↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sin Prophecy  作者: mirror
21/47

山を崩せ――『爆裂火球《エクスプロードボム》』

「全員整列!」


 簡易に作られた段上から、良く通る声で号令がかかる。

 魔戦部隊の説明時とは比較にならない人数がいたが、やはり全員が示し合わせたように列を作っていく。とはいえ、さすがに今回は軍の編成が決まっている上での並びだろう。僕もどこに行けばいいのかと迷わずにすんだ。


「今回、アダル将軍の代理としてエグリゴア救援部隊の指揮をとるアーシェ・バロンだ。大規模戦闘の経験は少ないが、諸君らの力を借りて与えられた役割を果たそうと思う。よろしく頼む」


 歓声に近い鬨の声が上がる。

 改めて言われるまでも無く、将軍が今回の部隊を指揮するというのは兵士達にも伝わっていたらしい。

 この反応を見る限り、たった一度だけとはいえ、やはり対連合戦での功績は指揮される側の兵士にとって信用するに値するものであるようだ。


「今回の遠征は、同盟国となったエグリゴアと戦闘を繰り広げているエルパーツァ公国軍に対して側面より攻撃を行い、前面で攻撃を受けるエグリゴアを援護するものだ。遠征による疲れや、慣れない気候に苦しむこともあるだろうが、帝国軍としての力を見せてほしい」


 なるほど、やはり帝国とエグリゴアは同盟国とはいえお互いに信用し合っていない。

 前面で攻撃を受けている間に側面を突くという作戦自体は単純で有効なものだが、おそらくは両軍が同じ戦場で混戦状態になるのを嫌ったのだろう。

 数で押すことが出来れば問題ないが、乱戦になれば何が起こるかわからない。敵の仕業に見せかけて、隣にいる友軍の指揮官を暗殺することも可能になってしまう。戦場で行ってしまえば、追求されても誤魔化して逃げ切れる。

 そういうこともあって、両国間で折衝を行った結果なのだろう。

 結局、協力とは言っても個々の軍で同じ敵を攻撃するというだけで、信頼関係など無いことが伝わってくる作戦だ。


「戦地到着予定時間は四日後の日暮れだ。各部隊、指示に従って役割を全うしてほしい。

 では、出陣!」


 軍の先頭で愛馬にまたがり、槍を天に向けて突き上げる将軍。

 後ろに控える兵士達が、呼応するように己の武器を振り上げ、全軍が行軍し始める。


「隊長、我々も行きましょう」

「そうですね]


 騎馬と歩兵の混成部隊である本隊と違い、あくまで少数の別働隊である僕らは、全員分の軍用馬を支給されている。結成直後の小隊に対して、貴重だという軍用馬を二十二人分も与えるあたり、軍上層部からの期待値がわかる。

 何人かは自前なので残りは帝都に残していくことも出来るのだが、今回はあえて余剰分も連れて行くことにした。本隊の予備としては心もとない数だが、自分達がなんらかの理由で馬を失った際はすぐに補充が出来る。多少機動力が下がってしまうが、この部隊には他にも支給品がある。それらを運ぶ力にもなると考えれば、悪いことばかりでは無い。


「隊の編成は事前の打ち合わせ通りに、魔法道具は支援班に、偵察班は部隊の最前列と左右に展開して移動してください。

 帝都を出て暫くは、本隊の後ろに追従します。道中の森に入る直前から先行、偵察を兼ねて独立行動に入ります」


 隊長である僕の言葉に対して、頷く者や小さく返事をする者もいれば、ただ黙って聞いているだけの者もいる。

 一日二日で信頼なんて築けない。僕は力ずくでこの地位にいるのだから、尚更だ。

 それでも、選択した以上はやっていくしかない。それくらいは決めている。


「では、各班長に従って役目を全うしてください。――出発!」



 帝都を出立して丸一日は、何事もなく順調だった。とはいえ、帝国領内なのだから当たり前と言えば当たり前だ。


「問題は明日、ですね」

「ええ。明日の日暮れには帝国とエグリゴアの国境線に入ります。軍は北東に向けて進んでいるので、国境線は同時にエルパーツァにも隣接する形になります」

「となると、この部隊が初めにエルパーツァと接触する可能性が高いわけですね」


 すでに本隊と離れて行軍しているこの部隊は、現在は後続と半日分近い距離が空いている。


「本隊の補給部隊に問題が起きたらしく、思った以上に行軍距離の差が生まれています。このまま先に国境線を超えて戦場を確認しておくことも出来ますが、如何いたしますか?」

「……ひとまず、将軍に連絡をとりましょう。今日はどのみち野営になるでしょうし、結成して間もないですから無理は止めておきましょう」


 僕の提案に頷いたバーツさんは、胸元から水晶を削り取ったような石を取り出す。そのままボソボソと話し出す。もちろん、バーツさんに独り言の趣味があるわけではなく、後続の将軍(あるいは副将軍)と連絡をとっているのだ。

 あの石は魔法道具で、対になる石と遠隔で連絡がとれる。イグナシルでの通信魔法を道具にしたようなものだ。


「隊長、本隊は速度が時間を追うごとに落ちており、国境線への到着は予定より大幅に遅れるそうです」

「そうですか……。では、我々は速度を落として隠密性を重視し、単独での偵察行軍を行いましょう。明日の朝、他の隊員にもそう通達してください」

「了解しました。――しかし、便利なものですね。相当の距離があるはずですが、伝令や早馬すら必要としない連絡手段とは」

「本当なら、全部隊に配備出来れば強力なんでしょうけどね」


 『独立魔戦小隊』と命名されたこの部隊の「魔戦」とは、僕の魔法のことだと思っていた。当然、それも間違ってはいないし、僕も将軍もそのつもりだ。だが、軍上層部は僕のことなど知らなかった。

 この部隊を承認した上の人間は、秘密裏に収集していた魔法道具を実戦使用する機会を窺っていたらしい。だからこそ、実験部隊として最大限に効果を発揮でき、秘密を守ることが出来る人材が集められ、少数での柔軟性と機動性を併せ持ったこの部隊の結成が認められた――のだと、僕は見ている。

 帝都を出る前日に、部隊への支給品として大量――あくまで、この世界での絶対数を考えれば――に送られてきた魔法道具。あのアリアドネを筆頭に、今まで表に出てこなかった帝国所有の兵器をこの部隊は所有しており、その大半は魔法道具だ。それらを使った戦闘が、上層部の考える「魔戦」だったのだ。


「確かに、魔法道具は強力です。ルーンマスターがほとんどいなくなった現代では、一部とはいえ魔法を行使できるこれらは貴重ですからね。しかし――」

「使いこなせなければ……ということですよね」


 首肯が返ってくる。

 せっかく強力な道具が与えられても、使えなければ意味が無い。宝の持ち腐れだ。

 この部隊に所属している人達は、皆優秀だ。バーツさんやエリッツ君は直接見て知っているし、他の人達も将軍から能力を保証されている。

 が、それはあくまで本人の得意分野での能力だ。

 支援部隊を任せたエイト支援班長は記憶力がずば抜けていて、一度見たものは忘れない。隊長を決める時に一番早く剣を抜いたグレイさんは、思い切りの良さと勝負勘が並はずれていると教えられた。

 それぞれの特技ならば、帝国内でも特に優れた兵士だが、魔法道具の使用となるとそうもいかない。なにしろ、クセが強すぎる。


「今のところ、実践で運用出来そうなのはアリアドネと……魔法道具ではコレ、でしょうか」


 黒い鉱石を棒状に削り取ったもの。「鞭(べん)」と呼ぶらしいこの武器は、円柱の打撃部分と取っ手に分かれている。

 数多く支給された魔法道具も、戦闘用のものは使用方法が複雑だったり用途や使用条件が限定されているたりと使いづらい。唯一単純な利用方法であるこの黒い鞭は、打撃部分で敵を打った瞬間に雷が発生して攻撃する。命を奪うためというより、一撃で昏倒させる無力化を念頭に置いた武器だ。


「アリアドネを使えるのも、現在は私とエリッツ。一応偵察班には練習をさせていますが、一朝一夕には無理でしょう。また、アリアドネは地形条件が必要であることも考慮すれば、実質使えるものはこの『雷撃鞭』くらいでしょうか」


 確かに。アリアドネは、大量の糸を操作して敵を拘束できる兵器で、使い方次第では一小隊全員を罠にかけて捕えることが出来る。だが、糸の支点を設置しなければならず、必然的に森や市街地のような障害物が多い場所での使用が前提となる。利用する場面はあるかもしれないが、汎用性は全く無い。


「とにあえず、偵察班に『電撃鞭』は渡しておきましょう。戦闘になってしまえば剣や槍を使った方が早いですが、偵察任務中ならば無力化することが重要なこともあるでしょうから」

「同感です。では、班長のエリッツに申し渡しておきます」


 そう言って、バーツさんは離れていく。

 一息ついて、暮れ始めた空に目を向ける。


「あ……星だ」


 徐々に色を失って黒く塗りつぶされていく空に、一点だけ白い光がある。

 星を見たと意識したのは、すごく久しぶりだ。この世界に来てからは、初めてかもしれない。


「……星が綺麗なことは、どっちの世界も変わらないな」


 だけど、その下に広がる世界は全くの別物だ。

 一度目を閉じて、馬を止めた。今夜は、この辺りで野営だ。



 ――遠征二日目。

 本隊と離れて単独国境線を超え、丘を一つ越えた。部隊はすでに、エルパーツァによる統治領域に入っている。


「全隊、点呼!」

「偵察班、全員確認しました!」

「戦闘班、同じく確認!」

「支援班は……あ、いました! 全員います!」


 後方のどこか(・・・)から声が聞こえてくる。

 後ろを振り返ってみたものの、すぐ後ろにいるはずのバーツさんが辛うじて見える程度。それより後ろは、完全にホワイトアウトしている。

 僕たちは、膨大な範囲の霧に飲み込まれていた。


「これは、さすがに想定外です……」

「エルパーツァは気候変動が激しく、天候自体が変化しやすいのですが……さすがに、この規模の霧が発生したという例は聞いたことがありません」

「とにかく、前進しましょう。止まってもいいですが……あまり長時間、一つの場所に留まるのは危険です」


 国境線を超えた直後、徐々に白んでいく視界を、僕は楽観視していた。

 仮に霧が発生したとしても、お互いの位置さえ確認できていればさほど問題では無いと思っていたからだ。まして、僕は『自動索敵』で隊全体を把握している。

 しかし、霧は進むにつれて濃度を増していき、今や視界を白く塗り潰すほどのものとなっている。


「とにかく、部隊全体、特に各班は同じ班員の位置を把握しておくように声での点呼と確認を徹底させてください。僕も、魔法で確認しますが確実ではありません」


 僕一人が把握していても、他の人がわかっていなければ、衝突などの事故や部隊から逸れてしまうといった事態になりかねない。

 それに、常時発動型の魔法は常に意識が向いているわけではない。むしろ、普段は意識せずに無意識下で運用することで、効率化と負担軽減を図っている。

 『自動索敵』も、敵対者の接近などは警戒意識が働いてくれるが、そうでもなければ光点自体は意識しなければわからない。光点の数が多ければ、意識の分散によってさらに全体の把握が難しくなる。


「ご自分の判断が間違っていた、などと思わないようにお願いします。これほどの霧が発生するとは、誰にも予測できませんし、私もこの部隊の役割を考えれば前進を選びました」

「……はい」


 後悔している場合では無い。

 とにかく、今は敵に遭遇してしまわないよう、慣れない馬上で『自動索敵』に意識を向けておくしかない。


「……ん?」


 先の見えなかった白い視界が、僅かに薄れていく。


「もうすぐ霧を抜けます! 逸れないよう、お互いの位置を確認しながら前進!」


 号令をかけて、速度を僅かに上げる。

 出来るだけ早く周辺の状況を確認しなければ。真っ直ぐに進んでいたつもりだが、何も見えない中を突き進んでいるのだ、予定していたルートより外れている可能性は大いにある。


「っ……抜けた!」


 煙のように纏わりついていた霧を突き抜け、開けた場所に出る。


「ここは……?」

「渓谷、でしょうか。近くに水が流れている音が聞こえます」


 馬を止めて見渡したそこは、二つの小さな山に囲まれた谷。地面は乾いているように見えるが、川が流れるような音は確かに聞こえる。なんらかの理由で干上がってしまったのかもしれない。


「偵察班、全員の無事を確認しました」

「戦闘班、同じく」

「支援班、班員、物資共に無事です」

「お疲れ様です。まずは、近くの川で休憩をしましょう。支援班は水の確保、戦闘班は護衛と警戒をお願いします。偵察班、一緒に周辺の地形を確認しましょう。敵の有無もですが、地図と照らし合わせてどれほど予定とずれているのか把握しておきたいので」


 全員が(一応は)敬礼を返してくれる。僕が命令を下すことに不満を持つ人もいるだろうに、すぐに行動を始めるところは、さすが特殊部隊に選抜される実力者達だ。そういった精神面も選考基準だったのかもしれない。


「隊長」

「バーツさんは残ってください。補給の指揮と、馬の様子を見ておいて欲しいので」

「了解しました」


 短く返して水音の方へ向かった支援班を追いかける補佐役を見送り、右手側にある坂道を見上げた。



「どうですか?」

「それほど予定行路と外れているわけでは無さそうです。これなら、元の路に戻っても四半日分で済むと思います」


 良かった。それならば、本隊よりかなり先行していた分が多少埋まる程度だ。なんなら、このまま渓谷を進んでいってもいい。元が川であった場所ならば、大規模部隊に鉢合うことも少ない。


「もう少し先まで見に来ましょう。川は思った以上に小さなもののようですが、道の先までそうだとは限りませんから」


 言いながら、偵察班を伴ってゴツゴツした岩が突き出した山の側面を歩いていく。

 小さいとはいえ、山を登っていくのは難しいが、幸い中腹程度までならば馬で上ってこれた。岩が危険なのでその先は徒歩で来ているが、渓谷全体を見渡すには十分な高さがあった。


「それにしても、見事なまでに停滞していますね、あの霧」

「そうですね……まさか人工的なものではないでしょうから、あれがこの地域の特殊な気候の一つなのかもしれませんね」


 自分達が来た方向には、未だ濃度を保ったままの霧が充満している。そのせいで、渓谷の入り口がわからない。

 ここからの部隊の行軍だが、渓谷を進んでいくか、多少危険だが山を横断して元の路に戻るか。速度はかなり落ちるが、元の路に戻るのも出来なくは無い。とはいえ――。


「あまり、予定していたルートに固執するのも良くないでしょうね。元々、戦場への最短距離だからと選択しただけですし、直接戦場に突撃するわけでもなく、本隊との合流も命じられていない以上、渓谷を進んでいくのもアリかもしれません。

 エリッツ君。この渓谷を進んだ先は、どうなっていますか?」

「えっと……到着予定されている戦場の南東側ですね。エグリゴアが展開していると思われる位置に近いですが、接触するほどではないかと」


 微妙な位置ではある。

 エグリゴア軍との直接接触は避けたいところだ。下手に接触してしまえば、上層部が危惧していた(と思われる)事態になりかねない。少数で単独活動している僕達ならば、なおさらだ。

 しかし、物資を輸送しながらの山登りは厳しい。イグナシルにあったような魔導車ならばともかく、馬でともなるとデメリットの方が大きい。


「……もう少し先に進んで、問題が無さそうであれば渓谷を進むことにしましょう。ただし、エグリゴア軍との接触を極力回避するため、速度を落としての――」

「あの、隊長」


 話の途中でおずおずと手を挙げたのは、偵察班のルイ君。エリッツ君の同期で、弓の名手とのこと。


「どうしました?」

「あれ……あそこに見えるものは、なんでしょうか」


 ルイ君の指差す先に、渓谷をずっと進んだ場所にぽっかりと開いた窪地があった。野営や休憩に丁度よさそうだが、この距離では休憩も野営も早すぎる時間にしかつかない。

 では、何が気にかかったのかと『遠視』の魔法を起動する。もしかして、窪地を見つけただけで話を切ったわけではないはずだが……。


「……戻りましょう。地形の把握なんてしている場合では無くなりました」

「レイネ様?」

「早く、他の隊員にも伝えなければ……敵です!」


 瞬時に全員の顔色が変わる。

 踵を返して馬を岩につないでおいた場所まで走り戻り、山を下りる。


「バーツさん!」


 丁度水の補給を終えたらしい支援班達と合流する。


「ずいぶん慌てていますが、どうしました隊長」

「敵です。この先にある窪地で、白地に王冠のような形状の盾が描かれた旗を確認しました。エルパーツァ軍のものですよね」


 隊員達がざわめく。

 ルイ君が並はずれた視力で見たものは、おそらく休憩中の炊事の煙だ。何もないはずのところから煙が上がっていれば、気になるのも当然。嫌な予感がしたのだろう。


「確かですか?」

「『遠視』で確認しました。規模は二個中隊ほどでしょうか」

「そんな……! なんだってこんな場所に!?」


 もっともな疑問だ。エグリゴアと戦闘中のエルパーツァが、こんなところに軍を派遣しているのはおかしい。挟撃するにしても、戦場を離れすぎている。


「数が多すぎますね。我々だけでは対処できない」

「目的はなんでしょう?」

「この先にあるのは帝国です。確信はありませんが、救援部隊に対する牽制、あるいは連合戦に加え二つの同盟国に援軍を送って手薄になっている帝都を襲撃するつもり、とも考えられます」


 どちらにせよ、本来の敵であるエグリゴアを越えて来ている以上、目的は帝国だろう。


「このままでは正面からぶつかります。かといって、逃げるには山を登っていくしかない」

「追いつかれるでしょうね。平地での運用を考えて訓練された帝国の軍馬と、起伏の激しい国土で育ったエルパーツァの軍馬では、山道を走る速度が違う」


 頷いて、肯定する。

 後ろは先の見えない霧、左右は山、前方には敵軍。

 完全に、包囲されてしまっている。


「どうするつもりですか、隊長。このままじゃ、戦闘になる。戦う準備はいつでも出来てるが、さすがに分が悪すぎる」

「支援班としても、物資が奪われることが確実な戦闘は避けたいところです。逃げようとすれば、ほとんどの物資をここに置いていくことになります。そうなれば、帝国の貴重な魔法道具や占有技術、我々の糧食も失うことになる」


 量は他の部隊に比べて多くないとはいえ、ここにある物資の重要性は他とは一線を画すものだ。絶対に奪われるわけにはいかない。

 しかし、正面切っての戦闘では勝ち目は無い。逃げるためには、行軍速度を落とす原因である物資を捨てなければならない。

 両方とも選ぶことは出来ない。なら――。


「――私がやります」

「隊長?」

「皆さんが知っている通り、私はルーンマスターです。たとえ魔法道具が使えなくとも、魔法そのものを使える人間が、私です」


 やや顔をしかめる戦闘班班長、グレイさん。自分が負けた時のことを思い出しているのだろう。

 他にも仲間と顔を合わせて不安そうにしている隊員も多い。魔法の威力を伝え聞いていても、実際に見たものは少ないのかもしれない。


「隊長。お言葉ですが、貴方の魔法だけで二個中隊は倒しきれないでしょう。牽制程度で敵が退いてくれればいいですが、今後の脅威になるとわかっている貴方を必死で殺しにくるかもしれない。よしんば素直に退いてくれたとしても、帝国内ですら機密である貴方の存在が知られます」

「わかっています。僕の魔法では、いくら狭いとはいっても一度に大軍を蹴散らすのは無理があります。山が邪魔になるかもしれませんし、何らかの準備をしている時間も無い」

「ならば――」

「大丈夫です。うまくいくかはぶっつけ本番ですが、魔法使用の瞬間を見られることなく、準備も必要ではなく、かつ戦闘を回避する方法はあります」


 さすがのバーツさんも眉をひそめる。そんな都合の良い方法があるのか、と思っているのだろう。


「何をするおつもりですか?」

「……山肌を、崩します」



 単純、とすら言えないほどの方法に、全員が呆れていた。

 しかし、今は他に名案があるわけでも無い。ようは、相手の動きを止めてしまえばいいのだ。その上でこちらに気付かれなければ良し。気付かれても、こちらの規模が知られなければ、帝国がすでにここまで来ていると思わせて、足止めに一役買ってくれる。


「可能なのですか? 山肌を崩すなど」

「出来ます。問題は、うまく道を塞いでくれるかですが……」


 左右にある山。その一部を崩して落石を発生させ、道そのものを塞いでしまおうと考えた。だが、どうにも行き当たりばったりなのは否定できない。


「しかし、連合戦で利用した『風爆発破』は事前に設置が必要なはずです」

「はい。さらに言うならば、『風爆発破』は圧縮した空気を完全な指向性を持って撃ち出します。そのおかげで周囲は傷つきませんが、岩を落とすことは出来ません。改良版である『風爆発破・改』もその点は同様です」

「ならば、どうやって?」


 元より、大規模な破壊を行うような魔法はイグナシルには無い。使用者にその気がなくとも、何かの間違いで大事故につながるからだ。『風爆発破』も、元は国だった地域同士のほとんどが街道でつながった時点で使用されることは無くなっていた。

 しかし、今の僕にはイグナシルのものでは無い魔法がある。

 破壊を目的として創られ、戦闘用として洗練されてきたこの世界の魔法。まだまだ解析途中で、使いこなしているとは言い難い上、数も少ない。が、今回のように単純な破壊力が求められる場面では重宝するものがある。


「破壊力は抜群ですが、魔法自体が低速で、動いている相手に命中させるのはコツがいります。今は、この魔法の破壊力に頼ります」


 目を閉じて、魔法領域に展開した新しい術式に意識を落とす。


「来ました! 僅かに馬群による砂煙が見えます!」


 超視力によるルイ君からの合図で目を開ける。開いた両目には、展開された術式が映っている。

 同時に、『遠視』で敵の位置を確認する。術式を起動するまでの間だけになるが、自分でも確認しておけば距離感を掴みやすい。


「――え?」

「て、敵軍先頭が加速! こちらに向かってきます」


 まるで、目の前で待つ僕達を確認したようなタイミングで速度を上げて向かってくるエルパーツァ軍。

 ルイ君はさすがに見えてないだろうが、僕は見た。先頭で馬を駆っている男が、手にしていた丸い筒の先に目を押し付け、その後何事かを叫んで突然速度を上げた。

 ルイ君が敵軍の接近を見ることが出来たのは、大人数が馬で移動したことによる砂煙を確認したからだ。少数で、可能な限り身を伏せて動かずにいた僕達を、あの距離で確認するのは魔法でもない限り不可能のはずだ。ましてや、魔法の起動した形跡すら無かった敵軍に見えるはずがない。


「どうなってる……!?」

「隊長! 驚いてる場合じゃないだろう!」


 後ろから、叱咤が飛んでくる。

 グレイさんの言う通りだ。驚いている場合じゃない。


「――『爆裂火球(エクスプロードボム)』!」


 僕にこの世界の魔法を見せてくれたルーンマスターの男性が使っていた魔法。

 長距離を直進する貫通性の高かった『ライトニングスマッシャー』は、『雷撃一閃』として取り込んだ。これは、もう一つの魔法。小さな球体を生み出し、命中した地点で大爆発を起こす『エクスプロードボム』を僕なりに解釈して術式化したもの。

 『雷撃一閃』と違い、直接『解析』を使ったわけでは無いが、原理としてわかりやすかった。同一人物が使っていた別の魔法を知っていたおかげで、酷似した魔法を作ることも出来た。


「全員退避! 全速力で左側の山から離脱します!」


 すでに支援班は逃がしている。同じ方向へ、全員が馬に乗って走り出す。

 坂道を上り始める頃、撃ち出して右側の山へと向かって行く『爆裂火球』を確認する。

 軌道は想定通り。問題は、命中までの時間と命中後の威力。命中するまでに追いつかれれば、数の差があり過ぎる以上、容易く蹂躙される。威力が足りなければ、相手を止めることが出来ずに、やはり同じ結末を辿ることになる。


「お願いだ、うまくいって……!」


 敵軍は明らかに此方を確認している速度で追ってくる。魔法を使ったところは見られていないはずだから、仮に山が崩れても時間差のせいで僕の仕業だとはわからないはずだ。――あの筒状の道具で、見られていなければ。


「たぶん、『遠視』と似た効力がある道具なんだろうけど……」

「魔法道具でしょうか?」


 横に馬を並べるバーツさんに首を振る。


「この世界のルーンマスターはわかりませんが、僕達術師は見るだけである程度魔法の気配を感じることが出来ます。あの筒からは、気配が一切しなかった」


 周囲に聞かれないよう、小声で否定する。皆必死なのだから、聞いてはいないだろうが。


「隊長、敵の速度が思った以上に速い! 追いつかれるぞ!」


 振り返れば、確かに距離が少しずつ縮まっているのがわかる。

 危機感に動かされるまま『爆裂火球』を確認しようと首を巡らせて――次の瞬間、耳をつんざく轟音が渓谷を揺らした。


「山が、崩れます!」


 目の前で、エルパーツァ軍の先頭、その真上に山から削り取られた大岩が転がり落ちていく。

 大量の土砂と砂埃を伴ったそれは、瞬く間に混乱する人々を飲み込み、地面を揺らしながら着地した。

なんだか、週一更新が定着してきてしまっている。

こんなはずでは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。