用の魔法を組み込む。この場にある魔法無力化技術に対応するように作り直した『融合術式』上なら、影響を受けずに起動できる。
「どらあああああ!」
「はああああああ!」
肩口から袈裟切りにしてくる巨大な刃に対して、前に出した右手を掌に変えて剣腹を払うように掌底で打撃を加える。
ただ払っただけでは、この男は驚異的な筋力で強引に刃を跳ね上げて再び狙ってくるだろう。だから、エルドがしていたように払った右手を起点にして力を後ろに流す。僕が見た時は殴りかかってきた同級生の腕相手だった。それを大剣相手に真似る。
「んだとぉ!?」
力を後ろに流しつつ、力の流れに逆らわないように右手をそのまま背後へ。同時に体を回転させて振り下ろされる大剣の横を進む。
無駄に強力な敵の力を推進力に変えるようなイメージ。実際はそこまでうまく出来ていないが、さっき左腕で払ったやり方に比べれば十分だ。
そのまま一歩分の距離を詰める。あともう一歩。
体の回転は止めない。面喰らって対応が遅れている敵の武器、その根元である柄に、強化して硬度を上げた肘を左足の踏み込みで腰を入れて打ち付ける。回転の力と、前進の力、強化した純粋な筋力が、最も衝撃が逃げにくい力の起点へと打ちこまれる。
「ぐっぁ……!」
「当然、こんな重い剣は持っていられないだろ!」
手が大剣から離れる。それでも、武器を離すまいと空中で掌を閉じようとする辺りは、さすがは大将軍だ。だが――
「それが狙いだ!」
「くっ、待――」
「はあぁ!」
腰の位置に固定しておいた右拳。最後の右の踏み込みと同時に息を吐き、右肘に取り付けておいた術式から『風爆発破』を起動して推進力とする。
強化していても肩が外れるかと思う程の勢いで文字通り「発射」された拳は、拳の先に取り付けた『雷撃一閃』の魔力特性を封じ込めた術式を大将軍の腹へと全力で撃ち込む。
「ごっふ……ぐ、ああああああああああ!」
腹部にめり込んだ拳から、体内に向けて雷撃が流し込まれる。正拳突きの威力以上に、抗い様の無い威力のはずだ。
「あぐ……て、め……ごふっ」
拳を離すと、口から恨み言と微かな煙と血反吐を同時に吐き出し、そのままバルバロは倒れこんだ。
「――しゃあっ!」
両拳を体の前で交差させて、勢いよく腰に戻す。ガラにも無く勝利の雄叫びを上げてしまったのは、この武術では不本意ながら師匠になる男がそうしていたからだ。
「勝った……助かったよ、エルド」
まだまだ理想には程遠い。今のは不意打ちだからこそ成功したようなもの。大剣を打ち払った右の掌はかなり痛むし、左は肘が激痛で動かない。しっかりと打ち所を打てていれば、ここまでの痛みではないはずだ。
それでも、勝つことは出来た。それがまず大きい。望んでいた情報は手に入らなかったが、大きな武器の可能性と、裏切り者が身内にいることはわかった。
「わかっているのと、そうでないのでは全然違うからね」
たとえ、どんな対応をとるのであっても、だ。
「……っと、ゆっくり余韻に浸ってる場合じゃない」
すでに階下から異変に(今更ながら)気付いて慌てている兵士の声が聞こえている。早くこの場を離れなければ。
皇帝に潜入のことが知られていたのなら、城内に情報は無いと思った方がいい。
「ふぅ……」
一息ついてから、部屋を出て走った。
早く帰らなければならない。問題は裏切り者のことだけではない。潜入途中に聞いた兵士の話、将軍位以上の部隊が編制中というのは、まず間違いなく帝国領内で攪乱作戦を遂行中の将軍達に対する征伐軍派遣だ。
通信水晶も、この場では用を成さない。どちらにせよ、僕の魔法は必要になるのだから、急いで帰らなければならない。
次の戦いは、戦場だ。




