『独立魔戦小隊』結成――『意識喪失・改《フェイントミスト》』
「おはようございます」
「ぁ……おはようございます、バーツさん」
声をかけられるまで気付かなかった。
「ここに来た、ということは、今回設立される独立部隊に参加することにしたのですか」
「他にすることもありませんし、将軍の好意を無駄には出来ません」
もちろん、将軍が僕のことをだけを考えて作ったものでは無いだろう。こういった部隊は、時が経って機構が腐敗するまでは有効に機能する。
魔法を使い、自由に戦場を動く部隊の存在は、帝国にとっても利をもたらす。
それでも、やはり一番大きな理由は僕のことであるはずだ。今はただ、それに甘えることにした。
三日前に告知された、新設される部隊。参加の意思があるのものは、今日再び城に集まることになっていた。
この三日間、地に足がついていないような気持ちだった。今もそれは変わらない。
こんな状態で、帝国にとっても重要な部隊に参加しても大丈夫なのか、という気持ちも確かにある。迷惑をかけるだけで終わるかもしれない。
それでも、僕は参加を決めた。
今は、そうすることが正しいと信じて。
「……少しだけ、スッキリした顔をしていますね」
「そう、ですか?」
「少なくとも、三日前の貴方よりは余程いい。あの時は、戦場に出た途端に死にそうでしたから」
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
将軍に泣きついて、溜めこんでいた吐き出した。本当の意味で自分を偽ることを止めたのだ。多少はマシな顔になっているのは事実かもしれない。
「ところで、その姿はいつまで続けるおつもりですか」
「……もう少しだけ」
本当の意味で自分を偽るのは止めた。
だから、ちょっとだけ見た目を誤魔化すくらいは許されるだろう。
「一、二……二十二名か。思ったよりも少ないですね」
「ほとんど情報を公開出来なかったんだ、仕方ないさ。実体も不明な新設の部隊など、いくら昇進の糧になるとはいえ入りたくはないだろう」
三日前と同じ庭に集まったのは、二十二名。告知の際には百名程もいたことを考えると、かなり減っていると言える。
集まった顔ぶれの中には見覚えのある顔もあり、エリッツ君たちのグルーブは全員が来ていた。
年齢や装備に違いはあるものの、皆一様に真剣な顔をしている。――約一名、僕に小さく手を振る青年などもいるが。
「では、この場にいるものを『独立魔戦部隊』改め、『独立魔戦小隊』とする。今後の話し合いは部隊内で行ってもらうことになるが、決めておいて欲しいこともある。その辺をバルディオに説明してもらおう」
「では――まずは、部隊の活動内容についてだが、これは部隊の判断に任せる。他の部隊からの依頼に従うもよし、独自の判断に基づいて戦場に赴くもよし。ただ、戦闘状態を意図的に作り出すのは禁止だ。不用意に戦場の数を増やすことは、君たちの仕事では無い。
次に、部隊を指揮する指揮官を決めてもらう。これは、他の部隊との連絡を容易くするためだ。一人一人が勝手気ままに戦っていては、部隊としての体を成さない。実際の戦闘に関しては、個人単位で動いてもいいが、作戦行動などは部隊として動いてもらうことになる。
これらの点を留意した上で、部隊内の役割や戦闘を行う際のルールなどを制定してもらいたい」
なかなか難しいことを言う。
新設だからか、部隊の特性ゆえか、かなり曖昧だ。これでは、指揮官を選ぶだけでも苦労するだろう。
階級も立場もバラバラの部隊。こんな状況でも、部隊として機能させるには、強力なリーダーシップがいる。
「では、我々はエグリゴアへの救援部隊を指揮するために失礼する。エグリゴアへは、演習も兼ねてこの部隊にもついて来てもらいたい。担当は、主に遊撃となるだろう。部隊として初の任務だと思って、頑張ってほしい
優秀であり、自らの意思を持った君たちだ。期待している」
そう言って、二人は庭を去って行った。
「さて、ひとまず決めなければいけないことを決めておきましょうか」
庭に残された二十二名の兵士は、自然と輪を作るような形で集まっていた。
全員が、大小の違いはあれ動揺していた。
そんな中口を開いたのは、聞きなれた静かな口調のバーツさん。
「戦闘方法などの細かいことに関しては、各々の特性を互いに知るまでは決めることは出来ないでしょうが、指揮官に関しては決めておかなければいけません」
「まぁ、そうだな」
同意を言葉にした初老の男性以外の兵士も、頷くなどして同意を示した。
「指揮官になりたい、という者、あるいはなって欲しい者はいますか?」
投げられた質問に、誰も答えない。
この場にいる兵士は、おそらくが小隊長以下の階級。人数は少ないとはいえ、一つの部隊そのものを指揮した経験は誰にも無いのだろう。
やる気はあっても、部隊全員の命を背負うことになる決断だ。そう簡単には申し出ることは出来ない。――僕にとっては、好都合だ。
「私がやります」
手を挙げた僕に、視線が殺到する。
「おいおい……冗談だろ。嬢ちゃんが指揮官だって?」
「冗談だってんなら、そもそもここに居ること自体が冗談だぜ」
「悪い事は言わねぇから帰りな。遊びに行くわけじゃねぇんだぞ」
当然の反応。
僕の正体を知っているのは、たった二人だけ。その二人も、秘密だとしている以上は口出しできない。
だけど、構わない。僕はもう、なりふり構わず目的を果たすことにした。
ここにいる全員を、僕のために利用してみせる。
「では、戦ってみますか?」
「……なに?」
兵士達の目つきが変わった。
馬鹿にして相手をしていなかった小娘に、あからさまな挑発を受けたのだ。腕に覚えのある人間なら怒って当然。中には、早くも腰の剣に手をかける者もいる。
「戦って、一番強い人間が指揮官になる。わかりやすいでしょう?」
「調子に乗ってると痛い目みるぞ、クソガキ!」
四人が立ち上がり、その内二人が剣を抜いた。
血の気の多い数人に引っ張られ、他にも睨みつけながら参加の機会を窺っている者もいる。――これでいい。
「ちょっと! 落ち着いてくださいよ! レイネ様も、なんで……」
「大丈夫です、エリッツ君」
「でも……初めからこんなじゃ、この部隊は……」
言いたいことはわかる。確かに、僕のやり方は最善手じゃない。
ただ早さだけを考えた方法。効率だけを重視したこんなやり方で、これからやっていけるかは怪しいところではある。
だが、早い。それだけで十分。
議論の余地すら与えずに、僕への侮りを逆手にとらせてもらう。
「では、力を示した者が指揮官として、部隊を率いるということでよろしいですね」
一応の確認はしておく。これだけ頭に血の昇っている人達ならば、必要は無かっただろうが。
立ち上がった四人が剣を構え、殺気を放つ。
「おい、お前も剣くらいは持ったらどうだ?」
「扱えやしないだろうが、自分の身くらいなら守れるかもな」
この部隊の人間は、階級こそ低いものの、将軍達が認めた優秀な兵士だ。
だからだろうか、いざ戦う場面になってもどこか余裕というか、相手を侮ったままでいてしまうらしい。これは、直すべき悪癖だ。早々に改善してもらうこととしよう。
「剣なんて、必要ありませんよ」
「なんだと……?」
殺気の濃度が増す。だが、もう遅い。――勝負はすでに、決しているのだから。
「調子に乗るのも――う?」
「な、なんだ……?」
「おい、どうした?」
戦闘の男が戸惑って後ろを振り返る。
男の視線の先では、剣を構えて威嚇していた仲間が次々と意識を失って崩れ落ちていく。
「遅いんですよ。私には剣なんて必要無い。これが、私の力だ」
『意識喪失・改』。
神経系に異常を起こす霧の発生地を任意の位置に指定し、発生と動作が遅くなる代わりに可能な限り薄くした改良版。
僕は今、三種類の魔法を所有している。
イグナシルで作られた殺傷能力の無い、純粋な生活補助技術の魔法。その術式を改変し、一部の制限を取り除いたことで戦闘に転用出来るようにした改良版。そして、初めて会ったルーンマスターの男性からヒントを得た、この世界で作られた戦闘用の魔法。
今は、相手を殺したいわけじゃない。だから、改良版の試験も兼ねて無力化を行う。
「まさか!?」
「気付いたところで、もう遅いんです。少しの間、寝ていてください」
「くっ……」
剣を下げて、走り出そうとする男。その周囲を覆うように、薄い膜のように霧を展開する。
逃がす気は無い。この場では、力の差を見せつけることが――いや、|力の差があるかのように(・・・・・・・・・・・)見せかけることが重要だ。
程なくして、戦闘の意思を示した全員が気を失い、地面に倒れた。
誰も、口を挟まない。事情を知っている二人でさえも。
「他に、異論のある人はいますか?」
いるはずもなかった。今、この時だけは、僕が空間を支配していた。
「では決まりですね。――この部隊の指揮官は、私です」
「随分と強引な手を使いましたね」
「やっぱり、問題でしたか?」
誰も言葉も出せないのをいいことに、補佐役にはバーツさんを任命した。
一緒に行動をしたという共通点を考えれば、エリッツ君は不満かとも思ったが、そんなことを考える間も無かったらしく何も言わなかった。他の人と一緒に驚いていたように見えたが、僕が人前で魔法を行使したことが信じられなかったのだろう。
魔法を使ったことは、おそらくその場にいた全員がわかっただろう。とはいえ、解散の時には口止めをしておいたし、仮にも将軍の集めた人達だ。部隊の秘密厳守という原則を、簡単に破る様な人達では無いだろう。その点に関しては、バーツさんも何も言わなかった。
バーツさんが僕に言いたいことは、たぶん――。
「貴方らしくない手法、だとは思いましたね」
――こういうことだろう。
「焦っている、のかもしれません」
何も、今に始まったことじゃない。いつもいつも、僕は焦ってばかり。
自分自身を騙しきれなくなった今、それは尚更だ。
「それで失敗もしてるのに、懲りないんですよね」
「別に、責めているわけではありませんよ」
誤魔化しの照れ笑いが止まる。顔を上げて重なった視線は、感情の読み取れない無機質なもの。最近、この視線でも冷たいと感じないのは、ある種の才能なのではないかと感じ始めている。
「貴方は、いつもは一歩引いた位置で、怯えながら生きているように感じる。
だが、ある一定の条件が整った時は、誰もが躊躇するような判断を容易くやってのける。初めて遠征軍の前に現れた日も、ルーンキラーの手下に襲われた時も、連合との戦闘でも。
私は、貴方のそういうところが、好ましく思います」
熱が籠っていたわけではない。いつも通りの淡々とした口調。だが、そこに籠められていたのはわかりずらい賞賛。
単純に、嬉しかった。
「……これから、よろしくお願いします」
「此方こそ、部隊長」
大きく下げた頭。
地面を映す視界が滲みそうになって、僕はそれを必死に抑え込んだ。
いつまでも弱いままではいられない。僕は、この小隊の隊長になったのだから。




