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Sin Prophecy  作者: mirror
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レイジ・ネートの過去

 陽光が、ステンドグラスから差し込んで影を払う。

 厳かな雰囲気を保ったまま、しかし冷たさなど微塵も無い空間。

 ここには、確かに希望が満ちている。


「とうとう、ここまで来た……」


 思わず漏れた呟きに、慌てて頭を振る。


「違う、ここからだ。ここからが――」


 術師として、初めてその素養を見いだされた時にこの目で見た魔法は、その使用者を象徴するかのような美しさだった。

 一目で憧れた。その領域に、自分も行きたいと思った。

 幸い、自分には才能があり、環境もそれを妨げるものは何もなかった。

 順調に、極めて順調に道を歩んできた。


「あの人に至る道……絶対に、辿り着いて見せる……!」


 それほど抑えた声では無かった。隣の人に怪訝な目を向けられてもおかしくは無い。それが無いのは、周囲も似たような昂揚感に包まれているからだ。

 僕と同じように決意を呟く者。不安げでありながら、頬を緩ませている者。自信をみなぎらせ、顔を真っ直ぐに正面の偶像へと向けるもの。

 その姿は様々でありながら、胸中にあるのは同じモノ。

 誰もが大小の違いはあれど、才能と努力に裏打ちされた実力と、認められたという自信を誇っていた。


 静かなざわめきが聖堂を満たす中、ほんの僅かに質の違う何かを感じた。

 会場にいるのは全員が術師見習いであり、その身に宿す魔力の量は一般人とは比較にならない。だからこそ、魔法領域を意識的に操作でき、術式・魔法の同時展開数にも理論上の限界は無い。

 しかし、抑えきれない興奮が普段なら制御されているはずの魔力を乱し、体内から少しずつ漏れ出してしまっていた。

 一人一人の漏れ出す量は微量だが、何せ千人近い人数が集まり、そのほとんどが魔力を発してしまっているのだ、総量は相当のものになる。

 結果として、聖堂内には魔力の膜のようなものが自然発生していた。そこに、つい漏れ出てしまった未熟で乱れた魔力では無く、流麗で研ぎ澄まされた魔力が触れたのだ。


「今の、って……――」


 僕以外にも気付いた人は居たらしく、視線は正面に掲げられた偶像へと向けられている。それに気付いた周囲の人間もまた、同じように正面を向く。

 ほどなくして、神を模った純銀の像の真下に設えられた段上、そこに誰かが登ってくる。魔力の膜を、破らぬように押し広げながら。


「おぉ……」

「フィランツェ様だ……」


 上級執行官のみが着る事を許された白銀の制服を着た女性。

 心臓が跳ね上がる。

 自分でも驚くほどの鼓動の強さを静めることもせずに、息をすることすら忘れて視線を送る。


「ふむ……全員揃っているようだね」


 アッシュの髪をかき上げながら、鈴を鳴らすような透き通った声を放つ。

 聖堂にいる者を見渡し、その視線を真正面から受けてなお微笑んだ。


「少々浮かれているようだが……けっこう。皆、いい面構えだね」


 その瞬間、聖堂内の興奮は静かに最高潮へと達した。

 誰も言葉は発さない。けれど頬は紅潮し、目を輝かせて自らの目標となりうる人物の姿を心に焼付けようと背筋を伸ばす。

 その身から溢れ出す魔力が、空間全てを支配してしまったかのようだ。


「まずは自己紹介をしておこうか。

 私の名はフィランツェ、フィランツェ・ロンギアだ。以後よろしくお願いするよ」


 知らぬ者などいるはずがない。

 優秀な術師を輩出し続けている名門ロンギア家の次期当主であり、歴代の術師達と比べても指折りの実力者として知られ、数少ない女性の魔導執行官。いずれ魔導政府長を継ぐのは確実とまで言われている人物だ。

 彼女に憧れ、政府直属の術師を目指す者はこの場に何人もいるだろう。かくいう僕も、その一人だ。


 その後は簡単な激励の言葉を残して段上を下り、魔導政府長以下、政府高官やこれから学生として政府直下の魔導学院に通う僕達を教えることになる教官達が順に挨拶した。――全く聞いてはいなかったが。

 僕だけでなく、多くの術師見習いが未だにフィランツェ様に意識を奪われていた。それほどの影響力が彼女にはあったのだ。

 結局、見かねた進行役の執行官が式を早々に打ち切り、この場は解散となった。



 聖堂から出てすぐに、大きな人だかりが出来ているのを発見した。

 理由は明白だ。なにしろ、半円状になっている集団の中心からは、他とは比べ物にならない程の密度で立ち昇る魔力があったのだ。

 慌てて僕もその輪に加わる。子供っぽいとはわかっているが、一目だけでも会いたかった。

 別に、野次馬根性でも単純な憧れからでもない(それも多少はあるが)。ただ、一言だけお礼を言いたかったのだ。


「あ、の……通して、くださ――」

「あぁもう、邪魔!」

「どけって!」


 妙に力の強い女子に肘打ちをくらい、強面の男子に突き飛ばされて輪の外にはじき出されてしまう。

 こんな時、自分の身体能力の低さが悲しくなる。普段は特に気にもしていないのだが、やはり高くて困るものではないと実感する。

 立ち上がり、一秒ごとに密度を増していく集団を睨む。


「諦めてたまるか……!」


 再度の突進。何度も弾かれ、跳ね返されるが、それでも果敢に攻め込んでいく。

 諦めずに繰り返していると、何度目かの突撃が偶然生まれた隙間に決まり、集団の輪の中へと入ることに成功する。


「よし、入れ――うわぁ!」


 が、今度は少しでも近くに行こうとする力で前へと押し流される。

 態勢を整えることも出来ず、後ろからの圧力に暴言と共に押し込まれ、呼吸すらままならないまま前進する。

 いくらか進んだ辺りで、壁のようなものに阻まれた。四方を囲む人達と、押しつぶされて姿勢が低かった所為で何があるのか全く見えない。

 仕方なく手さぐりで壁に触れると、微かな反発がある。魔法で作られた壁だ。

 困った。こんなものがあっては、先にいるフィランツェ様に会えない。あるいは、そのために作られたものか。

 どうりで集団の人数は増えるばかりで減らないと思った。誰一人として目的を果たせていないのなら、それも頷ける。


「う~~……ごめんなさい!」


 小声で謝って、魔法領域へと意識を落とす。

 この半年、一日と欠かさずに訓練した甲斐あって、慣れた魔法なら一般用に簡略化されたものでなくとも扱える。少々気は引けるが、今だけはこの壁を無効化させてもらおう。


「術式起動――『解析』」


 魔法の勉強用にと覚えた『解析』の魔法で、行く手を阻む壁の構造式を分析にかかる。

 構造自体は難しいものでは無かった。単純に、空気に魔力を通して強固な反発力を生み出している。危険な作業現場などで、作業者の身体を守るために作られる保護壁のより強固なもの、といったところだ。

 問題は、この魔法に使われている魔力量だ。

 かなり多い。単純に魔力を流し込んでの中和は難しいだろう。正攻法での無力化は出来ないということだ。……魔力を流し込んでの中和、なんて力技を正攻法と呼ぶかは怪しいが。


「仕方ない、構造のセキュリティホールを突いて、式そのものに綻びを作れば……」


 魔法壁に触れながら魔力を流すことで、『解析』でわかった術式を浮き上がらせる。そのままの状態で外部からの書き換え命令を流す。

 想定通り、予期せぬ命令式に術式が拒絶を示し、外敵(ぼく)の魔力を追い出そうと自ら式の一部を迎撃用に改変する。狙いは、まさにこの瞬間だ。


「よし、いけ……!」


 防衛機能によって変わった構造の間隙をぬって、細い糸状にした魔力を撃ち出す。

 魔力壁による魔力の弾き返しを受けると同時に、構造内部へと入り込んだ魔力がその構成部分を狂わせる。

 構成している式が壊れたことで魔力壁はその一部を維持できず、僕の目の前だけに人一人分の穴を開けた。


「出来た! ……って、うわぁ!」


 喜んだ僕の後ろから、さらに追加された人ごみによる圧力が加えられ、開いたばかりの穴に頭から突っ込んでしまう。


「いったぁ……」


 勢いよく飛び出したため、思い切り胸を地面に打ち付けた。

 ヨロヨロと上体を起こし、涙目になるのを我慢して胸をさする。


「驚いたな……君、大丈夫かい?」


 頭上から降りかかる声に心臓が跳ねる。

 魔力壁は第一関門に過ぎず、さらにその先に避難されたものだと思い込んでいた。せいぜい顔を拝見する程度だと。だが、この声は間違えようもなく――。


「よくあの魔力壁を崩せたものだね。一部とはいえ、大したものだ。

 君の名前を聞きたい、教えてくれるかな?」

「う、ぁ、の……レイ、ジ・ネート、です」

「ネート家の子か。何度か訪問したことがある。目立った功績こそ無いものの、皆優秀な人達ばかりで政府としても助かっている。なるほど、君も優秀のようだね」


 綺麗な手が差し出される。白く長い指が均一に揃えられたそれの意味がわからず、狼狽えてしまう。


「握手だよ。それとも、私と握手するのは嫌かい?」

「あ……いえ、光栄です!」


 慌てて手の汗を拭きとり、その手を取った。

 柔らかくなめらかな手触りに、ただでさえ臨界点を突破していた心拍数がさらに増していく。


「勝手に施設内の魔力生成物を破壊したのは褒められたことでは無いが、その実力の証明には十分だったよ。あぁ、とは言っても今後は控えてくれたまえ? 政府施設内の全ての魔力生成物が学生によって壊された、では笑えないからね」


 茶化した口調とウインクに、魔力壁で阻まれたままの集団から悲鳴にも似た歓声が上がる。当然、それを直接向けられた僕は当初の目的も忘れ、固まってしまう。


「フィランツェ・ロンギア執行官。魔導政府長から御呼びがかかっております」

「あぁ、すぐ行くよ。それではね、見習い諸君。君たちと共に働ける日を、心待ちにしているよ」


 呼び出しに来た黒服の官僚と思しき人物についていきながら手を振る姿を、僕は口をポカンと開けた情けない顔で見送るしかなかった。



「おう、レイ! 昼飯喰いに行こうぜ!」

「げほっ。エルド……ちょっとは手加減してくれないかな」

「はは、悪い悪い。ほら、早く行こうぜ。一日二十食限定のスペシャル定食が売り切れちまう」

「もう無いと思うけどなぁ……」


 強引な友人に引きずられるようにして学食に向かう。

 フィランツェ様に直接会ったあの後、僕は最後の適正試験も無事に合格して魔導学院に入った。今は、第十四期生として勉学に励んでいる。

 幸い、事前に勉強していたことと、式当日の魔力壁破壊(どうやらフィランツェ様が自ら身を守るために作成したものらしかった)も相まって、試験の成績は良好。その後もそれなりの上位をキープ出来ていた。

 魔導学院の中から執行官になれるのは、厳しい国家試験を乗り越えた者だけ。その試験を受けられるのは、総合成績上位十名だけだ。今のところは順調だと言える。


「があー! 目の前で売り切れだとぉ!」


 この五月蠅いのは、同じクラスで友人のエルド・アルドゥーク。

 式での事件から、直接フィランツェ様に触れたという理由で孤立しかけていた僕に声をかけてくれた、見た目と言動に反して優しい男だ。

 ちなみに、この時周囲から向けられた敵意のせいで、フィランツェ様のアイドル的人気を改めて認識させられることになった。


「はぁー……しゃあねぇ、いつものセットにすっかぁ」


 ぶつくさいいながら、丼いっぱいのご飯に肉料理がドンッと乗ったものに、スープを吸収しきった後なのかと思う程の大盛り麺料理を二つずつトレイに乗せるエルド。


「エルド、いつも思うけど良くそんな量を食べられるね。僕は見てるだけで胸焼けがしてくるんだけど」

「馬鹿野郎。寮生活で外出も制限されて、飯は数少ない娯楽だろうがよ。食える時に食っとかねえとな」


 そういう問題だろうか。


「ところで、相変わらず良い成績じゃねぇか」

「あぁ、うん。この間の試験はうまくいったんだ。最近は実技も苦手じゃなくなってきたし、いい感じだよ」

「いいねぇ。このまま憧れの執行官様までまっしぐら、ってかぁ」

「オッサンみたいだよ、エルド……」


 でも、その言葉には思わず頬が綻ぶ。

 学院に入って以来、成績は上がり続けている。毎日の努力の成果だ。

 初めは時間制限に苦しめられた実技試験も、最近では好成績を収められるようになっている。冗談抜きで、このまま順調にいけば執行官になることも夢ではない。


「なにせあのフィランツェ様期待の星だもんなぁ」

「ちょ、やめてくれよエルド。誰かに聞かれたら、また余計な敵を増やすことになるんだぞ」

「んな連中がいたら、俺がぶっとばしてやるよ。お前はそんな心配より、憧れの女性執行官様とお近づきになる方法でも考えてろよ」


 すごく雑な言い方だけど、これでもエルドは僕のことを考えてくれている。もし僕がいわれのない恨みを買ってしまったら、その時は本当に守ってくれるだろう。そういう男なのだ。


「フィランツェ様は、優しいからああ言ってくれただけだよ」

「謙遜、謙遜。今は周りの連中もお前を認めてるよ。胸張ってりゃいいだろ」


 エルドがこう言ってくれるけど、あの優しい言葉をただ受け入れるのは慢心に繋がると思うのだ。それでは、夢も目的も果たせない。


 あの時、ついお礼を言い忘れてしまったけれど、僕は数年前にフィランツェ様に出会っている。

 一人ではどうしようもなかった僕を助けてくれた美しい女性に僕は魅せられ、その女性が世界的に有名な術師だと知ってからは少しでも近づくために努力してきた。

 それを間違いだとは思っていない。

 あの日、彼女が僕を覚えていなかったことは少し悲しかったけれど、助けられたことも才能を認められたことも本当のことだとは思うから。お礼はいつか、その隣に本当の意味で立てた時に改めて言おうと決めていた。



 僕は順調に学年を重ね、夢へと進んでいった。

 落第寸前のエルドを手助けしたり、外部からの特別講師に妙な術式を教えて貰ったり、授業で習ったことを応用して自作の術式を構築してみたり、徐々に認めてくれた周囲の人とも友好を深めたり……。

 中でも、術式の構築は僕の一番好きなものになった。

 エルドは「授業以外で小難しいことを勉強するなんて、狂気の沙汰」だなんて言うが、基本的なものを複数組み合わせたり、今まで無かった構成を試して成功した時はこの上ない喜びを感じた。それは、人気歌手の新曲を聴いたり、名作小説を読み終わった後の心地よい読了感にも勝るものだった。

 結局、僕はその術式構築論を学院卒業時に論文として提出し、なんと次席という全体二位の成績で卒業することが出来た。



「では、レイジ・ネート。君の魔導執行官最終試験を開始する。用意はいいかね?」

「――はい!」

「では、初めて欲しい」


 迷わず選んだ執行官という進路。その道も、とうとう最終試験。

 その内容は、未発表の術式を分析・解説するというものと、ランダムに提示される事象への迅速かつ臨機応変な対応だ。

 前者に関しては、僕の一番の得意分野だ。学院での成績は常に満点だったし、構築と解析に関しては教官を超えている時さえあった。おかげで、危なげなくクリアした。

 あとは、提示される後者の問題次第。


『貴方は異世界の存在を知り、そこに住む人間と親しくなりました。彼等は、遥かに劣る文化しか有しておらず、我等イグナシルに対して庇護を求めております。一執行官として、貴方は何をしますか?』


 意外な出題だった。

 異世界が題材になるのは予想していた。近年開発された大規模術式での次元掌握実験で、異世界らしき存在が複数確認されたのは周知の事実だからだ。

 意外だったのは、魔法による疑似音声からの出題が実務を問われるものでは無く、思想や考えを問われるものであったからだ。

 過去の試験を見る限りでは、実際に魔法によって再現された事故や犯罪を自分なりに解決するものがほとんどで、口頭での試験は前例に無い。


「どうしました?」

「いえ、何でもありません」


 とはいえ、試験は試験。僕なりの答えを用意しなければならない。

 何が問われているのか。その本質を読み解くのは難しいが、今更ジタバタと考えても仕方ない。

 僕が誇れるもの。それを出せば、僕が今出来る全力だ。


「……実際にその状況になった時、僕が出来ることは極めて少ないと思います。しかし、だからといって何もしなければ、それこそ役立たずです。

 僕は、執行官としての責務を果たすため、自分の持つ中で最も優れていると感じる術式構築の能力を持って、異世界の方々に合った術式を考案、イグナシルにも配慮した上でそれを改良していきたいと思っております」


 模範回答。置きに行った回答になってしまっただろうか。

 こういったものは案外エルドが得意なのだが、残念ながら彼は留年。執行官試験など遥か手の届かない位置にある。

 試験管である現役執行官達が、何やら話し合っている。僕には聞こえないその話し合いを待つのが、とても怖い。

 面白みがない上、誰にでも言える答えだったかもしれない。そもそも口頭試験ではなく、実際に何をするのかを見せるべきだったのかもしれない。

 ただ黙して待っている時間が、とても長く感じられる。


「――お待たせしたね。君に合否を伝えよう」


 いよいよだ。まさかその場で発表されるとは思わなかったが、いつまでも引き延ばされて胃を傷めずに済む。


「先の回答は、誰にでも考えうる普遍的なものだ。正直なところ、執行官としては残念としか言えない」


 心臓が跳ねた。目の前がブラックアウトしていく。

 やはり、ダメだった。もう少し落ち着いて、冷静に答える内容を考えるべきだった。


「しかし、術式構築・構成に関しては、君は学院の頃からずば抜けた才能を有しているのは我々も知っている。なにせ、教官は皆こぞって君に教えを請い、学院に入る前にはあのフィランツェ様の魔力壁を一部とはいえ崩壊してみせた。それほど術式に対する造詣の深い君の言葉だ、他の候補者が言うのとは重みが違う。

 我々の結論としては――君は合格だ。これからは政府のためにその能力を活かしてくれたまえ」


 五感を失いかけていて、何を言われたのか一瞬わからなかった。それでも、少しずつ浸透していく試験管の言葉が、僕の感情を揺り動かし行く。


「――~~~! ありがとうございます!!」


 椅子から立ち上がり、思い切り頭を下げた。

 初めて術師の扱う固有魔法を見てから、ずっと憧れていた夢。その夢に、手が届いたのだ。

 もちろん、ここで終わりなどでは無い。これからは、政府直属の執行官として厳しい仕事が待っているだろう。

 だけど――それでも、今の僕は幸福で一杯になっていた。

 夢が叶った。それだけじゃない。

 例年、新人執行官は各部署での研修の後、合格した年によって決まった上司の下に配置される。

 軍では無いとはいえ、時には荒事も経験する魔導執行官は、部隊とも言うべきその集団内で昇進までの日々を過ごす。

 そして、今年の合格者が配置されることになる上司は最終試験前に発表されていた。

 これもまた異例のことだが、名前が名前だけにやる気を出させる意味もあったのかもしれない。


「では、君は明日より半年の研修を経て正式に魔導執行官として仕事に就いてもらうことになる。君が従うことになる上司は……まぁ言わずともわかっているだろうが、フィランツェ・ロンギア上級執行官だ。幸運なことだな」

「はい、ありがとうございます!」


 もう一度頭を下げる。

 まだ、隣に立つには程遠い。

 しかし、その足元にはたどり着いたのだ。


「レイジ・ネート。この日より、魔導政府の下でイグナシルへの生涯の貢献を誓います」

「期待している」



「お疲れ様です。早速ですが、明日より貴方が行うことになる研修地までご案内いたします」


 試験場を出てすぐ、入口の横に眼鏡をかけた知的な女性が待ち構えていた。


「あれ、貴女はウッド・レイズ執行官ですよね? 女性執行官の中ではフィランツェ様に次ぐ実力者である貴女が、僕のような新人を案内してくれるんですか?」

「あら、知っていてくれたの? どうもありがとう。

 実は、今は政府内も人員不足でね。貴方なら知っているでしょう、『予言者』のこと」

「あぁ、ついに現れた完全な『未来』に属する魔法を使う人物ですよね?」

「そ。今までは、部分的には未来に干渉出来ても、本質的には『過去』や『現在』に属していたものばっかりだったから。おかげで大騒ぎよ」

「大変ですね……っと、これからは僕も他人事じゃなくなるんですね」

「ふふふ、そうね。期待してるわよ、頑張ってね」


 別段、特別な考えも無しにそんな会話をしながら研修地に向かった。僕の意識はすでに半年後、研修を終え、フィランツェ様に再会した所まで飛んでいた。


 ――まさか、この三か月後。圧倒的な権力と発言力を得た『予言者』に予言罪を通告され、発見されて間もない異世界へ飛ばされることなど、この時の僕は夢にも思っていなかった。

12/3 なろうコン大賞に参加してみようと思います。

キーワードが増えますが、小説を読むだけならば影響は無いと思われますのでお気になさらず。

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