大嫌い――『融合術式《ユニゾンコード》』
かつて、魔導政府に奇妙な相談が寄せられた。
三、四件程度の相談件数ではあったが、内容が不可解であったために政府に属していた術師が調査に乗り出した。
相談者の言葉はこうだ。
「私の、死んだはずの大切な人が生き返ったんです」
後に、魔導執行官という「術師を取り締まるための術師」を生み出す要因にもなったこの事件を引き起こした魔法は、『死者の懲役・禁』と名付けられ、その術式は政府によって厳重に管理されることとなる――。
『死者の懲役・禁』は、未完成の魔法だ。術式には無駄が多く、チグハグで奇妙な構成。なのに、魔力を流し込めば正しく――あくまで、その魔法の機能としては「正しく」――起動する。
作成者である術師の男は政府直属の術師として輝かしい未来を用意されながらも、婚約者との静かな一生を望んで片田舎の一軒家で慎ましく過ごしていたらしい。
彼に何があったのかはわからない。ただ、政府の術師が見たのは、狂ったように笑いながら術式の構築を行う術師と、虚ろな目で立ち尽くす一人の女性。
すでに歴史の講義で習うような古い魔法。だが、その後の被害者が受けた苦しみを知って、まともな感性も持っている術師は一人残らず嫌悪する。
『死者の懲役・禁』は未完成であるがゆえに、深刻な機能不全がある。対象になった死体の記憶に反応しているのか、命令を出していない時は生前最も親しかった人間のところへと向かうのだ。しかも、術式が魔法領域で発動するタイプではなく対象、つまり死体に埋め込むタイプであったために、流し込まれた魔力が尽きるまでは起動を止められない。
さらに悪い事に、機能不全がある一方、この魔法は「魔力消費」と「対象保全」という二つの観点から見れば秀逸としか思えないデキだった。
魔法の実験用と思われる被害者の死体に注がれた魔力は一ヶ月から三ヶ月は肉体を駆動し続け、たとえ死体の肉体そのものを破壊しても瞬時に修復してしまう。時間が経てば肉体が無理な活動に耐えられないのかチリとなるが、魔力が残っていればそれすらも修復される。
結局、その狂気を恐れた政府の術師によって殺害された作成者は、修復が不可能なるまで肉体を破壊し続けるか、大切な人の生気の無い顔を見続けて狂いそうになりながらそれがチリとなるのを見届けることを繰り返すか、という最悪の選択を被害者に残した。
「そんな魔法を、お前は……!」
疾走しながら、学生自体の嫌悪を思い起こす。
魔導執行官を目指した自分が、真に憎むべき「悪」とされる魔法。未来の自分を想像して、こんな悲劇は二度と繰り返させないことを強く心に誓った。
――その悲劇を、自分が体験するとは思わなかった。
「殺してやる……お前は、絶対に!」
『やってみろ、盲信者』
反響する声の出処はわからない。だが、鉄で出来た謎の置物以外はほぼ一本道の施設で、数少ない分岐点である階段の上にルイ君を立たせている。ならば、その先があの男の居場所だ。
「待ちたまえ、無策で進めば罠があるかもしれんぞ!」
「そんなこと、気にしている場合じゃないんです!」
理性では僕を案じての言葉だとわかっていても、反射的に突っぱねてしまう。
今はただ、イグナシルに生まれた人間としての禁忌を犯したあの男に思い知らせてやりたい、それしか頭に無い。
『覆い包む城壁』を起動しつつ階段の下へと走り込む。
「…………」
「ッ!」
僕の進路を阻むように通路に立つルイ君。
焦点の結ばない目は、僕を見てはいない。ただ、操り主からの命令に従って動くだけ。
「どいてくれルイ君!」
届かないとわかっている。それでも言わずにいられなかった。
こんな風にしてしまったのは、僕の責任だ。指揮官にとってあるまじき油断で部隊を危険にさらして、あげく自身を狙う攻撃で部下を失ってしまった。
元に戻してあげたい。こんな不条理があってたまるか。
「……の……ダ」
「え?」
ルイ君の口から、音が漏れた。
『死者の懲役・禁』の影響を受けた肉体が言葉を話せるとは聞いたことが無い。気のせいか……?
「お……エ、の……」
「ルイ、君……?」
いや、確かにルイ君の口が言葉を紡ごうと動いている。
まさか、意識が残っている……?
「ルイ君、聞こえているの!? 僕だよ。いや、この姿じゃわからないか……レイネだ。君に助けられた小隊長のレイネだよ」
「……え………イダ」
「何が言いたいの?」
ガルドの命令で襲い掛かられる恐れもある。『覆い包む城壁』で魔力壁を小さく体の周囲を包む形に変えながら、一歩ずつ近づく。
思うように動かないのか、パクパクと動く口。なんとか聞き取るために、耳を澄ませる。
――そうして聞こえた言葉に、僕は膝を折った。
「オ前のせイ、ダ」
そう、僕の所為だ。わかっていたじゃないか。
僕が判断を誤ったせいでルイ君は死んだ。僕が『覆い包む城壁』をもっと早く作っていれば、ルイ君も自分も、部隊そのものを守りきれた。
腰に掛けられていた弓が取り出され、矢が番えられる。
向けられる矢は、憎しみと恨みそのものだ。受け止めるべき、僕の罪だ。
「お前ノセいで、シんダ」
「うん、そうだね」
「シ、ネ」
「……うん」
ごめんね……。
「――諦めるのかね、情けない」
力強く、僅かに怒気を含んだ声がすぐ隣から聞こえた。
直後には、張りつめていた弓の弦が切れて弾ける音が続く。
「顔を上げなさい。君は、ここで死ぬべきではないだろう」
肩口を持ち上げられ、強制的に立たされる。
ノロノロと上げた顔、その視線の先には口を真一文字に引き結んだユルゲンさんの顔がある。
「でも、彼は僕の所為で――」
「では、君が死ねば蘇るのかね?」
「それは……でも」
「でも、なんだね。
いいかい? 君がすべきなのは、彼をあんな哀れな姿に変えた敵を討ち、二度とこのような悲劇を起こさぬようにすることだ。違うかね?」
そう、そう誓ったこともある。
だけど、実際には起こってしまった。まるで、誓いを守れなかった罰のように、僕自身に対するものとして。
「――いい加減にしなさい!!」
「ッ!?」
施設全体に反響する大喝。自然と、手足に失っていた力が入る。
「君は真面目でいい青年だ。だからかもしれないが、物事を考え過ぎる、強く受け止めすぎる。
私は過去、君のように真面目で責任感のある少女に出会った事がある。彼女は今、悩みながらも戦い続けているはずだ。悩んで、苦しんでも、決して立ち止まらぬように。
誰だって間違いは犯すだろう。事によっては、それは取り返しのつかないことになるかもしれない。だからといって、それは逃げていい理由にはならないのだよ」
逃げ……そうか、死ぬことで逃げようとしていたのか。
だけど、他にどうすればいい。一度『死者の懲役・禁』の影響を受けた肉体を助ける方法は、僕が流刑にあうまで全く発見されていない。あのフィランツェ様さえ、その対処には頭を悩ませていた。
「無理です……僕には、助けられない」
「彼を助けられないのなら、他の誰かを助けなさい。今は、あの声の主を倒すことが、同じような被害者を出さぬことに繋がるのではないかな?」
そんな考えでいいのだろうか。救えなかった誰かの代わりに、誰かを救う。そんなことで、僕は赦されるのか……?
「私が赦そう。おそらく、君の周りには他にも赦し、支えてくれる人がいるはずだ」
そうかもしれない。たとえ、僕にその価値が無かったとしても。
この世界で僕がまだ生きていられるのは、支えてくれた人達がいるからだ。そんなことはわかっている、わかってはいるけれど……。
「納得出来なければしなくてもいい。だけど、今は生きなさい。君達には、まだやり直すだけの時間があるのだから」
納得しなくてもいい。そう、なのか。僕は、生きていても――。
『いいわけないだろうが』
静観していたガルドの声が再び響く。
『黙っていれば……ショーを台無しにしたあげく綺麗事ばっかり並べやがって』
「ショーと言うかね、この苦しみを。何があったのか知らないが、君も相当歪んでいるね」
『黙れ。猿共の上に立っている程度のことで図に乗るな。そんなに死にたければ、殺してやる』
「そうかね。では、私が――」
「いえ、僕がやります」
まだ本来の力を取り戻せていない両足を踏ん張る。
「納得は、出来たかい?」
優しい問いに首を振る。
「納得なんて、出来ません。覚悟も、実力も、僕には足りないことばかりだ。
――だから、考えるのを止めました。僕は、自分の感情に従う」
「……そうかい。気を付けるんだよ」
軽く背を叩く大きな掌に押されて、もう一度走り出した。
横目でルイ君に目をやり、切り裂かれた傷から流れる血が無い事を知る。
もう、助けられない。どうすることも出来ない。頭の中は色んな考えで一杯で、思考がまとまることなんて無いように思える。
ルイ君が、あるいはガルドが求める死を受け入れることは止めた。けれど、ユルゲンさんの優しさだけの言葉も受け入れることは出来ない。
全部、考えるだけ無駄だ。今の僕じゃ、答えの出せないことなんだから。
「さて、行ってしまったね」
それなりに深く切りつけたはずだが、青年はすでに立ち上がろうとしている。
流血は一切無し。本当に死んでいるということだ。
「すまないね、君に罪は無いのに。だけど、彼をここで殺してしまうわけにはいかないんだ」
あの声の主には何を言われても仕方がない。何しろ、レイジネート(レイネ?)君に言ったことは本当にただの綺麗事だから。
昔から、自分のことを棚上げにして子供たちに話をしてしまう。
もう、自分が悩める青少年に関わることなど無いと思っていた。生涯独身を貫くと誓っている自分には子供出来ないだろう。その資格も無い。
「清らかな心を持った子供を自分の都合が良いように騙してしまった。少しでも助け舟を出そうとするのは、自己満足かな」
目の前の死体には、言葉が通じないとわかっている。これはただの独り言だ。
「二人の前途ある子供の人生に口出ししておきながら、心ではその子の事なんて考えてはいない。――これは、その贖罪だ」
自分に出来る程度の、せめてもの手助け。
誰かの代わりに、誰かの代わりで。
彼等とは違い、私はすでに悩むということに疲れてしまっている。
「さぁ、君はどの程度で死ぬのかな?」
いや、すでに死んでいるのか。などと心で呟いて切っ先を向ける。
戦う姿は、あの子達に見せるわけにはいかないだろう。容赦など微塵もなく、ただ生命を屠る狂人の姿など、未来ある者に見せる背中として相応しくないのだから。
「――ガルド・イーリヤ!」
居場所はすぐに見つかった。
地下施設の大空洞はそのほとんどが鉄で出来た物体の置き場所らしく、不気味な重低音を響かせていたそれらを抜けて明かりのある場所を辿れば着いた。
「五月蠅いやつだ」
物体群を見渡すことの出来る施設内に作られた高台。そこには一際奇妙な鉄の塊と、ガルド・イーリヤの座る椅子だけがあった。
「悩んで崩れて、立ち止まっては覚悟が出来たフリをする。その繰り返しだろう」
「随分と詳しく僕のことを調べているんだな」
帝国の裏切り者からの情報か。
帝国の方はどうなっているのか。僕に処刑命令が出ている以上、裏切り者が捜索されることはないだろう。ならば、今後も情報は流れていく。
ここで大本を断つ。それは、帝国にいる人達への手助けにもなる。
「まだゴチャゴチャと理由付けの最中か? そんなに殺されたいのなら、目を閉じて立っていろ。一撃で頭を撃ち抜いてくれる」
そうだった。もう、悩むのは止めたんだ。
「僕は、お前を殺す」
「ほざけ、殺されるのはお前だ」
お互いに隠そうともしない殺気をぶつけて攻撃手段を構える。
僕は魔法領域で術式を起動し、ガルドは懐から『銃』を抜く。
「――『雷撃一閃』!」
発射口がこちらを向く前の、狙いを定める瞬間。それを狙って雷撃を放つ。
間違いなく直撃した。完璧に隙をついた一撃は、以前とは違う確かな手応えがあった。
それでも、倒せない。
「こんなものがいつまでも通用すると思ったかぁ!」
魔法の余波で生まれた蒸気の中から、『銃』を構えた腕が突き出してくる。
「『前方特化』!」
「またそれか、進歩の無い愚物が!」
前面に集中展開した魔力壁に数えきれない鉄塊がぶつかる。
撃ち出される速度がさらに上がった連射。これでは、あの日と同じようにすぐに魔力が尽きて限界が来る。
「死ね、死ね、死ねぇ!」
両手を忙しなく動かし続けられる攻撃は、弓矢のように残りの矢を気にする様子が無い。
魔力壁を打つ鉄塊の嵐の隙間から見れば、両手の内片方が撃ち出せなくなっても、すぐに白衣の下から新たな『銃』を取り出して撃ち続けている。
矢を番えるという時間の存在しない、間断なく続く攻撃には反撃の隙すら無いように思える。
「進歩の無い貴様等に、生きる価値は無い!」
進歩が無い。そう言われれば、何度も同じことを繰り返している気がする。
対処しても、その上をいかれる。つい数日前までは通用していた『雷撃一閃』が無効化されたのも、どこかで予想していた。
同じことではダメだ。小さな希望程度では、すぐに潰してくるのがこの敵だ。
「進歩が、あればいいんだ」
「なんだと……!?」
「追いつけないくらい、圧倒的に変えてしまえばいい」
『雷撃一閃』は通用していた。『遠視』のような、術式で設定された対象がルーンキラー相手で無ければ無効化されていない。このことから、「無効化のためには、その魔法の原理に対する何らかの処理をしておく必要がある」「無効化出来るのは、あくまで対処法を持つ本人に直接作用するものだけ」という二点がわかる。
つまり、事前の用意が必要な手段によって無効化されているということだ。
「なら、この場で変えてしまえばいい」
『雷撃一閃』が通用した時も、咄嗟に組み上げた術式によるものだ。今は作り直して完成された術式になっているが、初めは魔力の通りは悪く、逆流が起こるような構築だった。それでも通用したのだ、根本の原理さえ変えてしまえば、何だって通用する。
「――術式、構築開始」
「貴様、また……!?」
『覆い包む城壁』を維持しながら、意識の半分を魔法領域へと落す。
……自分でも驚く程、冷静になっていた。吹っ切れたというより、凍りついたように動かない。そんな気分。
「クソが、鬱陶しい!」
「『全面展開』。――もう、本当に終わらせないとダメなんだ」
冷えていく思考のままに魔力壁の展開方法を全方位に変更、そのまま走って被弾を減らす。
――術式構築に用いていた基本構成を全て破棄。第一層から第三層までを再構成。
「小賢しい真似をするなぁ!」
いい加減、僕自身に嫌気が差していた。こんなことで変えられるとは思えないけど、それでも僕がやるべきだということは間違いじゃない。
――第四層、第五層を空白に。第六層を分割して命令式の受け皿を増加。
「生き汚いだけの餓鬼が……身の程をわきまえろ!」
殺されてしまったルーンマスター。彼は、魔法を使う際にマナという力を使うと言っていた。つまりはそれがこの世界の魔法の基礎。
――動力部に「魔力」と「マナ」を設定。提供元を、使用者と周囲の空間全てに多重定義。
「ぐっ……しつこいぞ!」
直接魔法をぶつけても無効化される。だから、目指すべきは僕自身の能力強化。
――第四層に五感強化の術式を、第五層に肉体強化の術式を連結。第六層の分割命令式は空欄、常時書き換え権限を解放。
「いい加減に――」
「するよ。――まずは、一撃」
腕、肩、肘、拳を変数変換して第六層に。
『暗視』で薄暗がりを克服。『遠視』の応用で動きをとらえる。
あとは、この拳を振り抜くだけ。
「くらえ……これが、僕の感情だ!!」
凍っていた感情が溶ける。抑え込まれていた感情が、逃げ場を求めて荒れ狂う。
体内で抑えきれなくなった全てを、まとめて拳に乗せて――生まれて初めて、本気の殺意を持って人を殴った。
「ごっ……」
距離が縮んで、全面展開状態の『覆い包む城壁』では防ぎきれなかった小さな殺意が、いくつか体を掠めて飛んでいく。
「ふぅー……」
自分では処理できなかった複雑なものが一気に出て行ったような、そんな気持ち。
笑ってしまいそうなくらい、スッキリしてしまった。
「あぁ、そうか……」
「何を、悟ったようなツラしてやがるクソガキぃ」
難しく、色んな事を考え過ぎていた。ユルゲンさんの言う通りだ。
考えなくちゃならないことが無くなったわけじゃない。だけど――この男に関してだけは、もう単純でいい。
「僕は、お前が大嫌いだ」
ただ、それだけのこと。
後は、倒すべきとか、責任をとらないととか、そんな重さを捨てて――。
「お前を倒すよ、ガルド。僕が学生時代から考案していた、この『融合術式』で」




