対科学者――『雷撃一閃《ライトニングスマッシャー》』
毎度更新が遅くてすいません……。
二度目の小屋の中。何も物が無いせいか、あるいは前回より人数が減っているせいか、小屋の中は妙な空虚感に満たされている。
誰も言葉を発しない。室内にあるのは、乱れた息を整える音だけだ。
「……敵は、ルーンキラーなんでしょうか?」
押しつぶされそうな沈黙に耐えられなかったのか、エリッツ君が不安げに疑問を発する。
「レイネ様――いえ、もはや隠す必要はありませんね。
レイネート様。一度は攻撃を受けたあなたは、今回の攻撃をどう思われますか」
「……まず間違いなくルーンキラーによる『銃』の攻撃です」
僕の正体を知っても、エリッツ君の驚きは思ったほどではない。彼も薄々感づいてはいたのだろう。
だが、いくら冷静であろうと問題は解決しない。
未だに姿を見せない敵。その正体がわかっていても、対処法が決まっていなければ結局は同じことだ。
深く考えずに捜索を開始したのは、今から考えれば短絡的だっただろうか。――いや、そうしなければ何も進まなかった。
これは、チャンスだと考えよう。
「……ここで、ルーンキラーを討ちます」
「待ってください。攻撃方法がわかっていたとしても、それに対する対策は我々には無いのでしょう? ならば、今は退くべきです」
異論が出ないことを見ると、僕以外の二人は共通の意見のようだ。
確かに、僕自身も詳しくはわかっていない『銃』を相手取るのは危険だ。攻撃用に改良した魔法もまだまだ扱い切れているとは言い難い。
突破口。それを見つけなければ、僕の体は銃弾によって容易く撃ち抜かれるだろう。
「危険は承知の上です。でも、ここで逃げれば追うのが困難になる。もしかしたら、すでに敵は逃走をしているかもしれないんです」
「それはわかります。しかし、攻勢に出ることばかりを考えて貴方を失うわけにはいきません」
「そうですよ! 騙されていたのは、正直ショックだけど……それは私の力不足が原因だとわかっています。
私は、連合との戦闘で帝国に勝利をもたらしてくれたレイネ様――いえ、司令官補佐に感謝しているんです。初陣で震えることしか出来なかった私が生還出来たのは貴方のおかげです」
真っ直ぐに僕を見つめる双眸は、どこか将軍に似ている。根本の人間性に近い物があるのだろう。
決意がグラつく。戦いに向いていた心が、逃走の選択肢へと引かれる。
それでも、初勝利の後撃ち殺されたことは忘れない。偶然出会えたこの世界の魔法を使う人、その出会いまでも一瞬でかき消された。この世界に来たばかりの頃には、構成員だと思われる連中からの襲撃も受けた。
敵だ。理由づけなんて置いてけぼりに、僕自身が明確に敵だと認識している。
「二人の言うこともわかります。だけど……それでも、やっぱり戦わせてください」
「レイネート様……」
「そんな! 今度こそ、本当に殺されてしまいます!」
その可能性もある。いや、むしろその方が高い。
そんなことは嫌と言う程わかっている。なにしろ、一度は本当に殺されたのだから。
「復讐を考えているのなら、お止め下さい」
「……っ!」
「あのルーンマスターのことは、仕方ありません。貴方自身のこともあるでしょうが、今は忘れてください。我々では貴方を守りきれないのです」
『仕方ない』。
その言葉が、心に強くひっかかった。
今まで何度も思い浮かべたはずの言葉なのに、今は何故か納得できなかった。受け入れたくなかった。
思えば、この世界に流刑にあった時。あの時も僕はどこかで仕方ないと諦めていた。
目標も希望も期待も未来ですら、あちらの世界に置いてきた。
諦めから、始まっていた。だけど、僕は一度死んだ。ならば、二度目くらいは簡単に諦めたくない。だから――。
「僕は、諦めません」
「レイネート様……」
「いつかは戦わなくちゃいけないんだ。だったら、確実に戦える今戦うべきです」
ここに逃げ込んで、どれほど時間が経っただろうか。
敵はまだ森に潜んでいるのか。ここを狙ってきている可能性は無いか。あるいは、もう逃げているか。
逃がさない。覚悟は出来たんだ、二人にはここで待って居てもらって、僕一人で決着をつける。
元より、僕もルーンキラーもこの世界の人間じゃなかったんだ。なら初めから、僕が一対一で終わらせるべきだったんだ。
「……意思は固いようですね」
「はい」
「わかりました。
エリッツ。例の罠はどうなっている」
「さっきの魔法の影響で大半は破損しましたけど、一部はまだ使えるはずです」
何の話だろうか。
「大方、一人で戦うつもりだったんでしょう。私達の命に危険が及ぶ戦いを、貴方が強固に主張するとは思えませんから」
「そんなことはさせませんよ司令官補佐。僕達だって軍人です。いつだって死ぬ覚悟は出来てます。……魔法を見て取り乱してしまったのに恥ずかしいですけど。
でも、覚悟は本物ですから」
なんでもないとでもかのように装備を確認しだすバーツさんと、照れながら立ち上がるエリッツ君。
ダメだ。このままでは、僕は二人を自分勝手な戦いに巻き込んでしまう。
「ダメです! 戦いには僕だけで行きます。だから……」
「貴方の護衛を命じられた私達に、戦いに赴く貴方を見送れと?」
「仮に私達が死んでしまっても、それは司令官補佐にはなんの罪も無い、ある意味では当然のことです。だから、一人で戦おうなんてしないでください。足手まといにだけは、ならないようにしますから」
「――行きましょう。戦うことを決めたのなら、すぐにでも行かなければ勝機を逃します」
戸惑う僕に、何度もマメを潰したような固く大きな手が差し出される。
この手をとれば、巻き込んでしまう。それがわかっていたのに、僕はその手をとってしまった。
小屋の扉を開け、すぐに走り出す。
エリッツ君は僕と一緒に向かって右手、バーツさんは逆に左手の森を互いに目指しての全力疾走。
散開したのは、単純に敵の狙いを分散するため。エリッツ君は僕の弾除けをすると言って譲らなかったので、やや右前方を走る。
「いる……」
『自動索敵』の範囲には光点は三つだけ。だが、確かに感じる。
前方で生い茂る森。一部から魔法戦の影響で煙が上がっている緑の集合体、その中から漏れ出る濃厚な「殺意」。
敵は、逃げてはいなかった。虎視眈々と僕達が小屋を出るのを待って居た。
此方としては、それは好都合だ。
「攻撃してきませんね」
「素早く動く相手を狙うのは難しいんでしょう。僕もルーンマスターの彼も、撃たれた時は動きを止めていた時です」
『銃』の詳しい性能は改良を加えられているらしいところからも、わからない。だが、「動いている相手に命中させるのは難しい」という予想は当たっていたようだ。
この調子なら、森まで行くのはそう難しくない。
「森に突入します!」
「予定通りにお願いします、エリッツ君」
念のため蛇行するように走り、森の入り口たる木の間を抜けた瞬間分かれる。
視界の端でバーツさんも無事に突入出来たのが見えた。ここからは個々で役割を果たす時間だ。
「どこだ……どこからなら狙える……?」
『銃』の弾道は基本的には緩やかな曲線。とはいえ、攻撃対象からは直線状にいるはずだ。
この森はかなり木々の数が多く、その枝も方々に向いて伸びている。『自動索敵』の範囲外、かつ小屋のあたりまで直線で狙える位置はそれほど多くないはず。
視線を四方に向けて探しながら走る。森の中なら木が障害物になって狙われづらいはずだが、動きを止めれば危険は増す。少しでも可能性は下げておく必要がある。
「っ――出てこい! お前の敵は此処に居るぞ!」
あえて大声で叫ぶ。
森の中ならば相手から攻撃される可能性は下がる。だが、此方が見つけるのも難しくなる。
敵の狙いはルーンマスター、ならば僕をまず狙うはず。あえて位置を知らせて、『銃』を使ってくれればその音の発生源や弾道から敵の位置を知ることが出来るかもしれない。
危険な策ではあるが、銃弾が命中するよりは僕が先に見つける方が早いはず。
「僕を狙っていたんだろう!?」
当然だが、返答は無い。
不用意に撃ってくるということも無く、ただ体力を消耗してしまう。
見た目と口調の違いを警戒しているのだろうか。いや、将軍のような女性もいるのだから、それほど気にすることでも無いはず。
「どうしたんだ? 今更怖気づいたのか!?」
森の中は衰えることの無い殺意が充満している。
殺意の濃度とは対照的に、敵は随分と冷静なようだ。
このままではジリ貧になる。『風爆発破』も、木が障害物として重要な今は使うわけにもいかない。
どれだけ動いても『自動索敵』にも引っかからない。これでも最大まで範囲を広げているはずなのに。
「くそ……合図も無いし、二人も見つけていないはず。なのに、なんで――」
――それは、理性からの行動では無かった。
頭が考えるよりも早く、足が動いていた。
体が前に投げ出され、自分でも理由のわからない行動に混乱する。なのに、どうしてか間違った行動とは思えなかった。
「チィッ……」
腐葉土を踏みしめる湿った音と共に聞こえてきた舌打ち。
振り向いた視線の先に、着地した姿のまま地面にナイフを突き刺す男が居た。
「なっ……んで……」
「…………」
全く気付かなかった。
本能が体を勝手に動かしていなければ、確実にあのナイフの先は僕を貫いていた。
でも、どうして。『自動索敵』には、未だに男を示す光点は無いというのに。
「よく躱せたものだな。魔法にばかり頼った惰弱な術師風情が」
「お前は……」
「どうせ調べてきたのだろう? わかっていたからな、術師がこの世界に来たのは。だからこそ、この世界の人間にはわからない言葉で誘ったのだから」
言葉の端々に隠そうともしない憎悪が含まれている。
薄汚れた白衣。くすんだ茶髪。刻み込まれた皺は年齢を思わせ、黒の目は赤く充血している。くたびれたように力なく立つ姿からは、負の感情が噴き出しているようにすら見える。
科学者だ。間違いなく。
白衣は科学者が好んで着ていた独特のもので、長時間睡眠を犠牲にして研究したことによる充血した目は研究者の証とも言える。
「会いたかったぞ、術師。まさか、殺し損ねたとは思わなかったがな」
「殺し損ねた……?」
「惚けるな、レイジ・ネート」
「――――!」
久しく呼ばれていなかった名前。あちらの世界での、僕の本当の名前。
だけど、どうして……。
「どうして、僕だとわかるんだ……」
「あぁ、姿を変えていたのか。気付かなかったよ。お互いマヌケだな。一方は姿を変えられていないことに気付かず、一方は姿を変えていたことに気付かないとは」
何を言っているんだ。
僕は、万が一逃がした時のために『性別転換』を解除していない。僕の姿は「レイネ」のままであるはずだ。
なのに、僕が男として見えている。
「……まさか」
『性別転換』の術式を展開する。
敵の目の前で、魔法の術式を確認するのは普通に考えれば愚挙と言っていい。無防備にもほどがある。
だが、男はまるでいつでも殺せるとばかりに僕が術式を確認するのを待っている。その目に宿る嘲りの光。
「無い……体を変えるような命令式が、全く無い……!」
『性別転換』は、使用者の体を本来の性別とは逆の性別へと変換する魔法――のはずだった。
なのに、実際は体を変化させるような複雑かつ大規模な命令式は一つも無い。
僕は、術式の構成に関しては同年代の中でも抜きん出た成績を残していた。見間違うはずは無い。
つまり、『性別転換』という魔法は、単に使用者を含めた周囲の人間の視覚に作用し、性別が逆になったように見せるだけのものだったのだ。
「どうして……。これは、政府が研究中の魔法で……術式記録室にあったものを『解析』で、だから……!」
「間違っちゃいないだろうさ。それが、その魔法の本当の機能なんだろ」
男の嘲りはより深く明確になる。
「くっ……だから何だって言うんだ! この魔法が間違っていたからって、大した問題には――」
「本当にそれだけか?」
「…………!」
予想外の事実を知ってしまったことによる動揺。それをかき消そうとした反論を遮った言葉。
わかっている。気付いている。だからこそ、ただ性別を誤魔化すだけの魔法が認識と違っていただけでこんなにも動揺する。
僕は、前にも一度魔法による効果の認識を誤ってはいなかったか……?
「『統一言語』……」
「心当たりがあったようだな」
この世界に来たばかりの頃、言葉の違うこの世界の人間と話そうとして起動した『統一言語』の術式が相手には影響しなかった。
『統一言語』は、お互いの話す言葉を適切に相互変換するものだというのがあちらの世界での共通認識だった。だから驚いたのだが、効力のベクトルを双方向にするだけで解決したので深くは考えなかった。そういうものだったのだろうと、ただそれだけの考えだった。
本当は、もっと深刻な問題だったのだろうか。
反応しない『自動索敵』。正しい構成が知らされていなかった『統一言語』。誤った機能が記されていた『性別転換』。
僕が学んできた魔法は、「間違っていた」のか……?
「くっ……ははは。そう、その顔だ。私はその顔が見たかった」
白衣の内に手を入れて、取り出されたのは黒く光るトリガー付きの円筒――『銃』。
銃口と呼ばれていた部分が、僕の頭に向けられる。
「もう、十分だ。お前が苦しむ姿が見られたのだから」
トリガーへ指がかけられる。後は、銃弾が撃ち出されるだけ。
体が動かない。自分で思うよりも、信じていた魔法が間違っているかもしれないという衝撃は大きかったらしい。
偉そうなことを言っておいて、僕はここで死ぬのか――。
「……違う」
「なんだ? 命乞いなら――」
「諦めないと決めたんだ! もう二度と、この命は失わないとあの人にも誓った……こんなところで死んでたまるか!」
立ち上がり、男へと飛び掛かる。
僕が学んできた魔法。それがどういったものであろうと、僕が生きることを諦める理由にはならない。
だから、最期まで諦めるわけにはいかない――!
「っ……! 無駄な足掻きを!」
銃口はすぐに狙いを修正され、目の前に小さな黒い空洞が見える。
トリガーが今にもひかれ、放たれた銃弾が僕の頭を貫くだろう。
間に合わなかった。……僕だけならば。
「させん!」
「動くなぁ!」
男の後方から二人の声が聞こえ、同時に白い糸のようなものが射出された。
木々の間から現れた糸は男を背後から囲い、見る間に体に絡みついていく。
糸はまるで蛇のように明確な意図を持って四方から男を捕え、その量は増え続ける。
「無事ですか、司令官補佐!」
「はい、大丈夫です。ありがとう、エリッツ君」
糸の操り主の一人、エリッツ君が駆け寄ってくる。その手には、科学者を捕えている糸の先が複数繋がっている。僕まで来てくれる最中にも細かく動かしていたが、どういう原理なのか見当もつかない。
「ぐっ……貴様ら!」
「観念しろ、ルーンキラー」
「帝国が開発した捕縛用の切り札だ。逃がしはしないぞ!」
科学者を挟んで二人の帝国軍人が立つ。
殺されてしまったルーンマスター。彼との戦いで二人が森に仕掛けておいてくれた、重要人物を傷つけずに捕縛するための特殊な道具。
帝国が独自に開発したという糸は、それを仕掛けるための広範囲にわたる障害物の有無や、操作訓練を受けた兵士などの条件はあるものの、その性能は見ての通り絶大。すでに科学者の体は顔以外の全てを糸で覆われている。
「……『アリアドネ』か」
「なに!?」
「な!?」
科学者の口から発せられた言葉に、二人が驚く。
この糸については、戦闘を決めた時に聞いただけで、詳細は僕も知らない。
二人の反応と科学者の様子を見るに、糸に関する言葉だとわかるソレを、何故知っているのか。
「貴様……」
「くははは……。なるほど、確かに有用なものではあるが……原理も材質もわからず使っているお前達が、私をこれで捕えようなど――片腹痛いわ!」
咆哮と共に炎に包まれる科学者の体。
此方にまで伝わるほどの熱気に包まれているにも関わらず哄笑する姿は、物語に出てくる悪魔にすら見える。
「なにをやって……!」
「くっ……一時退避しましょう。糸が燃えてしまっている」
「逃がすものか!」
炎の中から小さな塊が飛び出してくる。
風切り音を鳴らしながら飛来したそれは、エリッツ君の肩を貫いていく。
「うわぁ!」
「エリッツ君! くそっ……セット!」
『風爆発破・改』を起動する。これは僕自身が作った術式。元があるとはいえ、他の術式よりは信用出来る。
倒れたエリッツ君の体を支えながら、全面に展開した術式から未だ炎に包まれた人型に小型術式を撃ち出す。だが――
「え……!?」
「くははは! 馬鹿が、まだわからないのか! 私には、貴様の使う魔法など効かん!」
撃ち出され、確かに命中したはずの小型術式は、科学者の体に触れた途端に弾けて消えた。
何一つ、通用しない。
僕が扱う魔法の全て。新たに術式を組み直した『風爆発破・改』ですら、なんの成果も無く霧散した。
「どうして……!」
「さぁ、これで終わりだレイジ・ネート! 傲慢にも魔法こそが至高などと思い込んでいる貴様は、ここで死ね!!」
狂乱の中で再び持ち上げられる『銃』。
拘束に解くために躊躇なく自らを燃やし、そのままの状態でこちらを攻撃する姿はおよそ同じ人間とは思えない。
恐怖が体の動きを鈍くする。
僕が唯一誇れた「魔法」という技術は、一つも通用しなかった。
諦めたくない。それなのに、容赦なく絶望ばかりがぶつけられる。
「死ね死ね死ねえぇーーー!」
「させん!」
撃ち出された銃弾。それは、僕の頬を掠めて飛んでいく。
距離はほとんどない。障害物も無く、外す理由は無いはずだった。
それでも凶弾が外れてくれたのは、炎に焼かれながら悪魔と化した男を止めてくれた人がいたから。
「バーツさん!」
「逃げてください、レイネート様! この男は私が!」
「でも……!」
「五月蠅いぞ、異界の猿がぁ!」
後ろから羽交い絞めにするバーツさんに、器用に曲げた腕で銃口を向ける。
バーツさんは動けない。何とか首を回して射線上から逃げているが、長くは持たないはず。
「考えろ……なんとか、何とかしないと……!」
魔法は効かない。エリッツ君は肩から撃ち抜かれて動けない。だが、このままではバーツさんが殺される。
助けられてばかりだ。何一つ返せていない内に、殺されてたまるものか。
「――『お前の使う魔法は効かない』?」
必死に記憶を辿り、科学者に対する術を探している内に引っ掛かった言葉。
「お前の使う」とはどういうことだろう。
どんな手段かはわからないが、魔法は確かに無効化されている。
だが、それならば「魔法は効かない」でいいはずだ。わざわざ「お前の使う」とつける意味は無い。
なんの意味も無い、ただの言い回しの問題かもしれない。僕が未熟だからという意味かもしれない。だけど――そうじゃないかもしれない。
「――術式、形成開始!」
仮に、仮に僕の使う魔法だけが無効化できるのだとしたら?
僕の使える魔法は、改良しているかどうかに関わらず通用しないだろう。
ならば……|僕以外の人間が使う魔法ならばどうなのか。
「『解析』による情報を流用……"マナ"を"魔力"、"オド"を"体力"に変換。
属性規定、指向性は省略、用途限定を解除……余剰命令、オールカット!」
「……! レイジ・ネート、貴様ぁ!」
「――離れてください、バーツさん!」
科学者の反応で確信した。やつは、この魔法は防げない……!
構築したばかりの術式をそのまま魔法領域へと投げ込む。
僕が唯一他の術師よりも優れていると胸を張って言える、術式構築に関連する技術。その中でも最も得意とする高速構築。
実用実験なんて、やっている暇は無い。魔力の逆流も、命令式の祖語も考慮しない。今はただ――
「――お前を倒せれば、それでいい!」
術式を展開する。予想通り、無理な命令式が不要な動作で魔力を食いつぶす。
浪費される魔力と、それに付随して発生する魔力逆流の痛み。
今日はかなりの数の魔法を使用している。常時発動のものと合わせて、魔力消費量は過去最大だ。
正直に言えば、かなり辛い。今すぐ弱音を吐いて、逃げ出してしまいたい。
けど、この世界のルーンマスターを殺し、こんなに凄い魔法を扱っていたあの人を殺し、今は僕と、僕を守ってくれると言った二人を殺そうしているこの男を倒すためには、この程度の代償は喜んで払おう。
「っ……あああああああぁぁ!」
「レイジ・ネートぉ!!」
展開された術式が発光し、バーツさんが羽交い絞めを解いて左側にある木の影へと転がる。
「喰らえぇ! 『雷撃一閃』!!」
この魔法の本来の使用者である名も知らないルーンマスター。彼にも勝るとも劣らない威力の雷撃が、術式から放たれる。
真っ直ぐと炎に焼かれながら何かを叫ぶ科学者に向かう雷撃は、確かな手応えを残して森を直進していった。




