魔法道具の生成――『魔具師の工房《マジカルファクトリー》』
「これは、相当に埃っぽいな」
「こんなところで研究など良くできますね」
顔をしかめる二人の愚痴に心底同意する。
将軍達と合流した後、すぐに科学者の地下施設へと舞い戻った。これからをどうするかという話し合いも必要だが、それ以上に必要なものがあったからだ。
「将軍、私はここで他の手がかりが無いか探してみます」
「あぁ、頼む。レイネートは、私と共に使えそうなものを探してくれ」
「わかりました」
「食糧は、兵全員で手分けしよう。不用意に周辺の物に触らないように注意しておかねばな」
将軍達は帝国から離反し、現在は流浪の軍となっている。その理由はまだ聞いていないが、ひとまず必要になってくるのが大量の糧食だ。水と食料を用意しなければ、国からの援助が無い軍など途端に餓死者が続出して崩壊する。
水は近くにあったオアシスで確保したが、食糧はそうはいかない。釣りや狩りで手に入る程度では、軍全体を賄うことなど出来ない。ならばと地下に潜り、ルーンキラーが蓄えていたはずの食糧を狙うことにした。
「帝国から離れた途端に空き巣の真似事とは、情けない限りだな」
「あの、将軍」
「うん? どうした?」
「どうして帝国を離れたんですか? それも、あれほどの人数で」
離反した軍には、将軍の他にバーツさんやエリッツ君などの独立魔戦小隊の一部と、連合戦で見た覚えのある兵士なども居た。副将軍やグレイさんはいなかったようだから、遠征軍が丸ごと将軍に従ってきたというわけでもなさそうだ。
なにより疑問なのは、帝国を抜けた理由だ。戦功を立て、評価の高まっていた将軍が帝国を抜ける理由など無いはずだ。ルーンキラーに帝国皇帝が協力していたという疑いも、ここに来てからのものなのだから、理由にはならない。
「帝国の決定に納得がいかなかったから、とだけ言っておく」
「それは、どんな決定ですか?」
「お前には関係の無いことだよ、レイネート」
将軍は、嘘をつくのが下手だ。常に実直で、真正面から相手に対する性格のせいか、嘘をついている時はすぐにわかる。
今、将軍は僕と目を合わそうともせず、用途不明の道具が陳列された棚を見るフリをして、無理に何ともない風を装ったせいで声は固い。
「僕の、ことですか」
「違う」
やはり、こちらを向かない。顔を合わせれば、嘘がばれてしまうことを無意識の内にわかっているのだろう。
「……ありがとうございます」
「違うと言っているだろうに……」
呆れたように苦笑しながら、ようやく此方を向く。
皇帝は、僕の処刑を強行しようとでもしたのだろう。おそらく、ルーンキラーの脅威とは関係なく。
一応は度々の戦闘において功労者となっている僕に対する理不尽な対応に将軍は怒り、それに同意した兵士を連れて駆けつけてくれたというところか。
そこまでしてもらうだけの価値を、未だに自分に見いだせていない。だというのに、周囲の人達はそんなことは関係ないとばかりに助けてくれる。
「返します、必ず。この世界で受けた大恩を」
「……あまり重く受け止めるな。つまるところ、私達の我儘に過ぎない」
僕のためだったと暗に認めながら、さらに気遣ってくれる。使命感がどうとか以前に、何かを返さなければならない。
「しかし、奇妙な道具だらけだな。これが全て科学によるものか?」
「いえ、違うようです」
棚に飾るようにして置かれている道具のほとんどから、微弱な魔力を感じる。つまり、これは科学道具では無く魔法道具だ。
「中には、皇帝から貸し出されたものに酷似したものもあります。あるいは、帝国からの提供品かもしれません」
どれも使用法のわからないものばかりなので、持って行ったところで使えそうにない。
そういえば、こちらの世界での魔法道具について詳しく考えたことは無かった。独立魔戦小隊だった頃に貸し与えられた魔法道具も扱えないものばかりだったせいで、ただの荷物と化していた。
「この世界に魔法道具はどれくらいあるんですか?」
「数は多くないな。ルーンマスターによって魔法道具が作られること自体多くなかったそうだが、現存しているものとなるとさらに少ない」
「よく帝国はあれだけの数を所有していましたね……」
「あぁ、私も驚いた。魔法で光るランタン程度なら、それなりの地位にいるものなら持っているものだが、戦闘用に使えるものなど実践で使われた記録すら無い。ルーンマスターが居なくなって以来、魔法道具そのものも大半が行方知れずだったからな」
だとすると、帝国があれだけの魔法道具を所有していたことはおかしい。
ルーンマスターが居なくなった時から、魔法道具は貴重な魔法資源になるはず。戦闘用のものともなれば、失われた魔法の代わりにと多用される方が自然だ。
しかし、実際は魔法道具を戦闘利用された記録は無いという。一般的に知られていた魔法道具が、イグナシル同様生活用品のような、日々を便利にするだけのものだったとしても、少なくとも帝国は新設部隊に貸し与えるだけの量を持っていたはず。それを、全く使わずとっておいたというのは違和感がある。
「ルーンキラーとの協力で得られた、と考えるのが自然ですかね」
「かもしれんな」
そう考えると、ガルドが帝国の秘密兵器的立ち位置だったアリアドネを知っていたのも頷ける。ルーンキラーには、魔法大国だったザイスリング王国の元国民も居た。他国には流れずに持ち出された魔法道具が大量にあり、一部は生活費などのために売り払われながらも、本当に危険な戦闘用はルーンキラーとして活動するまで保持していたと予想できる。
だが、ここまで想像することで、新たな違和感が生まれた。
「時期が、合わない……?」
ザイスリング王国の崩壊、ルーンキラーの台頭、イグナシルでの異世界発見と転位術式の完成。この三つの要素が、この世界の魔法を失わせ、現在を作っている。だというのに、それらの出来事が起こった時期がバラバラだ。
以前、ザイスリング王国の話を初めて聞いた時にも思った。そして、よくよく考えればガルドが流刑にあってから、ルーンキラーという組織を結成し、かつ大陸中のルーンマスターを殺害するまでの時間が短過ぎる。各国に潜入するなど、怪しいパイプがあるのも気になっていた。
何かがおかしい。この世界に来てから、幾度となく感じていた違和感だが、一つが解決したと思えばすぐに次の違和感が生まれる。
「あるいはこれが、ガルドの言っていた『狂っている』という言葉に繋がっているのかな……?」
「『狂っている』、か。あの男に言われると、複雑な気分になりそうだな」
苦笑いしながらの呟きには、心底同意する。外見上は、あきらかにあちらの方が狂っていた。
だがそういうことでは無く、何かがあるはずだ。「狂っている」と言われてしまうような、僕達が知らない何かが。
その謎が、この時期のズレにあるような気がする……根拠は無いが。
「今は考えても仕方が無いのかもしれませんが、気になってしまいますね」
「帝国の動きが怪しいことは事実だからな。頭の痛い話だ」
ここで話は終わり、それからは終始黙々と調査を続けた。お互いに、これから先にある問題の解決が如何に難しいかがわかっていたからかもしれない。
「さて――改めて現状を確認しておこうか」
懐かしいやっつけ仕事のテント内で、主だったメンバーがテーブルを囲んでいた。
集まったメンバーは、将軍、バーツさん、独立魔戦小隊で支援班長だったエイト君。他にも名前は知らないが、連合戦や前回の遠征で中隊指揮をしていた指揮官級が三人。
「まず、我々は帝国を離れ、独立した軍として動く。それは、相違ないな?」
将軍の確認に、全員が頷く。そこには不思議な程迷いが無かった。
「よし。では、現在の我が軍の状況を――バーツ」
「はい。
現在、我が軍はバロン将軍を筆頭に、帝国から離反した兵士がおよそ二百。階級も立場もバラバラですが、いずれも将軍の指揮下で戦った者ばかりです」
「同時に、レイネ……ート?隊長に程度の差はあれ助けてもらったことがあります。魔法の恩恵を受けたことがあるってことですね」
僕自身に助けたという自覚が無いのがなんとも。
しかし、エイト君含め一部の人には「レイネ」として接していたため、少し混乱させてしまっている。今後もこの軍で行動するなら、早めに改善した方が良さそうだ。
「信頼できる者ばかりだが、戦闘することを考えると心もとない数だな。仕方のないことではあるが」
「そうですね。今後の方針として、我が軍は極力直接戦闘を避けることになります」
二百という数字は、国を裏切った人間の数としては多いが、他の軍と戦闘すると考えると絶対的に少ない。将軍のような指揮官級や、ルーンマスターである僕がいるこの軍を危険視する国は帝国だけにとどまらないだろうし、戦闘をするには厳しいだろう。
何か戦力を向上させるようなものでもあればいいのだが、都合よくそんなものがあるはずもない。僕の魔法だけでは圧倒的な数の優位は覆せない。
「食糧はどうだ?」
「ルーンキラーの地下施設にて、一月は軍を維持できるだけの量を確保できました。補給部隊とその他の部隊のバランスを考えると、これが持ち運べる限界かと」
糧食の量が多くなると、当然補給部隊が大きくなる。戦闘を避けるためには、少数を活かした機動力が肝要であり、補給部隊の肥大化はそれを著しく損なわせる。遠征などと同様、長距離を移動する場合は補給部隊などの機動力の低い部隊は、最低限に抑えることが重要だ。
こんな軍人的な考えも、すっかり慣れてしまった。今は必要なものなのでいいのだが、イグナシルでは不必要である思考の慣れは、少し怖くもある。
「そうか。ならば、暫くは活動できるか……」
語尾が小さく消えていくような話し方。将軍にしては珍しい。
その理由は、この場にいる誰もがわかっていた。
将軍達が、僕を少しでも思って帝国を抜けて来てくれたのは、味方を失わずにいられたということも含めて、素直に嬉しい。
だが、思考の一部にある冷静で冷淡な面は、この決定を浅はかだと断じていた。
「戦闘をしないという方針はいい。そうしなければ、我々は生き残ることすらままならないだろうからな。だが……」
「目的、が無いんですよね」
我慢できずに口を挟む。おそらく、僕以外の人達は僕への気遣いからこの言葉を言えずにいる。
そう。考えてみれば、この軍はただ帝国に反発して離反しただけの軍であり、明確な目的をもっているわけでは無い。よって、今後の行動が決まらないのだ。
僕自身はイグナシルに帰るという目的を持っているものの、それは軍全体の意思では無く、またその足掛かりも見えていない状況だ。
個人的には、ここにいない人達も含めて、その行動は嬉しく思う。客観的に見れば、衝動的で無計画な行動だと、断じられてしまうだけだ。
「……皆さんは、帝国に帰る意思はありますか?」
「レイネート、私達のことを気遣ってくれるつもりなら――」
「違います。
現状、この軍は単独で動くには条件が厳し過ぎます。中途半端な規模と戦力であり、食糧なども間に合わせ。なにより、目的が無いのは致命的です。
結局のところ、国という後ろ盾や寄りかかる組織が無い軍隊は無力です。心情的な面を抜きにしても、帝国に戻るのが最も正しいはずです」
「それは……だが……」
助けに来てもらった側である僕には、本来こんなことを言う資格は無い。だが、このままでは目的を見失った二百名はただ無駄死にするだけになってしまう。
「しかし、帝国がルーンキラーと繋がっていた可能性が高くなった以上、貴方だけでなく我々としてもあの国は信用の出来ない場所です」
「確かに。協力の目的などがわからない以上、帝国は疑うしかありません。かといって、他の国にこの人数で亡命というのも難しいでしょう」
「帝国」という国の在り方は、他国にとって脅威以外の何物でも無い。たった一人の指導者の指示で周辺に侵攻し、領土を拡大しては力を高めていく。数多の国々を国主や国民共々併合して巨大化していく「侵略国家」。それが「帝国」だ。
この軍にいるのは、すでに離反済みとはいえ元帝国兵ばかり。他国としても、無条件で受け入れるというわけにはいかない上、最悪の場合は帝国からの刺客ととられて攻撃を受けることになる。最近は名前が売れてきた将軍や、いまや僕しかいないかもしれないルーンマスターを擁するこの軍ならば、その可能性はさらに高くなる。
「この軍の行く末は、大きく分けて二つ。
一つは、このまま流浪の軍として目的も無く彷徨い、どこかの国から攻撃を受けて全滅するか、食糧不足や疫病で内部から崩壊するかという先の無い道。
もう一つは、帝国に戻って、以前と同様に国軍として働く。全く以前通りとはいかないかもしれませんが、元の生活に戻ることが出来ます」
このままならば前者、ということになるだろう。僕の知っているこの世界ならば、今の条件では避けようの無い未来だ。
……未来のことを、決まっているかのように考えるのはしたくないが、それしか考えられない以上は仕方が無い。根拠が無いわけでも無いのだから、今は個人的なこだわりは捨てるべきだろう。
「他の可能性を模索するという選択は?」
「その選択をするには、この軍には余裕が無さ過ぎます。帝国からの追手や諸国からの攻撃に晒されながら、安寧の地も無く動かなければならず、肉体的にも精神的にも皆耐えられないでしょう」
「ふむ……」
人が生きるために必要なものは多岐に渡る。最低限というなら水と食料だが、安心して寝られる場所や息抜きというのも、肉体的・精神的両面で重要な要素になってくる。ひと時も気を抜くことが許されないままで過ごしていれば、体力は奪われて病気に罹り、精神は病んでしまう。
「ですが、このままノコノコと帝国に戻るわけにはいきませんよ? すでに帝国は我々を裏切り者と認識しているはずです」
「はい。それもその通りです」
ただ死を待つだけの選択肢一を選べない以上は、必然的に「帝国に戻る」という選択肢二を選ぶことになる。バーツさんの指摘は、そのために乗り越えなければならない障害だ。
「現状、この軍が取れる行動は、『帝国に戻ること』。他に画期的な意見が無い限りは、これは覆りません。問題なのは、ただ帝国に戻るだけでは全員が一度は国を裏切った者として処罰されるだけということ。特に、この場にいる人達は(僕を含めて)極刑でしょうね」
「ならばどうする。まさか、ルーンキラーとの協力関係を暴露されたくなければもう一度帝国に迎え入れろと要求するわけにもいかんだろう」
「――いえ、ある意味それに近い方法をとることになるかと思います」
怪訝な顔を見せる将軍に目線を合わせる。
この場に居る全員が僕の言葉に耳を傾けている。
「ルーンキラーと帝国――正確には皇帝との関係性を明らかにし、それを武器に国民を味方につけましょう」
「――なるほど、国民か!」
「確かに、それは盲点でしたね。無意識の内に思考から外してしまっていました」
帝国の国家体系や、皆が内面的にも優れた兵士であるのだから仕方の無いことだろう。
帝国のように、国家元首が絶対的な権力を持った独裁政権下では、国民の意見というのは軽視されがちだ。仮に国民をないがしろにしていなくとも、兵士ならば民衆を巻き込まないようにと考えるのは自然で、味方につける=自分達の問題に巻き込んでしまうと思って思考から除外するのは責められることじゃない。むしろ素晴らしい考え方だろう。
この民衆に対する思いやりは、今回に限っては考えずともいい。なぜなら、今回は単純な戦闘行為では無く、政治的な戦いになる可能性が高いからだ。
「しかし、そうなると……まさかとは思うが、レイネート」
「はい」
「お前は、帝国皇帝を失脚させるつもりか?」
「場合によっては、それもやむなしと思っています」
場がざわめく。
僕が言っているのは、今まで絶対の権力を誇った国主を、その座から引きずり下ろす行為。ようは「革命」である。
「いや、しかし……そううまくいくか……?」
「難しいのではありませんか? ルーンキラーの脅威は、一般の民衆にはほぼ関係の無いことです。確かにルーンマスターがいなくなったことで各国の戦力は落ちましたし、帝国はその影響を強く受けています。
しかし、ザイスリングのような魔法国家でもない国では、元々魔法とは物珍しい『兵器』に近いものであり、魔法道具も普及していたとは言い難い。失われた恩恵が実感し難いものである以上、民衆が我々についてくれるかどうか……」
「そうですね。僕も、たった数度の戦いで魔法を用いたからといって、それが魔法への支持につながるとは思っていません。ただ……」
「ただ?」
これは、帝国皇帝がルーンキラーに協力していたと聞いて思ったこと。果たして、帝国がルーンキラーに協力して何の利益があるのか……?
度々言われているように、ルーンキラーによるルーンマスター暗殺は各国に平等に降りかかっている。それが全て科学者、ガルドの仕業かどうかは疑いの余地があるものの、他国よりも比較的多くのルーンマスターを軍に組み込んでいた帝国が、ルーンキラーに協力する理由は無いはずだ。
仮に、ルーンマスターがほぼいなくなってから帝国とルーンキラーが手を組んだと考えよう。だとしても、その恩恵はせいぜいが科学技術か、あの施設に保管されていたような魔法道具だろう。それも、今のいままで実践での利用は無く、帝国の利益に繋がっているとは言い難い。
ならば、なぜ帝国皇帝はルーンキラーに協力していたのか。いや、果たして本当に協力していたのか……?
「バーツさん。あの手紙には一体何と書かれていたのですか?」
『共通言語』は、人の思考にある言葉の「音」と「意味」をすくい取って変換する魔法。文字にまではうまく適用されず、僕はこの世界の文字を単純な学習によって理解している。あの手紙に書かれているような、達筆過ぎる文字は読むのが難しい。
「『例の計画、その実施時期を伝えたし。最終段階に入った以上、協力は惜しまない』……要約ですが、そういった内容が書かれていましたね。さすがに、送り手と受け手の関係性や正体を直接示すようなものは、文面には書かれていませんでした」
「そうですか……」
『例の計画』、というのが二つを結ぶ鍵なのだろうが、今はその内容に見当もつかない。
「仮に皇帝と交渉するならば、まずはルーンキラーとの関係を確かめ、その上で目的も明らかにするのが望ましいが……」
「今の所は、両方とも難しいとしか言いようがありませんね」
確かに、手紙と封蝋だけではつながりの証拠としては弱い。多少の不信感くらいならば煽れるかもしれないが、その程度では一国に対する切り札足りえない。大軍に押しつぶされて、僕達が居なくなった後は有耶無耶にされて終わりだろう。
「あの施設も、これ以上調べるわけにもいきませんからね……」
食糧の確保が済んですぐあの施設は離れ、現在はイシュタットと帝国の国境線近くにある廃砦を野営地に選んでいる。中もボロボロだったので宿泊とはいかないが、立地としては防戦用の施設だっただけあって悪くない。
ユルゲンさんのことは伝えていないが、帝国やその同盟国であるイシュタットがいつ施設の調査に来てもおかしくないことは将軍達も理解しており、長居することなく後にした。持ち出せたのは、蓄えられていた食糧と、僅かばかりの道具だけである。
「潜入、という方法をとりましょう」
「潜入、ですか?」
元帝国工作部隊のバーツさんが発言する。
工作部隊、偵察部隊として特殊な任務につくことが多かったバーツさんならば、確かに潜入という手段は可能かもしれない。
「少人数で帝国国内に潜入し、動きを探る。そうして、ルーンキラー亡き後どうしているかがわかれば、皇帝の目的なども予想が立てられるようになるかもしれません」
考えてみれば、帝国はまだルーンキラーの壊滅を知らない可能性もおおいにある。だとすると、計画とやらを含めた動きを知っておくことは必要か。
「他に意見も無い、か。
よし、バーツ。悪いが、頼めるか?」
「はい」
「僕も行きます。魔法を使えば、身を隠して盗聴したり盗み見たりも容易ですから」
いや、別にそういう目的で作られた魔法があるわけでは無いし、イグナシルではそういった行為に魔法を使うことは(少なくとも表向きは)厳重に禁止されていたが。
世界が変われば常識も変わる。これくらいは、必要に迫られてのことだと大目に見てもらおう。
「将軍はどうするんですか?」
「ひとまずは軍の編成だな。二百程度とはいえ、今後軍としてやっていくには必要なことだ。それが済めば、多少の陽動くらいならば役に立てる」
なるほど、将軍達が軍という単位で帝国の気を引いている間に潜入工作をするわけか。
「わかりました。では、そちらは将軍にお任せします」
「ああ」
――程なくして会議は終了し、編成後の階級などは後日、という運びになった。
目の前で揺れるランタンの明かりを見ながら、遠い眠りを待つ。
「また、皆を巻き込んでるなぁ……」
責任感の強い将軍だけでなく、二百人近くの人達まで僕の影響で人生を狂わせてしまっている。
この世界で、魔法を使って大勢の人を殺してきた。今更恐れるなんてことが許されるとは思っていないが、やはり気にはかかる。
「問題は常に山積み。疑問は一向に晴れることは無い。……なんとも言えないなぁ」
人生とはかくありき、と悟るには人生経験がまだまだ足りない。
僕には、まだまだ考えることがありそうだ。
「例えば、この軍の戦力強化、とか?」
取り急ぎ将軍を総指揮官として軍の編成は始まっており、隊長格だけは通達されていた。
ちなみに、僕は参謀長、兼魔戦部隊長。作戦の立案を行い、戦場では魔法を駆使して作戦決行のタイミングの指示と広域殲滅を行う。
まだ部下になる人はエリッツ君以外には決まっていない。バーツさんは副指揮官として偵察部隊などの指揮もあるため、今回は僕の上官となっている。
「今度こそは守らないと、な」
ルイ君は、僕のせいで最悪の結果になってしまった。あんな後悔は、二度としたくない。
とはいえ、今の僕の力でどこまで守りきれるのかという不安は尽きない。
「選りすぐりの兵士を集めていた独立魔戦小隊でもあの体たらく。良くも悪くも、平凡な兵士を率いてどこまで出来るのか……」
魔力は有限だ。大気中のマナを利用するように設定した『融合術式』でも、最低限の術式起動には自身の魔力を消費する必要があり、マナという大きすぎる力の制御に結局は相応の魔力量が必要となってくる。しょせんは、個人では賄いきれない量の魔力を補填する程度にしかマナは扱えていない。
まして、その複雑さから消耗の激しい『融合術式』は起動限界時間があり、それはこの世界に来てから新しく開発した『覆い包む城壁』も同様だ。
僕一人で皆を守るには、力が全く足りていない。
「…………」
そういえば、将軍の強さは凄まじかったなと、ふと思い出す。
遠距離からの投擲で地面を陥没させる程の力。馬上で槍を振り回し、大の男達を薙ぎ洗っていく姿には、冗談ではなく軍神を見た気になった。
「戦っている時は、とても女性だとは思えないよなぁ……」
あの膂力が、鍛えられているとはいえ細見な体のどこから出るのかと思う。
……いや、よくよく考えればおかしいか?
「そうだよ、いくら鍛えててもあの筋力はおかしいぞ」
馬上の敵をなぎ倒したり、槍を投擲する程度ならば戦闘技術を磨けばなんとかなるのかもしれない。だが、地面を陥没させるだけの威力を投擲した槍に乗せるなど、どんな大男でも無理だ。
人の限界を易々と超えた力。それは、まるで――。
「魔法……?」
魔法を使っている痕跡など無かったはずだが、それ以外に説明がつかない。
「将軍本人は、魔法を使っていないのか? だとしたら……」
気付いた。イグナシルでも、術師以外の人が魔法を効率良く、かつ複数利用するための手段。
この世界ではすでに数少ない道具。
「魔法道具か!」
勢いよく上半身を上げたため、ベッドが軋む。だがそんなことは気にせずに、頭の中でいくつもの方法を考える。
最早趣味である術式の考案・構築。『覆い包む城壁』同様、なぜ今まで思いつかなかったのか。
イグナシルでは、専門の術師がいた。たいていは民間の業者であったため、魔導政府で働く人間には関係が無かったという言い訳はあるが、相も変わらず肝心なところで抜けている自分を殴りつけたくなってくる。
「アイタッ!」
つい本当に殴ってしまい、感じる必要の無かった頬の痛みに呻く。
一人で馬鹿なことをやっている場合では無い。思いついたのだ、幸い眠りはまだまだ遠いらしく、眠気は全く感じない。
「そうだ、僕は術師なんだ。魔法をうまく使えない人達にも、魔法を使える人達にも、同じように魔法の恩恵を与える……それが、魔導執行官の基本理念の一つ」
そのためには、この世界の魔法道具は相応しくない。以前に帝国から貸し出された魔法道具群のような汎用性の薄いものでは役に立たない。今は、一つ一つの道具を兵士が個々に訓練している暇など無いのだから。
「なら、より簡易に、効率的に作成する必要があるな……」
例えば、一動作だけで魔法を起動できるような、『雷撃鞭』のようなものが理想的。
欲を言えば、兵士全員が自分にあった魔法道具を持つのが理想的。
「大量に作るには、材料と……基準、か」
術式を物質に埋め込み、起動方法を動作などに設定するには専門の知識が必要になる。だが――。
「術式の構築は、僕が唯一誇れる技能なんだ。魔法道具の知識だって、一通りは学習してる
……いける。これなら、いけるぞ……!」
本来必要な技術と設備を頭の中でリストアップしていく。もちろん、ガルド達のようにそれを実際に作るような資金や時間は無い。そのための魔法だ。
人の限界を超えるため、拡張機能として人に実装する技術。それが、イグナシルの魔法だ。
「作ってやる、魔法道具作成設備そのものを、魔法で――!」
『融合術式』を起動。体にかかる負荷を認識しながら、リストアップした設備と技術を類似した術式から取り出し、足りない部分を追加していく。
術式構築の簡略化にも使えるということを再発見しつつ、『融合術式』を起動する。
「いける、これなら作成そのものに時間をかけずに済む……いつでもどこでも、必要な魔法道具を作成していける。名付けるなら、そう、『魔具師の工房』だ!」
自分の魔法領域内に構築された大規模術式。その容量は他の術式を強制的に術式記録帳に押し戻してしまう程だが、それでもかまわない。
「まずは、手始めに……」
手近な木の棒を拾い上げ、目を閉じる。
僕の意識は、自分の魔法領域に建築された、巨大な工房へと入っていく。
「さぁ、簡単な術式だけど、どうなるかな……?」
興奮を抑えきれないながらも、工房に意識を集中する。
作ったのは、本当に簡単な術式。『試験術式』のような、何の意味も無い簡易術式。
だが、それでいい。大切なのは、それが実現できるということ。
「……ははは」
目を開けた僕の視界に移ったのは、微弱な魔力を纏った木の棒だった。




