科学者、再び――『覆い包む城壁《イージス》』
2/3 次の話との繋がりが悪かったので、最後の部分に文章を追記しました
――それは、一方には戸惑いを、一方には希望を与えた。
「あれは……」
「動き出す、という意思表示でしょう。我々に、発破でもかけているつもりでしょうか」
縦長に伸びていた陣形を再び整えている最中、空を伝播する轟音が響く。
振り返った先には、中空に花弁を開く真紅の大花。
かつて見た合図とそっくり同じように打ち上げられたそれは、自軍の一部に静寂と混乱をもたらす。
驚きとありえないはずの思いつきで動きを止める者、そういうことだと早くも騒ぎ出す者、ただわけもわからず喚く者……それぞれが、目にしたものの答えを求めて右往左往する。
「――聞け、お前達!」
どれだけ届くかわからないが、可能な限りの大声を張り上げる。
「あの花の意味を知る者は、安心しろ! 意味を知らぬ者は聞け! あの花は、我等を勝利へ導く希望そのものだ! ――我等のルーンマスターが、帰って来たぞ!」
一拍を置いた後、大きな歓声が上がる。
それは連合戦の大勝を知る者から、初めて指揮下に入った者へと広がっていく。
生存を知っているのは自分達、極少数のみ。魔戦小隊の隊員さえ、同一人物だとわかっている者は少ないだろう。
裏切った同盟と、その敵に挟撃を受けた今、下がりかけていた士気は再び高まる。
「そううまくいくものかと思ったが……案外、思惑通りとなったか」
「えぇ、そのようですね」
これならば、相手がエグリゴアのみである限りは負けることはないだろう。
「素早く陣形を立て直せ! 隊列が整い次第、裏切り者に打って出る!」
「エルパーツァはどうします? このままだと、完全に背を向ける形になりますが」
「そちらはレイネートに任せる」
あのレイネートが、自ら請け負ったのだ。上官として信じてやるしかないだろう。
そちらは任せたぞ、レイネート。
「『雷撃一閃』!」
敵陣最前列への先制攻撃。
突き出した右手に展開された術式は、真っ直ぐに雷撃を放って敵を吹き飛ばす。
敵軍に広がる動揺は見て取れる。いなくなったはずのルーンマスターが使う魔法の脅威を見たのは、いつぶりなのだろうか。
「退けぇ、エルパーツァ! 僕の名は、レイネート。帝国のルーンマスターだ!」
出せるだけの声を出して、敵をけん制する。
殺したくない、なんていうのは甘えだと嫌という程この世界は知らしめてくる。かつて持っていた常識は打ち崩されている。それでも、殺したくは無い。それが本音。
「くそ、聞いてないぞ」
「なんで生き残りなんかが帝国に……」
彼我の距離は見る間に縮んでいく。このまま敵軍に衝突すれば、甘えた我侭など差し挟む余地は無くなる。魔法を使って、殺すことによって我が身を守ることになるだろう。
その前に、なんとか撤退してほしい。
「狼狽えるな囚人共。弓兵隊、前へ!」
やはり、そううまくはいかないらしい。
正規兵である指揮官の一人が、鞭のようなしなる道具を振り回しながら指令を飛ばす。
近づかれる前に弓の掃射で倒してしまおうという魂胆か。
「いつまでも、やられてばかりじゃない……!」
これまでの僕は、敵の飛び道具でやられてばかりいた。だが、『銃』ならともかく弓はイグナシルでは大昔に廃れた武器だ。
何かが廃れるには、相応の理由がある。
弓がイグナシルでは使われなくなった理由は、至極単純。通用しなくなったのだ。
「魔法」という技術が生み出され、世界の統一が行われた。……今ならわかる。武力闘争が当たり前の世界に置いて、初めに行われるのは武力による統率だ。つまり、イグナシルの魔法も昔は戦闘用の火力を備えていたのだ。
僕の『雷撃一閃』のように、魔法による攻撃の方が一発の威力は高く、弓よりも連射が出来る。なにより、矢のような軌道が丸わかりで着弾までに時間のかかる武器は、防ぐことも容易だ。
「術式展開――!」
こんな簡単なことを思いつかず、ルイ君を失ってしまった自分を殴りたい。昨晩は唐突に閃いた術式を構築するので精一杯だったが、構築してしまえば馬鹿馬鹿しい程だ。
弓は、相手の速度と距離を測って着弾点を決め、そこに落ちるように放物線を描いて放つ。標的に命中するまでに、それなりの時間があるのだ。
直線的では無く、曲線で、かつ時間がかかるのならば、自分と矢の間に障害物を作ってしまえば届かない。
「――『覆い包む城壁』!!」
学園にも多くあった魔力によって形成された魔力壁。それを、密度を増して可能な限り薄く、半球状にして自分の周りを覆うように展開する。
生成された魔力壁は、外部からは視認し辛いが強度は圧倒的。矢の百本や二百本ではビクともしないだけの強さを備えている。
おそらく、黎明期のイグナシルでも同様の防御魔法が考案され、当時の武器を無力化していたはずだ。
「うわぁ、矢が効かない!」
「もう無理だ、逃げろぉ!」
一斉に放たれた数十本の矢を物ともせず突進する僕を見て、エルパーツァ軍の前衛が半狂乱に陥る。この世界のルーンマスターでも出来なかったことなのか、あるいはその脅威を知らないのだろう。
退いてくれるというのを止めるつもりは無い。ただし、それを待つつもりも無い。
「どけぇ!」
『覆い包む城壁』を起動したまま敵軍へ単身、突撃する。
恐怖のままに突き出された槍も、剣も、見えない壁を貫くことは出来ない。弾かれて、その切っ先を折られるだけだ。
魔力壁で敵を騎馬ごと突き飛ばしながら進む。狙うのは敵の指揮官、そして周辺にいるはずの、この作戦を立案し、エルパーツァ、エグリゴア両軍を誑かした首謀者。
「今度こそ、倒してやるぞルーンキラー」
左右に目を走らせ、ルーンキラーらしき人間がいないか確認する。確か、連中には紋章があったはず。それをつけているならば、構成員である可能性が高い。
「くらえ、悪魔の手先めが!」
「!!」
左手側に、突然衝撃が叩き付けられる。棍棒のようなもので殴りつけられたのだ。
攻撃が加えられた方向に目をやると、術式に似た紋様に突き刺された二振りの剣が目に入る。ローブに縫い付けられたこの紋章は、間違いなくルーンキラーのシンボルだ。
「悪魔の手先? 一体、何の根拠があってそんなことを!」
「根拠だと? そんなもの、お前達が使う外法の術を見ればわかる。理を無視し、悪戯に世を荒らす化け物共が!」
唾液を飛ばしながら吼える初老の男。その血走った目には、年齢の窺える皺が繋がっている。
後ろにも四人いる全員が、ローブから見える目を赤く染め、怒りと狂気を宿していた。
「貴方達は、科学者の男に騙されているのでは無いのか!」
「騙されてなどいない。真理を知ったのだ」
「外法に心酔する人外の徒め。私の命を犠牲にしてでも根絶やしにしてくれるわ」
会話に、ならない。
彼等はすでに正気を失っている。風貌も言動も、それを証明している。
何があったのかを聞きたかった。イグナシルと同じように、魔法が支えていた国に何があったのかを知りたかった。でも、この様子では聞くことは叶わない。
科学者に騙されたのかと問うた時、否定はしなかった。騙されたとは思っていなくても、狂気の下に潜んでしまった正気では、無意識の内に疑いを持っているのかもしれない。あるいは、ただ狂っているがゆえに否定という言語行動すら出来ないのかもしれない。
原因はわからない。しかし、もうこの人達は人間として生きてはいない。
「貴方達は、狂った獣だ……」
「それは貴様だろうがぁーーー!!」
手に持った金属をただ固めたような棒で殴りつけられる。僕を包む魔力壁は破れこそしないものの、強度を維持し続けている魔力は消耗する。
ただ殴られているわけにはいかない。
「貴方達は、ルイ君の仇とすら思えない。ここで眠っていてください」
『意識喪失』を起動し、狂ったような金属棒を振り回すルーンキラーの構成員を霧で包む。初めてルーンキラーと相対した時は、恐れ、驚いていた。もう少し人間らしさを感じた。――今のこの人達には、それすら無い。
意識を強制的に断たれ、ゴツゴツとした大小の岩が盛り上がる地面に体が投げ出されるその瞬間まで暴れ続け、以降は動かなくなった。
「どうしてなんだ……」
人があそこまで狂うなんて、普通じゃない。確かめないといけない。
倒れ臥す人達から視線を切り、再び馬を走らせる。
エルパーツァ軍はすでに相当数が撤退行動に移っており、逃げ遅れて殿となった兵士には目もくれずに敵軍の真っ只中を突き進む。今でも追い返すことには成功しているが、まだ完全に撃退出来ているかはわからない。それに――。
「あの地面に埋め込まれた罠。あれは、おそらく科学の産物だ」
ならば、科学者がいるはず。あの罠は今回初めて使用するはず。そんなものを、あんな狂った人達に運用させていたとは思えない。必ず本人が来ている。
どうやって二つの国を誑かしたのかは知らないが、ルーンキラーが元凶であることはほぼ間違いない。ここで叩いておかないと、同じようなことがまた起きる。
「逃がさない……今度こそ、絶対に!」
エルパーツァ軍の最前。つまり、撤退する前は最後陣だった場所。そこに、指揮官らしきゴテゴテの鎧を身に纏った小太りの男と、見覚えのある薄汚れた白衣を着た男がいた。
ここまでたどり着くのは難しくなかった。なにしろ、前を進んでいた兵士が我先にと横に避け、道を開けてくれたのだ。
「追いついたぞ、科学者」
「追いつかれたねぇ、術師ぃ」
相変わらずの嘲りの表情と声音。変わっているのは、その顔の右側が酷い火傷になっていることだろうか。
不意に吐き気を催す。あれは間違いなく、僕自身がつけた傷跡だ。それがわかってしまうから、抱きたくもない後悔が精神を蝕む。
「わかるか、この傷跡の恨みが」
「恨んでいるのは、お互い様だ」
この相手だけは、本当に心の底から「敵」だと思える。同じ世界から来ていながら、仲間とはどうしても思えない、倒すべき敵。
魔法領域の術式を並列処理で待機させる。いつ何時でも発動できるように。
「おい、ガルドとやら。あのルーンマスターはお前が責任もって始末するのであろうな」
存在を忘れかけていた小太りの男が言葉を発する。内容は偉そうだったが、声が震えているため威厳は微塵も無い。
「安心しろ。やつの魔法など、容易く撃ち破って見せよう」
「おぉ、頼もしいな。では、我等は先に国へと帰る。後で会おうぞ」
期待しているような口ぶりだが、結局は信用などしていないからこそ逃げ帰る。科学者など時間稼ぎ程度にしか考えていないのが見え見えだ。
もちろん、そんなことは科学者だってわかっているはずだ。
「僕は、この男さえ倒せればそれでいい。軍を退き、帝国に敵対しないのなら見逃します」
「それは確約できんな。あのような無闇に戦火を広げる国、由緒正しき家柄が多く存在する南部諸国の一員としては相応しくない」
家柄、か。それが無意味な虚飾であることは、イグナシルに居た時にすらわかった。この世界でどれほどの意味を持つのかは知らないが、そんなことに執着している時点で意識するに値しない。
心が荒れている。やはり、敵と意識している相手を目の前にすると荒んでくるものらしい。
他はどうでもいい。とにかく、僕がやるべきなのはルーンキラーの撲滅だ。
「……この場は見逃します。早々に立ち去ってください」
「ふん、言われずとも」
指示を受けた指揮下の軍と共に去っていく背中には、すぐに興味を失った。
目の前で、馬から降りて両手を白衣のポケットへと滑り込ませている科学者。どうやらガルドという名前だったらしい。
「ガルド……ガルド・イーリヤ」
「知っていてくれたとは光栄だねぇ。私の方が、この世界に流されたのは早い。あちら側では、私は極悪人にでもされているのかね?」
前回の時よりも随分と饒舌だ。それだけの余裕があるということか。
それも当然か。なにしろ、あちらは僕の魔法はほとんど無効化出来るのだ。数少ない通用する魔法も軌道は読み易く、拘束が無い状態では当たるかはわからない。すぐに横へと躱すことの出来ない大軍に撃つのとはわけが違う。
会話は囮だ。お互いにそれは理解した上で乗っている。
『銃』と『魔法』。どちらが先に仕掛けられるか。
「流刑にあった時点で全員悪人だよ。僕も例外じゃない」
「ふははは。お前のような政府の忠犬ならば、予言罪もすんなりと受け入れたのだろうな」
「…………!」
そんなわけがあるか……!
あんな理不尽な宣告、一体誰が受け入れるというのか。
抵抗した、反論した、それでも何もかもが無意味だった。ただ決められた道があって、それに従わされただけ。
心が揺れる。あの悔しさが蘇る。自分の努力を、歩んできた人生を、全てまとめて否定されたかのような絶望が沈殿していた水底から浮き上がってくる。
この男を――してやりたい。
「――受け入れた、わけじゃない」
「葛藤でもあったか? 親元を離れるのが不安だったか? 『魔法』というまやかしに守られた箱入りのお坊ちゃまは、自分の知らない世界が恐ろしくて仕方なかったことだろう」
これだ。どんな挑発よりも重要な、気に掛けるべきこと。
この男は、魔法を否定している。イグナシルを形成していた最大の要因そのものを。かつて栄華を極めたザイスリング王国の人間と同様に、魔法を「否」と言っている。
ザイスリング王国のことを聞いたとき、イグナシルも同じ道を辿るのかもしれないと思った。この男が抱える怨念に近い感情は、その引き金になりかねない。
「どうしてそこまで魔法を憎んでいるんですか」
嘲りに歪んでいた科学者の頬がピクリと動く。
「なぜ……?」
「イグナシルは、魔法によって統一されて争いは無くなった。平和になって、これからも発展していくはずです」
「発展……平和……」
様子がおかしい。先ほどまでと変わって、ブツブツと僕の言葉を繰り返すだけ。
「魔法が……貴様らが……何ほどのものを生み出したと……」
空気が変えられていく。科学者の体から発する怨念が、空間を飲み込む。
纏う雰囲気を殺意に代えて、ギラついた目で射抜いてくる。
来る……!
「図に乗るなよ術師ぃ!!」
「っ形状変化、『前方特化』!」
白衣の懐から取り出される『銃』。以前のものと形の違うそれが向けられた瞬間、『覆い包む城壁』の形状を変える命令を出す。
僕を覆うようなドーム状の魔力壁は眼前に折り重なるように動き、薄い合わせ鏡のように連なっていく。
何十にも重ねられた魔力壁が前方に展開した終わった直後、見知った物よりも大き目の発射口が火を噴いたように光り、魔力壁を大量の鉄塊が叩いた。
「くっ!」
「いつまで引きこもっているつもりだレイジ・ネート!」
新たな術式を構築して強くなったつもりでも、それは敵も同じらしい。
あの地面に埋め込まれていた爆発する罠といい、複数の『弾丸』を放つ『銃』といい、向こうも強化してきている。
『銃』は発射口に筒のようなものが被されており、それを引くことによって発射準備を終える仕様になっているらしい。連射力はやや下がっているが、まとめて放たれる鉄塊群の衝突による威力は依然の比では無い。
『覆い包む城壁』が軋む。僕のもつ魔法の中では最大の防御力を誇るこの魔法も、性能の根本にあるのは僕自身の魔力だ。元が無くなれば消える。
「『雷撃一閃』!」
「二度も同じ攻撃にやられるものか」
やはり、直線軌道かつ術式の展開を余儀なくされる『雷撃一閃』は躱されてしまう。こういったまっすぐな射線は、『銃』を扱うあちらに分がある。
『爆裂火球』は遅すぎて、人間相手に使うには不向きだ。まして一人相手では命中するはずもない。他のイグナシルでの術式では、無力化されてしまうのはすでにわかっている。
「その盾は、対策をしてきたらしいな」
「『覆い包む城壁』は、イグナシルの術式構成にこの世界の魔法による概念部分を組み込んだ新術式形態だ。『雷撃一閃』が無力化されないなら、この魔法も無力化されないと思っていた」
「だが、攻撃の手段が無ければ勝ちは無いぞ!」
言下に散らされる鉄塊。前面に集中したおかげで耐久力は上がっているが、ここにくるまでに消耗してしまっている。長くは保たない。しかも、相手の言う通り僕には攻撃の手段が無い。躱されるか、無力化されるか、どちらにせよ通らない攻撃手段しかない。このままでは『覆い包む城壁』を使い切ってしまう。
圧倒的に不利な状況。それをわかっているからこその、動き回りながらの『銃』による攻撃という単純な戦法。個人戦ならば、余計な小細工よりもその方が有効だ。
だけど、それを予想していなかったわけじゃない。
「僕の魔法が効かないことは、わかっていたことだ。攻撃手段を考えていないわけじゃない」
僕の言葉で一瞬動きを止めた所に、魔力壁を前方展開したまま走り込む。
愚直な突進。防御力に飽かせた力ずくの突破法。
面食らって、すぐには躱せない科学者の体を目がけて後のことなど考えずにぶつかっていく。その途中で腰に手を回し、偵察班から受け取っておいた魔法道具を取り出す。
打った相手に電気を加えて昏倒させる魔法武器、雷撃鞭。帝国から貸し出された魔法道具の中でも単純で使いやすいコレを使い、敵を無力化する。
「がはっ!」
「痛っ!」
魔力壁が体に当たる直前に『銃』を撃たれ、眩んだ視界のままぶつかる。おかげで、体勢を崩して地面に転がってしまう。
同じく地面を転がる科学者を探して、すぐに立ち上がる。しかし、前に転がっていったはずの姿が見当たらない。
「隙だらけだ!」
「――! 『後方展開』!」
寸前で気付いて魔力壁を後方にも分ける。前後に展開して薄くなった守りが、鉄塊が連続してぶつかることで弱まっていくのがわかる。
「うっ、足が」
「ここで殺してやる」
横に転がって二度目の背後からの攻撃は躱したが、一度目で足に掠ってしまった。
血は思った程も流れていないが、鋭い痛みにすぐには立ち上がれない。
「そんなやり方で、勝てるとでも思ったのか?」
「…………っ」
無茶苦茶なことくらいわかっている。一時の感情で、無謀な戦いを仕掛けたかもしれない。
それでも、ここで終わらせないとまた犠牲が増える。多少は無茶でも、何とか僕一人で決着を――。
「がぁっ!」
突然上がった苦痛の声。それは僕では無く、優勢だった科学者の口から発せられた。
「隊長!」
「レイネ様……じゃない、レイネート様! 助けにきましたよ!」
「オラァ、戦闘班! 狙い撃たれないように散開して近づけ!」
独立魔戦小隊の面々。一人で突っ走った僕を助けに来てくれたのか。
「低級文明の猿共が……そんなに死にたければ、貴様らから殺してやる!」
肩から矢を生やしながら、科学者が吼える。手に持った『銃』は、動けない僕から騎馬で迫る戦闘班の皆に向いている。
四人が左右に二人ずつで分かれて走ってくるが、あの速度では『弾丸』には到底かなわない。今回敵が持ってきているのは、以前のように単発ではなく複数の鉄塊が大きく広がる。多少射線上からずれても当たってしまう。
「させるか……『雷撃一閃』!」
「ぬぁ! 邪魔をするかレイジ・ネート!」
「当然だ、これ以上仲間を殺されてたまるもんか」
少しでも気を逸らす。その結果、僕に攻撃が集中してもかまわない。この男と戦うべきは、僕なのだから。
「よそ見してんじゃねぇぞ!」
「ぐっ」
騎乗からの槍と長剣による刺突。辛くも躱しているが、走り続けている戦闘班の騎馬はすぐに反転して再び迫る。
皆が来てくれたおかげで、勝ちの目が見えてきた。
「隊長、此方へ」
「もう大丈夫ですよ」
バーツさんとエリッツ君に支えられて、科学者から離れる。
「すいません、偉そうなことを言って一人で突っ込んで……」
「反省したならば、今後は控えてください。ルイのことは残念ですが、貴方はそれを自分の責任と重く受け止めすぎる」
「でも……」
「あの男は、間違いなく貴方にとって敵でしょう。戦うことは否定しません。しかし、理由を他から持ってこない方が良い」
理由……。僕は、ルイ君のことを言い訳にしていたということだろうか。
だが、部隊を預かる隊長として、部下の敵討ちをしたいと思うのはダメなことだろうか。
「いいえ、その気持ちは嬉しい。しかし、貴方の本来の目的は違うでしょう」
「本来の、目的」
「元の世界に、帰りたいのではないのですか?」
そう……そうだ。僕は元の世界に帰りたい。そう言って、将軍に泣きついて、今の部隊を半ば私物化するつもりで隊長の座を手に入れた。
でも、どうしたって非情になりきれない。元の世界に帰るためだからと、他のことを切り捨てることが出来ない。
「それがレイネート様らしいところじゃないですか。だけど、少しは僕達にも頼ってください。他の世界なんてことはよくわかりませんけど、この世界のことなら手伝えるはずですから」
同意するように頷くバーツさん。
そうか、僕は一人で全てを解決しようとし過ぎたのか。だから、何度も失敗する。
「わかりました、今度からは頼ることにします。……ありがとう」
「それが私達の役目です」
「遠慮しないでくださいね」
二人に頭を下げる。これ以上のお礼は、戦いが終わってからだ。
目を戦闘中のグレイさん達に戻す。丁度、三度目の馬上攻撃に入るところだった。
「邪魔だぁ、貴様ら!」
白衣の肩口が赤く染まっている。二度目は避けきれなかったのだ。
それでも闘志を失わない科学者は、白衣の内からさらに『銃』を取り出す。新たに取り出したものは以前と同じ、小型で連射の出来る型。
焼け爛れたような皮膚の手が、小型の『銃』を振り回す。
「うおっ」
「うあぁ」
二つの発射口から放たれる『弾丸』の嵐は、さすがのグレイさん達の馬ですら捉える。
馬を撃たれ、落馬する四人をさらに狙う二振りの『銃』。
「死ねぇ、猿が!」
「――『全面展開』!」
『覆い包む城壁』を楕円状に伸ばし、グレイさん達もまとめて覆う。
薄く伸ばした魔力壁は、連続で打ち据えられてとうとう割れる。こうなれば、再度展開するには大量の魔力が必要になる。
「どこまでも……!」
「やらせないと、言いました」
とはいえ、これ以上の戦闘続行は無理だ。こちらの防御手段が無くなってしまったのだから、再び浴びせられる『弾丸』の雨は防げない。
「ご心配なく、隊長。この場に来る前に、エグリゴアを撤退させることに成功したと報告を受けました」
「それって……」
早い。いくらなんでもこの短時間で一つの軍を撤退させたのか。
帝国とエグリゴアにはそこまでの兵力差は無かった。そこまで一方的に、迅速に勝利を決めたとは。
「貴方がエルパーツァを早々に撤退へと移らせたこと、帝国は戦う前から勝利を確信する程に士気が高かったことが勝因でしょう。わかりましたか、ご自分がどれほどの影響力があるか。味方からすれば、これほど頼もしいことはありません。以後、無謀な行動は控えていただますよう」
「ゴチャゴチャと五月蠅いぞ、そこの男。どうせ助けも来ないこんな状況では、帝国が勝とうがお前らは死ぬ」
「いいえ、助けは来ます。私の知る中で、二番目に強い人物が」
誰が助けに来てくれるのか、わかってしまった。
何度も僕を助けてくれたあの人は、一戦の指揮を終えた後ですら助けに駆けつけてくれるのか。
「なんだ、あの白いのは」
僕の後ろからせまる最高の援軍に気付いたらしい。
振り返る。そこには、見覚えのある一騎が走っている。
「――科学者とやら! 貴様が攻撃しているのは、私の大事な部下達だ! 早々に去るならば見逃してやる、そうでないならば命を貰うぞ!」
頼もしい声が響く。
白馬、白銀の鎧、白塗りの柄の槍。それはさながら物語に登場する英雄のように雄々しく槍を振りかぶり――轟々と風切り音が響く威力で投擲した。
「なっ……!」
さすがに面食らったらしく、横っ飛びで逃げる科学者。
躱され、標的を見失った槍はそのままの威力で地面に突き刺さり――地面から張り出した岩を粉々に砕いて、人一人が寝転がれそうな大きさの窪みを作って見せた。
「化け物女が……」
忌々しそうな呟きからは、先ほどまでの余裕や憤りは感じない。
あの狂ったような殺意から生まれていた戦意を、たった一撃で奪い去った。
これが、帝国軍将軍アーシェ・バロンの実力。
「形勢逆転、ってやつだな、おい」
馬をやられたグレイさんたちもすでに立ち直り、長剣を構えている。連射のきく『銃』でも、これだけの人数に囲まれれば対処しきれない。
これで、詰みだ。
「図に乗るなよ、猿共が……」
忌々しそうに吐き捨てる科学者の目は、まだ死んでいない。この圧倒的不利な状況でも諦める腹は無いらしい。
将軍が僕に並ぶ。未だ地面に突き立つ愛槍ではなく、腰の長剣を抜いてその白い切っ先を向ける。
「まだ続けるつもりか?」
「当然だ。私は、まだ負けてなどいない」
両手に握る『銃』を地面に向けたまま、血走った目で睨みつけてくる。
「――ッ将軍!」
僕は見逃さなかった。一瞬だけ背後に向けられた視線を。
声に反応して姿勢を落とした将軍の頭を、微かな風音と共に黒い点が掠めていく。
「まだ仲間がいたのか……!」
「ふん……時間切れだ、猿共」
現れたのは、発射口が異常に長い『銃』を構えたまま馬に乗った人間を先頭に、五、六人で編成された騎馬隊。
装具が着けられた馬に乗ったルーンキラーの部下達は、科学者のところまで走り込むと、すぐにその手をとって逃走しようとする。
「くっ、逃がすもんか。『意識――喪失』!」
魔力を消耗し過ぎたらしい。術式を魔法領域で構築する段階で視界が歪む。
それでも何とか魔法を起動して発生させた霧はルーンキラーを包みこむ。
「――!? どうして?」
霧に包まれながら、ルーンキラーは意に介さない。
エルパーツァ軍に混ざっていた元ザイスリング王国の国民だと思われる人達。彼等には通用したのに、通用しなくなっている。
「ふははは! あんな国を失って狂った阿呆共に、我が叡智の結晶を与えるわけがあるまい」
魔法無力化の技術。それを有しているローブ姿の騎馬隊こそ、本当の部下ということか。それはつまり――ルイ君を殺したのは、ザイスリングの生き残りでは無くて、今目の前にいる人達だということ。
悔しさもあったけど、それよりも先に安堵が来てしまった。
無実の人達。おそらく、騙されて狂ってしまった人達を殺さなくて。咄嗟に使ったのが使い慣れた非殺傷の魔法で、本当に良かった。
「バロン将軍」
「いや、いい追うな。あちらにも援軍が来てしまっては、下手に深追いは出来ん。それこそ、エグリゴアの虚言を実現してしまいかねん」
確かに。あの部下達がこのタイミングで助けに来たのは、それまで何らかの用事があったからと考えるのが妥当だ。ここで考えられる理由は少なく、最も可能性が大きいのは「罠」だろう。
科学者が時間を稼ぎ、その間に確実に逃げるための罠を張る。独立魔戦小隊の面々や将軍まで来たのは想定外だっただろが、追いつめられても逃げられるだけの算段はしていると思うべきだ。
「~~~! ガルド・イーリヤ!」
追うことは出来ない。逃がしてしまう。
だけど、その前に聞いておかなければならないことがある。
「貴方は一体、何を知っているんですか!」
憎しみもわだかまりも忘れて、聞いておくべき事。
彼の言葉の端々に感じられる憎しみ以上の嘲り。この嘲りは、学者特有の「無知」を嗤うものだと僕は感じている。
何かを知っているはずだ。この世界に来てから気付かされたイグナシルの魔法への疑念。おそらくはそのことに対する何らかの答えを持っているはず。
「――お前達の盲信を、瞬く間に打ち砕く真実だ!」
それだけを叫んで走り去っていく白衣の端を、ただ見届けることしか出来なかった。
――僕はまた、決着をつけられなかった。
「……将軍、そちらはどうなったんですか?」
「ん? あぁ、問題無い。戦闘の途中で嫌な予感がしてな。バルディオに指揮を任せて急ぎ駆けつけたが、その時点でも戦況は圧倒的優勢だった。誰かさんが発破をかけてくれたおかげで、兵の士気は裏切りを知っても高かったからな。」
エルパーツァ軍を早々に撤退行動に移させたのは、意味のある行動だったらしい。なら、少しだけ救われる。
「すいません、僕はまた――」
「謝るな。軍人として、お前は十分な働きをしてくれた」
「そうですよ隊長! たった一人で軍をまるごと撤退させたんですから、すごいことですよ!」
「まぁ、ちったぁ認めてやらぁ」
将軍の慰め、興奮気味のエリッツ君からの賞賛、グレイさんの不器用な褒め言葉。
甘えてしまう。何度も何度も、戒めた悪癖が顔を出す。
「ダメだなぁ、僕は」
泣きそうになるのを必死に堪えながら呟いた声は、周囲の誰にも聞かれてはいなかった。
ちょっと続けて出したいので、まとめていたら遅くなりました。
三章程短い間隔で更新します。




