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Sin Prophecy  作者: mirror
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罠――『透明化体《クリアボディ》』

 城内の調べるために初めの関門となるのは、城門の両側に立つ門番。正面から見えるのは二人だが、入ってすぐの場所にさらに二人常駐していることは知っている。よって、計四人に気付かれることなく城門を突破しなければならない。


「でも、たった四人だ」


 城内に入ってしまえば、四人どころでは無い人数をかわしながら調査しなければならない。そう考えれば、たかだか四人くらいは障害ですら無い。


「……ん?」


 門番が僕を見て反応する。真っ直ぐに向かってきていることに気付いたのだろう。


「おい、そこの――」


 誰何の声が上がる直前に、手に握っていた小石を投げた。

 小石は丁度門番の足元を転がっていく。その動きを追って、門番の視線は動いていく。

 ついさっきまで僕に払われていた注意は、なんでもない小石へと向けられている。


「おい、どうした?」


 相棒が地面を見つめていることに気付いて、もう一人の門番がそちらを見る。


「いまだ!」


 正面に居る二人が同時に視線を外した瞬間を見計らって、全力で走る。

 石畳の道に足音が反響するが、二人の門番は注意を此方に払わない。そこに、大量の砂を投げて頭上から降らせる。


「うわっ」

「うえっ、ぺっぺっ。口に砂が」

「おい、どうした?」


 突然降り注いだ砂に慌てる門番。それに気付いた中の二人も門の外へと様子を見に来る。そうして四人の門番が揃っている隣を、僕はただ全力で走り抜けた(・・・・・・・・・・)。

 誰一人として僕に気付く人間はいない。砂をかけられたことに対する悪態と愚痴をこぼすだけだ。


「なんだったんだぁ、今の」


 不思議そうな声を背後に置き去りにして、僕は城内へと侵入した。



「よし、成功だ」


 『隠密』を使ったのは始めてだったので、うまくいくかは正直半信半疑だった。うまくいって本当に良かった。

 壁にもたれ掛り、跳ね上がっていた心臓と呼吸を落ち着かせる。


「ここからが本番か」


 足元に転がっていた大き目の石をポケットに入れながら、次の目標を定める。

 中にはどれだけの兵士がいるのか。元帝国兵といえど、城内に入ることが許されている兵士は実は多くない。もっと酷い国もあるらしいが、貴族社会の特権階級意識が根強く残っているからだ。

 貴族出身者で無ければ城に入る機会はほとんど無い。そして、貴族出身者で脱走兵となった仲間は、将軍を含めた数名だけだ。


「簡単な見取り図はもらったけど……空白がこうも多いと、頼り過ぎるわけにはいかないな」


 別行動中の三人が知っているだけの城内について書いてくれた羊皮紙を広げてみるものの、一階は大広間と謁見の間以外は、部屋がいくつあるか、食堂の位置くらいしか書かれていない。二階以上についてはほぼ白紙と言っていい。

 『隠密』は意識をずらす魔法だ。自分に向かってくるはずの意識を別のものに移し、自分へ向ける注意の優先順位を最下位にする。少人数なら、先程のように小石や騒動を起こすことで自分を意識の外へと弾くことが出来るが、大人数となると意識誘導そのものが難しい。

 『透明化体(クリアボディ)』という透明になる魔法もあるが、これは起動時間が厳密に5秒間と決められている。周囲にいる全員の視覚に影響を及ぼすために必要な魔力量が膨大なことに由来する制限だが、これを改変するには一から術式を組むのと同じような苦労が必要になる。マナを使用しなければならないからだ。


「まだよくわかっていないものに頼るのも少し怖いしね」


 この世界のルーンマスターが一般的に使う(らしい)マナという力は、魔力と同様のものでありながら世界に普遍的に存在するという、まさに使い放題な力だ。術師からすれば夢のような話だが、その原理がいまいちわかっていない。

 ガルドとの戦いで完成させることが出来た『融合術式』も、マナを使うことを前提とした構築であるため、使用を自重している。


「とにかく、人目を避けながら……ここか」


 見取り図にある、二階への階段。

 僕が調べたいのは、皇帝とルーンキラーの関係を立証できるようなもの。皇帝の考えがわかるようなものであればなおいい。

 そのためには、皇帝が直接利用するような部屋――執務室や皇帝の自室――である必要がある。一階にあるとは思えない。


「まずは二階。そこから上階に向かって怪しいところをしらみつぶしに調べていくしかないか」


 当然、途中で警備や常駐の兵に鉢合うことになる。なんとかやり過ごせればいいが。


「よしっ」


 気合いを入れ直し、改めて城の外観を眺める。

 バーンハイトと名付けられた石造りの建造物は、一部の隙間も無く黒く塗りつぶされている。窓はあるが、どれもくもりガラスが使われており、中を窺うことは出来ない。

 一つ、城や兵舎とは違う建物があるが、あれは特別な祭典や会議の時に使われるものらしい。今は関係無いと思って問題ないだろう。


「やっぱり、正面から入るしかないか」


 他に入口が見つからない以上は仕方ない。危険なのは初めから承知の上だ。

 壁に背中を押しあてたまま、少しずつ玄関にあたる入口へと寄っていく。


「……誰もいない」


 顔を半分だけ出して覗いてみるが、目に見える範囲には誰もいない。今が特殊なのか、普段からこんなものなのかは判断がつかないが、好都合ではある。

 仮に一人二人巡回の人間がいても、適当な物を投げるなりして他に意識を向けさせれば、たちまち『隠密』の効果で僕は意識から外れる。

 問題は大勢いた時だ。『意識喪失・改』を使えば、十人以上いてもすぐに眠らせることが出来る。だが眠らせた兵士が発見されてしまえば騒ぎが起こり、たちまち厳戒態勢がしかれるだろう。そうなれば何人相手にすればいいのかわからない。魔力が底をついてしまう。


「気付かれないこと。それが一番だ」


 自分に言い聞かせて、城内へと踏み込む。幸い、足音は『隠密』の適当範囲内であるため、床が大理石で響いても大丈夫だ。


「――。――」

「――? ――!」


 遠くで話し声が聞こえる。

 入口からは三本の道が伸びており、まっすぐ行けば大広間や食堂がある。二階への階段は左右共にあるが、声が聞こえるのは右方向からだ。廊下が直線ではなく、僅かに湾曲した曲線になっているため姿は見えないが、回避した方がいいだろう。


「左の階段だ」


 小走りで左の廊下を進む。

 途中でいくつか部屋があった。だが、どれも地味な木の扉ばかりで、人の気配も無かった。皇帝に関係あるようには見えないし、情報を得られる可能性は低いと考えて素通りする。


「あった。階段だ」


 しばらく進むと、二階へと上がるための階段があった。奥の突き当りにももう一つあるがずだが、そこまで行く必要も特にないだろう。

 急に鉢合わせして、意識を逸らす前に仲間を呼ばれたら最悪だ。階段を上りながら耳を澄ませる。


「ん?」


 ふと、肌に違和感を感じた。

 まだ半分程しか上っていないが、中断して壁に張り付く。


「微かな振動。音、かな」


 ほんの僅かなものだが、羽虫のような音が聞こえる気がする。だが、肌に感触があるほどの音量では無い。意識すれば聞こえるかも、程度のものだ。

 説明のつかない違和感に首を傾げながらも、気のせいだと結論づけて階段を上がる。


「さて、今度はどっちかな」


 二階より上の有益な情報は無い。防犯のためか、構造上の問題かわからないが、二階から三階に上がる階段は一階からの階段とはつながっておらず、どちらかの廊下を再び進まなければならない。

 距離はどちらも同じはずなので、右を選ぶ。根拠があるわけでは無いが、重要な部屋は階層の中央に作られているような気がしたからだ。

 方向を決めて三歩進んだ時、突然右手側にある扉が開いた。


「しまっ――」

「っ!? 誰だ貴様!」


 慌てたせいか剣を取り落しそうになりながらも、兵士らしき男は僕に向かって構える。

 魔法領域に待機させている魔法の都合上、『自動索敵』の索敵範囲を縮小してはいたが、注意を向けていなかったのは失敗だった。

 自分の迂闊さに内心舌打ちしながら、拾っておいた小石を足元に転がす。


「……? なんのつもりだ?」

「え!?」


 男は小石に一瞬視線を送ったものの、再び僕へと視線を戻す。


「『隠密』が効いてない!?」


 意識を逸らすこの魔法は、極端に集中している相手や常に注意を引いてしまうような状況では効力を失うこともある。だが、突然の侵入者に驚いている状況なら、隠し持っている武器などに注意を払わなければならない。小石に反応したことからも、この男は両方とも条件に合わないはずだ。

 いつもの嫌な予感がする。自分にとって、不利な事態が進行している。

 魔法領域を確認する。案の定、『隠密』が起動解除されていた。


「ルーンキラーの魔法無効化技術……!」


 皇帝がルーンキラーと繋がっているのなら、当然この技術もあると考えておくべきだった。

 さっきの違和感は、この技術の影響下に入ったせいか。


「名を名乗れ女!」

「僕は……女だって?」


 まて、おかしい。

 魔法が無効化されているなら、僕を女へと見せるための魔法も同様に無効化されるはずだ。実際、ガルドには通用していなかった。

 しかし、今この男は僕を「女」と言った。まさか素の僕を女と間違うはずは無いだから、性別を誤魔化す『性別転換』の効果は残っていることになる。


「『自動索敵』も解除されてるのに、どうしてこれだけ……」

「わけのわからんことを言うな! これが最後だぞ、お前は誰だ!」


 女だと思って油断しているからなのか、すぐには仲間を呼ぼうとしない。城内に居るということはこの兵士も貴族関係者であるはずだから、女相手に助けを呼ぶのは恥と考えているのかもしれない。

 だが、いつまでも待ってはくれないだろう。声を聞きつけて他の兵士が来るかもしれない。『自動索敵』を無効化されているせいでこの男にも気付けなかったのだ、増援が来るのを察知することも出来ない。


「待てよ……もしかして」

「どうした、答えられないか? ならば拘束する!」

「っ!」


 気絶させるためか、剣腹で殴りかかってくる。

 咄嗟に腰に隠していた木の棒で作った『簡易雷撃鞭』で剣と打ち合う。


「ぁぐ!」


 問題無く作動した『簡易雷撃鞭』の雷撃を受けて、男は小さく悲鳴を上げて倒れる。


「やっぱり」


 直感が間違っていなかったらしいことを確認し、周囲を確認した。他の兵士が向かってきている、ということはないようだ。

 ひとまず、倒れ込んでいる男を元居た部屋へと引きずる。


「え!」


 思わず声を上げてしまい慌てて口を塞ぐ。

 入った部屋は兵士の宿泊用なのか、木のテーブルとイスが二脚、あとは小さな衣装棚とベッドだけが置かれていた……のだが。

 扉を閉めて、改めてベッドに目を戻す。掛布団がめくられたベッドの上には、あられもない姿で女性が寝ていた。どうやらこの男、この部屋で情事に及んでいたらしい。


「何を考えてるんだ帝国兵……」


 恥ずかしいやら呆れるやら。ついでに、微妙な嫉妬も加わって、『簡易雷撃鞭』を思い切り男へと使用する。

 完全に気を失ったのを確認して、そこらにあった用途不明の縄や布で男女一緒に猿轡をして縛り上げ、出来るだけ女性の体は見ないようにしながら、巡回の兵士が来ても大丈夫なように二人を衣装棚へとねじ込んでおいた。密室で密着状態になれたのだから本望に違いない。


「こんなことしてるから貴族って嫌われるんだろうなぁ」


 さっきは「帝国兵」と呟いてしまったが、僕が知っている帝国兵の人達はこんなことを職場の一室で堂々としない。僕の知る限りは、だが。

 なんとなく貴族だからなんだろうなと思ってしまうのは偏見かもしれないが、すごくらしい(・・・)とも思う。


「気が抜けた……締め直さないと」


 頬を叩いて珍場面を頭から追い出す。


「さて、ここからは『自動索敵』も『隠密』も使用不可、か」


 どうも、二階に使われているらしい魔法無効化技術は、「対象が曖昧なもの」を無効化できるらしい。

 無効化された二つは、魔法の対象が「意識」になっている。これは、イグナシルでも研究中のもので明確な対象指定では無い。魔法を起動することは出来るが、対象が曖昧ということはそれだけ問題が起こりやすいということでもあり、効力そのものが弱くなる。

 普段は意識する必要の無いことが、ここでは無効化の境界線だったということだ。


「仕方ない。物理的に見つからないように気を付けるしかないか」


 扉に耳を押し付け、足音がしないことを確認してから開ける。

 部屋から顔だけ出してみるが、確かに誰もいない。


「急ごう」


 頼りに出来ると思った『隠密』がいきなり使用不可になってしまった。想像以上に手早く用を済ませてしまう必要がある。


「何が目星をつけないと、怪しいと思う場所を一つ一つ確認してる暇は無いし」


 見取り図を見てみるが、特に変わった構造などは無いように思える。そもそも情報自体が少ない。

 わかっているのは、三階までは広い階層で、それより上は鉄塔の中だったり屋根裏だったりと、皇帝の部屋らしからぬ小ささだということ。

 普通、城というともっと階層がありそうなものだが、一階層ごとの天井が高すぎる。そのせいで階層数が少なくなっているのだ。


「とにかく三階に上がってみるか」


 三階への階段へと向かいつつ扉を確認しているが、どれも一階のものと似たような木の扉ばかりで、間隔も等間隔だ。どれもさっきのような小さい部屋ということだろう。

 三階も同じような部屋が並んでいる可能性も高いが、どちらにせよ上れば下りなければならない。一旦三階に行ってから、帰りにでも再度確認すればいいだろう。


「よし、かいだ――っとぉ!」


 階段へと向かう途中、下りてきた兵士を見つけて立ち止まる。慌てて手近な扉を開けようとしたら、鍵が閉まっていた。


「やばっ、これは予想外」


 左右の部屋も同じように鍵が閉まっていて開かない。どうもあの男があんな行為に部屋を使用していた方が異常らしい(当たり前だが)。

 他の部屋も開いているものだと思い込んでいた。これはマズい。

 足音はすでにこの階へと下りている。廊下が歪曲しているおかげでまだ此方の姿は見られていないはずだが、それも時間の問題だ。

 いっそ足音を気にせず逃げた方が、他の兵士だと思ってもらえるかもと思ったが、聞こえてきた声でそれも無理だと悟る。


「ねぇ、大丈夫なの城内でなんて」

「あぁ、問題ない。今日は大将軍と将軍の軍を編成してどっかに派兵するとかで、俺らみたいな一部の兵以外は出払ってるんだ」

「あははは、なにそれ。こんな風にサボってイケナイ事してるから将軍達に置いてかれるんじゃないの?」

「お前もついて来てるんだから同罪だろ」


 およそ昼間の兵士がする会話では無いが、此方からすればいい迷惑だ。

 男女の足跡は途中で止まることなく向かってくる。金属が揺れる音もしているところから察するに、決まった部屋の鍵を持っているのだろう。


「階段からここまでの部屋数は……やばい」


 もう足音はすぐそこだ。間違いなく彼等の目的である部屋は僕が居る位置より奥だ。

 軍規に反するとしか思えない行為なのだから、自分達以外に見られるわけにはいかないはずだから、自分以外の足音や気配には敏感に反応するだろう。

 さらに悪い事に、『簡易雷撃鞭』に籠められた魔力をさっきの男に使い切ってしまった。余計な感情で窮地を招いてしまった。


「ん!?」


 とうとう廊下の先から姿を現した兵士と目が合ってしまった。

 僕と兵士はお互いの姿が完全に見える位置に居る。


「どうしたの?」

「ん、いや人が居たような気がしたんだが……気のせいか」

「見つかったらーって過敏になってるんじゃないの?」

「かもな」


 そうやって笑いながら、僕を見ていたはずの男は女性の腰に手をまわしながら部屋へと入っていった。


「……ぶはー」


 緊張で止めていた息を再開する。全くもって心臓に悪い。


「咄嗟に『透明化体』を使ってなかったら終わりだったな」


 男の腕が見えた瞬間、『透明化体』を起動した。そのせいで、目が合うような場所に立っていても見つからなかったのだ。

 『透明化体』の対象指定が「視覚」という明確な指定で良かった。五秒間という制限も、男女が入った部屋がすぐそこだった幸運に恵まれたおかげで間に合った。


「……貴族なんて嫌いだ」


 今の男女も城内に居る以上貴族だろう。高価そうなアクセサリーも身に着けていた。

 この十分間程度で貴族に対する好感度は急降下した。家を見た時も思ったが、将軍は相当の例外であるらしい。


「早く行こう。心臓が耐えられない」


 情報入手後は窓から飛び降りることも考えた方がいいかもしれない。行きと同じように下りていくのは厳しい。このために階段が分けられていたのか。


「あ、壁から上るっていう選択もあったのか」


 思いつきだが、実行できるなら人に会う確立は低かったかもしれない。……おそろしく目立つ上に魔法無効化が外壁まで及んでいたら即死だが。



「まさかとは思ったけど、ここからもか」


 三階に上がってすぐ、肌に微かな違和感があった。

 確かめてみたが、やはり新たに無効化された魔法があった。『遠視』を始めとする五感や肉体を強化する魔法も起動しなかったことから、無効化の線引きが厳しくなっている。


「だけど、これでわかった。この先に重要な情報がある」


 そもそも、いくら持っているからといってルーンキラーの魔法無効化技術を城に備えておく理由は無い。確認されているルーンマスターは僕だけだからだ。

 通常ならば、技術を用意する手間の割には対象が一人だけ。現実的では無い備えだ。

 だからこそ、逆にこう考えられる。


『皇帝は、ルーンマスターである僕が侵入してくることこそ警戒している』


 状況こそ厳しくなっているが、これは目標がわかってきたともとれる。

 警備、警戒が厳しくなる場所へと向かえば、それが目的の場所だ。僥倖なのは、見回りの兵士が減っている日であり、かつ数少ない兵士が緩みきっていることだ。


「いける。このまま進めば、何かが掴める」


 興奮を抑えて進むのに苦労する。

 確かにこの先に求めるものがある可能性は高い。だが、油断すれば二階での二の舞になる。近づいているからこそ慎重にいかなければならない。


「部分指定の魔法は無効化された。次は、対象指定が細かくないが明確なもの」


 曖昧な対象、明確な対象がそれぞれ無効化された。段階的なのはルーンキラーであり、この技術を開発したガルド程使いこなせていないからだろう。

 仮に次の段階があるのなら、より強力な魔法まで封じてくるだろう。

 ガルドとの戦闘の経験から予想すれば、次に無効化されるのは『雷撃一閃』のような現象を発生させる型の魔法だ。『意識喪失』は意識を奪う効力を失っているが、霧を発生させることはまだ出来る。無害な霧を出すだけの今の『意識喪失』なら無効化技術の探索に丁度いい。


「よし」


 壁に張り付くようにして、廊下の向こうの様子を伺う。端まで見通せないのは困るが、さっきは自分がそのことに助けられたのだから文句も言えない。

 おそらく他に人は居ないと当たりをつけて、『意識喪失』の霧を発生させる。廊下全域に充満するように魔力を注ぎ込むので、かなり疲れる。

 しかし、おかげですぐに目的の部屋は見つかった。


「ここだ」


 予想通り、廊下の中央に位置している部屋。扉も、他のものと違って金属製で天鵞絨の生地が表面に使われたこれでもかという程豪奢な部屋だ。左右の扉との距離もかなりあり、中の広さも申し分ないはずだ。

 なにより、この部屋の前でだけ霧が綺麗に晴れていた。


「皇帝の自室、かな。書斎や執務室にしては豪華過ぎるし」


 城内には他にも、見取り図が作れなかった場所がいくつもある。そちらに執務室などが用意されているのかもしれない。さすがに、僕が上ってきたところだけというには、外観と大きさの差があり過ぎる。


「中に人の気配は無い。大丈夫、なはず」


 扉に手をかける。攻撃用に作った魔法すら無効化される無効化技術が使われている以上、鍵が閉まっていた時はどうしようかと思ったが(実際その可能性の方が高かったが)、なんと鍵はかかっていなかった。

 ただ不用心なのか、何か理由があるのかはわからないが、運が味方している。

 すぐに『意識喪失』を止めて扉を開き、中へと飛び込んだ。


「間違いない、皇帝の部屋だ」


 ベッドやテーブルなどの家具類の豪華さは言わずもがな。天井まである本棚にはぎっしりと専門書らしき本が詰め込まれ、作業机の上には手紙や羊皮紙が散乱していた。

 なにより、散らばった羊皮紙の上、羽ペンが立てられた横にあの封蝋があった。


「間違いない、ガルドが持っていた手紙に使われていた封蝋だ。

 よし、この中にルーンキラーとの関係を示すような証拠や、知られて都合が悪いような、弱みになるようなものがあれば――」

「ねぇよ、そんなもん。この部屋はお前用に作られた『罠』だからな」

「――――っ!」


 突然背後からかけられた声に、声にならない悲鳴を上げて振り返る。

 気配も足音も無かった。なのに、隠れるなんてことが出来そうに無い大柄で大剣を肩に担いだ剣帯が特徴的な男が入口のところに立っていた。


「お前がレイネートとかいうルーンマスターか? アーシェの嬢ちゃんに協力してたってのは本当らしいな」


 腕組みをして余裕の表情を浮かべる男は、将軍の名前を実に気安く、嬢ちゃんとつけて呼んだ。今は裏切り者とはいえ、最近は戦果も目覚ましく、貴族出身である将軍職相手にこんな呼び方を出来る人物というのは多くない。

 親や親戚のような昔から本人を知っている人間。あるいは――。


「帝国軍大将軍だ。名前は言わなくてもいいよなぁ」


 男が肩の大剣に手をかける。


「――どうせここで死ぬんだからよ!!」


 空気を切り裂く轟音と共に、僕の身長程もある大剣が振り下ろされた。

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