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Sin Prophecy  作者: mirror
26/47

最悪の再会――『死者の懲役・禁《ネクロマンサー》』

2/7 前の話とつなぎ方が悪かったので、前話の最後に文章を書き足しています。

   面倒ですが、そちらを先に読み直してください。

「……暑い」


 そう、暑い。堪えきれずにボヤいてしまう程に暑い。

 山脈を一つ越えただけで、なぜここまで温度が変わるのか理解に苦しむ。イグナシルでも地域での寒暖差はあったが、この程度の距離でここまで気温が変化することは無かった。

 エグリゴアとの国境線で注意しなければならなかった気候の変動といい、この世界は大気が安定して無さ過ぎる。


「……暑い」


 何度繰り返しても、もちろん気温が気を利かせて温度を下げてくれたりはしない。太陽と一緒に僕を蒸し焼きにして、仕事に不真面目らしい風は我関せずと微風を貫く。


「これじゃ、追手に殺される前に太陽に殺されるよ……」


 そう、敵は何も自然だけでは無い。より明確な殺意を持って追ってくる者がいる。

 だからこそ、僕は一人でこんなところにいるのだから。



「「我々の勝利だ!!」」


 歓喜の声が、そこかしこから上がる。

 科学者を逃がし、やや消沈した心持でエグリゴアと戦っていた帝国軍に合流した。

 僕達が合流した頃にはすでにエグリゴアが国内の首都に逃げ帰っている段階であり、勝敗はすでに決していた。


「バロン将軍万歳! バルディオ副将軍万歳!」

「帰って来たレイネート補佐官バンザーイ!」


 指揮官を讃える声に混じって聞こえる僕の名前。あの連合戦から続いて従軍していた兵士が、覚えていてくれたらしい。

 前回程ではないにせよ、帝国軍の被害は少ない。

 今回は、元来あった実力差と士気の高さによるものだろう。こうなることがわかっていたからこそ、エグリゴアは同盟国のフリをしながらエルパーツァと内通し、挟撃を狙ったのだから。


「二つの軍を同時に相手さねばならなければ、勝てなかっただろうな」

「どちらか一点に集中して突破しようにも、帝国領から離れたこの地では逃げ場は無い。……今回もお前の助けがあったおかげ、というわけだ」


 上官からの賞賛を、手放しで受け取るわけにいかれない。……いかないけれど、やはり嬉しいという気持ちは抑えられない。


「少しでもお役に立てたなら――うわっ」


 どんな表情をしていいかわからず、俯いたままだった頭をグシャグシャとかき回される。

 大きいような、小さいような、なんともいえない大きさの手。ついさっきまで地面に突き刺さる程の威力で槍を振り回していた、少し堅い掌の感触。

 掌の主は、顔を上げた僕に何も言わず笑いかけてくれた。



 エグリゴアがはっきりと同盟関係を反古にしたことで、帝都に戻った後も将軍達上位の人間は大忙しだった。帰るなり、本人自ら城へ報告に行ったほどだ。

 本来の遠征の目的とはずれたものの、裏切りの軍を打ち破ったことで、兵士は疲れてはいるものの意気揚々と家へと戻っていく。

 今回も、死傷者の数は抑えられていた。前回同様、少しは僕というルーンマスターの存在が影響しているものの、今回に関しては将軍、副将軍の指揮が的確だったことが大きい。本来なら絶望的な状況に追い込まれていたことを考えれば、二人の軍内での評価は確固たるものになるだろう。

 ……ルイ君の死によるショックからも数日経ち、緩んでいた僕の気持ちはすぐに地の底へと落とされる。

 それは、他の魔法道具と一緒に返却するはずだった通信水晶から知らされた。


『レイネート! 良かった、まだ水晶を持っていたか……!』

「えぇ、返すのを忘れて持ち帰ってしまって。今から城へ返却に行こうと――」

『そんなことはどうでもいい、今すぐ逃げろ!』

「将軍……? 一体、どうしたんですか?」

『――会議で、お前の処刑が決まった!』


 わけのわからぬままに家を飛び出し、珍しく慌てた様子のバーツさんが用意してくれていた馬に飛び乗って帝国を出た。

 最低限の服と食糧、僅かばかりの路銀。それと通信水晶だけを持って逃げた先は、エグリゴアとは反対の位置にある南の同盟国、イシュタット王国。

 時間が無いと言って打ち切られた通信の最後に、一時的に避難する場所として示された国だ。


「まさか、こんなに暑い国だとは思わなかったな……」


 まだ手の回っていなかった関門を急いで突破し、二日かけて南へ直進して辿り着いたイシュタットは、比較的温暖で穏やかな気候だった帝国と違い、ジリジリと太陽が照りつける灼熱の国だった。あるいは超えたばかりの山沿いが特別暑いのかもしれないが、霧が突然発生したりするような世界だ。イグナシルの常識とはまた違うだろう。……実際、一つ山を越えただけでこれだけ気温が違うわけで。


「処刑、か」


 聞かされた直後は何のことかと混乱しただけだが、逃げながら考えればそうおかしい話では無い。

 ルーンキラーを、此度の戦いでも逃がしてしまった。今後も科学者ガルド・イーリヤには狙われ続けるだろう。

 彼の狙いは僕だ。その真意ははっきりとわからないものの、殺意だけは本物だ。つまり、ガルド・イーリヤか僕、そのどちらかが居なくならない限りこの関係は続く。

 通信が途中で打ち切られたので詳しく聞く時間は無かったが、会議で皇帝が僕の処刑を宣言し、一部文官の慎重案を押しのけて採択されたらしい。

 勝ったとはいえ、今回の裏切りはガルドが二国を唆した結果である可能性が高い。このまま僕が帝国に残っていれば、ルーンキラーが帝国の敵となって牙を剥く。あの地面に埋め込まれていた罠のように、科学による技術が敵に回れば厄介であることは間違いない。どころか、すでに『銃』は複数種類の生産がされていることを確認した上、最悪量産体制が整っているかもしれない。


「厄介者だよなぁ、僕」


 魔法による恩恵より、ルーンキラーの脅威の方が大きいと判断した。一国の国主として、その判断が間違っているとは思わない。

 自分の失敗が、回り回って降りかかってきただけのことだ。


「今考えることは、これからどうするかかな」


 この世界で唯一の居場所だった帝国を追い出された。これから行く当ても特に無い。

 イグナシルに帰るという目的は、しばらく果たせそうにない。


「…………ふぅ」


 無意識に出たため息のついでに、地面に座り込む。

 イシュタットの地面は、エグリゴアやエルパーツァの地域とは違ってザラザラとした手触りの砂ばかりだ。草木も小さな雑草が点在している程度で、ほとんど無い。

 イシュタット領に入ってからしばらく、腰が限界に来たので馬を引いて歩いてきたが、足場が砂だと想像以上に体力を奪われる。

 馬も疲れている様子だったし、休憩の頃合いとしては丁度いい。


「小さいけど湖もあるし、水分補給しよう……」


 この世界の水は、イグナシルのように魔法で浄化された水ではない。不純物が多いせいで、下手に湧水や川の水を飲むと腹を下す。

 が、今は暑さで失った水分を補給する方が先決だ。


「ん……」


 一口含んでみたが、舌触りにおかしなところは無い。少しずつ嚥下してみる。

 仮に飲み水として不適当だとしても、症状が出るのは先の話だ。ここは意を決して喉を潤す。


「んぐ……んぐ……」

「…………ふむ」

「んぐ……んぐ……ん?」


 隣で水を飲む馬と同じように顔を湖につけて飲んでいると、背後に人の気配がした。

 水面には、覗き込むような男の顔が映っている。


「うわ!」

「やぁ、こんにちは」


 驚いて振り返る僕に、男はとぼけた様子で人懐こい笑顔を見せた。この暑さだというのに、地面の近くまで丈がある薄手のロングコートを着込んでいる。


「え、あの」

「ここの水、伝染病の原因らしいよ」

「え!?」

「ははは、うそうそ」


 おどけた笑いのまま、男は僕の隣に座って水を掬う。


「っぷはぁ。うん、おいしいね」


 何の躊躇いも無く水を飲んだ後、その場に腰を据えて荷物を広げる。

 まるで僕が居ないように取り出した本を読みだした男を、どうしていいかわからず困惑する。


「えっと……」

「…………」

「あの!」

「はい?」


 今気付きましたとでも言わんばかりに見上げてくる男の顔は、正面から見ると声から感じたものより年齢を重ねているように見える。声は良く通る低音で、軽快な響きは若者のそれに聞こえる。だが実際の年齢は、少し現れ始めた小さな皺の出来具合から壮年に入った頃だろうか。

 向けられる視線は柔らかくもありながら、その奥にはある種の力が宿っているようにも見える。見覚えのあるものと、同じ力強さを宿した瞳だ。


「何か質問かな?」

「あ、いや……」


 思わず声をかけてしまったものの、よくよく考えれば用事があるわけでも無い。ただ突然声をかけられて、からかわれたと思ったら放置されたので反射的に声をかけてしまったのだ。


「……すいません、何もないです」

「そうかい? 何かあるのなら、遠慮なく聞いてくれよ?」


 そう言って本に視線を戻す男。

 なんとなく微妙な空気になってしまって、立ち去ることも出来ずに腰を下ろす。


「……」

「……」


 黙々と本を読む男――年齢敵には、「男性」と称する方がいいだろうか――と、ただ去る機会を逃して座り込む僕。

 男性の横顔は微笑んでいて、本気で僕のことを忘れて本に没頭している。居心地の悪さは僕が一方的に感じているだけらしい。


「……そういえば君」

「はい!?」


 モヤモヤしていたら急に声をかけられたので、声が裏返ってしまった。


「この辺りに来たのは、初めてかい?」

「えぇ、まぁ」

「服装から察するに、アーシュタット帝国の人だね」

「は、い」


 帝国の人間だと聞かれた時、浮ついていた気持ちがスッと落ちた。

 僕は今、遠征から帰って着替える間も無く逃走している最中だ。服装も魔戦小隊の隊員服そのまま。そして、隊員服にははっきりと帝国軍の紋章が縫い込まれている。

 冷水をかけられたように思考が落ち着いていく。

 イシュタットも同盟国だが、エグリゴアの例がある以上安心は出来ない。それに、以前将軍から聞いたイシュタットの事情は随分とややこしい。

 アーシュタット帝国皇帝の弟が興した国。はたして、その国は帝国をどう思っているのか。

 帝国が南北を接している国と同盟を組んでいるのは、少しでも他国からの侵攻を防ぐ盾とするためだというのはすでにわかった。だからこそ、エグリゴアとの同盟関係は表面上のみで、信頼関係など無い腹の探り合いが行われていた。

 イシュタットはどうか。皇帝の弟が国を出て別の国を興すなど、ただごとでは無い。最悪、エグリゴア以上に帝国に対して悪感情を持っている可能性もある。


「警戒しているようだね」


 男性が立ち上がる。そのコートの端から、剣帯が垣間見えた。

 立ち上がり、一歩下がる。この距離では、魔法を起動するより切りかかられる方が早い。

 油断した。ここはもう、帝国国外だというのに。


「君が何者か、体に聞けばいいのかな……?」

「……!」


 柄に手をかける。すぐにでも起動できるよう『覆い包む城壁』を魔法領域に用意するが、『自動索敵』すら常時起動するのを止めていた程、今の魔力量は少ない。消耗量の多い『覆い包む城壁』を十全に起動できるかは怪しい。

 『意識喪失』では間に合わない。『雷撃一閃』ならば迎撃できる可能性はあるが、術式展開と狙いを定める時間を考えると、同じく間に合わないかもしれない。

 ただ防御するだけなら、全方位に魔力壁を展開した状態で『覆い包む城壁』を起動するのが最も適当なのだ。


「――ふっ!」

「くっ!」


 穏やかな表情のまま、男性が剣を抜き去る。そのまま振りかぶった右手は、想定以上の速度で頭蓋へと剣を振り下ろしてくる。

 術式の起動が遅い。絶対的に魔力量が足りていない。基本的には、時間増加の魔力を回復する時間がとれなかったのは痛かった。

 防御は間に合わない。このまま白刃は振り下ろされ、僕は真っ二つに切り裂かれて――。


「なんて、ね」

「……へ?」


 身を固くした僕の体に振り下ろされたはずの剣は僕を通り過ぎ、そのまま地面へと落された。

 良く見てみると、男性の剣は柄のみで刃がほとんど無い。剣は僕を通り過ぎたのでは無く、当たるべき刀身が無かったのだ。


「ごめんね。君が敵なのかどうか、試しておかなくてはいけなかったから」

「は、はぁ……」


 またも肩すかしをくらって動揺する僕の手を、男性がとる。


「脅かして悪かった。僕の名前はユルゲン。このイシュタット王国を最近怪しい連中が出入りしているとの情報を受けて調べていたんだ」

「えと……そうですか」


 受け入れるしかない。何がなんだか……。


「順を追って説明した方がいいかもしれないね。剣を向けてしまったんだ、君にはその権利があるだろう」



「ローブ姿の集団?」

「そうらしい」


 砂の平地を馬首を並べて進みつつ、話を聞く。

 このユルゲンという男性はイシュタット王国の騎士(兵士との違いはよくわからない)で、市民から寄せられた情報を元に怪しげな集団の調査を行っている最中らしい。

 しかし、その集団の特徴がローブ姿とは……。


「まさか……」

「心当たりがあるのかい?」

「あ、いや……」


 ルーンキラー、だとは思うが、それを言ってもいいものだろうか。

 下手に情報を持っているところを示して、警戒されても困る。たった一刀、それも刀身の無い剣によるものだったが、ユルゲンさんの剣術の腕は相当のものだ。あの踏み込みと、剣を抜き放って振り下ろすまでの速度は、見たことのある剣士で最も早い。あるいは将軍以上の戦士を、敵に回したくは無い。


「何か知っているのなら話してほしい。君には不利益にならないように配慮するつもりだ」


 こちらを見つめる双眸は、何かを訴えてきているわけではない。なのに、どうしてか嘘をついて誤魔化そうという気にはなれない。誠実さと強靭さを併せ持った視線は、将軍のそれとそっくりだと気付いた。そのせいかもしれない。


「……ルーンキラー、という組織をご存じですか?」

「ルーンマスターを殺害して回っている集団ですね。……まさか、彼らが?」

「可能性はあると思います」


 馬を止めることなく、馬上で考え込むような姿を見せるユルゲンさん。

 ルーンキラーは、最近は帝国を中心に活動をしているのかもしれない。思えば、初めて襲撃を受けたのは帝国から東に進んだ東方諸国連合領。次が国境近くとはいえ帝国領で、エグリゴアとエルパーツァの国境付近と、このイシュタット王国を加えれば見事に帝国を中心の活動範囲となっている。

 それが、僕という存在を感知してのことだというなら、いつから僕は知られていたのだろうか。


「ルーンキラーと戦ったことはあるかい?」

「え、あぁ、はい」

「どんな相手だった? 数とか、強さとか」

「人数は、どれほどの規模なのかわかりません。戦う都度に人数が変わりますから。強さの方は……そうですね。『銃』――いや、『ルーン殺しの魔鉄』は……?」

「殺されたルーンマスターの体内から発見された鉄塊ですね」

「はい。その鉄塊を高速で撃ち出してくる武器を使用してきます。剣では、間合いに入らない限りは対処出来ませんね」


 どこまで話していいかわからなかったので、魔法のことやイグナシルのことを避けながら話す。『ルーン殺しの魔鉄』を発見したのは帝国という話だったはずだが、その話はこの国にも聞こえているらしい。ならば、『銃』の脅威くらいは教えてもいいだろう。


「剣では、ですか。まるで、その他の攻撃方法があるかのような口ぶりですね。見たところ、弓や槍を持っているようにも見えませんが」

「……ッ!」


 しまった、言い方を間違えた……!

 僕がルーンマスターだと言うことは、さすがにまだ知られるべきじゃない。かといって、素直に国を追われたので武装もありません、なんていうわけにもいかない。

 この人は優秀だ。剣の腕だけでなく、言葉に含まれたほんの少しの違和感から隠された真実を導き出せるだけの知能がある。 

 どうやって、誤魔化せばいい……?


「…………」

「…………ふっ。冗談だよ、そんなに怖い顔しないで」

「え?」


 向けられていた視線が外れる。笑顔の中に含まれていた疑念と僅かばかりの殺気も、嘘のように消え失せる。


「言いたくないことまで聞き出そうとして悪かったね。初対面の相手に、全てをさらけ出せだなんて無茶な話だ。私だってそうなのだから」

「すいません……」

「謝らなくていい。君は間違っていない」


 どこまで気付かれているのかわからないが、肯定の言葉は僕を気遣ってのものだ。

 実力がありながら、たった一人で噂程度の集団について調査しているあたり、この人にも少なからず秘密があるらしい。


「帝国兵の君ならあるいはわかるかもしれないが、この国は歪でね。帝国皇帝の弟が、兄の国のすぐ隣に興したこの国は、表面上は帝国の同盟国でありながら、その内に住むものは皆帝国を討つ日を待ち望んでいる」

「それは……」


 帝国の人間に言ってもいいことなのだろうか。いや、「帝国兵ならわかるかも」ということは、エグリゴアとの同盟関係同様、公然の秘密といったところか。


「国を治める者同士は味方なのに、国を支える民同士は敵なんだ」

「何故そんなことに……?」

「複雑な事情があるんだよ。帝国が帝国になった時からの、因縁のようなものがね」


 ユルゲンさんの表情は、常に他人を和ませるような微笑を保っている。しかし、今はその微笑に陰りが見える。


「私も、いつまで経っても引きずられたままでねぇ……」

「色々と事情があるんですね」


 なんだろう、急にお年寄りの愚痴を聞いているノリに。

 本当にただの愚痴なのか、その奥には特別な思いがあるのか、しみじみとした言葉からは読み取れない。ならば表情を、と思って隣を見れば、こちらを見つめる視線とぶつかった。


「事情があるのはお互い様でしょう。どうです? ここは協力しませんか?」

「協力、ですか?」

「ええ。

 私は旅に必要なものを提供しましょう。この国の各地に知人がおりますので、宿と食事には困りません。

 貴方にはルーンキラーの情報と、捕えるための助力をお願いしたい」


 正直、今の手持ち金では逃亡どころか食事もままならない。ルーンキラーは元から自分の敵なのだから願っても無い条件ではある。だが――。


「都合が良すぎる、と思っていますか?」


 そう、都合が良すぎる。

 帝国から逃げ出してきて、行く当ても無い僕に手を差し伸べる人間が突然現れる。同時に、何度も逃がした因縁の敵を追うことも出来る。

 此方の考えを容易く読んで、懐に入ってくるようなところも含めて信用していいものかどうか。


「信用出来なければ、せずとも良いのでは?」

「え、でも……」

「疑うことが、悪い事ばかりとは限りません。このような世界に生きている以上、『疑う』ことは『生きる』ことに繋がります。関心を向け続けることで得られるものもあるでしょうから」


 諭すような言葉に、納得してしまいそうになるのを必死で耐える。

 敵わない。能力も経験も、人としての全てが上だ。


「……協力、します。いえ、させてください」

「ありがとうございます。

 改めまして――私の名前はユルゲン。貴方は?」

「僕は、レイネです。よろしくお願いします」


 差し出された手を握る。

 レイネートの名前は知られているかもしれないと思い、咄嗟に偽名を伝えた。……不思議と、いつものような罪悪感は感じなかった。



「では、ルーンキラーはその正体不明の武器を量産しているかもしれない、と?」

「はい。攻撃の速度と感覚の短さは脅威です。遮蔽物の多い場所で戦う、不意打ちで反撃の隙を与えないなどの対処が必要です」


 冷静に考えていればわかる。なのに、いざ戦う時になれば頭に血が昇って力任せになる。

 何度も何度も失敗した。頭の中で繰り返した攻略方法。微笑みを絶やさず、冷静で経験豊富なユルゲンさんなら実行できる。

 もちろん、人にばかり任せるつもりは無い。


「思った以上に苦戦しそうな相手だ」

「貴方なら、勝てない相手ではありません」


 この言葉は嘘では無い。本当にそう思う。

 ユルゲンさんに同道して三日。将軍からの連絡も無く、帝国からの追手も今のところは無い。

 危険が無いわけではなく、傭兵くずれの野盗に襲われた時もある。だが、ユルゲンさんは一切慌てることなく撃破してみせた。

 温和な見た目とは裏腹に、無駄の無い動きと微塵の油断も無い立ち振る舞い。戦ったところを見た回数こそ少ないが、戦士としては将軍をも凌ぐという確信が持てる。時折、将軍に似ているような錯覚を覚えるが、強い戦士特有のものがあるのかもしれない。


「しかし、潜伏している場所がわからなければ攻めようがありませんね」

「援軍も要請出来ませんしね」

「ええ」


 問題は、やはりそこだ。

 ルーンキラーがこれまでルーンマスターを暗殺出来ていた最大の理由は、足取りを掴ませなかったことにある。

 北方、連合、帝国、エグリゴアにエルパーツァ。さらにはここイシュタットと、様々な場所に出現しているにも関わらず、ルーンキラーらしき組織の拠点が見つかったという報告は無いらしい。


「ここまで見つかっていないなんて、おかしいことですけどね」


 多数の国を横断するように活動している割には見つからない。各国に拠点があるなら、一つくらいは見つかっても良さそうなものだ。拠点を持たず移動しているだけということも考えたが、『銃』を量産していると仮定したならば、拠点が無いとおかしい。

 ユルゲンさんも行く先々で情報を集めているが、有力なものは無い。僕も所々ぼかした情報しか教えていないのが心苦しいが、かなりギリギリの一線を引いて協力しているつもりだ。


「探しても見つからないなら、探していないところ、とか……?」


 自分で言って馬鹿馬鹿しいと思った。そんなところがあるなら、真っ先に怪しまれる。

 そう思って、座っていた椅子に体重を預けた時、ユルゲンさんの表情が変化していることに気付いた。


「ユルゲンさん……?」

「……あるんです」

「あるって、まさか」

「探すことの出来ない場所が、この国に」


 探すことの出来ない場所がある……!?

 苦し紛れの一言だったのだが、本当にそんな場所があるとは。


「あの、僕が言うのはおかしいかもしれないですけど……探しましょうよ、そんな怪しい場所があるなら」

「そうなんですけどねぇ……」


 歯切れが悪い。どうしようもない事情でもあるのだろうが。


「帝国の支配地なのですよ」

「帝国?」

「知らない人も多いでしょうが、帝国とこの国が同盟を組んだ時、国力で劣るこの国が代償として差し出した場所があるんです。といっても、何もないただの荒野ですが」

「管理はしていないんですか?」

「両国合同で軍を派遣して監視していますが、特に報告は上がってきていませんね」


 監視があるのなら、ルーンキラーが出入りするのは難しいか……? しかし、他にアテがあるわけでもない。


「行ってみますか」

「いいんですか?」

「話を通しておきましょう。今は少しでも可能性がある場所を当たっていくべきです」


 頷いて、昨晩止まった宿代を(ユルゲンさんが)払って出る。


「すいません、お世話になりっぱなしで」

「いいんですよ、払ってませんから」


 払っていないとはどういうことか。

 そういえば、ユルゲンさんが店主に金銭を渡しているところを見た覚えが無い。今日までの宿泊や飲食代が全て無料ということだろうか。


「皆さん気を使ってくれて、助かっています」


 人望がある、ということだろうか。

 僕は知らない人物だったが、発言を聞く限りそれなりの地位にある人のようだし、イシュタット国内では有名人なのかもしれない。あの腕前だ、下手をすれば国の英雄とかかもしれない。

 なんとなく見渡してみると、控え目に視線を送る人も少なくない。やはり、有名人なのだ。僕みたいな不審な人間と歩いていてもいいのだろうか?



「ここですか?」

「そのはずですが……これは、予想外ですね」


 目的の荒野に来たはいいのだが、いざ来てみると聞いていたものとは随分と違っていた。


「兵が一人もいないようですが」

「……報告が上がってこないのは、監視している人間がいなかったからということでしょうね。有事以外では特に報告義務があるわけではありませんから、気付きませんでした」


 一応監視用と思われる小屋はあるものの、駐屯している人間は誰もいない。

 かといって、これ見よがしに拠点のようなものがあるといえばそういうわけでも無く、荒野が広がっているだけである。


「調査は行われていないようですけど、こんな何も無い平地じゃ隠れようもありませんね」

「――そうでもないようですよ」


 そう言ってユルゲンさんが指し示したのは、一部だけ色の違う地面。

 近づいてみると、遠目ではわからなかったが鉄の板らしきものが表面だけを出して地面に埋まっている。


「取っ手のようなものが付いていますね」

「持ち上げてみましょうか」

「待って下さい、罠かもしれません」


 ルーンキラーによるものだとすれば、エルパーツァ軍に潜伏していた時に使っていたような罠である可能性もある。


「大丈夫、この下は空洞です」

「空洞?」


 こっそりと『冒険家の嗜み』を起動して確認してみると、確かに空洞があった。

 ――いや、板の下どころでは無い。僕が立っている地面の下には、信じがたい程巨大な空間がある。


「どうかしましたか?」

「いえ……開けてみましょう」


 不思議そうに此方を見るユルゲンさんに首を振り、取っ手を掴む。

 少し持ち上げてみると、想像よりも軽い鉄の板が開き、その下の暗がりには階段らしきものがある。


「地下施設なんて……どうやってこんなものを」

「どうやら、正解のようですね。行ってみましょう」

「援軍を呼ばないんですか?」

「この地域に入れるのは、一部の人間だけです。本来ならば、レイネ君も入れなかったでしょう。帝国の人間である君には申し訳ないが、監視兵でも無い戦力を侵入させるわけにはいかない」


 そうか。僕が帝国から逃げている最中だということは言っていない。その僕を帝国に申告せずにつれてきた段階でもマズいはず。それに加えて、イシュタットの軍勢まで連れて来れば、ただでさえエグリゴアの裏切りで緊張状態にある帝国との同盟関係を悪化させかねない。

 時間をかければ、追いつめる機会を逃すかもしれない。ここは、危険を承知で乗り込むべきだろう。


「安心したまえ。君一人なら、守って見せるさ」

「いえ、僕も戦います」


 武器も持たない僕の言葉は、ただの強がりにしか聞こえないだろう。だが、ユルゲンさんはただ笑いかけてくれた。


「期待しているよ」


 そう言って地下へと降りていく背中に続き、暗闇の階段を下りて行った。



 地下は、魔法道具と思われるボンヤリとした光で満たされていた。火で光を灯せば呼吸が出来なくなるということは、さすがにこの世界でも知られているようだ。

 しかし、魔法を嫌うルーンキラーの施設としては違和感を覚える。背に腹は代えられない、ということだろうか。


「止まって」


 目の前を遮った手に驚いて足を止める。

 明かりがあるとはいえ、視界の悪い施設内を見渡す同行者。


「出てきたまえ」


 進む先にある狭く小さな階段。その上に声をかける。

 しばらくして、暗闇を押しのけるようにして一人の青年が姿を現した。


「なっ……!」

「待ち伏せのようだね」


 違う、そんなことで驚いたわけでは無い。

 敵のものと思われる施設に来ているのだから、待ち伏せくらいは覚悟している。『自動索敵』が効かないことにも慣れてしまった。

 だが、これはどういうことだ。


「ルイ、君……?」

「…………」


 闇の中で虚ろな目を宙に泳がしている青年は、確かにルイ君に見える。

 他人の空似か? いや、それにしては身に着けている物まで同じだというのはおかしい。


「知り合いかい?」

「……殺されてしまった、元部下です」


 そう、死んだと思っていた。

 ルーンキラーの矢を受けた彼を、助けられずに見捨ててしまった。

 後悔が、あの瞬間と一緒に蘇る。


「……ありえません。彼は、死んだはずです。生きていても、こんなところにいるはずは――」

『随分と冷たいじゃないか、レイジ・ネート』

「!?」

「誰だ!」


 突然響いた声に、ユルゲンさんは即座に剣を抜く。


『ようこそ。予想外の賓客もいるが、問題はあるまい』

「ガルド・イーリヤ……!」


 間違いない、ヤツの声だ。

 不自然に響き渡る声は、空間全体に反響している。そのせいで、位置を把握できない。


『さて、レイジ・ネート。お前はそこにいる青年を死んだと言ったな』

「そうだ。殺したのは、お前達だろう」

『お前を庇ってのことだと聞いているが?』


 せせら笑うような口調。

 我知らず握りしめてた拳。掌に、爪が食い込む。


『くく……安心しろ、その青年は間違いなく本人だ。死んだ、というのも間違いではないがね』

「ふざけるな! 死んだ人間は戻らない。そんなことは当たり前だろう!」

『だが、体だけならば戻す方法はあるだろう? ――そう、お前達の信奉する技術の内に』


 ――――まさ、か。


「なんの話だね、レイネ君。いや、レイジネート君というのかな」


 聞いていなかった。予想が間違っていないなら、僕は術師として最悪の場面の一つに遭遇している。


「確認だ、ガルド。――『死者の懲役・禁(ネクロマンサー)』を使ったんじゃないよな」

『否定する理由はないな』

「――――!」


 事も無げに、どうということは無いとでも言うように。最悪を、肯定したのか――!


「正気か、お前ぇ!!」

『もちろんだとも。お前達自身の罪業だ。このような世界でも噛み締められることに感謝するがいい』

「ふざけるなぁ! こんな……こんな――」

「落ち着きたまえ、レイジネート君。説明してくれないか」


 肩に置かれる大きな手。普段なら心を静めてくれるかもしれないそんな気遣いも、今は些かの効果も無い。


「僕は、ルーンマスターなんです。彼は――ルイ君は、最悪の方法であそこに立っている……!」

「最悪の方法?」

「『死者の懲役・禁』と名付けられたあの魔法は、死後間もない人間の体を強制的に外部からの力で動かすことの出来る魔法です」

「確かに、悍ましい魔法だ」

「それだけじゃない。あの魔法は『禁呪』と呼ばれ、僕の扱う魔法系統ではたった三つだけの禁じられた魔法です。なぜなら、あの魔法によって動かされた人の死体は、骨の一欠けらも残さずチリと消え、あげく……」

『体に残っていた記憶、そこにある最も近しい人間の周囲で時折再集結する。

 つまりは、死人をこき使った上で、その近しい人間にも亡霊を見せ続けて苦しめることが出来るのだよ』


 まともな術師なら、その名を聞くだけで吐き気を催すような史上最悪とまで言われた『禁呪』。

 魔法を否定しておきながら、よりにもよってこんな――!


「今、確信した。――お前は、僕が殺すべき敵だ、ガルド!!」

『お互い様だ、レイジぃ』


 居場所のわからぬ声を探すために、魔力壁を纏って走り出す。


 今日という今日は逃がさない。お前は、イグナシルの人間としてやってはいけないことをした。

 かつてイグナシルで執行官を目指した者として、一術師として――お前は、僕が殺す!

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