追撃戦
翌朝、再びエグリゴアと帝国の間で軍議が開かれたが、結局同じような議論(とも呼べない言い争い)を繰り返すだけとなり、特段成果も無いまま解散となった。
「エグリゴアとは今後別行動となる。部隊編成を確認して、次に備えてくれ」
「撤退ですか?」
エルパーツァは直接帝国の敵というわけではない。エグリゴアへの協力を打ち切るならば、わざわざ戦う必要は無い。
そういった理由から、確認のつもりでの質問だったのだが――。
「いや、我々はこのままエルパーツァ軍を追撃する」
将軍の言葉に驚いているのは僕だけだ。副将軍も、バーツさんも、他の部隊長達も驚いた様子は無い。
ならば僕だけがこの方針を知らなかったのかといえば、そんなはずもない。なにしろ、昨晩から今朝にかけての短時間に、この場にいる僕以外の全員に通達することなど出来ないし、する意味も無い。
仮に知らされていたとしても、バーツさんは僕に教えてくれるはずだ(なにより、部隊長は僕なのだから命令系統が狂ってくる)。
「なに、いつものことだ。たとえ援軍であろうと、一度敵に回った相手は徹底的に打ち倒す、というのが帝国の、正確には現帝国軍元帥の方針だからな。
昨晩、魔法道具で連絡をとったところ、"エグリゴアの動きに関わらず追撃・殲滅せよ"とのことだ」
帝国軍元帥は、随分と苛烈な人物らしい。
しかし、そんな戦闘方針では無闇に軍を疲弊させることにはならないのだろうか。
「もちろん、攻め時は考えるさ。現に、連合は一時休戦という形をとっている。今回はすぐに追撃しても問題無い、そう考えてのことだろう」
そういえば、確かに連合との戦いは休戦状態だと聞いた。
エルパーツァは戦下手だから、このまま進軍して戦闘を行っても十分勝てると考えたのか。
「しかし、今回はエグリゴア軍が追撃して壊滅しているという事実もあります。大丈夫ですか?」
「その点は、十分に注意せよと言われてはいる。情報が無い以上は、注意するのも難しいのだがな」
苦笑を浮かべてはいるものの、その顔はそれほど困っているようには見えない。
追撃に失敗したのは、あのエグリゴアの軍だ。なにか致命的な失敗を犯していてもおかしくない。まして、追撃に出たと思われる時間は日が落ち始めた頃。失敗の確率は上がる。
「追撃部隊壊滅は、エグリゴアだから、と考えているんですね?」
「そういうことだ」
やや危険な考えにも思える。だが、油断に近いこの考えに、副将軍ですら納得している。ならば、なんらかの確信はあるはず。
エグリゴア軍のことをより知っているのは、言うまでもなく僕の方ではない。これ以上口を出すべきではないだろう。
だが、僕にもやるべきことはある。
「将軍」
「ん、なんだ?」
「独立魔戦小隊が、エルパーツァ軍による罠の有無を確認します」
エルパーツァ軍追撃のための進軍は、軍議終了後すぐに行われた。
エグリゴアの南西端に位置するこの周辺は、地面から張り出した岩肌が多く、戦場になっていた平原が唯一平坦な地形だと言ってもいいほど荒々しい道が続く。ゆえに、敵の撤退は夜間に行うには危険との理由から遅いはず。
とはいえ、これより先はエルパーツァ軍の領内に近くなる。帝国としても、微妙な態度をとっているエグリゴアを間に挟んでの遠征は避けたいところではあるため、拙速な進軍となった。
「この辺りですね」
エリッツ君が指差す場所を見渡す。
エグリゴアの追撃部隊が壊滅に追い込まれたのはどうやらこの辺りらしいが、目視する限りでは特段変わったところは無い。
もちろん、目視で済ませるつもりは無い。先行しているとはいえ、将軍が率いる本隊もすぐ後方から向かっている。速度を重視した進軍である以上、時間をかけず迅速に調査する必要がある。
魔法領域に『冒険家の嗜み』の術式を送り、起動する。
「ん……確かに、何かが埋まっているようですね」
魔法領域内の簡易マップには、ほぼ同じ濃度で地面が示されているが、ところどころ異物らしき黒点が混じっている。
「どのような罠かわかりますか?」
「これだけでは、何とも……。何か道具を埋めているのだとは思いますが」
「実際に、踏み込んでみる方がいいかもしれませんね」
事も無げに言うが、そんなことはしたくない。
兵士なのだから、いつでも死ぬ覚悟は出来ているのかもしれないが、かといって危険だとわかっている場所に自ら踏み込んで散るのは、あまりに不憫だ。
「踏み込む前に、あれが罠と仮定した上で、起動する条件を考えましょう」
条件さえ整えられれば、犠牲を出すことなく無力化出来るかもしれない。
「時間はかけられませんよ?」
「わかっています。だけど、犠牲を出さずに済む可能性があるのなら、最後まで縋りたい」
そう、縋りたい。縋るべき、などとは言えない。
最悪、異物をまとめて魔法で吹き飛ばす。魔戦小隊以外の兵――場合によってはエグリゴア兵にまで――見られる可能性はあるが、その時はその時だ。
「常識で考えるならば、糸が張り巡らされており、引っ掛かった相手を罠にかける、というタイプでしょうか?」
「帝国にも似たようなものが?」
「技術開発部で考案されたこともあったと聞いています。結局は、実用性に乏しかったため開発は断念したようですが」
「……『遠視』を使っても、糸らしきものは無いようですが」
『遠視』は視界の焦点を人の能力を超えて前方にずらしているだけなので、たんに僕の視力では見えないという可能性もある。だが、糸に引っ掛かったのなら壊滅する前に気付いて撤退に移りそうなものだ。少なくとも、前衛が罠にかかった時点で、後衛は進むことが出来なくなるはず。
「となると、既存の知識では考えるのが難しいですね」
「やはり、ルーンキラーでしょうか?」
「我々が襲われたことや、本隊への妨害など、理由は不明ですが暗躍しているようですからね。その可能性は大きいかと」
だとすると、なおさら不用意には近づけない。
イグナシルでこそ、科学は魔法の下位互換とされていたが、この世界では十分に有用な代物だ。『銃』の存在からも、新たな兵器を開発していることも考えなければならない。
「隊長、本隊が近づいて来たぞ」
微かに聞こえる地鳴りが、遅れてきた本隊の到着を教えてくれる。
猶予は無い。考えるよりも、行動すべきだ。
「魔法で、あの一体を吹き飛ばします」
「大丈夫か?」
「現状、それが最も有効な手段です。一応、周囲にエグリゴアがいないことは偵察班が確認してくれました」
エリッツ君が頷く。リスクはあるが、信じるしかない。
出来るなら味方にも隠しておきたい。すぐに行動すれば、まだ隠匿は可能だろう。
異物が埋まっている地点を見渡せる高台から、異物反応の五歩手前まで降りる。
「全員、離れてください」
万が一この距離でも被害が発生した場合、他の隊員まで巻き込みたくは無い。
「ふぅ――『雷撃一閃』!」
一息の後に撃ち出した雷撃は、一直線に地面の下にある異物へと向かい、命中した。
――瞬間、鼓膜を振るわせる音と共に、着弾点が弾けた。
「うわ!」
「レイネ様!」
思っていた以上の衝撃に驚き、投げ出された体が支えられる。
弾けた地面は、土が四方に飛び散り、煙と土埃が空に昇っていた。
「なんだ、これは……」
「地面が爆発した……?」
何が起こったのか、誰もわかるはずがない。やはりこれは、ルーンキラーの新兵器と見た方が良い。
「将軍に連絡します」
「お願いします、バーツさん」
これは、残りの異物も取り除いた方が良い。起動する条件がわからないが、仮に上を通り過ぎたものに反応するような特殊な条件であったら、本隊の騎馬が通り過ぎた瞬間に吹き飛ばされる。
「また、厄介な代物が出たきましたね」
「はい……」
(それで? ルーンキラーのものと思われる罠は、全て除去出来たのか?)
「一応、全て除去したはずです。僕の魔法を無力化する機能がつけられていれば別ですが、そこまでは想定していないはずです」
(わかった、ご苦労だったな)
実は、魔法による撤去後に異物反応が無い場所を歩いてみた。余計な心配をかけるので言わないが、『冒険家の嗜み』で反応していなければ安全、と考えていいだろう。
ルーンキラーによる魔法の無力化は、イグナシルの魔法に対するものであるということは大方わかっている。あとは、どういう原理か、どんな媒体によるものかがわかれば対処もとれるのだが……。
(一時通信を切るが……無理はするなよ)
「……え!?」
すっかり会話が終わったつもりだったので、面食らってしまった。
(お前の事だ。失ったルイのことを引きずって、自信を犠牲にするような確認方法でもとったのではないか?)
……驚いた。将軍は心を読めるのだろうか。
(無茶だけはするな。お前は、確かに帝国に必要な人間なのだから)
「……はい。ありがとうございます」
本音を言えば、納得したわけではなかった。だが、気遣いに対しては、肯定を返しておくべきだろう。
「隊長」
「進みましょう。同じような罠があるかもしれないし、可能ならばエルパーツァ軍の足止めも行いたい」
近づいてきたバーツさんの言葉を遮るように方針を話す。彼なりに、僕の心情を察して慰めてくれようとしたのだろう。
二人とも、優しすぎる。今の僕には、それが辛い。
不安や疑問を振り払うように、馬を走らせた。
小隊の最大の強みは、軽快さ。大軍である本隊よりも、遥かに高速での進軍が可能なところだ。
本来は、少ないとはいえ運搬しなければならない食糧などの物資をほとんど本隊に預け、最低限の分だけを個々に鐙に付けることでさらに速度を増している。
今追っている敵は、一度戦いに敗北して逃走している段階だ。指揮は低く、行軍速度もけっして早くはないはず。『冒険家の嗜み』であの爆発する罠を探しながらでも、追いつく公算は高い。
「隊長、例の罠はどうですか?」
「反応は記録してありますが、今の所同じような反応はありません」
『自動索敵』と違って、本来は趣味に使う程度の魔法であるため、いくら効率化しても気を抜けば反応を見逃してしまいそうだ。
最大の問題は、相性の所為で『自動索敵』を切るしかないことだが、元よりルーンキラーは反応しないし、エルパーツァの伏兵は左右に展開した偵察班が探ってくれる。
「敵の気配は、今の所ありませんね。まぁ、敵に伏兵を配するような余裕があるとは思えませんが」
「それでも、するべきですよね?」
「ええ。少しでも可能性があるならば、警戒はするべきです。次は、立地の優位を取られるようなヘマはいたしません」
どうやら、ルーンキラーが絶対優位の位置から攻撃を仕掛けてきたことは、他の隊員にとっても業腹であったらしい。
一度失敗を犯した以上、今の隊には油断は無い。
「隊長、あそこを見ろ!」
前方で展開する戦闘班が、何かを見つけたらしい。
馬を止めて、示された場所を窺う。
「野営の跡ですね」
「昨夜の分でしょうか」
「真新しい馬の足跡があるぜ。急げば追いつけそうだ」
野営の跡がこれほどはっきりと残っているということは、敵も余裕が無く、慌てているということだ。
「…………」
「どうしました、隊長」
「いえ……」
何か、違和感がある。言葉に出来ない程度の違和感が。
違和感の正体がイマイチ掴めない。
「ともかく、今は急ぎましょう。なんとか追いつかないと」
何かが引っ掛かりながらも、再び馬を走らせる。
此方の想定以上に、敵の撤退は遅々として進んでいない。先に追いついて、僕の魔法を駆使しつつ本隊が追い付くまでの時間を稼ぐことは出来そうだ。
部隊の位置取りも、気を配っている。また一方的な襲撃を受けるということも無いはず。
状況の推移は悪くない。なのに、小さな違和感が拭えない。
「何かが気になっているようですね」
「はい……。ただ、それが何か、はっきりとは言えないんです」
明確な原因があるわけでもない。意識しているようなことではない。ただ、どこか片隅で燻っているような気持ちの悪さ。
必死で探っているのに、雲のように手をすり抜けていく。
「実を言えば、私も気にはなっているのです」
「何が、ですか?」
「この状況そのもの、でしょうか」
状況そのもの。
うまく行き過ぎている、と考えることは出来る。例の罠も、初めに除去して以来遭遇していない。野営の跡から、敵の捕捉は近い。
懸念していた問題は無く、逆に都合のいい条件が揃っている。気になると言えば、確かにそうだ。
「杜撰なんです、何もかもが。
野営の跡は、消そうとする痕跡すら見受けられませんでした。伏兵はおろか、仕掛けるだけでも追ってを足止め出来るあの罠も無く、撤退速度は異様に遅い。まるで――」
「まるで、此方が追い付くのを待っているよう……?」
言葉の後を継ぎ、顔を見合わせる。
燻っていた違和感の火が、大きくなった気がする。
「いや、でも……追いつかれる利点がないのでは?」
「ええ。だからこそ、気にかかるのです」
追いつきさえすれば此方の勝利。加勢しながらも本隊の損害は極めて軽微であることから、その練度と戦力の差は歴然だ。
にも関わらず、敵は誘っているような節がある。それが、余計に気にかかる。
追いつかれれば負ける。なのに、追いついて欲しい。それは一体……?
「前提が、間違っているのかもしれません」
「前提?」
「帝国が、"追いつけば勝てる"という前提です」
まさか、そんなはずは無い。帝国が勝てるという確信は、敵の戦略が稚拙であることと、実際に戦った結果から導き出したもの。それが間違っているというのか。
……いや、一時的に勝ってはいても、実は敗北へ進んでいるということはある。――僕は、実際にそれを作戦として採用したじゃないか。
「誘い伏せ……」
「それも、随分と手の込んだ」
敗走していると見せかけて、その実伏兵を配した場所まで敵を誘導する戦法。
僕が初めて作戦を立案し、本格的な軍同士の戦いとして経験した時は必死で、何も考えずに提案した作戦だったが、それは確立された戦法であったらしいと後から聞いた。
あれは特殊な例で、純粋な誘い伏せとは違う。だが、それは今回も同じなのではないか。
「帝国が、一度敵対した相手を徹底的に攻撃するのは周知の事実」
「それが、エルパーツァのような戦略、戦力共に脆弱な軍であれば尚更……」
「そして、どうやらルーンキラーはエルパーツァに協力している」
お互いに挙げていく条件が並ぶほどに、滑稽とも言える仮定だった話が、現実味を帯びていく。
条件は揃っている。それは、追う側だけでなく、追われる側もなのか……?
「進軍を、一旦止めましょう。懸念にすぎないとはいえ、将軍に伺いを――」
「見つけたぞ、エルパーツァ軍の最後尾だ!」
湧き上がった不安を解消する間もなく、敵に追いついたらしい。
「早過ぎる……!」
「どうやら、我々の危惧は的中しているようですね」
声音は冷静なままだが、その表情は曇っている。
前方を見れば、確かに軍馬らしき馬とそれに乗る人間の背が見える。その速度は、必死で逃げているというには余りに遅く、疲れているというには余裕に溢れすぎていた。
奴等は知っているのだ。自分達が危険に晒されているわけでは無い事を。
「どうする、隊長。このまま背後から強襲と洒落込むかぁ?」
「まって下さい、グレイさん! 何かがおかしいんです。もう暫く……せめて将軍と連絡をするまでは様子見でお願いします」
眉をひそめはしたものの、特に反対はされなかった。グレイさんも、程度はともかく違和感は感じていたらしい。
「バーツさん、連絡は?」
「手遅れですね、すでに本隊も相当近くまで向かってきているようです」
本隊の速度まで想定以上になっている。今ばかりは将軍達の手腕が恨めしい。
僕達のような小隊とは違い、本隊はすぐに進軍の停止、あるいは反転などそうそう出来ない。命令が後方に伝わるまで時間がかかるからだ。
通信水晶を各指揮官クラス全員に配られていればまだ間に合ったのだが、無い物ねだりしても仕方がない。今はとにかく、危険性を知ってもらった上で、僕達で出来る限り取り除く。
「陣形を索敵行軍から突撃陣形に変更してください。先頭は僕が務めます」
左右に展開していた偵察班を円状にして部隊全体に散らし、戦闘班と支援班は中央に固める形に変更する。陣形の先端には例外的に僕自身が位置する。
敵軍のすぐ後ろまでの地形はすでに探査済み。例の罠は、仕掛けるのに時間がかかるのか埋まってはいないことを確認した。
『冒険家の嗜み』を『自動索敵』と入れ替え、『雷撃一閃』、『意識喪失・改』を含めた戦闘用の魔法を魔法領域に待機出来るだけしておく。
ルイ君を失ってから、改めて必要性を感じた新しい魔法。それも、ぶっつけ本番だが使うことになるかもしれない。
「隊長、連中がなんか企んでるって、本気で思ってんのか?」
「えぇ、まぁ」
「あんな戦闘する連中がか?」
「協力者がいれば、ありえます」
「だとしたらよ、連中はなんで俺らを狙ってやがるんだ? 確かに、今は追撃しちゃいるがよ、本来なら俺達は部外者なはずだぜ?」
それは、ルーンキラーが協力者だから。僕が所属しているのは帝国だ。一緒になって狙われているのだろうと考えた、のだが……。
「違う……」
「あん?」
今、僕達が戦おうとしているのはエルパ-ツァ軍だ。エルパーツァ軍には、帝国と正面切って戦う理由は無かったはず。むしろ、下手にエグリゴアと協力関係にならないよう、極力刺激したくない相手のはずだ。
追撃されたから? 敵対国の同盟国だから? たったそれだけで、部外者の言葉を鵜呑みにして、不用意に敵を増やすだろうか。
エグリゴアの総指揮官は、あまり頭に回る人間では無かったように見えた。エルパーツァの指揮官も同様か?
「おい、隊長?」
「少し黙って!」
驚いて怯む部下に、意識を割いている時間は無い。
敵の行軍速度に足並みを揃えている以上、通常よりも速度の増した本隊は間もなく追いつく。そうなれば、何かがあっても対処できず、むざむざ敵の張った網にかかってしまう。
思考をまとめる必要がある。
エグリゴアは、表面上は同盟国だが、お互いに腹を探り合う間柄。あわよくば寝首をかこうとしているのは解った上での関係。
エルパーツァはエグリゴアと敵対している国。結果として、同盟国である帝国と敵対しているとも言えるが、帝国はエグリゴアへの協力という以上に敵対しては来なかったはず。今回の追撃が初のはっきりとした敵対行動なのではないだろうか。
ルーンキラーは、現在所属先が明確な僕を当面の標的としているように思う。今回の戦いでは、エルパーツァに協力し、色々と工作活動を行っていると考えて間違いない。
帝国は、その力を示すため、敵対したエルパーツァを追撃、殲滅することによってエグリゴアに恩を売りつつ、圧力をかける腹積もり。
「……ま、さか」
「どうしました?」
もう一度、考え直した。直した結果――。
「今回の戦いで、全ての勢力にとっての敵は――帝国です!」
ルーンキラーは僕というルーンマスターを匿う帝国を憎み、エルパーツァはエグリゴアへ協力して攻撃を仕掛けてくる帝国が邪魔であり、同盟であるエグリゴアですら、いずれは戦うことになる帝国の軍事力を恐れている。
全ての勢力が、帝国を打倒する理由を持っているのだ。
「三つの勢力……エグリゴア、エルパーツァ、そしてルーンキラー。全てが、敵」
「エグリゴア総指揮官の奇妙な言動は、あの時点で……」
「おいおい、二人で納得してんな。俺らにもわかるように教えてくれよ」
「端的に言います。現在、帝国の味方はいません。今、僕達がこうしていること自体が、敵の罠であり想定内。つまり――これから、帝国は総攻撃を受けます!」
反転しようと後ろを振り返れば、すでに目視できる距離に本隊の土煙がある。
ここはすでにエルパーツァ領内。どこの国でも無い中立域を通るようにしてきたとはいえ、背後の本国との間にはエグリゴアがある。
逃げ場は、無い。
「~~~~! 全員、反転してください! せめて、本隊と合流して態勢を立て直します!」
号令と同時に馬首を返す。
手元で淡い光を放つ通信水晶を自分でも驚く程乱暴に口元に持ってくる。
「将軍、聞こえていますか!?」
(どうした? 私達も、遠目にエルパーツァの背中が見えてきたところだが)
「罠です。これは、エグリゴア対エルパーツァ戦から続く大がかりな誘い伏せです!」
(どういうことだ? わかるように話せ)
そんな時間は無い。おそらく、追撃に夢中の本隊は気付いていない。帝国と二国の間にある戦力差という慢心に隠れて、その背後から追いすがってきているのは――。
(――いや、いい。把握した)
「何か、ありましたか?」
わかっていながら、問い返す。
(最後尾から慌てた伝令が来た。縦長の錐型陣形になっていた所為で、気付くのが遅れた。――エグリゴア軍が、全軍で追ってきているらしい。当然、此方に対する使者は無い。お前の慌てぶりからも、援軍とは考え難いな)
エグリゴアは、帝国へ情報を渡すことを渋っていた。それは、あの爆発する罠について何もわかっていないことを隠そうしたのでは無く、少しでも優位性を保っておくためだったのだ。
追撃隊が壊滅したというのは、おそらく嘘だろう。あの子供同士の盤上遊戯のような消耗戦も、あの嘘くさい挑発も、全てがこの時のための布石。
あの罠の話を、エグリゴア側から聞いた後、自分で確かめた情報と照らし合わせて深く検討してみるべきだった。おかしいとは思ったのだ、あの罠による被害だけで騎馬部隊を主力とした追撃部隊が壊滅したというのは。
(とんだ役者だったわけだ、あの男は)
愚者のフリをして、まんまと帝国軍のほぼ全部隊を罠にかけて見せた。僕を含め、全員が愚物だと侮ったあの総指揮官が。
追撃をしているつもりで、追撃されていたのは此方だったということだ。ルーンキラーにより、あの奇襲と同じ。
「僕の――」
(私の責任だな。遠征軍全軍を率いる者として、情けない限りだ)
悔しさの滲む声。有無を言わせぬ意思の力が、すでに宿り始めている声音は、将軍が本気の戦闘態勢に入っていることを表している。
まだ、諦めるわけにはいかない。
誘い伏せ、韜晦、裏切り、挟撃……姦計の猛襲で、帝国は明らかな窮地にある。後方から迫るエグリゴア軍が到着次第、前方のエルパーツァも反転して攻撃に転じるだろう。
もう、ここまでくれば誰が入れ知恵しただとか、誰が本命の標的だとかは関係ない。こんな負けは認めない。
「将軍」
(どうした)
「将軍達の力で、後方のエグリゴアを蹴散らせますか?」
(純粋な戦闘能力が勝っている、という見立ては間違っていないはずだ。敵がエグリゴア単独である限りは難しくないとは思うが……)
「では、エグリゴアはお願いします」
(おい、まさか……)
「エルパーツァは、僕が引き受けます」
(まっ――)
言いたいことだけ言って、通信水晶の効力を切った。
目を上げれば、独立魔戦小隊の皆が僕に視線を向けている。自然と、馬は足を止めていた。
「レイネ様……」
「隊長、本気ですか?」
「失礼ですが、正気とは思えません。エルパーツァには、ルーンキラーも潜伏していると思われるのですよ?」
「無謀だぜ、そりゃ」
不甲斐無い隊長に、勿体無い心配の言葉。
だけど、この危機を乗り越えるには並の方法ではダメなのだ。
「ありがとうございます。でも、もう決めました」
追いつめられて、ゴチャゴチャと考えていた思考が動きを止めた。
思考停止に陥ったわけでは無い。ただ、考えることを終えたのだ。
「――今が、僕が僕自身として戦う時だと思います」
常時起動になっていた術式の一つを、解除する。
「は!?」
「えぇ!?」
二人を覗いて、驚く隊員達。当然だ、目の前で女だと思っていた人間が、男に変わったのだから。
「これが、本当の僕の姿です」
「お前……まさか……」
「生きて、いたんですか……」
僕の顔を、覚えていてくれている人もいる。頷いて、馬首を再び元の方向へと戻した。
本隊は、錐型陣形の前衛が左右に広がっている。後方の敵を迎撃するための態勢に移行しているということだろう。
同時に、前方の敵も逃走のフリを止め、此方に馬首を向けて槍をとっている。
「今度は、負けません」
顔を見れば頼ってしまいそうだったから、敵だけを睨んで言った。
勝てる、と思っているわけでは無い。だが、負けるつもりは毛頭ない。
「奴らには、すでに過去のモノとなった恐怖を、思い出してもらいます」
魔法領域に待機させている魔法とは別に、一つの術式を術式記録帳から取り出す。
何人が覚えているだろうか、この魔法を。
伝わればいいと思う。少しは、この状況を跳ね返すための力、士気を高める一助となって欲しい。
「術式展開――『天で咲く花』」
空に向けた右の掌、その上に展開された術式から撃ちあがった光の玉は高々と上がっていき――天に一輪の赤い花を咲かせた。
初期と表現が変わってきているので、修正したいと思います。
いつになるかはわかりませんが……。
「予定は未定にして、決定に非ず」。便利ですが、ダメな言葉です。




