”科学”という技術――『性別転換《ジェンダーチェンジ》』
ようやく投稿出来た……。
――目のやり場に困る。
それが、この場所において僕に許された唯一の感想だ。
日も落ち、魔法による――魔力か切れかけているのか、少々弱い――光を宿した街灯が薄暗く街道を照らしている。
左右には木造の、種々様々な建物が並ぶ。
ある建物は煌びやかな装飾を行い、その白い肌で街灯の光を反射している。またある建物は、格子状の大きな窓がつけられ、内部で働く従業員を覗き見ることが出来る。
だが、それらの建物に共通するものがある。それは――
「そこのお兄さん。私どもの宿で疲れを癒していかれません?」
「一晩と言わず、何日でも休んでいってくださいな」
妖艶な笑みを浮かべ、薄布だけを身に纏って客引きをする女性。
左右に立ち並ぶのは、全て同じ業種の建物だ。――すなわち、娼館の。
「あ、の。副将軍」
「『バルドー』と呼べと言ったろう。――なんだ」
「やはり、僕は適任ではないと思うのですが……」
「娼館で働く女性に話を聞くのは、情報収集の基本だ。お前でなければ気付けない特徴があるかもしれんのだから、仕方あるまい。
それに、今のお前には彼女らも話しかけまい、『レイネ』?」
確かに、今の僕に彼女らは呼び込みをかけることはないだろう。なにせ、今の僕は商売相手には見えないのだから。
『バルドー』、『レイネ』というのは、僕と副将軍の偽名だ。
今僕らはアーシュタット帝国の帝都、ベルタットの花街に来ている。目的は無論、情報収集のためだ。
副将軍曰く、花街で働く娼婦の人達は職業柄、軍人や外来の人間など様々な客を相手にする。中には、気を良くしてペラペラと機密情報を漏らす輩もいるらしく、帝国軍の上官の一部(平民出身者が多いらしい)が視察と情報収集に訪れるらしい。
特にここベルタットの花街は、帝国中から人気の娼婦が集まって各々の店を構える。その情報網は、民間としては他に類を見ないほど、とは副将軍の言。
「まずは馴染みの娼館を訪ねる。事情もわかっているし、中に入ってしまえば堂々と働く者たちに話を聞けるからな。
とはいえ、名目上は帝国軍はこの街を利用しないことになっている。偽名や変装は必要だ」
そう、それはわかっている。
あまりに軍がこういった街を利用していると知れると、民衆からの支持が下がる。軍としての規律にも影響が出るだろう。
まして、今回僕らが求める情報は『ルーンキラー』に関するものだ。僕が生きていると知られるわけにもいかない。いかないのだが……。
「どうして僕がこんな姿に……」
「魔法とは便利なものだ。如何にお前が童顔でも、そのまま女装するのは無理があったからな」
「うぅ、それも嫌だ……」
どちらにせよ、同じような辱めはあったらしい。
だが――やはり、今の自分の姿を見る勇気は、僕には無い。
「あら、かっこいいお兄さん。こんなところにまで女連れ?」
「あぁん、そんな娘じゃなくて、私を相手してくださいよぉ」
適当に手を振ってあしらう副将軍。慣れた対応だ。
ちなみに、今副将軍の側にいるのは、僕だけだ。
変装。確かに必要なことだったろう。僕は世間的には死んだことになっているのだから、ここにいるのが僕だと知られるわけにはいかないのも事実だ。
だからといって、そのためだとはいえ、こんな――女の姿になるなど。
「屈辱だ……」
「安心しろ、どこからみても初心な少女だ」
慰めてくれている……というわけでもないだろう。元から慰めになっていないが、この言葉はからかいや嫌味に属するものだ。
部下いじめだ。帰ったら将軍に訴えてやる。……いや、無駄かもしれない。将軍もこの姿には腹を抱えて爆笑していた。
僕はこの世界で信頼する人達を間違えたのか……?。
『性別転換』。
魔導政府で研究中だったものを偶然記録していた魔法で、今現在僕が起動している魔法だ。
あちらの世界が魔導政府によって統一され、世界が平和になり始めた頃から目立ち始めた、「己の生来の性別と精神の性別が適合しない」という症状を訴える人達。戦争時代からいたらしいが、あまり表面に出ることの無かったこれらの人達が、何とか魔法の力で自分達の性別を変更出来ないか、と多くの嘆願が政府に提出された。
結果として作成されたのが、この『性別転換』の魔法。
この魔法は、術式に魔力を流し込んで起動した人物の肉体の一部を、本来の性別とは反対のものへと変換するために考案された。
まだまだ実験段階で、一時的にしか変化せず、体への負担も大きいが、一応は「体を別の性別のものとする」という目的を果たしている。
この魔法はかなり高度な術式で、今の僕には変更の出来ない。正真正銘「記録していただけ」だ。
フィランツェ様に連れて行ってもらった自分の魔法領域内で、この世界で生き残るために多くの術式を改良した。――にも関わらず、復活して初め(厳密には、常時起動している二つに次いで三番目)に使った魔法が、改良もしていないコレだとは……さすがに悲しくなる。
「まさかコレを使うことになるなんて……。僕は自分が男だと思ってるのに……」
「いい加減諦めろ。それから、もうすぐ目的の娼館に着く。そこでは一人称は『私』だ。いいな?」
「うぅ……わかりました」
帝都の建物は、民家から公共施設に至るまで、全てが白い。例外は、バーンハイト城だけだ。
目的の娼館も例に漏れず白塗りの建物で、入口の上に龍と虎が絡み合ったような紋章が彫り込まれていた。
「なんだか、イメージと違います」
「この界隈でも最上級の娼館だ。政府や軍の高官を相手にするんだ、それなりの体裁は整えるだろう」
言葉の端には、僅かばかりの嫌悪感が含まれている。
将軍もそうだったが、副将軍もあまりこういった施設、職業の存在を快く思っていないのだろう。
「私は店の責任者に話を聞きに行く。その間は――わかっているな?」
「……はい」
すぐに返答をしなかったのは、緊張からではない。
緊張もあるにはあるが、それよりも抵抗の気持ちから来る沈黙だった。
「まぁまぁ、これはお久しゅうございます」
覚悟を決めて店内に踏み込むと、すぐに人当りの良さそうな恰幅のいい女性が走り寄ってきた。
「イーリヤと話がしたい。可能か?」
「えぇ、もちろんです。いつもの部屋をご用意いたしましょう」
ニコニコと笑いながら副将軍を伴って店の奥へと入っていく女性。僕のことは眼中に無いらしい。
去っていく背中への救いを求める視線は、軽く手を振られるだけで済まされてしまった。これでは、どうやって任を果たせばいいのかわからない。
「ちょっと、そこのアナタ。何をしているの?」
「なななにもしてません!」
急に声をかけられたものだから、引きつったような声になる。
ただでさえ高い声を出すように声帯が変化しているので、違和感がすごい。
「ならどうして動揺しているの……」
「あ、う……その、別に」
振り返れば、呆れたようにこめかみを抑える女性が立っている。背が高く、ストレートの長い茶髪を腰まで垂らした美人だ。
やや疲れの残った顔で僕を見やる視線には、疑いと、ほんの少しの好奇心が混じっていた。
場所柄、(外見だけなのだが)女性が外部から訪れるのは珍しいのかもしれない。
「なに、働きにでも来たの?」
「はたら……?」
別に、そういうわけではなのだが……何故急に「働きに来た」なんていう結論が出たのだろうか。
………………。
…………。
……!。
「ぁ」
「どうしたの? 違うの?」
僕が理由を考え、目の前にいる女性は返事を待っていたのだろう、少しの沈黙。
そして、わかった。女性の言葉の意味が。
僕は今女性に見えている。というより、女性の体になっている。つまりは、そういうことだろう。
「ち、違います! けっしてそういう目的ではありません!」
きっぱりと否定しておく。
こんな勘違いに流されて、初めての経験をしたくはない。
『性別転換』の魔法が保管されていた魔導政府の術式記録館には、各魔法に対するいくるかの危険性なども付記されていた。
この魔法で性別を変換し、特に男性が女性へと変わってそういう体験を目的に使用する恐れがある、というのが、術式があと一歩のまま放置されていた原因だ。
あちらの世界の魔法は、術式が完成してしまえば、原則一般公開される。それはまだ時期尚早だと思ったのだろう。全くもって、その通りだと思う。
一度変換して元に戻らない覚悟ならともかく、(そんな人がいるとも思えないが)僕のように特別な理由があって魔法を利用している人間がうっかりと被害にあうかもしれない。
「だったら、何をしているの?」
心の名誉を守るための否定だったが、疑いを自ら増大させるという失策だったらしい。
確かに、客でも従業員希望でもないのなら、何の目的でここに居るのかわからない。怪しいことこの上ないだろう。
しかし、疑われたままいるわけにもいかない。仮にも軍属としての任務のために、また己の身を守るためにここにいるのだから。
「ぼ――私は、その、人探しに来ました」
「人探し?」
気だるげな様子ながら、向けられる疑いの濃度は変わっていない。
どちらにせよ協力者を探す必要があった。本来なら慎重にいくべきだが、副将軍と共に来ているのを始めに迎えてくれた女性に見られている。下手に騒ぎを起こせないこの状況ならば、ゆっくりと相手を選別している余地は無いだろう。
「お願いです。人探しに、協力してくれませんか?」
「そんなこと、私らの仕事じゃないよ」
「あまり人前には出てこない人なんです。ここで働く貴女たちなら、情報を持っている可能性もあるし……」
「はぁ……疲れてるんだよ。また今度にしてもらいたいね」
踵を返して、二階へと続く階段を上っていく。その様子は確かに疲れていて、やはり仕事上がり――いや、やめよう。余計なことを考えると、色々問題が出る。
「では、協力してくれそうな人を紹介してくれませんか? どうしても見つけたいんです」
返ってきたのは小さなため息。それでも、足を止めてくれたのは、紹介してくれる気があるということだろう。
視線を横に流しながら長い髪をかき上げる仕草は、無造作でありながら大人の色気を醸し出している。
「……あぁ、そういえば外から来たオーナーの知り合いで、誰々がどこにいただの、誰それが何してただのに妙に詳しいのがいたな」
数秒の沈黙ののち、少々投げやりながらも心当たりを答えてくれる。疲れているせいで対応がぞんざいだが、根は良い人のようだ。
「おいで。そいつが泊まってる部屋まで案内してあげる」
「ありがとうございます!」
連れて行かれるがままに二階へと上がり、廊下の最奥にある部屋へと通された。
途中で微かに聞こえてきたけしからん声は、断固たる意思の力で聴覚から追い出した。
「カーチス、いる?」
案内してくれた女性が、扉を開けながら呼ぶ。
普通は扉を開ける前に呼ぶのが礼儀だと思うのだが、娼館ではそういうわけでもないのだろうか。あるいは、気が置けない仲なのかもしれないが。
ところで、『カーチス』という名前に、聞き覚えがあるような気がするのだが……気のせいだろうか。こちらの世界では良くある名前かもしれない。
「なんだい?」
部屋を仕切る生地の薄いカーテンを手で払いながら、ドレス姿の女性が現れた。
「あ!」
思わず声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
淡い赤のドレスに大きく開いたスリットから垣間見える細い脚。胸元は大きく露出され、その存在を強く主張している。
張り付くようなドレス、内から出る尋常では無い色気。
「アンタは誰だい、お嬢ちゃん?」
この独特の口調も、僕は知っている。
前回の戦闘――連合との戦いの折、兵の士気高揚策の一つとして協力を頼んだ娼婦のまとめ役をしていた女性だ。
「あんたに聞きたいことがあるんだってさ。悪いけど、私はこれから寝るから後は頼んだよ」
そう言ってさっさと部屋を出てしまう女性。
部屋に二人残され、黙ってしまう。
とにかく質問すればいいだけだと思うのだが、このカーチスという女性は僕の苦手とするタイプの女性である上、うっかり声を上げたせいか、不思議そうな視線で見られている。この視線が、以前に男の姿で出会っていることを気付かれているもののようで怖い。
「……座ったらどうだい?」
「え、あ、はい」
笑みを浮かべて腰を下ろすカーチスさんに続き、向かいのソファーに座る。
座ってから水を向けられるかと思えばそういうわけでもなく、お互い黙ったまま時間が過ぎていく。
落ち着かずソワソワする僕と、パイプをくわえて煙を燻らせているカーチスさん。あちらの世界では天然記念物並みの道具と光景だが、さすがというべきか、様になっている。
「あの……」
「ようやく話す気になったかい?」
どうやら僕が話し出すまで待ってくれていたらしい。
くわえていたパイプをテーブルの上に置き、背もたれに体重を預ける。その所作の一つ一つがやけに丁寧で、つい見惚れてしまう。
なるほど、帝都の花街一であるこの娼館で、外部の人間でありながらこんな広い部屋を与えられているのだ。教養を身に着けた、それなりの立場にいる人、ということだろう(娼婦の業界で立場なんてものがあるかどうかも知らないのだが)。
「私に聞きたいことがあるんだって?」
「はい」
「なんだい?」
「ある人物を探しています。どこで活動しているのか、どんな容姿なのかもわかりません」
「私ならわかると?」
「あるいは」
ふむ、と一言呟いて、再びパイプに手を伸ばす。そのまま口まで持っていき、赤く彩られた唇が金具を捕える。
暫く自分の吐いた煙を眺めていたカーチスさんが、ゆっくりと口を開く。
「一体、どんなのを探してるっていうんだい?」
「不自然な言動。とくに、聞いたことの無い単語をよく話す人物、だと思います」
「だと思う、ねぇ」
楽しそうな含み笑い。馬鹿にされているのか、思うところがあるのか、イマイチ心情が読み取れない。
「一人、心当たりがあるねぇ」
「本当ですか!?」
「あぁ。地方に居た頃――丁度アンタらの依頼に向かう直前だね――に、妙な言動をする男がいるって話を聞いてねぇ。詳しく聞いてみりゃ、どうも頭がおかしいんじゃないかってな結論になったんだが……。
それというのも、どうも”誰でも使える魔法”とやらを研究しているらしくてねぇ。そんなもんありゃしないって、その話を持ち込んだ御仁は笑ってたけど、どうなのかね」
”誰でも使える魔法”。
まさしく、僕が求めていた言葉だ。
「他には、何かありませんか? どこに居るとか、どんな容姿だとか」
「残念ながら、その言葉の妙な部分にばかり意識がいってねぇ。あと覚えていることと言えば……『カガク』とかいう単語をしきりに話していたそうだよ」
「――――!」
間違いない。僕の予想は当たっていた。
存在するはずの無い『銃弾』。危険を冒してルーンマスターを殺害し続けるという奇行集団『ルーンキラー』。そして、『カガク』という単語。
全てが繋がった。
「――僕は、異世界から来ました」
隠し続けるつもりだった。
この世界で生きる覚悟も出来た。自分を無理して偽ろうとすることも止めた。
だから、これからはあちらの世界のことは忘れるつもりだった。
だけど、そうも言っていられなくなってしまった。この小さな金属でできた存在によって。
「異世界……?」
「どういうことだ、レイネート」
困惑する二人の上官。
当然だ。僕でも突然こんなことを宣言されれば混乱してしまう。――異世界というものの存在を知らなければ、の話だが。
「全て話します……僕のこと。こことは違う世界のこと」
顔を見合わせ、要領を得ないといった様子の二人に全てを話した。
魔法が体系化され、ほぼ全ての人間が魔法を扱って生きる世界。そこで絶対的な権力を持つ魔導政府と一人の予言者。僕が、予言罪という罪で異世界に流刑にあったこと。この世界で生きるという決意――。
理解が追い付くことも待たずに一気に話しきった。
「にわかには信じ難い話だが……思い当たる節が無いわけでは無い」
「『封じの鎖』が効かなかったこと、お前が魔法で直接攻撃しなかったこと。どちらも、お前の魔法がこの世界でルーンマスターが使う魔法とは別物だから、というのならば納得できる」
僕について、不思議に思っていた部分はあったらしい。驚きが思っていたより少ないのは、そのあたりが要因か。
「だが、何故それを話す気になった?」
「私もそれが気になっていたんだ。この世界で暗躍するルーンキラーと、別世界から来た――それが本当だとして――お前とは関係の無い話ではないか?」
「いえ、それがそうでも無いんです」
テーブルで無造作に転がる鉄の塊――『銃弾』に目をやる。
かつて魔導政府で学ぶ身だった頃に、とある講義の一つとして教えられた兵器。
「この鉄塊は、『銃弾』と呼ばれるものです」
「その『銃弾』とはなんだ?」
「……僕が元いた世界の、架空の兵器です」
そう、架空の兵器だった。一部の人間が考案し、実現性と有用性に疑問を持たれ、彼等が排斥される原因となったもの。
「特殊な粉末を用いて爆発を起こし、その勢いで鉄塊を撃ち出す。この形状は、撃ち出された後の空気抵抗を最低限に抑えるためのものです。僕が知るものとは僅かに形状が異なります。おそらく、より強力なものに改良したのでしょう」
「では、これが空を飛んでいたという噂は本当だったのか」
「おそらく、標的に命中するまでの軌道を見た人がいるのでしょう。相当の視力だったのでしょうが、理論上、これより早く動く物質を僕は知りません。正確に視認できず、噂に止まったのかと」
「これは、複数存在するのか?」
「断定は出来ませんが、それほど多く製造されているとも思えません」
副将軍の質問は、危惧から来るものだろう。
大軍を相手にしてもなお優位に立てるほどの実力者、ルーンマスター。
そんな強者を容易く屠ってきたこの兵器は、不可解である以上に脅威に違いない。僕も同じだ。
コレを知ったのは、科学という学問について教えを受けている時だった。
戦争は終結し、魔導政府の下で世界が発展を目指している最中、政府によって流布され世間の大半の人間が利用し始めていた魔法に、対抗する集団が現れた。
それこそが、科学という学問、そこから成る技術をこそが世界の発展につながると主張した研究者達――彼等は自身のことを『科学者』と称した――だった。
だが、彼等の信じた科学によって得られたものは、その全てが魔法によって実現可能なものでしかなく、さらには戦争によって浪費され、減少の一途を辿っていた希少な資源を使わざるを得ないという大きな弱点があった。
結果として、科学という学問・技術は”多くを要し、少なきを得る”として嘲笑われ、それらを研究する人達も、科学を捨てるか、または後ろ指を指されて学会から追放されるかの二択の末路を辿った。
「そんな彼等も、政府公認の全世界合同学会に一つの学問として参加することを認められていました。政府内でも高い地位にあった術師――こちらで言うルーンマスターです――が、科学者達の研究もまた世界にとっての可能性だと主張したからです」
そう主張し、科学者にも一定の機会を与えた人こそ、フィレンツェ様だ。
”たとえ今は役に立たない酔狂な者たちの空想でしかなくとも、いつかは実を結ぶかもしれない”
科学者達を擁護したこの言葉は、すぐに裏切られた。
「科学者達が与えられた最初の機会で、各学問の頂点に位置する研究者の前で発表した成果こそ、この銃弾を撃ち出す兵器、『拳銃』です」
「聞いたことの無い単語もあるが、ある程度の意味はわかった。
だが、そのカガクシャという連中は、戦争終結後に兵器を作り出したのか?」
「正確には、『拳銃という兵器の製法と、その性能』ですが……将軍の言うとおり、学会でも同様の非難がされ、彼等を擁護していた術師も庇いきれずに『科学』という学問は政府公認学問から外されました」
せっかく与えられた機会。それを使って科学者達が作り上げたのは、事も有ろうに戦争を再び起こしかねない兵器だったのだ。
フィランツェ様も落胆し、科学は公共の場での研究・利用を禁止され、一部の人間が趣味で行う程度のものへと成り下がった。
つまり――ここに転がっている『銃弾』、及びこれを撃ち出す『拳銃』は、理論が考案されたのみで存在しないはずなのだ。
「ならば、なぜここに。そもそも、そのケンジュウやカガクは、お前の元いた世界の話なのだろう?」
「はい。あちらの世界でも、存在しないはずのものがここある理由は、大きく二つ考えられます」
「一つは、同じようにカガクという技術がこの世界でも生まれた。もう一つは――お前が居た世界から、お前以外の、カガクシャと呼ばれる連中が来ているか、か。
まぁ、お前の話を全て真実とするならば、だがな」
さすがに察しがいい。最後の付け加えられた言葉も、副将軍らしい。
ありえない話では無かったのだ。僕以外の人間があちらの世界から、この世界に来ていることは。――それが、どれほどの確率なのかは想像も出来ないが。
だが、未だに剣と槍での戦闘を主とし、魔法ですら一部の人間のみが使えるだけのこの世界で、突然降って沸いたように『拳銃』を実現するレベルの技術が生まれるというのも考え難い。
「結局は、どうすることも出来ないな」
「なに、この兵器がどういったものかが知れたのだ。多少は進歩したと見るべきだろう。
レイネートも、私達を信頼してくれる気になったようだしな」
相変わらずの、悪戯心の見え隠れする笑み。今にもウインクでもしそうなほどだ。
だが、その言葉は聞こえこそ軽いものの、意味は決して軽くない。
これは、ある種の確認だ。
前回のあの戦いは、二人から相当の信頼を勝ち得たらしい。「レイーネートも」ということは、「二人も」ということだろうから。
「『自動索敵』で、お二人を示す光点が友好色になっていたんです。それでも、僕は素性を隠してこの世界で生きていくつもりでした。でも……科学者が敵かもしれないというのなら、いつまでも隠しておけないと思ったんです」
向けられた信頼が恥ずかしくて、本当の気持ちを吐露した。
何故か二人が不安そうに顔を見合わせていたが、今は気にしている状況ではない。
「とにかく、現状この兵器に対抗する手段はありません。僕が知っているものより射程範囲も伸びているようですし、気付いてからでは防ぐのは至難です。
ですから、まずはルーンキラーについて調べさせてください。あちらから来たのか、あるいはこの世界で科学が生み出され始めているのかを確認したいんです」
「そうだな。私達も暫くは遠征後の休暇をもらっている。可能な範囲で協力しよう。
お前の生まれた世界について、お前自身についてはまた日を改めて聞かせ貰うとしよう」
こうして、ルーンキラーを探すこととなり、副将軍が花街での情報収取を提案。紆余曲折あって、僕が『性別転換』を使って同行することとなった。
「満足したかい?」
「はい、ありがとうございます!」
「なら、少し落ち着いて座りな」
気付かない内に立ち上がっていたらしい。
咳払いをしてソファーに再び腰を下ろす。
カーチスさんには、前回に続いてお世話になった。不思議な縁だが、何かお礼をしなければならないだろう。
「役にたてたなら良かったよ、坊や」
「はい……え?」
坊、や?
まさか、魔法が解けた? いや、術式は間違いなく起動しているし、限界はもう少し先のはずだ。
つまり、女性の姿のままでバレた、ということだ。
「ふふふ。まだまだだねぇ、坊や。
アタシは見抜いてやしなかったよ。カマをかけただけさね」
「あ……!」
「ふふふふ。まだまだ純粋な証拠だねぇ」
やられた。
苦手意識があったとはいえ、油断して容易く手玉にとられてしまった。
「それで? ただの変装にも見えないが、そこまでして女になった意味は……アンタが死んだっていう噂に関係あるのかねぇ」
「そのことは、その……」
「言えないかい? なら仕方ないさね」
随分とあっさりと引いてくれた。情報の見返りとして、もっと深く聞かれるものだと身構えたのだが。
「不思議かい、アタシがあっさりと諦めたことが」
……なぜこの人は、こんなに心を読んでくるのか。これが経験の差なのだろうか。
妖艶な笑みを浮かべながら煙を吐き出す目の前に女性に、僕は一生敵いそうにないと思った。
「アタシらはね、余計なことを聞きゃしないんだよ。それがアタシらなりの礼儀ってもんさ」
「そういうものですか」
「あぁ。わざわざコッチから聞かなくても、話してくれる御仁はいるしねぇ」
「……軍属としては、耳が痛い話です」
カラカラと笑う。なるほど、そういった行為抜きでも、彼女達に大金を出す人間の気持ちが少しはわかった気がする。
ともかく、僕の仕事は終わった。
ルーンキラーは帝国領内の国境線付近にいる。今はそれだけで十分だ。……これ以上話していると此方の方が多く情報を渡すことにもなりかねないし。
「今日は、ありがとうございました」
「かまわないよ。野暮用で滞在してただけなんだ。いい暇つぶしになったさ」
貴重な情報を与えてくれたカーチスさんに頭を下げ、部屋を辞した。
この情報を将軍達に伝えて、本格的にルーンキラーを捜索した方が良いだろう。
あとは――僕次第だ。




