化け物――『隠密《ヒドゥン》』
「がああああああ!」
「っキースさん、押さえてください!」
捕えた男は、目を覚ますなり喚きながら暴れ出した。
なんとか情報を聞き出したいのだが、この様子では会話どころでは無い。場合によっては拷問という手段をとる必要があるかもしれないと恐れていたが、それすらも無意味と思わせる様子だ。
結局、二人がかりで押さえ込んでようやく大人しくなった。今の騒ぎを帝都の警備兵に聞かれていないといいが。
「我々が何者か、説明する必要はありませんね? 話を聞きたいだけです。それが終われば解放しましょう」
歯をむき出して唸る獣のような男に尋問を始めるバーツさん。その言葉は明らかな嘘だが、表情は一切変わらない。帝国兵だった時の立場上、こういう状況には慣れているのかもしれない。
「まず、貴方の出自を教えてください」
「断ル!」
質問を聞き終わるよりも早く返された反発。取りつく島もない。
「聞かれることが不利益になると判断しても?」
「勝手にシろ! お前達は、そこの化け物に組する裏切り者ダ!」
「化け物……?」
まさか、僕はそういうことになっているのか?
ルーンマスターが世間から姿を消し、魔法を使う人間がこの世界からいなくなってから久しい。だから、突如現れて魔法を使う僕は「化け物」として扱われているのだろうか。
この男がザイスリング関連の人間で、ルーンキラーとして洗脳を受けていたのならこの思考も頷ける。そうでなければ、皇帝によるデマかもしれない。
しかし、そんな噂や考えが広がっているという調査報告は受けていない。実際に調査を行っていた二人に視線を送っても、首を横に振るだけだ。
「我々を騙し、己の欲求ヲ満たすために利用シタ貴様らルーンマスターは、古の伝説ニ登場すル魔人、化け物そのものだ!」
「話が見えませんね」
困ったようにため息を吐くバーツさんが、腰に下げていた剣に手をかけた。
「待って下さい、まだ……!」
「この様子では、話を聞くことなど出来そうにありません。殺すしかないでしょう」
あくまで冷静で、冷淡な言葉。
帝都から漏れてくる微かな光を反射し、銀の剣が鈍く輝く。
「そうだ、コロセ。殺してミロ!」
喚き立てる男から二人が離れ、泡のような唾をまき散らす顔へと剣が振り下ろされる。
「ッ!」
反射的に目を閉じる。敏感になった耳には、肉を裂く音と、粘着質な水音が滑り込んできた。
軍人として、この世界では当たり前な行動。戦場で見慣れているはずの光景も、こんな目の前で、それも自分の判断で行われると、全く別の悍ましいことに思えてしまう。
「ここを離れましょう。騒ぎを聞かれていないとも限りません」
「……はい」
恐る恐る目を開けて、暗闇の中で力無く血を流す姿を見て小さく息を飲む。
最後まで、向き合うことが出来なかった。この世界に来て随分と立つが、未だに僕の「甘さ」は体内に残り続けている。
ふと、ガルドの死に際が記憶から蘇る。この男と同じように、死ぬ直前でありながら敵を嘲るような言葉で、自ら望んで血の海に沈んだ。
「辛そうですね」
「大丈夫です。……いえ、やっぱり少しだけ」
虚勢を張ろうとして、そんなことに意味が無いと気付いて正直に答える。
「参謀長。命を奪うのが難しいのならば、魔法でどうにか出来ないのですか?」
「魔法は、万能の力ではありません。僕もこの世界に来て、ようやく本当の意味で気付かされているところですが」
殺さなければならなかった理由は、僕達のことを帝国軍に報告されれば困るからだ。ならば記憶を消去でもできれば、とも思うが、脳の構造についてはイグナシルでも詳しくわかっていない。曖昧な定義では、結局脳そのものを破壊してしまう結果に終わる。記憶操作によって、『予言』された人間の未来に犯す罪を食い止めようという計画もあった。おそらく技術的には可能だと言われていたが、悪用される危険性が高すぎると、断念された過去もある。
僕が頼ってきた魔法は、当たり前だが「出来ることしか出来ない」。どれだけの魔力と知識と技術を用いても、限界はすぐに見えてしまう。
この世界の魔法は、まだ発展途上なのだろう。ルーンマスターの絶対数が少なく、国同士の争いばかりで研究の時間がとれないことや、集団間の情報交換が乏しいことが原因なのだろうが、そのせいで魔法をよく知らない人間は、つい「なんでも出来る不思議な力」と思う傾向が見受けられる。
「レイネート様も、可能なことならば魔法を使ってくださっているでしょう。これ以上負担をかけるわけにもいきませんから、このような汚れ仕事は私達が請け負います」
ありがたい申し出だ。正直甘えてしまいたいと思う程に。
だが、いつまでもそういうわけにはいかないのだ。イグナシルへ帰る方法がわからない以上は、この世界で生きていくことを考えておかなければならない。甘えたことばかり言っているわけにもいかないのだ。……そう、頭ではわかっている。
「僕のことは気にしないでください。今は、まずここから――」
僕とバーツさんが初めに気付き、続いて残りの二人が振り返った。
『自動索敵』に違和感があった。思考中は意識がどうしても逸れるため、少しの変化には気付けないことも多い。だが――人が死んだことまで気付けないはずが無い。
目を閉じて、その瞬間から逃げても、周囲の反応を感知している『自動索敵』は否応なく事実を伝えてくるはずだ。
なのに、僕はそれがわからなかった。人が死んだ瞬間に、気付けなかったのだ。
「……さすがに、信じ難いですね」
――頭から血を流してぐったりしていた男が、目を覚まして此方を睨んでいた。
「馬鹿メ」
「なんでまだ生きて……うっ!」
思わず口元を押さえる。木々の間から差し込んだ月明かりが、凄惨な光景を映し出したからだ。
「頭を割られてもなお、生きていますか。これでは、どちらが化け物なのかわからないとは思いませんか?」
同様をおくびにも出さない詰問も、聞いている余裕が無い。
おかしいとか、違和感があるとか、そんな程度で済ませていい問題では無い。男の傷は、人間ならば死ぬしかない、まぎれもない致命傷だ。まして、頭を上げ、どす黒い感情に目を光らせることなど望むべくも無い。
「何を恐れテいる?」
頭から流れる血を口元の泡とともに吹き散らしながら、初めて男が笑った。
「これガ、オ前達が望ンだ結果だろう」
目を憎悪で濁らせ、口元は嘲笑するように歪ませている。そこから発せられる言葉は、いつかの宿敵と同様に、まるで呪いのように聞こえる。
「我々を騙シテ、自分達ノ実験台に使っタ。その結果がコレだ」
徐々に呂律が回らなくなっている。不死身というわけでは無く、耐久力が異常に高いのかもしれない。限界が見えている。
「私ハ失敗作の中デモマシだったそウだ。だカらコソ、この年マで生き永ラエている」
「実験台」、「失敗作」、そして「望んだ結果」。
少しずつ見えてくる、彼らがルーンマスターや魔法を恨む理由。
カルド・イーリヤの扇動は、必要なかったのかもしれない。元からあった火種。それに、火をつけただけのことなのかもしれない。
「満足か、ヒトを捨テタ魔人どモ。貴様等の所為デ、私の妻ハ実験の途中デ苦しみ抜イテ死んダ。娘は最後マデ希望を捨てズに逝ッた。私だケガ、利用価値がアルカらと生かサレた。
化ケ物共め……呪ッてやル! 呪っテヤる! 呪ッテヤル!!」
足から力が抜けてしまいそうになるのを、必死で堪えた。
男が恐ろしいのではない。彼を、こんな風にしてしまった何かが怖い。その正体に気付きかける自分の思考を止めてしまいたい衝動に駆られる。
――結局、呪いの言葉を吐き続けた男は、しばらくして事切れた。
沈鬱とした空気が場を支配していた。
後味の悪さは覚悟していた。軍に所属した以上は仕方の無いことだと納得しようと努力していた。しかし、これは想像を遥かに超えている。
「……行きましょう。いつまでもここに残っているわけにはいきません」
逆らう気も起きず、力の入らない足でふらつきながら走った。
「……魔人って、なんですか?」
走りながら、耳に残る呪詛を忘れたくて質問した。
深い意味のある質問では無かった。思考が定まらず、他に聞くべきことを忘れてしまっただけだ。
「伝説、のようなものです参謀長」
「聞いたことがあるんですか?」
「弟が本を収集していまして、中には出処のわからない噂を編纂したような本もあるんです。その中に似たような記述があったと思います」
「どんな内容なんですか?」
「詳しい内容までは覚えていませんが、なんでも異世界から来た化け物で、魔法を使って人々を苦しめて楽しむような存在だったと――」
そこでハッとしたように口を閉ざすエレイドさん。僕が異世界の人間だったことを思い出したのだろう。
「あ、いえ、こういうものは魔法を使えない人間の僻みから生まれたものです。気にすることではありませんよ」
実際、魔人というものが存在したかはわからない。だが、男が言っていたのはまさしくその魔人だったろう。
わかってしまった。確信こそ無いものの、彼の言っていた内容を予想出来てしまった。
ルーンキラーとして活動していたのは、ザイスリング王国の末裔では無かった。まさしく、生き残りの元王国民そのものだったのだ。
気付くことは出来たはずだった。数も少なく、魔法についてあまりに知られていないこの世界で、たった一国だけが魔法を使って繁栄しているという事実。僕やガルドという例を鑑みれば、一つの仮説をたてることが出来る。
「彼等の言う『魔人』は、おそらく僕のいた世界の人間です」
「!?」
「本当ですか!?」
驚きながらも、声は抑えている。半信半疑だからなのか、隠密行動中であることを考慮したものか。
併走しながら、互いに目を合わせる。
「確かですか?」
「確信はありません。あくまで可能性の話です」
ただし、その可能性は高い。
初めてイグナシルで異世界――並行世界の存在が発見されてから、その数は爆発的に増え続けた。その中で、ランダムに選んで転位されられるはずの人間が二人も同じ世界に来ているのは確立を考えてもおかしい。もちろん、ありえないわけでは無いが、狙ってのことだと考えた方がしっくりくる。
「この世界に来たのは、罪を犯す可能性が高い危険人物と判断されたことによる罰でしたね」
「はい」
「同じように罰を受けて異世界に行った人間のことを、どれ程知ってしますか」
「……すいません。予言罪は、一般の情報開示があまりされないんです。ガルドについても、父の仕事関連で資料を見る機会があったくらいで……」
予言罪によって流刑にあった人間は、ある日突然通告され、一日と間を空けずに刑に処される。情報は一般には公開されず、術師の関係者でも目にする機会はあまり無い。隠されているわけでも無いが、皆も心のどこかで理不尽だと反発を抱いている。どうにも出来ないことである以上、関わろうとしないだけだ。
流刑にあった人間は、周囲の親しい人間でも無い限り流刑にあったことすら気づかれない。その中に非人道的な実験行為を行うような術師がいてもおかしくはない。そういった因子を持っていると判断されたからこそ、イグナシルを追い出されるのだから。
……予言罪について否定しながら、どこかではその制度を受け入れてしまっている自分に腹が立つ。
「今も生きていると思いますか?」
「いえ、すでに死んでいると思います。生きていれば、ルーンキラーの主目的はそちらでしょうし、ザイスリング王国が滅んだ理由は暗躍していたその術師――ルーンキラーが死亡したことに起因すると思いますから」
国一つをまるごと使った人体実験。歴史の講義で学ぶが、イグナシルでも過去に無かったわけでは無い。
禁忌である魔法、『禁呪』の内二つは、魔法が世界に知らされて間もない頃に、その力を悪用して魔導政府を打倒しようとした人間によって生み出された。共に大量殺人を伴ったこれらの魔法は、魔法をうまく使えない人々による反魔法・反術師活動を助長することとなり、今日まで尾を引いている。
おそらくは、同じようなことが行われていたに違いない。表では魔法によって栄華を極める大国、その実態は目的のために人間を実験体にして使い潰す狂気の隠れ蓑。
「…………ッ!」
唇を噛み締める。
僕には、どうにも出来ないことが多過ぎる。
「彼等は、帝国に組しているのでしょうか?」
「そうでしょうね。でなければ、帝国兵の装備を身に着けて堂々と道を歩いていた理由もわかりませんから」
「あの人達の外見から、昼間から人目に触れさせるわけにはいかないでしょうから、夜間限定の巡回兵として利用しているんじゃないでしょうか。夜ならば、仮に不信感を持たれても幽霊の類として片づけることも出来ます。大きな戦いのあった後ですしね」
不安と苛立ちを誤魔化すように、早口になってしまう。三人もそれに気付いていながら、何も言わないでいてくれる。
「目的はなんでしょう」
立ち止まり、周辺を警戒しながらバーツさんが言った。
気付けば随分と走ってきた。もう少しで潜伏していた森を抜ける。
「皇帝ですか? ザイスリング国民ですか?」
「両方です」
目的。重要なことだ。
皇帝の目的についてはわからないが、ルーンキラーに所属していたザイスリングの人達が帝国に協力する理由はなんだろうか。単純な資金や隠れ家の援助だけでは無い気がする。
「やはり、根本である皇帝の目的を調べる必要がありますね」
「とはいえ、将軍の方も心配です。いい加減、直接戦闘を避けて注意を引いておくのも限界でしょう」
予想外の事態に遭遇したとはいえ、潜入調査の目的自体は何も変わっていない。あえて言うなら、急に進められている魔法道具による公共工事と、ザイスリングの人達について調べる必要が追加されたというところか。
やはり、謎のカギは皇帝が握っているように思える。
「魔法道具を渡してありますし、中には殺傷力こそ無いものの派手な視覚効果を持たせたものもあります。僕が居ないことはある程度誤魔化せるはずですが、そもそもの戦力差を考えると明日には本隊に戻った方がいいかもしれませんね」
「良い判断かと思います」
ひとまずは現状維持のまま調査を続けるべきだ。予定に大きな変更はしないということで決まった。
「最後の調査はどこを調べますか?」
帝都まで来てはみたが、謎が増えただけで知りたい情報を入手出来たわけでは無い。調査を進展させるためには――。
「キースさんは引き続き公共工事について詳しく調べてください。バーツさんとエレイドさんは帝都の市民も感じているであろう違和感を。噂程度でも何か掴めるかもしれません。言うまでもありませんが、慎重にお願いします」
「レイネート様はどうしますか。退路の確保ということで潜伏を続けていただいてもかまいませんが」
「いえ、僕も調査に出ます」
市民の様子では、脱走兵がいるということにあまり関心を持っていない。関係者はともかく、警戒は薄いと思っていい。将軍のような有名な人間も含まれているのに騒ぎが小さいのは、やはり離反そのものが隠されていると見て間違いない。
こうなると、市民への調査は難しくないが、得られる情報も限られてくる。ならば、調べなければならない場所がある。
「最悪の場合、三人は僕を置いて戻ってもらうことになるかもしれません。通信水晶による連絡を密にして、僕からの定期連絡が途絶えた場合は死んだ、あるいは捕えられたものとしてください」
「そこまで言うなんて、参謀長は一体何をするつもりですか?」
「まさか……それはさすがに危険過ぎますよレイネート様」
バーツさんは相変わらず察しがいい。
危険なのは百も承知だ。だが、危険を伴わなければ得られるものは少ない。
「僕は、城内へ潜入します」
「な――馬鹿なことを!」
「無茶です! かつてルーンマスターを擁していた帝国では、対魔法用の手を施された物が存在しています。かつて貴方を捕えていた『封じの鎖』もその一つで、皇帝のいる城にはより強力な物が用意されていると考えるべきです。いくら貴方でも魔法を十全に使えるとは限らないんですよ!?」
「それはわかっています。しかし、僕達の置かれている立場を跳ね返す程の情報を手に入れるためには絶対に入らなければならない場所です。魔法を使える僕の方が、皆さんよりは危険は少ないです」
これは詭弁だ。元ルーンキラーであるザイスリングの人間が帝国に協力していることが判明した今ならば、危険性は以前よりも倍増している。
それでも言い包めなければ。城への潜入は必須事項だ。
「危険である認識はありますね?」
「はい」
「仮に貴方が捕えられていても助けることが出来ません。将軍が助けようとしても、我々離反者全員の命を天秤にかけて思いとどまらせます。いいですね?」
「もちろんです。そうなった場合は殺される覚悟です」
本当は、殺されると思っただけでも震えがくる。
覚悟が出来ている。そう思っていても、いざ本当にその時が来てしまえばどうなるかはわからない。それは嫌という程経験した。
「それでも、行くんですね?」
「行きます」
僕だけが、いつまでも命の危険が無い安全圏に逃げ続けたくはない。本当の意味で、仲間である皆と同じ場所で戦いたい。
「……わかりました。城内の調査はお願いします」
「副指令、正気ですか!? 今参謀長を失えば、我々は……」
「今のままでも同じことです。やがては地力の差が出て、追いつめられることになります。そうなる前に行動に移さなければなりません」
「今が、その時だと?」
「少なくとも、レイネート様はそう考えているようです」
向けられた視線に頷く。
「……わかりました。指揮官である二人がそう決めたのなら」
「私も。反対であることは変わりませんが、もう止めはしません」
「ありがとうございます」
頭を下げる僕に、二人は苦笑で返す。
「礼を言われることではありません。明日の今頃は、なぜ止めてくれなかったのかと恨まれる結果になっているかもしれませんから」
「我々も、なんとか成果を出せるように頑張りますよ。参謀長に一番の危険を背負っていただいて、何も得られるものがありませんでしたでは恰好がつきませんからね」
ひとしきりの苦笑を交わした後、全員で装備と調査方針の確認をした。
明日は日が昇る前から迅速に行動。夕暮れには帝国から脱出する。それまでは定期連絡をとりあい、二度定期連絡が途絶えていた場合は死んだものとして扱う。
僕達が生き残れるかの重要な局面だ、失敗は許されない。
「一応、一つ確認しておきますね」
「なんですか?」
「情報を入手できなかった時は元より、死んでも作戦は失敗ですからね」
僕の言葉に固まった三人は、一拍の後に笑い出した。
口元と目を緩ませ、腹を抱えて、口を押えて声を抑えながら。三者三様に笑う仲間に驚きながら、顔が熱くなるのを感じる。
「なんですか! 重要なことでしょう!?」
「ええ、確かに。しかし、さっきまで随分と深刻だったので、つい」
「いやはや、これは我々も気を付けなければ。うっかり死んでしまえば、命令違反として名誉を失ってしまいそうだ」
「這ってでも生きて成果を持ち帰りますよ、参謀長」
やや納得がいかないものの、陰鬱な雰囲気は無くなっていた。
誰からともなく拳を合わせ、全員の成功を祈った。
朝霧が薄く立ち込めている中、目的地を仰ぎ見る場所へと立つ。
『性別転換』と帽子で怪しくない程度に変装をして、城門に立つ衛兵に気付かれない程度の距離の道から眺めた漆黒の城壁は、この白亜の都市にあって自然と威圧感を放つ。
「――よし」
深呼吸をして、目の前に真っ直ぐと伸びる道を進む。
少しずつ近づいてくる城門は、まるで地獄への入り口か、巨大な怪物の口にも見える。
「それだけ怖がってるってことか」
それでも、やめたいという気には全くならなかった。
問題無い。これなら、仕事をまっとうできる。
自分の精神に揺らぎが無い事を確認して、出来るだけ自然に道を逸れ、路地へと曲がる。
「術式、起動」
小さく呟いて、魔法を起動する。魔法の起動に必要の無い行為だが、気を引き締めるためだ。
『隠密』。
魔導執行官にしか知らされない、魔導政府直属官専用の魔法。今回のような、犯罪の証拠などを確実に掴むために政府上層部からの許可があった場合のみ、起動封印を解いて使用できる。
以前はどうにも出来なかった封印の解除に、少しは成長出来ていることを知って少しだけ笑う。
「行こう」
再び道に出て、人も疎らな道を進んで敵の居城へと向かった。




