↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sin Prophecy  作者: mirror
28/47

決着、そして新たな事実

短期間更新を目指していたのに、インフルで達成できずすいません……。

しかも、体調不良中の作業が溜まっていて、次もいつ更新出来るかわかりません。

出来るだけ、週一更新を心がけます。

 頭がすごくクリアになっている。

 グルグルと回っていた思考の無限回廊から抜け出せた。そんなある種の安堵と爽快感。

 目を閉じて、深く息を吸った。


「――さぁ、やろう」


 開いた目に映るのは、科学の産物と思われる物体群と白衣の男。


「何を、吹っ切れたような顔をしているか……!」

「吹っ切れたんだよ。ある意味ね」


 彼我の距離を測る。

 先の一撃は、確かに効いている。だからこそガルドは立てない。

 仮に動かれても、今の強化された視界の中では大した問題では無い。ただその動きに合わせて進行方向を変えるだけで捉えられる。


「もう一度だ」


 地面を蹴って走り出す。

 迎撃のために向けられる『銃』も怖くは無い。撃ち出される『弾丸』の通り道は、その発射口の向きと使用者の視線で知ることができる。躱すタイミングは、発射と連動している指の動きを見ればいい。

 放たれる殺意の雨。その中で、死に直結するものだけを紙一重で躱していく。


「なぜ躱せる!? 人間の動きじゃないぞ!」

「強化したからだよ、身体性能をね」


 慌てふためく顔を、もう一度思い切り殴り飛ばす。

 強化された拳を受けて、ガルドの体は背後で動く奇怪な円盤へとぶつかる。


 『融合術式』は、学生の頃に感じた素朴な疑問から考えた術式だ。

 術式は(過程はともかく)一つの結果しか生み出さない。だからこそ、術師と一般人の間では使用できる魔法の数に大きな差が出る。ならば複数の機能を有する術式を作ってしまえばいいと思ったのが最初。

 結論から言えば、それは不可能だった。まず第一に、そんな複数の機能を有する術式の起動には膨大な魔力が必要となり、それは一般人はおろか術師にすら用意できない量だった。

 もう一つの問題であった、根本的に術式の構造が複数の出力に対応していなかったことに関しては理論上とはいえ解決できていた。だから、『融合術式』と名付けてノートに書きなぐったこの魔法は空想でしかなかった。


「マナ、というものを知ってる?」


 ルーンマスターに聞いた、この世界の魔法を動かす原動力。

 今、僕の魔法領域で稼働する『融合術式』には、このマナと呼ばれる不可視の力が流れ込んでいる。

 周囲の空間そのものという曖昧な定義でも利用できる程、この力はどこにでもある普遍的なもの。これを利用すれば、自身の魔力総量を大きく上回る量の魔力を運用できる。


「この力をうまく使えば、イグナシルの魔法すら超える技術を確立できたかもしれない」


 なのに、その可能性を壊(ころ)した。


「だから、俺を殺すか?」

「――いや」


 そんな風に考えることも出来たけど、もうそんな綺麗事のようなことは止めた。


「僕は、そんなお前が個人的に気に食わない、大嫌いだから倒すんだ」


 三度目の疾走。我ながら単純だと思うけれど、この戦い方が一番有効だ。

 正直、殺すというところまでいけるかは自信が無い。だけど、少なくとも気を失って戦えなくなる程度までは、これを繰り返してやる。


「うぐっ……!」


 皮膚が切れる程度には掠るものの、決定的な被弾を避けて振り抜いた腹部への一撃。呻きながら吹き飛んだ体は、部屋を飛び出して転がっていく。


「ク……ソが……」


 這いずりながら恨みを呟く姿に、何の感慨も沸かない。

 もしかしたら無駄な重圧を自分でかけ過ぎたせいで心が壊れてしまったのかと、敵を追いつめながら想像して自嘲気味に笑う。

 うん、大丈夫。感情が死んだわけじゃない。


「科学を追い求めるのは、悪い事じゃない。だけど、そのための犠牲が多すぎたんだよ」


 ガルド・イーリヤは、イグナシルでも初期の流刑者だ。きっかけは、あの世界合同学会での「兵器の製法を発表する」という暴挙。

 とても、とても短かった僕が執行官だった時期、新たな処罰の方法として適用されていた流刑について調べていた頃に見た、名前だけの存在。その罪状はたった一文、「学会における兵器の発表」とだけ書かれていた。


「どうして、せっかく与えられた機会をあんな形で棒に振ったんだ。他にも、いくらだって発表するような技術は他にもあったはずだろう?」


 魔法を無効化する技術も、科学によって生まれたものなら大発見であったはずなのに。どうして人殺しの道具なんてものを成果として発表したのか。


「は、はははは……」


 血の混じったせいで聞こえる口元の水音と、そこから発せられる乾いた笑い。


「他の技術、他の技術か……」

「ガルド……?」


 笑いながらも震える足で立とうとする姿は、さすがに痛々しい。だけど、そんな気持ちは憐みにすぎない。


「科学とは、お前達の思っているような新しい技術では無い(・・・・・・・・・)」

「な……」


 新しい技術では無い?

 科学は、魔法をうまく使えない一部の人達を支援するために考案された代替技術、というのがイグナシルでの一般的な見解だ。だからこそ、「多くを要し、少なきを得る」と言われながらも学会発表の機会を与えられた。

 だというのに、新しくないとはどういうことか。


「何も知らず、己の持つ技術こそが最優であると誤解しているからこそ、我々科学者は貴様等を軽蔑しているのだ」

「なら、お前は何を知っているっていうんだ」


 血が滴る口を、歪んだ笑みへと変える科学者。

 悍ましいとすら感じるその表情は、あるいは「愉悦」、なのだろうか。


「私が知っているのはな――魔導政府が隠し続けている真実だ」


 言下に、背後の壁から突き出した棒を引き下ろす。

 鈍く重い音が響く。巨大な何かが動いている時特有の重低音だ。


「円盤が動いてる……!」

「これはな、『歯車』だ。魔法で全てを完結する貴様等には縁遠い代物だが、これが施設中に配置され、互いに動力を伝え合っている」


 『歯車』という巨大な円盤が回る。それぞれがもつ突起状の部分が互いに噛み合い、窮屈な見た目を裏切って滑らかに回転するソレは、徐々に速度を増していく。


「何をするつもりだ、ガルド」

「決まっているだろう、お前を殺すのさ。私の目的は、今も昔も変わらず魔法を使う者たちの皆殺しだ」


 『歯車』の回転と同調するように重低音が大きくなっていく。施設全てを利用しての行動、只事であるはずがない。

 魔法無力化の技術も通用しない魔法、それによって追いつめられていながらも笑みを浮かべられるだけの何かを起こそうとしている。


「くっ……『雷撃一閃』!」


 止めなければ。そう思って放った雷撃は、奇怪な形状の円盤に命中しながらも霧散する。


「くそ、一つ一つに無力化の技術を備えているのか」

「当然だ、途中で止められるわけにはいかん」


 ならば直接打撃を加えるか。――いや、いくら強化出来るとはいっても、すでに突起部分が霞むほどの速度で回転する物体に触れるのは危険だ。果物を細かく切り刻む魔法など、回転を利用した魔法の起動中、その回転に触れて大怪我するという事例もある。うまく回転の中心部に打撃を加えられれば被害を受けずに衝撃を与えられるかもしれないが、微妙に上下左右にも動きながら回転する『歯車』の中心をうまく捉えるには、僕は肉弾戦闘の経験が浅過ぎる。


「マナ、と言ったか。その力がデカく有用なのは確かなのだろう。だが、それはこの世界特有のものでイグナシルには無い。

 ――見せてやろう。与えられたものを使うだけの愚図には扱えん、圧倒的な『力』を」


 施設を満たしていた重低音は、風切り音のような微かな高音を伴うようになっている。

 ガルドの言う『力』が魔力に類するものならば、この段階までくれば感知できる。だが、僕の五感を含む知覚能力は音以外の何かを感じることは無い。

 今から使われるものは、掛け値なしに「未知の力」だ。


「消し飛べ、術師――『電磁加速砲(レールガン)』発射ぁ!!」


 歯のような突起部を噛み合わせていた『歯車』群が、押し込まれた組み込み型術式の起動ボタン(らしきもの)に呼応して動きを変える。

 規則正しく、激しい回転と緩慢な上下左右への移動を続けていた『歯車』は、賓客を受け入れる使用人のように道を開ける。

 開かれた道のその先から、『銃』の発射口を巨大にし、なおかつ左右に補助機構を備えた砲塔が突き出してくる。


「――――!」


 『電磁加速砲』という言葉の意味はわからなくても、あの兵器がどれほど凶悪かはわかってしまう。

 仮に『覆い包む城壁』を一点に一極集中させても防ぎきれないほどの威力があると確信してしまう程の禍々しさを放つその砲塔は、間違いなく僕を狙っている。

 逃げるか……いや、追いつめられながら使用されたこれが、容易く回避や逃走でやり過ごせるはずもない。この場に居ること自体、敵の思惑の内だと考えた方が良い。

 防ぐことは出来ない。逃げることも、回避することも許されない。盤上遊戯ならば、「詰み」の状態。雷を纏いながら光り出した巨大な砲塔が、それを裏付けている。


「アハハハハハ……死ね、死ねぇ!」


 勝利を確信した哄笑。それ程に絶対的な力の差。

 唯一の武器を封じられて、それを攻略したかと思えば純粋な力で上をいかれてしまう。

 耳に届く雷鳴にも似た音が、まもなく準備を終えることを伝えてくる。――時間が、無い。


「……時間が、無い?」


 果たして、本当にそうか……?

 ガルドは、「発射」と言った。ならば、それはすでに完遂されていなければならない程短い時間で終えられるはずではないか? 小型の『銃』と比べるからそう思うだけなのだろうか?

 違う。確かに残された時間は少ない。

 逃げる時間は無い。今から目の前に広がる巨大な機構に突撃しても迎撃されるだけ。――だが、こうやって思考することは出来る……!


 考えろ、それだけが今の僕に許された行動なのだから。

 『融合術式』による強化を、全て思考のために注ぎ込む。強化された思考能力は、時間が低速になったように感じる程に加速する。

 考えろ――どうすれば、あの凶悪な一撃を受けずに済むのか。

 考えろ――どうすれば、この絶望的な状況を回避できる。

 考えろ――どうすれば、ガルドによる必殺の思惑を崩すことが出来るのか。

 考えろ、考えろ、考えろ――。


「――考えた。どうやって、打破するのかを」


 今までと同じだ、何も特別なことじゃない。

 ――敵の思惑を崩すには、その思惑の中にある自分を越えてしまえばいい。

 『冒険家の嗜み』による作戦の時も、『雷撃一閃』によるガルドとの一戦目の時も、『覆い包む城壁』によるエルパーツァ軍撃退の時も、『融合術式』のよって追いつめた時も。

 全て、相手の思惑の上をいったことによって優位に立った。戦闘に限らず、それが人が唯一可能な現実の否定。


「『覆い包む城壁』起動、形状変化『前方拡散(フロント・スプレッド)』」


 加速した思考の世界が、言葉を介して外界へと影響する。

 形成された魔力壁は拳大のものから上半身を隠せる程のものまで大小様々。それが前方の空中に散らばるように展開される。

 肉体の駆動は間に合わない。すでに『融合術式』の強化対象は首から上、思考と発声のみに限定している。さらに、第四層と第五層に分けていた強化の術式を全て第四層にまとめて結合、第五層には新たに『覆い包む城壁』を含む戦闘用の術式を結合し直す。この時点で周囲から吸収できるマナの量を超過したのか、体内の魔力が大量に消費する。

 魔力消費で苦しんでいる暇は無い。形状から見て、あの砲塔は『銃』の強化版であると予想できる。ならば、『弾丸』が撃ち出される瞬間を逃せばどうしようもない。


「間に合え――!」


 巨大な砲塔が纏う雷はすでに強化無しでも視認できる。発射までの猶予はコンマ数秒。

 あれらの機構に接触すれば無力化される、距離を保て。

 纏わりついていた雷が迸る。来る――!


「ッアア゛!」


 視界を焼く白い閃光。顔には雷によって発生した熱がぶつかる。

 すでに聴覚は発射時の轟音で使い物にならない。

 無我夢中で『融合術式』の術式を一斉起動する。完全に許容量を超えた魔力消費に、体内から逆流してきた血が口内に溜まる。

 それでも止めることなく流し込んだ魔力は、正しく役目を果たした。


「――馬鹿な、なぜ止まる!?」


 目の前の光景を、信じられないと否定する声。焼かれた目では、それを見ることは叶わない。

 しかし、必殺を期して放たれた攻撃を制止することは出来ている。継続して消費され続ける魔力がその証明だ。


「まさか、逆方向に電磁誘導を行っているのか……?

 嘘だ……そんなことが、出来るのか……? これが、これが魔法の力とでも言うつもりか!」


 悲壮感すら感じる言葉の意味はわからないが、僕の思いつきは間違っていなかったらしい。


「ふざけるな! 『電磁加速砲』を一度撃つだけでどれだけの電力を消耗すると思っている!? たった一人の術師が用意できるようなエネルギー量では無いぞ!」

「そ、れが……マナと呼ばれる力の、可能性なんだ」


 今も、通常利用できる以上の魔力が洪水のように流れ出ている。それでも、マナという不可視の力を併用していなければ、今の状況を生み出す前に僕は死んでいる。

 『解析』によって得られた情報を意識を介さずに直接術式内で共有、全く同じだけの雷を『雷撃一閃』の術式を一部流用して発生させる。そのための媒体として、大量に展開してばら撒いておいた魔力壁を利用する。そうすることで、単一の雷では無く複数の雷を同時発生させることによる共鳴作用で全体の威力を向上、敵兵器の威力を上回るだけの密度を確保した。後は、それを撃ち出された方向へと指向性を設定して返すだけ。


「馬鹿な……何故、魔法如きでここまで出来る……。しょせんは系譜の底辺、先の無い技術では無かったのか……」


 意味のわからない言葉を続けるガルド。

 すでに声を出すことも叶わない。だから、心の中言ってやる。

 ――どんなものでも、使う者が人である限り可能性はあり続けるんだ。


 暫くの抵抗をした後、砲塔より撃ち出された人の頭程もある鉄塊は動きを止め、落ちた。



「は……はぁ……はぁ」


 座り込み、目が眩む程の疲労で弱まった呼吸を必死に続ける。

 今の僕は無防備だ。襲われればひとたまりもない。……だが、その気配もまた、無い。


「……ヵな……ぜ……」


 聞き取れない声で呟くガルドは、茫然自失と言った風に虚空を見ている。

 今しかない。お互いに満身創痍、抵抗する気力も無い今なら、この戦いに決着をつけられる。


「ガルド」

「…………」

「僕の勝ちだ」


 少しだけ肩が揺れて、それ以降はピクリとも動かない宿敵。だからといって、僕にも肉体的にトドメを刺すだけの魔力は残っていない。今の言葉は、あくまで精神的に引導を渡すためのもの。


「部下を、旧ザイスリング王国の人達を解放しろ。彼等も、お前が騙したんだろう?」

「……すでに、全員無力化されてあの男に捕えられている」


 あの男……ユルゲンさんのことか。僕がガルドだけに夢中になっている間、邪魔が入らないように部下を倒してくれていたらしい。この言い方なら、死んでいるというわけでもなさそうだ。

 これで、ルーンキラーは壊滅状態のはず。施設時代は未だに『歯車』が動き続け、その機能は生きているようだが、科学を使える人間がいなければそれも大した意味は持たないだろう。


「……どうして、こんなことをしたんだ」


 それは、どうしても聞いておかなければならないこと。

 ただ生まれた世界を追い出された、それだけにしてはあまりに執念に満ちた行動の数々。意味のわからない言動も、その真意を知っておく必要がある。


「自分を流刑に合わせた魔導政府を恨んで、それだけでこの世界のルーンマスターの人まで殺したのか?」

「くっ……恨みか。――そうだな、確かに私は魔導政府に恨みを持っているよ」


 自嘲気味に小さく笑う。だがその口ぶりは、僕の言葉を否定している。


「お前のような人間は、魔導政府に疑問を抱くことなど無いのだろうな」

「イグナシルに居た時はね。僕は憧れと幻想だけで政府を信じていた」

「お前だけでは無い……。イグナシルにいた大抵の人間は、魔導政府という世界を統一した巨大組織を畏怖と尊敬の念でもって盲信している」


 ……少しだけわかる。この世界に来て感じた魔法への違和感。それは、本来ならば魔導政府に対しても持たなければならなかったもの。


「私は、その盲信を崩すために科学を調べ、研究し続けたのだ」

「その結果が、あれなのか……!?」


 『銃』という人殺しの道具、魔法という貴重な技術を否定するための魔法無効化技術、果てには『死者の懲役・禁』というイグナシルの魔法史上最悪の魔法を再現する。


「命を落としてしまった人を無理矢理蘇らせて、意思を奪って従わせるのがお前のやりたかったことなのか!?

 あんな悍ましい行為……お前は狂っている!」


 うまく力の入らないまま胸倉を掴み、俯いていた顔を上げさせる。その顔は、奇妙な笑いで歪んでいた。


「何が可笑しい!?」

「可笑しいさ。お前が、そんな科白を吐くとはな」

「どういう意味だ」

「そのままだ。一度生き返ったお前(・・・・・・・・・)が、そんな科白を吐いたことに可笑しくなっただけだ」


 ――――え?

 僕が、一度生き返った……?


「何を言ってる。僕は、死んでなんか……」

「いいや、死んださ。私の攻撃を心臓に受けて、即死だった。帝都に戻るまでの数日は確実に死んでいたはずだ。

 だが、次に貴様の存在を確認した時には何事も無かったかのように生きていた。――これは、蘇生したということだろう?」


 違う。僕は死ぬ寸前だったところを助けられて――――誰に?

 そうだ、フィランツェ様だ。あの方が、僕が危機に陥った時のために魔法を仕掛けておいてくれたからこそ、死ぬ直前で助かった。

 僕は、死んでなどいなかった。


「死んでいなかったのなら、なぜ貴様の仲間は死んだと思った? あの甘い連中なら、貴様を助けようと最期まで躍起になったのではないか?」


 死んだと思ったと、将軍達は言った。なぜそう思った……?

 生死を詳しく調べる方法が、この世界にもあるのかどうかわからない。イグナシルのように、魔法を使うわけではないはずだ。

 この世界に来てから、「死んだかどうかわからない」という状況には出会ったことが無い。生か死かのどちらかが、明確に示されてきたからだ。

 まさか、あるのか? 生死の判定が曖昧だからこその死亡判断、その予想を裏切るような、確かな判定方法が。


「阿呆が。心音に呼吸。いかに猿共といえど、その程度ならば確認できる。

 改めて教えてやる。――貴様は、一度死んだ」

「――――――」


 僕は、死んだ。そして、フィランツェ様に蘇らせてもらった――。

 そんなことはできないはずだった。だから、『死者の懲役・禁』はあれほどの失敗作で、忌むべき魔法として禁じられて――。

 だが、僕が助けられた魔法も本来ならば不可能なものではないか? そう、確か『自動修復』と呼んでいたあの魔法も、魔法の原則を破っている。

 どうして、今まで気にならなかった? こんな、ありえない違和感。禁呪にも匹敵する結果を得た魔法を、その体験を、どうして今まで忘れていた?


「ふん、どうやら記憶すらいじられていたか」

「違う、これは……ただ……」

「理解したか? どちらが本当に狂っているか」


 おかしいのは、どちらだ……?

 ガルドが、この期に及んで僕を騙そうとしているのか? 僕の記憶が曖昧になっているのは何故だ。あれほどの体験をしたっていうのに、忘れるなんてことがありえるのか……?


「僕は……死んで……?」


 フラフラと立ち上がって、数歩下がると足がもつれて尻餅をついた。


「お前は死んだ。そして生き返らされて、その記憶を操作されたまま魔法という力を信じて動いていた。――このどこにお前自身の意思がある?

 悩んでいただろう、悩み続けていたはずだ。それなのに動いたのは何故だ。周りに流されて、突き動かされるように現世を歩くお前は、あの弓兵のガキとなんら変わらん」


 僕は、知らずの内に操られていた……?

 そんなはずはない。そんなはずはないのに、自分自身を信じられない。

 仮に操られていたとしたら? その目的は知りようが無い。だが、たった一つだけわかることがある。


「操っていたのは、フィランツェ様……?」

「ふん、お前達術師が神格化するあの女ならば、何をしても肯定されるだろうよ。私のような政府にとって不都合な人間を合法的に排除するために動いていたようだし、大方お前も政府の隠し続けた秘密を守るためにこの世界に送られて来たのだろうよ」


 政府の秘密。それを守るために、僕は全てを失ってこの世界に送られた。――フィランツェ様の手によって。

 荒唐無稽な話だ。だというのに、否定できないのはどうしてだ。


「ふん、この程度でまた揺れるか。しょせん、貴様はその程度だということだ」


 茫然と座り込む僕の横を通り過ぎ、足を引きずりながらガルドが歩いていく。その後ろ姿を、惰性で目線が追う。


「――どこに行くつもりかね」


 ガルドとは反対方向からかけられた声は、厳格な響きで制止をかける。


「お出ましか、傀儡」

「色々と知っているようだ。私の預かり知らぬところで、君も一つの要因として組み込まれていたのか

「そういうことだ、愚弟。

 私は負けた。だが、我が目的は達成されるだろう。他ならぬ、貴様等の手によってな」


 両手を広げ、大仰に後ろへと歩いていくガルド。『融合術式』どころか、全ての術式が強制的に術式記録帳へと戻された今は『暗視』の力も無く、暗闇へと歩いていく姿は死刑囚が最後のパフォーマンスをしているかのように映った。


「レイジ・ネート!」


 立ち止まり、元の嘲笑めいた笑みを顔全体に広げながら呼びかけられる。

 混乱しながら、反射で顔を上げた。


「お前の疑心、不安、混乱が、『魔法』という虚構を頂いた貴様等が当然抱くべき罪業だ」


 抽象的な独特の言い回しが、なおさらパフォーマンスの色を強めていく。

 嗤いながら暗闇に言葉を響かせる姿は、舞台で演じる役者そのものだ。


「お前は勝った。だが、得るものは何もないぞ。お前の勝利ですら、この舞台を整えた演出家の思惑の内だ」


 演出家、か。一体、どこまでが「演出」だと言うのか。


「おかしいとは思わなかったか? 科学者であり、術師では無い私がこの世界で不都合無く生活出来ていることに、お前達ですら使えないような禁呪を使っていることに」


 そんな余裕さえ、僕には無かった。あるいは、それもどこかの誰かの掌の上で操られているからなのか。


「……さて、私の役目はここまでだ」


 不意に此方から外した目線は、どこか遠くを見つめていた。


「最後まで思い通りにはいかなかった。こんな人生だと、事ここに至っても未練も無い。……それだけは、感謝すべきか」


 死ぬつもりだ。

 言葉や雰囲気からそれがわかっても、止める気力は今の僕には無い。ユルゲンさんも、わかっているだろうに動こうとしない。そういえば、この人もガルドと何か関係があるらしい会話をしていた。ならば、必ずしも味方というわけでも無いのか。


「このくだらない舞台で演じていた先輩役者として、お前に一言残してやろう」


 遠くを見つめていた視線が、再び僕を射ぬく。


「忘れるな、『魔法』という虚言に侵された俗物! お前は、お前達の世界は――|狂っている(間違っている)!!」


 吹っ切れたような顔のガルドは、いっそ清々しい程楽しげに、謳うように僕を呪った後、背後の暗闇へと身を投げた。

 一拍置いて暗闇から聞こえたのは、肉が地面を打つ水音にも似た鈍い音だった。



 暫くの間、二人とも動かなかった。

 疲労と混乱で、動く気になれなかった。

 「お前は何も得られない」。その通りだ。ただ勝つことだけを考えて動いた結果、僕は何も得られなかった。


「……そろそろ、動けるかい?」

「……はい」


 本当は、まだもう少だけ座り込んでいたい。叶うなら、もうずっとこのまま……。

 それほどの疲労感と脱力感が全身を侵していた。


「辛いだろうね。

 すまない。君の苦しみの一端は、私が担っている」


 それはつまり、ユルゲンさんも敵の一人であるかもしれないということ。

 僕の知らない所で、何かが進行している。だけど、その正体は影すら見えない。


「今は、いいです。考えられないっていうのもありますし、それより優先することもありますから」


 そう、問題はまだ山積みだ。ルーンキラーを倒したのだから帝国の追手は無くなるかもしれないが、このまま帝国に戻ることが正しいかもわからない。

 なにより、僕はイグナシルへと帰ると決めた。その方法は、片鱗すら見えてない。


「ルーンキラーの、他の構成員はどうなったんですか?」

「抵抗はされたが、全員縄で縛ってあるよ。気絶させているし、もう暫くは大丈夫だろう。部下達の部隊も呼んだから、到着次第引き取ろう」

「そうですか」


 なら、もうルーンキラーについて考えることはほぼ無い。騙されて、ルーンマスター殺しや軍の襲撃に加担した人達の処遇は、僕が考えても仕方が無い。そう、割り切るしかない。


「少し、この施設内を調べてもいいですか?」

「あぁ、構わないよ。私は地上に出ているから、何か用事があったら呼んでくれるかな」

「はい、ありがとうございます」


 残された科学技術や、僕より早くこの世界に来て各国に潜伏していたガルドの遺物は、何かの手がかりになるかもしれない。調べておくに越したことはないだろう。



「げほっ、ごほっ。掃除という概念が無いのかな、研究者には」


 資料室、あるいは書斎らしき部屋を見つけて入ってみたが、山のように積み上げられた質の悪いこの世界の紙と羊皮紙には埃が被っていた。一歩踏み込んだだけで舞い上がる誇りは、瞬時に喉を襲撃してくる。

 咳き込みながら踏み込んだ部屋は、どう足を運んでも何かを踏んでしまう。これでは、重要な書類を見つけるだけでも何日かかるかわからない。

 イグナシルに居た頃にも様々な学者、研究者の部屋に入ったが、ここまででは無くとも似たような有様だった。どうもこの惨状は、一部の人種にとっては共通の習性らしい。


「『磁束変動化における導体の電位差発生現象の考察』、『線輪に対する回転磁石が発生させるエネルギー・その一』……何のことか、さっぱりわからない」


 とりあえず上に置かれていたものを手に取ってみたが、何の資料なのかさっぱりわからない。この世界の言語で書かれているのだから、この世界に来てから作られたもののはずなのだが。

 他の資料も似たようなもので、おそらく科学について書いてあるものなのだと思うのだが、理解できないのでは読み意味も無い。


「ここには、手がかりになりそうなものは無いのかな」


 諦めかけて周囲に視線を走らせると、一つだけ違和感を感じるものがあった。


「手紙?」


 他の粗悪なものとは違い、綺麗な白の封筒。しかも封蝋までされたものは、雑然としたこの部屋には似つかわしくない。

 他には同じような手紙は無い。封蝋の様子から、明けられて間もない。とすると、他の手紙は処分されている可能性もある。


「他にはめぼしいものは無さそうか……」


 未だ活動を続ける施設の情報なども仕入れておきたかったが、意味不明な言葉が並ぶこの部屋の資料と睨みあっていても仕方が無い。ひとまずは、この手紙だけをコッソリ持ち出しておいて後で読むことにする。ユルゲンさんが味方では無いとわかった以上、あまり待たせて敵意を持たれても問題だ。


「これが成果か……。どうして、これが……」


 イグナシルで出来なかったのか、と続けそうになって首を振る。

 大量にある資料の山からは、努力と研鑽が窺える。これだけの成果ならば、学会から追い出されることもなく、あるいは科学が認められる日が来たかもしれない。

 だが、誰かがそうはさせなかった。だから、ガルド・イーリは魔導政府に反抗し、狂ってしまった。


「いや、彼曰く狂っているのは僕達の方なんだっけ」


 それがどういう意味なのか、結局わからないまま。謎を解くためにも、僕は帰らなければならない。

 どれだけ混乱しても、わからないことが増えても、それだけは忘れずに覚えておかないといけない。


「……まずは、地上に上がって帝国に戻るところからかな」


 どれだけ悩んでも、今の僕にはそこしか居場所が無いのだから。



 地上に上がり、日が山へと落ちていく中を待っていると、騎馬部隊が砂煙を上げて向かって来た。


「どうやら、君の迎えのようだね」

「え……」


 一瞬、帝国からの追手かと思って身構えたが、なけなしの魔力で『遠視』を発動すると見覚えのある顔が見えた。


「では、私はそろそろ行くよ」

「部下の人達を待たないんですか?」

「あぁ、あれは嘘だよ」

「――う、そ?」


 あまりにも自然に言われたため、一瞬何を言われたのかわからなかった。


「嘘って、どうしてそんな嘘を!?」

「うん? 通信用の魔法道具を持っているわけでは無いし、連絡なんてつけようもないだろう? 立場上、あまり君にこの施設を調べ回られても困るからね、牽制くらいにはなるかと思って」


 全く悪気の無い満面の笑み。なかなか強かな人だ。敵には回したくない。


「じゃあ、そういうことで。また機会があれば会えるといいね」

「はい。――あの」

「うん?」

「ありがとうございました」


 最大の礼を表すために、しっかりと頭を下げる。

 見えない相手から、戸惑ったような雰囲気が発せられる。


「私は、君の敵かもしれないんだよ?」

「それでも、助けていただいたのは事実です」


 帝国を追われて、慌ててこの国に逃げて来た僕を何も聞かずに助けてくれた。食べる者も、寝る場所も、ユルゲンさんが居なければ手に入らなかっただろう。このルーンキラーとの戦いでも、ユルゲンさんがいなければルイ君に殺されていた。

 ……ルイ君の体は、すでにユルゲンさんとの戦闘で壊れていた。今はまだ形を保っているが、夜には塵になっているだろう。そして、誰かのところで再構築される。


「君を苦しめている原因が、自分にもあるとわかっているだけに心苦しいのだが……」


 言いかけて、馬から降りる気配に顔を上げる。


「レイジ君」

「は、はい」

「私は、君の味方にはなれない。だけれど、君にはすでに味方が居るだろう。

 信じられるかい、その味方を? 私や、あの男と関わった今でも」


 僕の味方……。

 振り返り、すでに肉眼でも馬の形がわかる距離にいる人達を思い起こす。


「信じ、られます」

「……そうか。ならいい」


 そう言って、肩に置いていた手を離して馬に乗る。

 姿勢良く夕日に照らされるその姿は、物語の英雄も斯くやといった風だ。


「君に会えて良かったよ」

「僕もです」


 短く言葉を交わし、最後に一度だけ帝国流の敬礼を残してユルゲンさんは去って行った。



「無事か、レイネート!」


 目の前に着くなり馬から飛び降り、将軍が掴みかかってくる。別に大仰では無く、本当に掴みかかるという表現がピッタリな勢いで近づいてきて、そのまま体を揺すられる。


「だ、大丈夫、です、から」

「本当か!?」

「ほ、本当です!」

「そうか……ならいい」


 心の底からホッとしたような表情で、将軍は手を離す。

 本当に、この人だけは信じる以外に対応のしようがないと思う。これが嘘なら、僕は世界の全てを信じることが出来なくなる。


「それより、わざわざ一部隊を率いて迎えに来てくれたんですか? ルーンキラーは倒したので追手の心配は無くなったのですが……」

「ルーンキラーを倒した!?」

「え、あ、はい」


 心底驚かれてしまった。

 よくよく考えれば、通信水晶を使ったわけでも無いのに知っているはずがない。つい数時間前の出来事なのだから。

 ならば、何故将軍が部隊を率いてここまで来たのか、また来れたのかという新たな疑問は沸くが、それよりも先に今回の顛末について話しておくことにした。

 この国に逃げて来た後、親切な人――彼にとって都合が悪いことかもしれないので、名前や所属国は伏せておいた――に助けてもらったこと。ルーンキラーの拠点を偶然見つけて攻め入り、構成員を捕縛、ガルドは――自殺したということ。

 ルイ君についても、詳しくはまた後で話すとして、魔法の力で無理矢理蘇らせられたことなどを話しておいた。『死者の懲役・禁』の被害が出るとすれば、その対応もしてもらわなければならない。


「それで、中にあった資料類は科学関連のものばかりで理解不能で……唯一内容を理解出来そうな手紙だけを持ち出してきました」


 そういって、適当に懐に突っ込んでおいた手紙を取り出す。すると、その手紙を見た将軍や副将軍が一様に顔色を変えた。


「どうしたんですか?」

「……これが、ルーンキラーの施設内にあったんだな?」

「えぇ……おそらく、科学者ガルド・イーリヤが使っていたと思われる部屋に」

「そう、か……そういうことか……」


 歯を噛み締め、何かを考え込むような表情になってしまう将軍。他の皆も、似たようなものだ。


「この手紙が、どうかしたんですか?」

「私から説明します」

「バーツさん」

「貴方のいた世界ではどうかわかりませんが、我々の世界における封蝋は、一部の上流階級しか利用しないものです」


 それはイグナシルでも同じだ。

 そもそも、魔法の普及で手紙という文化そのものが廃れかけている時代では、文通という行為は趣味の領域だ。まして封蝋でわざわざ封をするというのは、本当にマニアな人達だけ。とても一般的とは言い難い。違いがあるとすれば、別に地位や家柄を示すものでは無いということくらいか。


「さらに言えば、封蝋に使われる蝋は地域によって臭いや色に違いがあり、その形状や模様によって個人がほぼ特定されます」


 それはつまり、差出人がわかるということか。なるほど、そういうことなら他の手紙が処分されて残っていなかったことも頷ける。

 砕かれた封蝋をもう一度よく見ると、紋章らしきものが僅かに残っている。これなら、知っている者が見れば個人の特定も出来るだろう。

 ルーンキラーに手紙を送っていたとなると、各国の協力者、あるいは帝国に潜伏している裏切り者である可能性もある。情報が得られたと喜びはしても、そんな沈鬱な表情になる理由はあるのだろうか……?


「この手紙に使われている封蝋ですが、この血のような濃い赤、特徴的な六角の判で押されたであろう形状、そして何より大地を貫く大剣を模した特注の紋章。――これは、帝国皇帝が使う封蝋です」

「え……?」


 帝国皇帝……?

 それはつまり、裏切り者は帝国にいる誰かでは無く、帝国の意思そのものだと言ってもいい国家元首がルーンキラーに協力していた、ということか。


「帝国そのものが、ルーンキラーの協力者……」

「……私達からも、伝えることがある」


 手紙の衝撃から立ち直る隙も無く、将軍から新たな衝撃が加えられた。


「ここにいる者は、全員が帝国を出奔した。――我等は、帝国を見限る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。