報告
「――さて、報告を聞こうか」
二度目の将軍の部屋。本当に住んでいるのか疑わしいほどに綺麗で、以前と何も様子が変わっていない。
僕の前には将軍と副将軍。随分長い間見ていなかったような気がするが、ルーンマスターとの出会いやルーンキラーの科学者との戦いが濃すぎただけで、実際は帝都を離れて二週間も経っていない。
ルーンキラーとの戦いでのダメージはまだ回復していない。応急処置こそ護衛の二人がやってくれたものの、森を滅茶苦茶にした以上すぐに村を出なければならず、帝都に着いたと思えばすぐに将軍の使者に呼び出されて今ここにいる。
将軍は概ね優しい人なのだが、職務に関するこういう所は妙に厳しい。
「出来れば簡潔にまとめろ。我々も次の戦いに向けての軍の編成がある。暇では無い」
副将軍のこれは見た目通り。
とにかく、文句を言うつもりもないのだから、手早く済ませてしまいたい――ところなのだが、報告内容が多すぎる。すぐに、とはいかないだろう。
「では、報告します」
木々が焼ける臭いが鼻をつく。
ポッカリと僕の前に開いた直線の焼け跡が、唯一雷撃の名残だった。
「倒した、のですか?」
「いえ……」
撃ち抜かれた肩を抑えながら体を起こすエリッツ君。その言葉を全面的に肯定することは、残念ながら出来ない。
「手応えはありました。ですが、トドメをさせたかどうかは……」
雷撃で焼かれた跡には、科学者が居た痕跡は全く無い。
跡形も無く吹き飛んだのだと考えることも出来る。だが、あの男がそう容易く倒せるとは思えない。なにより――
「笑って、いたんです」
「笑う?」
「科学者がです。何かを叫びながらも、その顔は悲観ではなく笑みでした」
ただし、とても好意的には思えない、歪んだものではあったが。
死ぬとわかっているからこそのものだったのか。あるいは、全く逆の意味から生まれたものだったのかはわからない。だからこそ、あのどこか人間離れした恐ろしさすら漂わせた男に関しては、簡単に終わったと言えない。
「恐ろしい、相手でしたね」
「……はい」
「しかし、ひとまずは撃退しました。まさか無傷でもないでしょうから、今日のところは痛み分けでしょうか」
「よかった、無事だったんですねバーツさん!」
焦げた木の影から、落ち着いた様子で姿を現すバーツさんに安堵する。『雷撃一閃』は本当に余裕無く起動したせいで、巻き込んでしまっていないか心配だったのだ。
「ひとまず帝都に帰還しましょう。ルーンキラーに関しては収穫無しですが、殺されたとはいえルーンマスターの生き残りを知ったことと、その魔法を貴方が得たことは思いがけない拾い物でした」
「確かに、この世界の魔法を実際に知れたことは収穫です。ですが、ルーンキラーについても全く収穫が無いわけではありません」
「…………」
「え、どういうことですか?」
困惑と無表情。対照的な二つの表情だが、一方は気付いているのだろう。
「気になることもあります。まずは、帰還して将軍たちに報告しましょう」
「気付いたことだと? ルーンキラーについてか?」
「はい」
相対したのは僅かな時間だが、あの負の塊のような男は多くの情報を与えてくれた。
「まず、事前の予測通り、ルーンキラーは科学者であり『銃』を所持。そして、僕と同じ世界から来た人間でした」
「やはりそうか……」
「事前の予想が確定したことはいい。それ以上の情報があるのか?」
副将軍が随分と焦っている。「次の戦い」と言っていたし、大きな戦いが近くあるのかもしれない。
「まず一つ。彼には、僕の魔法が効きません」
「なんだと!?」
「初めから、なかなか気の滅入る情報だ」
将軍は落ち着いてはいるものの、静か過ぎる。以前なら――と言っても十日ほど前だが――僕の言葉に大きな反応を示すのは将軍の方が多かった気がするが、焦る副将軍に対して疲れているようにも見える。
「彼は、あちらの世界でのルーンマスター――術師に、ひいては魔法に対して恨みを持っているように感じました。だからこそ、いつか来る魔法との戦いのために対抗策を用意していたものだと思われます」
「だからこそ、この世界のルーンマスターは次々と殺されていったのか……」
「いえ、彼が無効化出来るのは僕が使う魔法だけ。つまり、あちらの世界の魔法だけです」
もしそうでなかったら、僕は生きてはいなかっただろう。
「ルーンマスターに対しては、遠距離から『銃』を使うことでそもそも戦闘せずに一方的な攻撃を仕掛けていました。それは、魔法を無力化するための手段が通じなかったからと考えられます。
僕は、この世界のルーンマスターに会って、この世界とあちらの世界の二つの魔法が違う原理で使われていることを知りました。彼も、それに気付いたのではないでしょうか」
「元からお前達――術師、と言ったか――と戦うつもりだったと?」
「おそらく。この世界でのルーンマスター殺しは、言いたくありませんが、代替行為だったと考えられます。
あの戦闘で、彼は僕の目の前に現れて、嘲笑うような戦い方をしていました。森で『銃』が使いづらかったこともあるでしょうが、あちらの世界で科学が認められなかったことを恨んでいて、馬鹿にし返してやろうと考えているのかもしれません」
「凄まじい執念だな……それに巻き込まれたこの世界の人間は迷惑だが」
「全くです」
僕の予想は、おそらく間違っていない。
彼等科学者は、自分達の学問を否定されたも同然の扱いを受けていた。その原因の一端は彼等自信の研究内容にあるが、だからといって素直に受け入れられるものでもないのだろう。
それに、僕を知っていた。僕自身は覚えがないが、あるいは――。
「――報告を続けます」
まずは、全てを報告する方が優先だ。
報告し終わったら、その後に二人に話をしよう。この問題は、本来ならこの世界で生きる人達には関係の無いものだったはずだから。
「二つ目として、彼には協力者がいます。さらに言えば、協力者は帝国の裏切り者だと思われます」
「な……!」
「……さすがに、すぐには信じられないな。根拠はなんだ?」
「『アリアドネ』、という拘束用の道具です」
『アリアドネ』。
僕の護衛として一緒に戦った二人が、ルーンキラーを場合によっては捕えられるようにと装備していたもの。
拘束用の糸と、それを操る操作機からなる一連の道具は、帝国でも一部しか存在を知らない特殊な道具だという。
「それに関しては、バーツからの報告書にも記されている。名を知っていたそうだな」
「はい。その材質や作動原理まで知っている口ぶりでした」
「それはおかしいぞ。あの道具は、我々ですら最近上層部から知らされたばかりのもので、お前の上げた戦果、あの戦いを受けて設立された本格的な工作部隊にのみ配備されたものだ。使うためにも修練が必要で、外部に漏れるようなものではないはずだ」
「だからこそ、裏切り者がいるという結論か」
将軍の言葉に頷く。
四方八方に糸を延ばし、変幻自在に操るあの道具は、間違いなく作成した集団の占有技術になる。副将軍の言葉からも、帝国が極秘裏に開発したものであることはわかる。
だが、あの科学者は知っていた。実際に使用していた二人ですらも知らなかったであろうことも、知っていることを仄めかしていた。
名前だけなら噂程度には聞くこともあるだろうが、材質や原理の領域ともなると、内通者でもいなければ知りようが無い。
「頭の痛い話……で済む話でもないな」
「『アリアドネ』の情報ともなると、相当上の人間でしょうからね。……調べますか?」
「……いや、今は下手に動かない方がいい。相手次第では、此方が消される」
僕も将軍の意見に賛成だ。
将軍は、帝国群内での地位は序列四位(皇帝は名目上なので、実質は三位)。皇帝、元帥、大将軍、に次ぐ将軍位。皇帝や元帥は無いにしても、同じ将軍や、下手をすれば大将軍であるということも考慮しなければならない。
僕の行動も読まれて待ち伏せされていたようだし、下手に捜査をすると潰される。
「業腹だが、裏切り者についてはひとまず置いておこう」
「了解しました」
「皇帝には報告しないのですか?」
「あの方は、気にも留めないさ」
一瞬、将軍の顔に寂しさのようなものが浮かぶ。すぐに消え去ったが、隠しきれない内面が浮き出たような、そんな表情だった。
「私としましては、どうやって帝国と協力関係になったのかも気にかかります。
ルーンキラーが現れて数年。各国とも被害に合っていますが、中でも帝国は一、二を争うルーンマスターの保有数を誇っていました。その被害の影響は他と比べても大きい」
「それなのに、という疑問は確かに浮かぶ。
だが、今は考えても仕方がない。内通者の正体も、ルーンキラーの目的もわからない今はな」
「――――いえ、目的に関しては予想がついています」
驚きと共に向けられる視線。
科学者は、僕の本当の名前を知っていた。同じ世界の人間だから、というだけでは無いはずだ。
ならば、心当たりが一つだけある。
「彼の目的は復讐。すなわち、僕を殺すことです」
「どういうことだ?」
「……初めから、話します」
『科学』。そんな名前の学問を提唱した集団がいた。
元は魔法をうまく使えない一部の人たちを援助する団体のメンバーだったそうだが、魔法を使えない人たちを使えるようにするのでは無く、魔法を使わなくても済むようにと考えられた代替技術が『科学』だったらしい。
だが、その理念はいつしか一人歩きし、「魔法を使えないことで虐げられていた人達を救うもの」という目的を見失った。
結果として、科学は一つの学問として独立、元々所属していた団体の魔法に対する不信感が中途半端に残ったせいで暴走し、魔法に対抗する技術という形に成った。
結果は……惨憺たるものだ。
魔法に対抗すると豪語したものの、資源の浪費という弱点を背負っただけの魔法技術の劣化版という烙印を押され、学会からは追放された。
そうしてほとんどの科学者は職を追われ、残った者も細々と魔導政府に隠れて研究するのが精一杯となった。
ここまでで終わっていれば、一つの学問が消えただけで済んだ。
だが、科学者達――特に初めに科学を提唱した数人は諦めなかった。
科学は、一部の金持ち達が趣味として秘かに楽しんでいたが、そういった富裕層が狙われた。
狙われた、と言っても攻撃を受けたわけではない。
科学者達には、人手と金が必要だった。自分達が作り上げた学問の衰退を、なんとか食い止めるために。
科学者達は科学を趣味として楽しんでいた富裕層に近づき、自分達の持つ真の科学を見せつけた。そして、こう言ったのだ。
『我々は、何も戦争を起こそうとしたわけでは無い。ただ、科学の有用性と可能性を知って欲しかっただけだ』
『銃に関しても、科学で作り上げた物質や、発見した技術は素晴らしいものだから発表したのだ。なのに、学会の連中、ひいては魔導政府はそれを認めようとはしなかった』
『我々に対する不当な扱いは、ひいては魔法をうまく使えぬ人達への差別にもつながる。奴等は、我等の技術によって魔法を使えぬ人がいなくなり、それによって自分達の立場が脅かされるのを恐れたのだ』
暴論、としか言いようのないセリフだが、そんなことは戦争の終結で金と暇を持て余した金持ち達には関係なかった。
彼等が見たかったのは、「科学」という技術の真髄、それらが成すことの出来る最高点。
結局は、莫大な資産を有する一部の人間と、それらを欲した科学者の思惑が一致。科学者達には巨額の資金提供がなされ、それらのほとんどは反乱のための兵器開発に回された。
結局、最後は魔導政府直下の執行官達によって構成された討伐部隊が派遣され、大規模な紛争になる前に未然に防がれた。
「その時に、僕も部隊の一人として同行していたんです」
「だが、お前達の魔法は戦闘には向いていないのだろう?」
「基本的には、あちらの世界での攻撃手段は『意識喪失』のみです。一部の上級術師が作る複雑な術式、そこから生み出される魔法は、大抵は本人のみのもので研究目的以外で使用されることはありませんから新人でもそういった部隊には参加できるんです」
「だからといって、誰でも参加できる、というわけではないのだろうがな」
副将軍の言葉には、何も答えなかった。
あちらの世界での僕の立場など、こちらの世界で生きていく限りは意味のないもの。すでに、捨て去ったものだ。
「……討伐、といっても実際に殺害したわけではありませんでした。科学者達の処遇は、ある理由から決まっていたからです。彼等が行動を起こす前に察知できたのも、実はその理由が関係しているんです」
「理由?」
「あちらの世界では、魔法が技術として確立され、世界中に流布されています。僕のような魔法を扱うことに長けている者から、ごく普通の一般人までが魔法を使えるんです」
「我々の常識からすれば考え難いことだが……だからこそ、お前達の使う魔法は戦闘用ではないのだろうな」
魔法が戦闘用のモノであったなら、戦争終結後でも各地で争いは続いていただろう。犯罪者が起こす小さな騒乱など比べ物にならないほどの。
だからこそ、魔導政府は犯罪を取り締まるための『意識喪失』という無力化のみを目的とした魔法だけを対人魔法として定義し、それ以外の人体に害を及ぼす魔法は極力制限していた。
『意識喪失』の魔法自体、執行官として政府に認められた人間にしか基本的には術式は譲渡されない。
「あちらでの『魔法』とは、『過去』『現在』『未来』の三種類に分類され、体内にある魔法領域内から魔力を媒介にそれぞれの時間に対して影響を与えるものです」
「急にわからない言葉が増えたな……」
「文化と技術の違いでしょう。実は、僕はこの世界に来てすぐに『統一言語』という魔法を使用し、こちらの世界の言語に自信の言葉を自動的に変換しています。しかし、この魔法は相手が意味の知らない言葉はうまく変換されないのです」
やはり、時間の概念は無い。あるいは重視されていないらしい。
ふと、『統一言語』の問題が話題になった今、名前の間違いを訂正しようかとも思ったが、今更という気もするし、混乱を招くだけの気がしたので黙っておく。
「あちらの魔法そのものを理解しようとする必要はありません。重要なのは、三つの分類はあることと、その分類上の偏りです」
「偏り?」
「はい。話した通り、あちらの世界の魔法は技術として確立された際に三種類の分類がされました。その経緯は定かではありませんが、設定された分類に各魔法は振り分けられました。
ところが、各分類の定義が曖昧な上、ほとんどの魔法は目の前の問題を解決するために作られています。そのせいで、大半の魔法は『現在』に分類されてしまい、分類自体が意味をなさないものとなってしまいました」
「では、なんのための分類なんだ。意味のあるものに変更するか、いっそ撤廃していまえばいいだろう」
「以前は、僕にもわかりませんでした。事実、政府内でも見直しの意見は出ていましたから。それでも改訂さてない理由は、大きく二つだと思います。
一つは、改訂する理由もまた無いこと。ならば伝統を守って形式上の分類でいいじゃないかという意見もありましたから。
そしてもう一つ。これは、こちらの世界に来ることになって初めて感じたことなのですが……」
僕が、この世界へと来ることになった原因。ある一人の男が発した言葉。圧倒的な力を持つそれを確固たるものにしている要因の一つは、間違いなくその一意性。
「――分類上、唯一『未来』に属する魔法が存在します。あちらの世界では何をおいても絶対とされるその魔法の地位をより確固たるものにする。そのためにも、三種類の分類は必要なのだと」
ほとんどの魔法を要する『現在』、僅かながらも有用な魔法が属する『過去』、そしてたった一つだけの『未来』。どれが貴重かと聞かれれば、考えるまでもなく最後の一つ。
唯一属するという希少性が、あるいはその性能による脅威よりも人に影響を与えるには意味のあることなのかもしれない。
「あちらの世界で絶対的な信頼を持って行使される魔法、『予言』。それによって科学者の野望は実現前に打ち破られ、法によって流刑が決められているが故に、誰一人として殺されはしなかったのです。
おそらく、こちらの世界でルーンキラーとなった科学者は、自分達を捕え、科学という学問を表の世界から根絶した術師を恨み――偶然覚えていたのでしょう――部隊に参加し、実際に彼等を捕えた人間の一人である僕を恨んでいる」
「それが、ルーンキラーの存在理由か」
「はい。その他の構成員は、仲間というよりは都合のいい駒として使役されているだけの人達だと思われます」
直接会ってわかったが、あの憎悪は他人に伝染する類のものでは無い。むしろ、周囲の人間を遠ざけるものだ。
それでも従う者がいるのは、科学の力で強制的に従わせているか、金で雇っているかだ。
「ルーンキラーは、こちらの世界に来たことを快く思っていないと思うか?」
「おそらくは……。科学は、僕の持つ魔法と違って行使に必要な物質があるはずです。だからこそあちらの世界では認められなかったのですが、こちらの世界にも必要な物質が潤沢にあるとは思えません。
なにより、研究者というのは得てして自信の思う評価を求めます。それが得られなかった悔しさが憎悪と変わっているですから、目的は果たしようの無いあちらへの帰還と科学の復権でしょう」
「――お前もか?」
将軍への答え、それに対して返って来た言葉に体が震える。
上官二人の視線が急に突き刺さったような錯覚に息を飲み、自分の答えを探した。
後悔はしていない。そう思いたかった。だけど、二人のことを信用しようと思い、自分を無理に偽ることも止めた。
この世界で生きる覚悟は出来ている。けれど、未練という名の思いが消えたわけではなかった。
「わかり、ません」
ようやく絞り出したのは、そんな情けない言葉だった。
「うむ、報告として聞いておきたいものはこんなものだろう。
生き残っていたルーンマスターもそうだが……お前の持ち帰った成果は想定以上だったな」
「ありがとうございます」
伝えておくべき多きなものは伝えたはずだ。あとの細かなものは、どうやらバーツさんからの報告書も上がっているようだし、任せてしまっても問題ない。
なにより、湧き上がってきた自分への嫌悪感と思いがけない郷愁に押しつぶされそうで、早々にこの場を辞したかった。
「あぁ、そうだ。レイネート」
頭を下げて、忘れかけた敬礼をしてから踵を返した――ところで、呼び止められた。
「なんでしょうか、将軍?」
「お前、もしかするとあちらの世界では将来の期待された、随分と優秀な人間だったのではないか?」
「――――」
あちらの世界での僕なんて、すでになんの意味も無い「過去」だ。だというのに、なのに――。
「そんなこと、ありませんよ」
震えそうになる声を抑えて、それだけを答えて今度こそ部屋を出た。
久しぶりに書けたーー!
リアルでの作業も落ち着いたし、ようやくこっちにも注力できる……。




