二つの世界の魔法――『解析《アナリシス》』
久しぶりの更新。
お待たせしてしまった方、申し訳ないです。
「――ネート、大丈夫ですか」
誰かに頬を叩かれて、目を開く。
意識はすぐに覚醒してはくれず、薄ボンヤリとした視界に映る見覚えのある顔を見上げる。
「無事ですか」
僕を抱きかかえるようにして支えてくれているのは、バーツさんだ。どうやら気を失っていたらしい。
腕で自分の体を支えようとして、鈍く奔る痛みに顔をしかめる。
一度意識した鈍痛が、体中に伝播する。
「僕、は……?」
「ルーンマスターとの戦いで、魔法同士が衝突した際に発生した衝撃の余波を受けたようです。見たところ怪我はありませんが、痛みなどはありますか?」
「少し、鈍い痛みが全身に」
少しずつ思い出してきた。
交戦状態に陥ったルーンマスターとの戦闘で、相手の魔法に対して『風爆発破・改』をぶつけた。その時に発生した爆発で全身を打ったのだろう。
我ながら無茶が過ぎた。
「彼は?」
「ルーンマスターでしたら、拘束した後エリッツに森の外まで連れて行くよう命じました。あなたの姿を変えていた魔法が、解除されていたようですので」
言われて体に触れると、確かに男の体に戻っていた。
つまり、さっきまでの僕は全身打撲で気を失う女装男だったわけだ。せめて一人だけでも見られなくて良かったと、気遣いに心底感謝する。
「動けますか? あれだけの音が続きましたから、村の自警団が駆けつけてくるでしょう。出会うと面倒なことになります」
確かに、出会ってしまうと僕を含めた二人のルーンマスターの存在や、ここにいた理由などを説明しなければならない。
すでに手遅れである可能性はあるが、ルーンキラーに僕達が探していることを知られてはいけないし、僕以外の生き残りのルーンマスターである彼の存在も秘匿しておきたい。
全て嘘の説明をするのは無理があるだろうし、ここはこの場を去るのが適当だろう。
「行動に支障はありません。『性別転換』を使ったら、すぐにでも行きましょう」
「了解しました」
森を抜け、帝国領を少し超えた平野にポツンと建っていた無人の小屋に男四人(外見のみ一名女)で集まる。
ルーンマスターである男性はまだ気を失っている。打ちどころが悪かったのかと心配になったが、バーツさん曰く疲労が溜まっていたために目を覚まさないだけだろうとのこと。
戦闘時の彼は、確かに言動に余裕はなかった。この世界でのルーンマスターの重要性とルーンキラーの存在を考えれば、仕方の無いことかもしれない。
「この男の処遇は、どうなさるつもりですか?」
「ひとまずは、目を覚ますまで待って話をしてみましょう。仲間にはなれないまでも、打倒ルーンキラーでは協力し合えるかもしれませんから」
バーツさんから返って来たのは頷きだったが、エリッツ君は反対こそしないものの渋い顔だ。
僕が聞いたこの世界でのルーンマスターという存在は、たった一人でも圧倒的な力で戦況を動かす軍の切り札であり、少数の選ばれた人間だけが使える魔法を行使し、そしてルーンキラーにそのほとんどが殺された。
森で初めて魔法を撃たれた時、驚愕と共に言葉に動揺が見られた。あれは、ただの動揺ではなく、圧倒的な戦力への恐怖からくるものだったのかもしれない。
だとすれば、目を覚ました瞬間に攻撃を加えられる可能性がある「起きたら話し合い」なんていう提案は受け入れがたいはず。
表だって反対しないのは、兵士として自分の気持ちを抑えているのだろう。
「……っ」
納得してもらおうと、説明の言葉が口から出る直前、縛られて床に転がされていたルーンマスターから小さな声が漏れる。
三人が一斉に身構える。
僕は防御に使えそうな魔法を準備し、二人は片足を後ろに下げてすぐに踏み込めるように構える。若いエリッツ君の姿勢が固いように見えるのは、仕方がないことだろう。
「目が覚めましたか?」
「……ここ、は?」
「森の近くにあった小屋です。すでに使われていないようでしたので、一時的に借りています」
「……そう、か…………お前は!」
起き抜けに特有のボンヤリと霞がかかったようになっていたルーンマスターの目が、強い光を灯す。
両足の膝をうまく使って器用に起き上がり、僕達を睨みつける。
「くそっ! それ以上近づいてみろ、コナゴナにしてやる」
まるで手負いの獣のようだ。
子供の頃に見た、飼い主に捨てられたボロボロの愛玩動物が同じような目をしていた。
「落ち着いてください。初めから言っているとおり、此方には貴方と戦う意思はありません。先ほどはやむを得ず応戦しましたが、基本的には話し合いたいと思っています」
「うるさい……私には話し合うつもりなどない!」
拒絶の意思は固いようだ。
あんな威力の破壊魔法を乱発するほどだ。当然と言えば当然か。
だが、此方も「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。仮にそうなれば、血生臭い結末しか見えない。
彼の使う魔法。それを思い返した時、一つだけ交渉に使える材料を思いついた。
この世界でのルーンマスターは、あちらの世界での術師に該当する。ならば――思考にも似ている可能性はある。
「交渉を、しませんか?」
「ふざけるな、一体何を交渉するというんだ! 私は、何を与えられてもお前達には屈しない!」
「お互いの魔法について」
ルーンマスターの頬がピクリと動く。同時に、先程まで頑なに放たれていた怒気が収まる。
術師とは、学士でもある。
より優れた魔力効率、より大きな社会貢献、より多くの利益。それらを求めて、数多くの術式に触れ、自身の魔法を強化し、新たな魔法を生み出していく。
ようは、知的好奇心が一般人よりも大きいのだ。
あちらの世界では誰もが魔法を使える。とはいえ、先天的な才能を認められ、術式の許容量も魔法開発能力もずば抜けている術師とは、知的好奇心の優先度が全く違う。それは、ルーンマスターが魔法を使える特別な人間であるこの世界でも同じではないかと考えたのだ。
「気付かれたかもしれませんが、私の使う魔法は貴方のそれとはやや形式が違います」
「…………」
特に答えは返ってこなかったが、バツが悪そうに視線を逸らす。戦いに必死で気付いていなかったのかもしれない。あの程度で違いに気付けというのも、酷な話ではあるが。
「あ、の……」
「どうしました?」
ここが好機と思った矢先、エリッツ君が控え目に前に出る。
「レイネ様は、ルーンマスターだったんですか?」
「えぇ、まぁ……あ、そうか」
変装してまで魔法が使えることを隠していたのをすっかり忘れていた。
時間稼ぎと言いつつ大爆発を起こして気絶したことといい、事前に考えたものが結果的にグダグダになっている。
臨機応変。ケースバイケース。そういうことにしておこう。
「そうだ、私と戦ったルーンマスターは確かお――」
「実は私もルーンマスターなんです。帝国がルーンキラーから隠していたので、一部にしか知られていません」
余計なことを言われる前に説明を被せる。
これ以上、状況をややこしくしたくない。
「証拠は!」
「これです」
目の前に『試験術式』の術式を展開する。
やや怯んだ様子のルーンマスターも、渋々納得してくれたようだ。
エリッツ君は……面倒なので、この際放っておく。
「私達は現在、この周辺に居たというルーンキラーを探しています。情報は少ないですが、そちらもお教えします。
さらに、お互いの魔法がどのようなものなのかも教え合いませんか? 互いの強化につながるかもしれません」
「魔法を教える……? そんなことをして、お前になんの得がある」
利益が無いのにこんなことを言いだすのはおかしいというわけか。
逆に言えば、自分には利益があると言っているようなものだが。
「少しでもルーンキラーに対抗できる人を増やしたいんです。同じルーンマスターとして、死なせたくもありません。
魔法知識の共有に関しては、いつか行いたいと思っていたことです。後で説明しますが、私の魔法は全体的に戦闘に向いていないものが多いです。その点、貴方の魔法は大威力で強力ですから、私の魔法に組み込めれば、かなりの戦闘力強化に繋がります」
この言葉は真実だ。
打算が含まれていないわけでは無いが、事実のみを述べた言葉を、咀嚼するように考えるこむルーンマスター。その間も一切目線を外さないのは、用心深いと言っていいのか、戦闘慣れしていると言うべきなのか。
「……いいだろう」
「本当ですか!?」
「お前を信用したわけではない。だが、ルーンキラーは私にとっても敵だ。その情報はありがたい。
私の使う魔法とは違うという、お前の魔法にも興味はある」
「では、こちらの要求を受け入れていただけますか?」
「話は、聞こう」
「ありがとうございます!」
話はまとまった。
ひとまずは縄を解き、彼の自由を確保する。
エリッツ君はあからさまに警戒していたが、バーツさんはそうでもない。――と思いきや、しっかりと腰の相手からは見えない位置に短剣を装備していた。表情からは全く警戒心を感じないのに、恐ろしい人だ。これが経験の差か。
「まずは、ルーンキラーに知っていることを教えてもらうぞ」
縄を解かれ、軽く痕の残った腕をさすりながら立ち上がるルーンマスターの男性。
そういえば名前も聞いていないが、ここで聞くことによって話が長くなり、ゴネられて要求が増えても困る。
まだまだ心は折れていないし、開かれてもいない。ここは素直に従うべきだろう。
「知っている、と言っても本当に大したことではないのですが――」
「そこまで期待していない」
「そうですか。では――。
ルーンキラーですが、おそらく男。一般的に知られている連中は雇われか同調しただけの者で、核となる人物は一人か、多くて数人だと思われます。発言に奇妙な点があり、『誰でも使える魔法』という理念を掲げている可能性があります」
娼婦であるカーチスさんから聞いた情報だ。男がそういった店、あるいは関連する場所に出没していたということが考えられる。あの話しぶりからは、カーチスさんに情報を提供した人物は男性だと考えられるが、娼館の経営者は男性が多い(らしい)。
一部例外はあるが、基本的には男だと考えていい。
それに、この世界に来た科学者が何人もいるとは思えない。
予言罪に問われた罪人は、近しい人物以外には告知されずに刑が執行されることも多いので、誰が流刑にあったかまではわからない。が、一人と考えるのが妥当だろう。
「確かなのか?」
「人から聞いた話から推測したことですので、確証はありません。ですが、情報提供者は信用できる人物だと思います」
「……ふん」
不満げに鼻を鳴らされる。
興奮状態からは落ち着いたようだが、元来他人を信用しない人なのだろう。軽い人間不信に陥っている可能性もある。
「なお、ルーンキラーは正体不明の兵器を所有しているようです」
「……噂程度には聞いている。妙な形状の鉄塊を体内に打ち込まれるそうだな」
「はい。その兵器の攻撃速度は、ルーンマスターにすら防御の時間を与えないほどです。対処する術が乏しいのは、犠牲になったルーンマスターの数が物語っているはずだ」
どれほどのルーンマスターが犠牲になったのか、詳しいことは知らない。だが、将軍から聞いた断片的な話をつなぎ合わせれば、相当数のルーンマスターがかつてこの世界に居て、そのほとんどが殺されていることがわかる。
しかし、改めて考えるとそれだけのルーンマスターをたった一人で相手し、殺し続けているとは……いったい、何がそうさせているのか、気になるところではある。並大抵の理由では、ほぼ一人に等しい状況から恐れられてすらいるルーンマスターを相手にしようとは思わないはず。
「簡単には納得できないな」
「すいません、まだ推測の域を出ないものですので。我々もより確固たる情報を掴むため、ルーンキラーと思しき人物が出没したこの周辺を調査している最中ですので」
渋い顔で考え込むルーンマスター。
一拍置こうと顔を上げて、バーツさんからの視線に気づいた。
責めるようなものではないが、何かを訴える目。おそらく、話過ぎだと言いたいのだろう。
此方の情報を晒すのは、これくらいにしておこう。
「此方が提示できる情報は以上です」
「……わかった」
「では、お互いの魔法について」
僕にとっては、ここからは重要になる。
今日のように生き残りのルーンマスターと戦う時は元より、戦闘に特化した魔法を知る事で、魔法領域で改良した術式群にさらに効率の良い強化を見込める。
問題があるとすれば、あまりにあちらの世界の魔法を教えてしまったことで余計な影響を与えてしまうことだ。
急激な技術革新は、良い影響ばかりを世界に与えてはくれない。あちらも、魔法技術が確立されてから暫くは色々と問題はあったと歴史の講義で学んだ。
その点は、気を付けて話さなければいけない。
「そもそも、どういう原理であの魔法は発生しているんですか?」
「原理?」
「魔力以外に、なんらかの要素があるでしょう? 命令式や発動条件などです」
「考えたことは無いが……空間に存在するマナに体内で練り上げたオドをぶつけてやればいい。意識した魔法の属性に染められたオドが、自然界にあるマナを取り込んで魔法となって放たれる」
「マナにオド……最初期にあった森羅主義のことかな。
細かな命令はしなくてもいいのですか? 例えば、雷の魔法でも複数種類あるかと思うのですが」
「オドに意識が含まれている。後はマナと同化している精霊が適宜反応して魔法の最終形態を形どる……こんなこと、基本中の基本だぞ。どこまで特殊な魔法を使っているんだ」
「四大精霊論か、それに類似した考えを基本にしているんだな。
では、新魔法の開発はどうしているんですか?」
「初めての魔法は、意識して属性と総量を調整したオドを練り上げて、一度マナにぶつけてみる。その反応を見て、再び微調整する。その繰り返しだ」
「なるほど……」
どれほど違うものかと思ったが、あちらで作られた魔法の原型から派生したようなカタチのようだ。これなら、すぐにでも僕の魔法にも応用できる。
興奮しそうになる気持ちを抑えて、術式の改良案を思案する。
「お前の方はなんだ。随分と馬鹿でかい魔法陣が見えたが、召喚系の魔法でも使えるのか?」
「召喚系、というのがどういったものかわかりませんが、おそらく違います。
あれは術式といって、貴方が経験によって無意識的にオドに組み込んでいる魔法式を詳細に書き込んだものです。通常なら体内で術式を展開し、そこに魔力を流し込んで魔法を起動しますが、一部の魔法は直接術式を利用するので体外で目に見える形として展開します」
「どういう意味があるんだ? あんなものを構築する時間が無駄だろう」
「一度作ってしまえば、訓練の時間を大幅に短縮できます。術式さえ取得してしまえば、誰が魔力を流し込んでも同等の結果が得られますから」
「オドの違いによる魔力反発は無いのか?」
「オドとは、純粋な魔力と生命力の混合体ですよね? この術式形態の魔法は、純粋な魔力のみでの起動が最も評価されるところです。魔法の作成工程は複雑になりますが、貴方のやり方では同時に消耗する生命力を魔力変換に回せますので、潜在魔力の少ないものでも魔力総量の底上げが可能です」
「単純に魔法の使用回数を増やせるのか」
「そうですね。あとは、魔力が少ないせいで魔法を使えなかったが素養はある人間、そんな人でも魔法を使えるようになります」
事実”術式”という概念を作り出したことが、あちらの世界で魔法の素養が高いと見なされて専門教育を受けた術師でなくとも、便利な魔法を利用できるようになった大きな要因だ。
術式が無ければ、魔法はあそこまで普及しなかった。
とはいえ、極一部だが魔法の使えない人はいる。そういった人達は例外なく差別を受けている現状を打開すること、それが魔導政府の最優先事項ではあった。
自分も、まだ政府内にいた頃はその術式研究に携わって――。
「やめよう……過去のことなんだから」
「なんだと?」
「あ、いえ、なんでもありません」
思わず口に出してしまった。
慌てて誤魔化したが、対して気にしている様子も無い。大丈夫だろう。
「これで、お互いの魔法について基本的な部分はわかりましたね」
「まだまだよくわからん部分は多いがな」
確かに、「わかった」というには少し足りないかもしれない。
しかし、理解不能とばかりに手持無沙汰な軍人二人を見れば、これ以上話を続けるのは難しい。というか、申し訳ない。
少し専門的、というかマニアックな話をし過ぎたようだ。
「あ、あと一つ、最後にお願いしてもいいですか?
貴方の魔法を、もう一度見たいんです」
「ふざけるな、これ以上は師より教わった魔法をさらけ出すことになる。断固拒否する」
「そこなんとか、もう一度だけでいいんです! ルーンキラーの情報に対する対価だと思って!」
頼み込んでみる。
手を頭の上で合わせ、懇願する姿勢を見せる。
意味は無いかもしれないが、ソロソロと視線を上げると目線が会ったので上目使いになってみた。男なのに、何をしているんだという気分になったのですぐに止めたが。
「くっ……あと一度だけだ!」
「! ありがとうございます!」
案外いい人かもしれない。
理解不能といった風に離れて立っていたエリッツ君が「それは卑怯ですよ……」と呟いていたが、けっこうな量の情報を提供したのだから、正当な報酬だと思う。
「ライトニングパニッシャー!」
通常とは逆に、天に向かって伸びる雷の柱。
一瞬の光と熱を残して、すぐに消えたそれを、僕は凝視していた。
両目から入ってきた情報。細かな数字の羅列や色で示されたそれを、精査する。
『解析』。
術式の受け渡しをする際や、使用された魔法の発生源である術式を特定するために使用される、分析用の魔法。
やはり魔法原理の根本がやや違うためか、術式の構成を分析するようにはいかないが、大まかには理解した。残りのよくわからない部分は時間の空いた時にでもじっくり分析すればいい。
「これでいいだろう。私はもう行くぞ」
「はい、ありがとうございました」
礼を言って、手を差し出す。
何のつもりかと睨むルーンマスターの手を、無理矢理とって握手する。
「初めこそ戦闘という形になりましたが、会えて良かった。有意義な時間を過ごせました」
「……ちっ。――こちらこそ、多少は勉強になった。一応は礼を言っておく」
どうなることかと思ったが、結果よければ全て良し。予定とは違うが、収穫もあったのだから良しとしよう。
「暫くこの地域に留まるつもりなら、気を付けることだな」
「何か、気にかかることでも?」
「初めお前達を見た時、そこの男の慣れた動作から私を殺しに来たのだと思った」
「心当たりが……?」
「……お前の探している男を、知っているかもしれん」
「え!?」
さっきまではそんな素振りは見せなかったのに、とんだ食わせ者だ。
だが、何故今それを言うのか。
「ただの気まぐれだ」
顔を背け、心底嫌そうな顔をする。
少しは、信用してもらえたということだろうか。
「私はこの数日、何者かに追われていた。丁度、お前達と出会った村から馬で二日ほどの距離にある帝国領の町で、小さな娼館に泊まった頃からだ」
「娼館に泊まる……随分と余裕がおありなんですね」
「勘違いするな。その方が余計な詮索もされず、面倒事が起きても対処できるからだ」
我知らずジト目になっていたが、釈明されてみればその通りだ。
カーチスさんといい、副将軍御用達――あくまで情報収集の場としてだが――の娼館で出迎えてくれた女性といい、軍人を始めとした人物に対する対処は慣れているようだった。
客に無用な詮索をするようなこともないだろうし、普段から軍が出入りするような場所ならもしもの時は対処方法も用意されているのかもしれない。
「だが、結果的に俺は追われた。警戒もしていたからな、明確な攻撃を受けたわけではない。だが、時折強い殺気を感じることがあった。そんな時はすぐに物陰に隠れたからな、何とか逃げてこれた」
――何故か、嫌な予感がする。
話を聞けば聞くほど、背筋に寒気が襲ってくる。
追われていたと言った。追っ手と僕達を間違えたとも。
ならば、その追っ手はどうしたのか。
勘が鋭いか、あるいは僕に隠している魔法を使っているのだろう、殺気を察知できるらしい。
だがそれは、今のなのだろうか。派手に魔法を乱発し、先程まで気を失っていた今でも、その警戒心は残っているのか。
仮に、警戒は今もしているとしよう。では、対処法として実践していた「物陰に隠れる」という行為はどうするのか。平野に建てられた小屋に、身を隠すには絶好の森が近くにあるという状況。
なにより、|ここには物陰なんて一つも無いのに(・・・・・・・・・・・・・・・・)。
「ま……ずい」
「ん、なんだと?」
「嫌な予感がする。バーツさん、エリッツ君、森に戻りましょう! 遠ければ、せめて小屋まで――」
――パンッと、乾いた音が平野に響いた。
その場にいた四人全員の動きが止まる。
エリッツ君は突然聞こえた音に面食らって。バーツさんは警戒に身構えて。僕は聞いた覚えのある音に身を固くして。そして――ルーンマスターの男性は、己の胸から流れる血に驚いて。
「――――!」
「レイネ様、すぐに小屋まで撤退しましょう。次はあなたが狙われる可能性がある」
「今のは一体……何が起こっているんですか!?」
「大丈夫ですか!? すぐにでも治療を――」
駆け寄ろうとした僕は、バーツさんに止められる。
抱きかかえられるような状態から脱出しようと暴れる僕の目の前で、最後まで何が起こったのかわからないという表情のまま、ルーンマスターの体が崩れ落ちた。
「目を覚ましてください! ねぇ、返事してください!」
「無理ですレイネ様」
夥しい血が、赤土の平野をより赤く染めていく。
その流れ出る血の量に、すでに手遅れだと思い知らされる。
「~~~~っ!」
「今は後悔している場合ではありません。私達がお守りしますので、一時小屋に避難しましょう。そこで体勢を立て直し、離脱を最優先とします」
僕を抱きかかえたまま小屋に走り、同時にエリッツ君も呼ぶ。
適切な、どこか冷徹にすら感じる対処に無性に腹が立った。
バーツさんに抱えられながら、離れていく森に潜む兇手を睨みつけた。




