魔法戦――『風爆発破・改《ブラスティングブラスト》』vs『エクスプロードボム』
「ライトニングスマッシャー!」
木々の影から撃ち出される雷光。
僕の視界が白く塗り潰されるのと同時に、隣にあった木が焼け崩れる。
「待ってください、話を――」
「聞く耳持たん!」
再び襲い来る雷光が背中を掠めるようにして後方へと向かい、生い茂る草の塊を吹き飛ばす。
雷の威力は絶大だ。一撃でも受ければ、即死は免れない。
術式記録帳を検索し、戦闘用に改良した術式を準備する。
「二人とも、散開してください。このままでは狙い撃ちされるだけです」
「でも、レイネ様の護衛が……」
「私は大丈夫ですから、二手に分かれてあのルーンマスターを取り押さえる方法を考えてください。その間の時間稼ぎはやってみせます」
「そんな!? それは僕達兵士の役割です」
言い争っている間にも、二度三度と雷撃が周囲の植物を焼き払っていく。
エリッツ君の使命感と心配はありがたいのだが、今は離れていてくれた方がありがたい。見られていては魔法を使えないからだ。
「エリッツ。彼女も只者ではない。このような危険な任務を、女性の身でありながら担っていることからもそれはわかるはず。今はあのルーンマスターを打倒するために動くべきだ」
「しかし……!」
「大丈夫です、行ってください。このままでは、一方的に攻撃されて、いつかは追いつめられる」
それでも納得していない様子だったエリッツ君も、バーツさんが先んじて右前方へと走り出すと、それとは逆の左前方へと向かって行った。
木で見えなくなるまで此方を心配するように見ていたが、なんとか行ってくれたらしい。
「隠れても無駄だ!」
「っ――!」
慌てて頭を下げて、頭蓋を粉砕しようと迫ってきた雷を間一髪で躱す。
敵の攻撃はかなり正確だ。命中こそしていないが、此方の居る場所をキッチリと撃ち抜いてくる。動き回っていないと躱しきれない。
対して僕はまだ敵の位置を把握してきれいない。
雷撃は微妙に砲撃位置を変えながら撃ち込まれている。向こうも移動しながら攻撃しているというわけだ。
『自動索敵』の効果範囲外からの一撃必殺の威力をもった魔法砲撃の脅威に対抗するためには、同程度の攻撃を放つか、敵の捕捉が必要になるが、その両方ともがすぐには行えない。
敵は、僕よりも遥かに優れた探知魔法を有しているか、予め迎撃用意をしていたということだろう。
「くっ……私達は敵対するつもりはありません! ただ、話をしたいだけです!」
「黙れ! 私はそうやって仲間を殺してきたやつを知っている、信用できるものか!」
声には怒りと疑心が籠められている。
この世界では、ルーンマスターは重用されながらも恐れられ、あげくルーンキラーに殺されている。大変な目にあってきたのだろう。
僕も殺されかけた――というより、フィランツェ様が助けてくれなければ殺されていたのだ、将軍や副将軍という味方がいなければ同じような精神状態になっていたに違いない。
だけど――今はそれじゃ困る。
今はお互いにとって敵となるルーンキラーを追っているのだ。ルーンマスター同士で争っている場合ではない。
「私は、ルーンキラーを追っています! 天敵となる奴等を倒すために協力してほしいだけなんです!」
返ってきたのは、言葉ではなく魔法での拒絶。
是非も無い。
混乱、というよりも錯乱に近い状態だということは口調からわかる。話し合いではどうしようもない。
「戦うしか、ない」
何度目かわからない雷撃を躱し、木に隠れて呼吸を整える。
殺すわけにはいかない。本来なら、同じ魔法を使う者として話し合えたはずだ。仮に帝国以外の国に仕えているルーンマスターだとしても、対ルーンキラーにおいては同士にもなりえた。
使う魔法は慎重に。あくまで無力化を優先する。
散開した二人も『自動索敵』の効果範囲からはすでに離れている。こういった時は危地を離れてから集合する手はずになっているので、どこかで二人は合流しているはず。ならば、バーツさんは僕が魔法を使っても問題が無いようにうまくやってくれる。任せても大丈夫だ。
「二度目の実践。いや、自分が直接戦うのは初めてか……」
作戦立案とその実行だけで、前線に出なかった前回とは違う。
今回の相手はルーンマスター。たった二人だけの護衛の兵士に頼るわけにはいかない。あくまでも同じく魔法を使う僕自身が戦わなければならない。
話し合いは放棄。戦闘用術式を魔法領域に可能な限り読み込み、後は魔力を流すのみの状態で待機させる。
「――行きます!」
自身を鼓舞して木の影から飛び出した。
重なり合っている木々の間に、一瞬光が見える。即座に横っ飛びし、放たれた雷撃を回避。そのまま身を隠しつつ砲撃の始点へと走る。
走りながらも、体内の魔法領域に意識を向ける。
「――セット」
術式に魔力を流し、起動した魔法から生まれた小型の術式を木の根元、その付近の地面に張り付ける。
小型術式を設置しながら、砲撃の始点予測位置に円を描くようにして近づいていく。
動き回っているせいか、さすがに疲れてきたのか、砲撃間隔が長くなりつつある雷撃が向かってくるたびに、躱しつつも始点を確認。方向修正を繰り返して砲撃手の下へと走る。
「これで、十二個……うくっ!」
十二個目の小型術式を設置した直後、雷撃が脇を掠めていく。
燃える服の一部をすぐに切り離し、巨木の根元にある窪みに滑り込んだ。
「はぁ……はぁ……。発射から向かってくるまでの速度が上がった。近づいてるってことかな」
走り続けだったので、慣れない重労働に肺と心臓が悲鳴を上げる。
距離は縮まっている。このまま進めば対峙できるはず……だが、今の速度で回避はギリギリだった。これ以上発射から着弾までの速度が上がると、僕では回避しきれない。
せっかく近づけても、これでは一定以上距離を縮められない。
「ここまで近づいても、まだ索敵範囲に入らない。僕の索敵範囲が狭いのか、相手の砲撃距離が長いのか……どちらにせよ、次の手を打たないと」
先程までとは別の術式を起動する。
今までの片手間でも起動できた魔法と違い、集中力が必要な魔法のため、目を閉じて魔法領域に意識を落とす。
僕が術式に魔力を注ぎ込んでいる間も、轟音を響かせて砲撃は続いている。幸い、このサイズの巨木なら数発は耐えられる。
「――形状指定。行動設定。自動操縦。形成、成形……起動」
魔法の成功を感じながら、目を開ける。
視界の先、巨木に隠れながら立っているのは、僕だった。
「よし、成功だ。――行って!」
無表情な僕が走り出す。
後を追うように窪みから飛び出し、前を走る僕の斜め後ろをついていく。
前方で光。二人とも同時に回避したが、主に狙われてた前方の僕は右肩を僅かに削り取られる。
『囮人形』。
流し込んだ魔力を、術式に設定された形状に成形して体外へ放出。予め決められた設定に従って行動する魔力人形を作り出す魔法。
相手がどうやって僕を視認以外で認識しているのかわからなかったが、どうやら魔力基準らしい。
この魔法は外見は自分そっくりに作り上げられるが、効率の悪さとその後の運動のための魔力も要するため、大量の魔力を消費する。
疲れる上に使用後の魔法使用に支障が出かねないため出し惜しみしていたが、この場面では必要経費として考える方がいいだろう。
「次――!」
さらに放たれる雷撃。
三連続で放たれる雷撃がデコイを次々と削り取っていく。相手の索敵手段は、細かく魔力量や動きをとっているわけではないらしく、うまい具合に前方の僕だけを狙ってくれる。
「……えっ!?」
暫く相手の標的デコイに向けながら走っていくと、目の前で光が見えた。
直後に向かってきた雷撃はデコイを直撃し、僕を模っていた魔力は散っていった。
だがおかしい。僕の『自動索敵』のマップ上に、敵ルーンマスターの姿は無い。
立ち止まれば狙い撃ちされることがわかっているだけに、嫌な予感がしつつも光が見えた位置まで走っていき――それを見つけた。
「鏡!?」
木に立て掛けるようにして置かれていたのは、大きな丸鏡。
前に立っても僕の姿を映さないところを見ると、これは――。
「砲撃反射専用の魔法……!」
やられた。
話しが通じないところと、明らかに焦った口調から錯乱状態にあるものだと思い込んでいた。
先に森に入った相手がなんらかの迎撃準備をしていたことも予想していたのに、深く考えていなかった。
これで僕の位置は完全に把握され、今撃たれれば回避は不可能。
対する僕は相手の位置を見失った。
「まだだ!」
すぐにトドメの砲撃が来る。
反射か、直接か。どちらにせよ狙われれば負ける。
ならば、狙えないようにする……!。
「広がれ、魔力の霧!」
『意識喪失』を起動。周囲を覆うような形で霧を散布する。
デコイで騙せたのなら、これほど広範囲に魔力で出来た霧を発生させれば、そう簡単には狙いを定められないはず。
それでも、『暗視』を通して見えた視界の端に光が映る。
「くっ……!」
霧などお構いなしに放たれた雷撃。だけど、それは失策だ。
光が見えてから、僕の近くに着弾するまでの時間。デタラメに放たれた砲撃の発射点。
その二つから予測した敵の位置は、僕の仕掛けた術式による半円、そのほぼ中心。
「――弾けろ!」
魔法領域術式に魔力を流し、仕掛けていた小型術式全てを一斉に起動する。
相手の砲撃によるものに負けず劣らずの轟音が響き、木が倒れていく音がする。
威力こそ敵ルーンマスターの雷撃に匹敵するものの、人体への被害が出ないように配慮された『風爆発破』なら、直接のダメージは与えない。
あとは、倒れてくる木に対処するために意識がそちらに向けば――!
「見つけた!」
全力疾走で予測地点に向かうと、宿屋の酒場で見た人物が降り注ぐ木の残骸に向けて雷撃を放っているところだった。
一度砲撃を受けて四散した『意識喪失』の霧を再び集め、前方の相手に向けて一直線に向かわせる。
「この……喰らってたまるか、エクスプロードボム!」
上空に向けて右手で雷撃を放ちつつ、空いた左手を此方に向ける。
左手から撃ち出されたのは、赤黒く輝く球体。
その球体を見て、背筋が凍った。
相手に向けて走り込んでいた体に急制動をかける。そのまま骨が軋むような違和感を感じながら進行方向を曲げて体を投げ出す。
地面に伏せた直後、背後で耳をつんざくような爆音が響いた。
「くぅっ……!」
「うっ……!」
森中に響き渡った音が収まるのを待ち、ゆっくりと立ち上がる。
『意識喪失』は跡形も無く吹き飛び、背後の空間にあった森の一部が綺麗に平地へと削られた事実を知る。
「範囲こそ狭いけど、なんて威力……」
僕も術師の端くれだ。この世界での魔法がどんなものかはわからなくても、純粋な魔力を感じることは出来る。
さっきの赤黒い球体は、高密度の魔力を体外に放出したものだ。
雷撃といい、この世界の魔法は術式を解さずに魔力を世界に放出し、それを魔法という形にして行使するものらしい。あるいは、僕では判断できないような術式を体内で展開しているのか。
「お前が、ルーンマスターか……!」
爆発で舞い上がる粉塵の中、黒い影が立ち上がる。
フードの中から見える目は血走っており、僕の錯乱状態にあるという予想はあながち間違っていなかったと教えてくれる。
だが、そんな状態でもこれだけの魔法を行使する相手だ。この距離で僅かでも隙を見せればやられる。
「話をするつもりはありませんか? これ以上やってもお互いに傷つくだけだ」
「ふざけるな! 私は誰も信用しない。仲間も、家族も、故郷も失った。自分までも失ってたまるか」
最後の説得も無意味に終わる。
やはり、もう正面から打ち倒すしかないのか。
「あなたを殺すつもりは、ありません」
「信用できんと言っている!」
「わかっています。それでも、言っておきます」
殺しはしない。
『自動索敵』には、僕と彼以外に二つの光点が映っている。
彼の魔法を打ち破りさえすれば、後は任せても大丈夫だ。
「今度こそ、殺してやる!」
「殺させないし、殺さない!」
再び相手の左手に魔力が集中するのを感じる。あちらの世界では感じなかった感覚だが、こちらの世界での魔法、その特性と性質によるものだろう。
主人の力を得て、球体が成長していく。
「喰らえ、エクスプロードボム!」
打ち出される球体。だが、その速度は決して早くない。
魔法領域で待機状態だった術式の一つに魔力を通す。
フィランツェ様に助けてもらった際、改良した術式。そのいくつかは、旧式のものも保存してあった。
球体を生み出した相手は、ふらついている。仲間も待機してくれている。おかげで、この魔法を打ち破ることだけでに専念できる。
「セット!」
体外への術式展開。展開するのは『風爆発破』、その改良版。
「術式展開、『風爆発破・改』」
展開された術式の中央部から、小型の術式が撃ち出される。撃ち出された術式は、そのまま直進して球体に張り付く。
『風爆発破・改』。
直接手の触れた非生命体にしか設置できなかった爆破用の術式を、起動用術式から撃ち出す形態に変更して生命体にも設置可能なように制限を解除した。さらに、爆破の威力そのものも使用した魔力依存に変えている。
僕の知る限り、魔力は人間の体内から生まれるからか生命体という認識をされていたはずだ。だが、この制限の取り払った『風爆発破・改』なら、生命体ですら吹き飛ばせる――!
「弾けろ!」
赤黒い球体に射出設置された小型術式が、一斉に光を放つ。
驚愕の表情を向けるルーンマスターと僕との間で、二種類の魔法が爆発した。




